さきがけ
来るべき再挑戦に向け、俺たちは今日もアバターの調整作業を続けている。
そう。俺たちだ。
今度は俺とセイバー夫人だけでなく、仲間を募ってボスに挑む。
目指すはクリアー、ではない。ランキングの上位をマークすることだ。
戦闘時に俺が使うのは巨大ロボットアバター“セントラル”である。
“姫騎士ルミナ”に持たせた魔法エフェクトなどは使えないのだが、夫人いわくルミナのステータスもセントラルの能力に若干加味されるらしい。
だから俺がすべきはステータスの再調整。
そしてセントラルの“パイロット”として操作技術をみがくこと。
このところは昼間の空き時間はVnityで作業をし、夜はセイバー夫人とめかばにあちゃんに例の特訓メニューでしごかれる毎日だ。
今日も今日とてひたすらVnityのウインドウと向き合って作業を続けていると、別のモニターに表示しているいつものチャットツールに新規の発言があった。
Mrs.Saber:ご覧になって。
メッセージと共に添えられているのは動画サイトのURL。
|The Universe公式チャンネルの最新動画だ。
タイトルには“【The Universe】BEAT BOSS”とある。
あのイベントボスを攻略した人が現れた、ということだ。
*
例の決戦フィールドを俯瞰するカメラが十数人の集団を映す。
ほとんどのメンバーが近未来サイバー風のデザインでまとめられたアバターを使っている。
パッと見て抱いた感想は“いかにもオンラインゲームって感じだな”だった。
ネームプレートに目をやるとハングル表記が目立つ。
同じ動画を観ているドリルばんちょうのチャットメッセージに曰く、韓国コミュミティでは有名どころのゲーム動画配信集団だそうだ。
メンバーの中にはプロゲーマーも混じっているらしい。
自他ともに認める実力派、か。
ブラウザ内の動画プレイヤーにバトルスタートのテロップが流れ、フィールドに最初のエネミー群が出現した。
軽自動車くらいの大きさをした漆黒のボディ。クワガタムシを機械にしたデザインの戦闘ドローン――その数は50機。
「まずは……やっぱそうするよな」
独り言が漏れる。
ドローンの大群を相手どった彼らの戦法は、銃火器や魔法弾による飽和攻撃だ。
初見の俺とセイバー夫人がとった行動とほぼ同じ。
だから“あの時のあれは正解だった”と確認できたようでちょっと嬉しい。
さて、問題はここからだ。
豪雨じみた火力でクワガタドローンを消し炭にしたら、奴らがお出ましになる。
カメラがフィールドの上空を仰ぐ。
濃い紫色をマーブル模様にした空に“渦”が生じ、その中心から6体の人型をした甲虫悪魔――先日ようやく公式名称が発表されたイベントボス――“アヴィーク”たちがゆっくりと降りてきた。
対峙する彼らは一糸乱れぬ動きで矢じりを三段に重ねたかたちのフォーメーションを組んだ。
剣などを構えた前衛、銃火器やを携える中列、そして後方にはキャタピラをもたず浮遊する戦車にメカニカルな杖を持った未来風魔法使いが随伴している。
最初に動いたのは後衛だ。
ルミナが使うものよりはるかに大規模な“魔法エフェクト”が放たれ、平らな床をうねりながら這い拡がる。
アヴィークたちの足下にうねりが達したとき、黒い巨体が斜めに傾いだ。
あの魔法エフェクトには当たり判定が仕込んであるらしい。
のっぺりとした平面に“地形”を無理やり作り出したのだ。
アヴィークの背部甲殻が開き、一対の透明な翅が伸びる。
巨体の足が地面を離れる。宙に浮くことで対応して――いや、できない。
戦車隊の精確な砲撃が6体のアヴィークに絶え間なく降り注いだからだ。
それと同時に前衛が動く。
散開した射撃隊がターゲットの脇をすり抜けるように駆け、手にした突撃銃、ビームランチャー、ガトリング砲が敵の脚部を狙う。
地に縫い付けられた甲虫巨人は、怯むことなく長大な武器から斬撃波を放ち、胸部の火球で後衛の戦車を数台焼き払った。
火力の応酬に見える戦闘だが、いちどアヴィークと交戦した俺は不意に気づく。
奴らの手数が少ない。
彼らは足場を不安定にしたことと単純な攻撃の手数とによって、ボスの行動ルーチンを位置補正や防御などの攻撃行為以外に割かせているのだ。
攻防を続けているうちに生まれた間隙をつき、最前衛の戦士たちが突撃する。
わずか5人で編成された特攻隊は、狙いを一体のアヴィークに絞った。
ひとりが鎌による薙ぎ払いをさそう囮になった。
ふたりが振るわれた鎌に飛び乗って、身長ほどあるメイスで巨人の指関節と肘を叩き砕いた。
またひとりが胸のオーブにランスを突き立て。
そして最後のひとり――蒼い髪に細身の白い肌、対照的に甲殻と鱗で覆われたいかつい四肢と尾が印象的な竜人の少女だった――が両手の爪を振るったソニック・ブレードでアヴィークの無貌の眉間を切り裂いた。
まず一体、アヴィークの巨体が崩れて霧散。
“仲間”を倒された残り5体は直近の特攻部隊に狙いを定め、胸のオーブを発光させた。
黒い魔神の胸部で火球が膨れて飛び散る。
拡散してもなお凄まじい威力をもつデスナパームが前衛のプレイヤーを数人まとめて焼き尽くし。
続けて長大な魔杖の尖端が槍の穂先を生成し、長距離の刺突で後方を狙撃した。
カメラがもう一度俯瞰になる。
アヴィークの本格的な反撃を許したことで、攻略チームにはかなり欠員が出ている。
て言うか壊滅状態じゃないか、これ。
完璧だった矢じりの陣形はところどころが毀れ――――俺は、後衛の中にこれまでまったく動画に出てこなかったプレイヤーがいることに気がついた。
動画に出てこなかった。イコール、戦闘に参加していなかった。
それなら今まで何をしていたんだ?
「あれ?」
とつぜん動画にノイズが走る。
PCの異常じゃない。動画を再生しているブラウザの不具合でもない。
映像の中でだけ風景がジグザグに歪み、黒いノイズが幾条も走り、七色の明滅がオーバーレイする。
「“視界ハック”か……!」
視界ハック。
シェーダーやエフェクトを組み合わせてワールドに居るプレイヤー全員に特定の映像を見せる技術だ。
VR空間でのライブ演出に使われることが多いこの技術は、戦闘に転用することで強力な“全体攻撃”となる。
これまで展開されていた作戦行動はすべて、大技を仕込む時間稼ぎに過ぎなかった!
行われたのは怜悧で無慈悲な広域殲滅。
敵も味方も区別なく、ゆがみ壊れた空間は一切合切を飲み込んで。
数分におよぶ視界ハックが過ぎ去った後、残されたのは無の平面に立つ小さな人影だ。
たった一人の生き残りを見下ろす空っぽの画面に、“GAME OVER”の文字列が淡々と表示されていた。
*
Mrs.Saber:私たちの目標がこれで決まったわね。
夫人の発言にチャットに参加しているメンバーが次々と“OK”のアイコンをつけていく。
――――58分32秒。それが、越えるべきハードルの高さだ。




