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人を見かけで判断するな。見かけが人じゃないかもしれんが……

 セイバー夫人と出会ってから今に至る思い出(ぜんぶで一時間ちょっと)をバケツヘルムの彼――“mekusako(メクサコ)”くんに話すことになった。


「今日さ、仲間内で噂になってたワールドに遊びにいったんだよ。MARYS(メアリス)さんが作ったっていう所」


 俺たちが今プレイしているVRソーシャルゲーム“|The Universeユニバース”では、プレイヤーが製作した“世界ワールド”を渡り歩いて遊ぶ。

 世界観は千差万別、クオリティも玉石混交。俺みたいに自室《home》としてワールドを作っているプレイヤーもいれば、ガチのゲームステージを公開している人もいる。


「MARYSさん! 有名な人ですよね」

「あの人のこと()()って言うあたり筋金入りのゲーマーだね、メッくん」


 俺がさっき足を運んだワールドは後者寄りだった。

 MARYSさんはインディーズゲーム界隈では半ば伝説になっている個人クリエイターで、爽快なアクションやシューティングの良作を数多くリリースしている。

 謎が多い人物で、英国在住なこと以外はコアなゲームファンにも知られていない。


「そこかしこにメカが埋め込まれていてSFチックな坑道だった。初めて来るワールドだったのに何だかすごくしっくり来るっていうか、実家に帰ってきたような安心感があった」

「坑道が実家、ですか?」

「いや俺のリアルの生まれはぜんぜん普通の街なんだけどね。不思議に思ってスタート地点から何周もワールドを歩きまわってたら気がついたんだよ――これ“メガハンター”だわ、って」


 ああ、とメッくんが合点する。

 メガハンターはMARYSさんの過去作品で、SFチックな坑道は人気が高いステージだった。


「それでさ――居たんだよ、セイバー夫人(このひと)が」


 背中にマウントした剣の柄を指すと、メッくんは「なるほど、そういう」と得心した。


 メガハンターの坑道ステージと言えば、プレイした者なら今や誰もが知っていることがある。

 “隠し武器”の存在だ。

 坑道の同じルートを10周してゴール地点の崖を登ると出現する最強の武器。


 セイバー夫人は、いち早く件の手順に気付いた俺の前に姿を現したというわけだ。


「古いゲームなのに、こんな若い子にもプレイしてもらえていて嬉しかったわ」


 背負った夫人が、出会った時と同じ言葉を繰り返す。

 で、メッくんもあの時の俺と同じリアクションで驚きの声をあげる。


 MARYS=セイバー夫人なのだ。


「それにルミナさん、とっても可愛いんですもの。どことなく孫娘に似ていてね」

「へへ、かわいさ追求してますから。魔法も使える姫騎士って設定のアバターだから、こんなエフェクトなんかも出せますし」


 普段はこんなのしか出さないけどね、と付け加えながら星やハートを掌から出してみせる。正直言って、戦闘バトルで魔法エフェクトをマトモに使ったのはさっきの立ち回りが初めてだったりする。



 ……いや、マジで初めてだったんだよ。()()()()()()()()()


 今になって変な汗がどっと噴き出す。HMD(ゴーグル)の下を雫が一滴つたっていった。


「そんな俺を……この夫人ひとは無慈悲にも……床に仕込んだベルトコンベアで半強制的にワープポータルへ放り込んだのでした……」

「大丈夫ですか!? い、いきなりテンション下げないでくださいよ!」


「オホホホ、ごめんあそばせ。もうしないよう、可能な限り善処するわ」

「……ほんと日本語、上手ッスね」

「あら、ありがとう。一時期そちらに住んでいたのよ」


 俺の精一杯の反撃いやみをスルーしつつ、セイバー夫人はメッくんに水を向けた。


「メキシコさんはどうしてあの方たちに追い回されていらっしゃったの?」

「メクサコくんですよ夫人」

「あら失礼。なぜだか覚えにくくって。悪気はないのよ、メリヤスさん。それで、どんな行き違いがあって?」


「いきちがい……?」


 夫人の問いが断定的だったせいなのか、メッくんはきょとんとした声でオウム返し。

 

「ええ。先ほどのクリーチャーの方たちもわたくし達と同じプレイヤーなのよ」

「――えっ」


 少年が回線の向こうで息を呑む。

 それから、彼は気まずそうに「実は」と切り出した――


 *


「やっぱりね。そのような塩梅だと思ったわ」


 夫人の感想には俺も同意した。


 メクサコくんが語ったのは、いわゆる“初心者あるある”だった。


 初めてのログインで何も知らずにパブリック・ワールド(別名:無法地帯)へ来て。

 言葉が通じないというか音声チャットでのコミュニケーションをとらないプレイスタイルの無言勢プレイヤーをNPCと勘違いして。

 叫び声をあげながら跳ね回る元副大統領(フリー素材)おばけ(アバター)にびっくりして攻撃してしまった。

 それでパーティの始まりだと思った向こうさんが追いかけてきた、と。


「うぅ……ぜんぶボクのせいだったんですね。悪いことしちゃった……」


 メクサコくんはガチ凹みしていた。

 アバターの甲冑騎士はあいかわらず直立不動だが、もしかしたら現実世界リアルの彼はPCの前で正座しているかもしれない。それくらいのレベルで凹んでいた。


「そこまで気に病まなくてもいいって」

「そうよメチルアルコールさん。今後の教訓になさいな」


 夫人と二人がかりでメクサコくんを励ましていると、向こうの浮島からサングラスに海パン姿の大柄な男アバターが飛び移ってきた。


「……hi」


 海パンは見た目通りの低い声を発し、こちらを――俺とセイバー夫人の方をじっと見て。


「Did you do this?」


 さっき景気よく吹っ飛ばしたアバターたちが居た辺りを指さして質問してきた。

 たぶん「お前がやったのか?」って言ってんだよな。もしかしてさっきの連中のボス格とか……?


 なんか答えなきゃ。こういう時は――


「あ、あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ。りーどおんりー。りーどおんりーめんばーあんてぃるはーふいやー」

「Ah?」

わたくしが通訳してさしあげるわ、ルミナさん」


 見かねた夫人が流暢な英語で海パン氏(ネームはなんて発音していいのかわかんない英語だ)と話し始める。

 英語力がザコ級の俺にはもはや聴き取れない会話だが、言葉を交わすうちに両者の雰囲気がみるみる緩んでいってることは分かった。


「おおむね事情はお伝えしたわよ」

「ご、ごめんなさい! 元はといえばボクのせいで皆さんにご迷惑を……」

「だから俺たちは迷惑してないって」

「彼らも、自分たちはノリで行動してただけだから別に気にしなくていい、とおっしゃっているわ」

「このゲーム、デスペナルティとか特に無いしね。HPが無くなったら自分のホームワールドに戻されるだけだから」


 話してるうちに、さっき消し飛ばしたプレイヤーたちも続々とリスポーンしてこちらの浮き島に戻ってきた。


 俺たちを見つけると寄ってきて、同じ場所をグルグル回ったり何度もその場でジャンプをし始める。


 戸惑いから黙ってしまったメクサコくんに夫人がスイと解説を入れた。


「これはテンション上がったぜ、のサインよ」

「ほら、ああやって楽し気な動きしてれば、言葉が通じなくてもだいたいどうにかなるよ」


 俺はデスクトップPCのキーボード操作をいくつかレクチャー。


 バケツヘルムが教わったばかりの「しゃがみキー連打」を実践して高速スクワットをすると、向こうの無言アバターたちも同じ動きで“返事”をしてくれた。



「わぁ……あはははっ、ありがとう!」



 彼の屈託ない笑い声にこちらも嬉しくなってくる。

 少々アクシデントはあったが、初心者の第一歩をうまくアシストできたようだ。


 微笑ましい気持ちで見守っていると、触手生物がワールド移動ポータルを生成した。

 空間に開いた楕円の窓の向こうには、どんよりした洞窟風の風景が見える。


 超やばそう。


 あ、触手が手招きしてからポータルに入った。


「わーい」

「ちょっ、メクサコくーん! 得体のしれないポータルに不用意に入っちゃ駄目ーッ!」


 フラフラ危険ゾーンに入っていったメッくんを慌てて追いかける。


「オホホホホホ、今度はわたくし()()()()ではなくってよ」


 背中で朗らかに笑う夫人に何かを言う余裕は無かった。


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