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本気のふたり

 いま、二人の顔が近い。


 鼻が触れ合いそうな距離まで接近して、ルミナ(おれ)バケツちゃん(メッくん)を抱きしめた。



「わあああああ! 近い近い近い近い近い!」



 期待通りメチャクチャうろたえるメッくん。

 ぞくり、と、不健全な快感が俺の背筋から脳髄へとのぼっていく。


()()にハグされてるみたいでしょ?」

「はッ、はい……ッ!」


 かがんだ体制が少しきつくなってきたので、いったん体を起こす。


「す、すみません! ちょっと、その、目のやり場に困るんですけど……!」


 インナー・ドレスは胸元が露出したデザインになっている。

 身長差のおかげで、ルミナ(おれ)の胸の谷間はメッくんのちょうど目の前にきていた。


「ふぅん。おっぱい気になるんだ?」


 両手で胸をすくうように持ち上げてふにふにと揺らしてみせる。

 バケツちゃんの頭が小刻みにふるえる。目に見える動揺に、こちらの気分も高揚する。


「いけないねぇ……えっちだねぇ……」


 普段は出さない囁くような声色をつかいながら、一歩踏み出してルミナ(じぶん)の胸元にバケツちゃんの顔をうずめた。


「どう?」

「うぅッ! すごく……ドキドキしてます――」

「わかる? 胸に顔を近づけると“心音”が聴こえるようにしてあるんだよぉ」

「いえ、あの、ドキドキってボクが……いえ、なんでもないです!」


 傍らの鏡に目をやれば、妖しい笑みを浮かべながら幼い少女を捕食するかのごとく抱きしめているお姫様の姿。


 俺はインベントリからカメラツールをとりだして、二人じぶんたちの痴態をスクリーンショットに収めた。


 *


「それで、このバケツちゃんの前にいくつか習作をつくったんですよ」

「ほうほう。え、アイテムにして持ってきてる? 見せて見せて」


 ひとしきり騒いだあと、俺たちはパッと冷静になってモデルデータ談義を始めていた。


「まずはモデル製作では定番のコーヒーカップです」


 バケツちゃんのスカートの下から何かが転がり落ちる。

 すっかり見慣れたバケツヘルムのカブトを上下逆さにしてカップに見立てたものだ。

 篭手の指の部分を加工して取っ手にしてある。


「で、次に作ったのが大砲」


 またしてもスカートの下から転がり出てきた大砲。

 ミニチュアではなく等身大サイズだから俺たちの体よりも大きいのだが、問答無用でスカートの中――まあインベントリなんだが――にしまっておけるのがゲームのいいところだ。


「へえ。腕の部分を砲身にして……なるほど、車輪は鎧の装飾なのか」


「そして蟹です」

「おおっ、ハサミが動く! よく見たらきちんと鎧の模様テクスチャが残ってるし。バケツヘルムで作ったのがよくわかるなぁ」


 て言うかどんだけ作ったの。


 疑問を持ち始めたところでもう一品。

 何の変哲もない熊のぬいぐるみだ。

 けど、こんな茶色い部分なんて全身鎧のバケツヘルムにあったっけ?


「“中の人”の顔の皮膚を使いました」

「言い方」

「最後にもうひとつ。バラの花束です」


 バケツちゃんが手渡してくれた花束をおそるおそる受け取る。


 ちょっとくすんだ赤い花びらは妙にぬめった光沢がある。

 花束はきちんと白い紙に包まれていて、その真っ白さがかえって不気味に思える。


 嫌な予感がするけど、バケツヘルムのどの部分を“材料”にしたのか尋ねてみる。


「花は口の中。白は眼球ですー」

「……そっか……」


「これも動くんですよ!」


 メッくんの無邪気な解説どおり、赤い肉の花弁がヒクヒクとうごめく。


「しゃべってるみたいで可愛いでしょう?」


 そうだね。喋ってるみたいだね。

「コロシテ……コロシテ……」とか聴こえてきそう。


「ねえメッくん。どうしてこんなの作ったの?」


 訊くまいと我慢してたんだが、花束の“圧”に耐えられなかった。


「? 作れたから、ってだけですけど?」



 キョトンとして返事をするメッくん。


 バケツちゃんの瞳は鈍色にびいろの前髪に隠れて見えないけれど、きっと“本気ホンモノ”の目をしているんだと思う。


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