表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/30

バーチャル百貨店で僕と握手!

「みんなー、こんばんはー!」


 ステージに立つピンクの毛並みの獣人お姉さんが俺たち観客にマイクを向ける。

 デパートの屋上風につくられた会場ワールドは、現在の日本時刻と正反対に真昼の晴天である。


「こーんばーんはー!」

「すごーい!  元気なお友だちばかりでお姉さん嬉しい!」


 客席のあちこちから「ヤッター!」「オネエチャーン!」などと無邪気な声があがる。

 ちなみに|The Universユニバースのメインユーザーは主に20~30代の男性である。ここで聴こえてくる声もおおむねそんな感じだ。


「今日は集まってくれたお友だちのために、すっごいゲストが来てくれてるの!」

「ウオオオォー!」


 野太い歓声。会場の一体感は最高潮だ。


「さあみんなで呼んでみましょう! せーの――」


 その時、ステージに白い煙が立ち込めた。


「オホホホ、オーソドックスで素晴らしいわ」


 背中で優雅に笑うセイバー夫人の言葉通り、煙がはれたステージに立っていたのは黒ずくめのマントに身を包んだ長身の男だった。

 顔の半分をいかにも悪そうな突起がついたヘルメットで覆っている。

 素顔が露出した口元が動き、男はやたら張りのある低い声で高笑いを始めた。


「フハハハハハハ! 吾輩は悪の秘密結社“ヴァリヴァリ団”の首領! ヒュドラーであーる!」


「ウワーッ! 悪者だァーッ!」

「ヒーローショーはどうなってしまうんだー!」

「首領―! この前の動画面白かったぞー!」

「また激辛やきそば食べる配信やってくれー!」


 突然あらわれたヒュドラ―首領に会場のおともだちはパニックだ。


「この会場はヴァリヴァリ団が乗っ取った! お前は明日から我々の動画配信に毎回出演するのだ!」

「やだーっ! 私バーチャルタレントなのに体張ったバラエティ番組みたいな配信やりたくない!」

「ええいうるさい! あの熱湯風呂は毎回自宅の風呂を沸かしているのだ!」


 あの野郎どうかしてるぜ。

 このままでは司会のお姉さん(ふわふわ獣人系バーチャルタレント)がさらわれてしまう。



「待てェーい!」



 勇ましい声がして、ステージの下手しもてから赤い人影が飛び出した。


「バケツレッド!」


「バケツブルー!」

「バケツイエロー!」


 赤に続いて青、黄の甲冑に身を包んだ男たちがステージに現れる。

 更に四人目!


「中華の王将!」


 白いコック服を鎧の上から強引に着て中華鍋を持ったバケツヘルムだ。

 メットを外した素顔はデフォルトのバケツヘルムよりも目が小さく、ご丁寧にナマズみたいなヒゲまで生えている。


「精子!」


 最後に川魚くらいの大きさの精子が空中を泳いできた。

 こいつは色んな意味で五人目にカウントしていいのだろうか。


「「「「「ヨロイ戦隊バレンジャー!!!!!」」」」」


 登場した五人組は横並びになってポーズをキメた。



「なんだ貴様ら……マジでなんなんだ貴様ら!」

「バレンジャーだ!」

「いや待って。貴様ら本当にこれバレンジャーで通すつもり?」


 ヒュドラ―首領の声の張りが急に素に戻る。

 ロールプレイじゃなくてマジで困惑しているっぽい。


「五人そろってバレンジャー! 問題なし! さあ戦うぞ!」

「ヴァリヴァリ団の思い通りにはさせん!」

「ワタシのチャーハンと味で勝負アルヨ!」


「やめろ! やめなさい! 貴様らねえ、たしかに打合せで“そちらの自由にお願いします”とは言ったよ? だけどさあ」

「なんだ!? “思ってたのと違う”はお互い言わない約束だろう!」

「言ったけど! 貴様ら4人目……まあ4人目はもう良しとしよう」


 首領がそう言うと、中華の王将はすこし寂しそうに一歩下がってチャーハンを炒め始めた。


「5人目に――俺に問題があるとでも言いたげだな?」

「逆に訊きたいんだけど貴様はそれで戦えると思ってんの?」

「俺は――父から生まれた。 “あの救世主おとこ”ですら生まれる為に母を必要としたというのに――」

「貴様マウントとる相手は選びなさいよ!  どの角度からもイジりづらいよ貴様!」

「まあイジった結果俺が生まれた、みたいなところがあるから――」

「黙れーッ!」


「首領がんばれー!」

「くじけるなー!」

「首領なら収拾つけられるって信じてるぞー!」


 客席から暖かい声援が飛ぶ。

 獣人お姉さんはいつの間にか舞台袖へ避難していた。


 声援の甲斐あってか気を取り直したヒュドラ―首領はマントからステッキをとりだして。


「いでよ、我がしもべ“怪人スクリュークイーン”よ!」


 ふたたびステージを白煙が包み新たな人影が現れた。


 きわどいハイレグボンデージ衣裳の仮面をつけた女王様だ!

 右手にはムチ、左腕は――――ドリルになっている!



「はァァァァァい! スクリュークイーン推参でェェェェェす!」



「お前かよ!」


 俺と何人かの声がユニゾンする。

 ドリルばんちょうは見ての通り出たがりな奴なので、けっこう顔が広い。


「来たなスクリュークイーン……お前は()()だ!」

「ははーッ! 糞でございますゥゥゥゥゥ!」

「糞とはなんだ!」

「はーッ! この世でもっとも汚きものにございますゥ!」


 足元に土下座スタイルではいつくばるスクリュークイーンを、首領がステッキで打つ。

 バシィと音がして、女王様は土下座をキープしたまま後ずさった。


「ありがとうございまァァァァす!」


 役割分担どうなってんだ。


「うふふゥ……本当に()()()()しまいそうですね。新性癖! そう思うでしょう? あなたたちも!」


 ゆっくり立ち上がったドリルばん……もといスクリュークイーンが怪しく笑い、バレンジャーが怯む。

 ブルーは少し前かがみになっていた。


「ですが私はケジメをつける主義。首領のオーダーは“悪の女幹部”ですから、いやらしい雰囲気のまま終わらせはしませェェェん!」


 スクリュークイーンが右手を空にかざしパチッと指を鳴らす。


 ボンデージ女王様の姿アバターが消え、デパートの屋上全体に影が落ちる。


 頭上を見上げると、巨大な円盤が空を覆っていた。


 円盤の底面からは幾柱ものドリルが伸びゆっくり回転している。


「“ドリル17号フェニックス”! ()を広げなさァァァい!」


 ドリル17号と呼ばれた巨大円盤のところどころに在るハッチからおびただしい数の()()が吐き出される。


 それは小型の――それでも乗用車ほどの大きさがある――円盤だった。

 円形ノコギリのような形通りに金切り声をあげて回転しながら飛んできたそれは、バレンジャーめがけて、いや、彼らだけでなく観客たちにも見境なく体当たりを始めた!


「ブルーと精子がやられた!」

「この円盤ほんとうに攻撃判定があるぞ!」

「俺たちを皆殺しにする気だーッ!」

「ああっ、ヒュドラ―首領が逃げた!」


 飛び交う殺人円盤、逃げ惑う人々、応戦する人々。会場は本当のパニックに陥った。

 どうやらドリルばんちょうもといスクリュークイーンの行動は予定にないものらしい。


 このショーイベントを企画したヴァリヴァリ団がこの後SNSで叩かれないか心配だぜ――などと思いながら手にしたセイバー夫人で前方の殺人円盤群をまとめて吹き飛ばす。



「子円盤をいちいち相手にしていてもキリがない。親玉を叩くアル!」


 中華鍋で円盤を叩き落とし、中華の王将が残ったバレンジャーたちに号令。

 すでにこのワールドから取り除かれた精子を除いた3人が一所に並び立ち、揃って同じポーズをとった。


 仁王立ちになり右手の人差し指を顔の横に構え、天を仰ぐ。


「「「バケツ!」」」


 構えた右手を思い切り上げて天をつく。


「「「フィーバー!」」」


「「「バケツ!」」」


「「「フィーバー!」」」


 一連の動作を何度も繰り返す3人の声に応え、空の彼方からそいつが飛んできた。


 ビルを見越せるほどに巨大なバケツヘルムだ!

 おなじみの西洋甲冑の上に更に武者鎧を着込んでいる!


「いくぞ! バケツフィーバーロボ!」


 ロボと呼ばれた武者バケツの目が光り、バレンジャーたちに照射される。

 4人の体が浮かび巨大バケツヘルム――“バケツフィーバーロボ”の頭部へと吸い込まれていく。


 背負っていた薙刀ナギナタを構えバケツフィーバーロボがビル街を駆けだす。


 ドリル17号フェニックスが船体底面のドリルを高速回転させ、先端から拡散レーザーを発射!


 跳躍ジャンプしようとしたバケツフィーバーロボにレーザーが直撃。足元にあったビルを下敷きにして倒れたロボに小型円盤が無慈悲に追い打ちをかける。


「ぐえー! 強すぎる!」


「HAHAHAHAHA!」


 爆炎で地面に釘付けにされるバケツフィーバーロボを上空から見下ろして、ドリルばんちょうがバカみたいに笑う。

 野郎、手加減する気がまるでない。あいつはこの場をどうしたいんだ。


「ルミナさん、わたくしたちもこのショーに飛び入り参加をしましょう」

「え……わざわざ首つっこむんですか?」


 剣にはまったオーブの明滅と共に聴こえてくる夫人の声に「あの人を止めましょう」みたいな神妙さはまるでない。


 逆だ。


 夫人の声音は「自分もあそこで遊びたい」と思ってウズウズしている時の響きである。


「だって、()()()()()()()()?」



「――かも、しれませんね!」



 うなずく俺の脳裏には、あの晩言葉を交わした女神の顔が浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ