俺は触手には負けない。姫騎士だから。美少女だから。
スカイブルーの空に浮かぶ原色の島々。
簡略表現のポップで可愛らしい世界に、似つかわしくないモンスターたちがひしめいている。
太く長い触手がうごめくイソギンチャク。
食人植物(つるのムチ完備)。
屈強なオーク。
多機能晒し台。
目の前に並ぶ偏ったコンセプトの魔物群を前に、俺は自分の身の丈ほどある巨大な剣を構えた。
厚みのある刀身と龍の翼を模した鍔の装飾が施された大剣は、重厚な見た目とは裏腹に重さをほとんど感じない。
当然といえば当然だ。現実の俺が手にしているのはテレビのリモコンくらいの重さしかないVR機器のコントローラなのだから。
「あちらは合意とみてよろしくてよ、“ルミナ”さん」
剣に嵌められた宝玉が明滅して俺の名前を呼ぶ。
独特の厚みがある低い声――年齢を重ねた女性の声だ。
「合意するのは戦闘だけですけどね」
「それなら、指一本触れさせないようお立ち回りなさい。あなたは“姫騎士”なんでしょう?」
うなずいて剣を正眼に構える。
視線を手元に落とすと、花びらを逆さまにしたような青と白のミニスカートから細い少女の脚が伸びている。
一瞬、この自分の脚に触手が絡みつくのを想像して「冗談じゃない」と首を振る。
俺が構えたのを見て、三体のオークが躍りかかってきた。
剣の柄に左手もそえて、正面のオークを袈裟がけに斬る!
手元のコントローラが軽く振動し、手ごたえ!
2メートルをこすオークの巨体がばっさり両断された。
返す刀で右へ踏み込んで二体目のオークを横一閃!
背後から残りの一体が迫る。
俺は左手を後ろへ向けてコントローラのタッチパッドを操作、左手から牽制の魔法光弾が発射される――オークがひるんだスキに股下から頭頂まで一気に切り上げ!
鍔の宝玉が光り、剣が「フゥ!」とエキサイトした声をあげた。
向こうのマイクから小さくぱちぱち拍手する音が聴こえる。
息つく間もなくお次は触手だ。
「Shake it up, baby!」
宝玉が明滅して声をつぐ。
「めちゃくちゃネイティブな発音ッスね、“セイバー夫人”!」
この人どういうおバアちゃんなんだろう……と思う間に大剣の刀身がまばゆく輝き始めた。
すでに植物と海産物の触手は俺の視界を埋め尽くしている!
剣の輝きに呼応して握ったコントローラもビンビン振動。俺は直感に導かれるままに、剣をおもいきり横薙ぎにした!
当然、三日月型の斬撃エフェクトが発生! でっかくなりながら飛んでいって触手を雑に一掃ゥーッ!
「こいつは威力があり過ぎて……超スーパーすげぇどすばいってやつだぜ」
ちょっとヒく。衝撃波は地形にもダメージを与え、入道雲みたいな土煙を巻き上げた。
「まだ終わりではなくてよ、ルミナさん」
手にした剣――セイバー夫人の警告通り、土煙がマジックハンドで払われる。
生き残った多機能晒し台が、折りたたんでいた脚を伸ばしてゆっくりと立ち上がった。
仲間の触手たちを盾にしてさっきの一撃を耐えたのか。
晒し台は地響きをたてながら突っ込んできた。
鉄製のボディから伸びた四脚で地面を震わせる姿は、SF映画の軍隊が使ってそうな歩行戦車を思わせる。
「夫人、もう一度お願いします!」
「OK! Rock ’n’ Roll!」
さっきよりも激しく光る刀身を肩に担ぐようにして振りかぶる。
足を肩幅より広げたスタンスでその場を踏みしめる構えをとる。
目線は真正面。バカでかい鉄の箱。
「せぇッ!」
鋭く息を吐き剣を目の前に打ち込む!
刀身から極太の光柱が伸びる!
多機能晒し台は、全身に剣の光を浴びて消し飛んだ。
「――はッ、ふぅ……」
少しあがった息をととのえる。
べつに戦闘でMP的なものを消耗したからではない。
VRゲームは自分の体を動かすから普通に疲れるのだ。リアルスタミナ制なのだ。
「さいきん動き回るゲームやってなかったからなあ」
「す、すごい――――」
声に振り向くと、鈍色の全身甲冑にバケツのようなヘルメットを被ったプレイヤーが棒立ちになっていた。VRデバイスを使わないデスクトップPCプレイヤー特有のキヲツケ姿勢だ。
「あ、あの、えっと……助けてくれてありがとうございますっ」
渋い見た目のバケツヘルムから聞こえてきたのは少年の声。
ボイスチェンジャーで少しキーを高くしているので幼い男の子のように聴こえる。
「気にしないでよ。こっちも成り行きでやっただけだからさ」
「オホホホ、私の試し斬りにうってつけだったわね」
「成り行き……試し斬り……ですか?」
相変わらず棒立ちのバケツヘルムだが、声色からして困惑しているのはよくわかった。
よし。自己紹介しよう。
「俺はlumina。ご覧の通り、姫騎士やってる。で、こっちの剣が“Mrs.Saber”。ついさっき一緒になって――そして今に至るってわけさ!」
剣を担いで、空いた手でVサイン。
腰を少し反らしながら脚は内股にして体のシルエットで曲線を描き。
同時にコントローラを操作してアバターをウインクさせ、渾身の可愛いポーズをキメでみせる。
「あの……差し支えなければ『――』の部分を話してもらえませんか?」
「うん。いいよ」
普通に返事をした。




