勇者
「ぐぅぉおおおお!!」
眼下に広がる光景を見て俺は溜息をつく。
「きっさまぁ!!!」
勇者、そう呼ばれる青年がこちらに剣を振りかぶり迫ってくる。彼のその左目には青白く光る十字架が刻まれていた。
これは『聖神の祝福眼』と呼ばれる魔眼の一種である。
「浄化の火よ!」
「なぜ無駄だと分からない?」
聖剣に、祝福眼の力を纏わせ切りかかってくるもこちらも同じく魔眼で対抗する。
手に持つのは『魔杖の複眼』と呼ばれる眼を使い作った杖だ。そこには俺がこれまで出会い、そして死んで言った魔眼使いたちの眼が宿っている。
「『破壊神の呪福眼』」
これは目の前の勇者とは真逆の神により呪われた魔眼である。
「ぐぅっ……!」
「なぜ、なぜ俺を襲う?俺が何かしたか?これまで俺は平穏に生きてきたつもりだが」
ここは辺境の村。そこが勇者により破壊された。理由もなく、なんの意味もなく、無作為に。俺を殺すために力を振るい、その余波で壊したのだ。それを彼は自覚していないし、原因を俺だと決めつけてさらに奮闘する。
その後ろには賢者、戦士、大神官がいた、いずれも少女と呼べる若さで、世界的に見れば天才と呼べる存在だ。彼女らは既に俺が無力化し、結界を貼り、守ってやっている。俺と勇者の戦いは山ひとつが容易に消えるほどの被害を生み出す、死なせるのは後味が悪いから守っているのだ。
「それが……お前が!魔眼使いを襲い!力を奪ったからだろう!そのままじゃお前は世界を壊しただろ!?」
「……?何故だ?俺は単に介錯したに過ぎないぞ」
首を傾げながらも勇者の激しい攻撃を防いでいく。『結縛の魔眼』で時折勇者を拘束し、止めようとするも寸前で回避される。さすがに戦闘に特化しただけある。今回の勇者はやりにくいな。
「それはお前が拷問をしたからに過ぎない!」
「俺が魔眼使いを?拷問したと?」
それは聞き捨てならないな。
「……そうか、今の人はそこまで厚かましくなったか」
「お前は力を手に入れるために人を人と思わないような所業をしてきて、今更許されると思ってるのか!?」
「それは……お前たちが!魔眼使い達を迫害しているからだろう!!」
『破壊神眼』
手に全力で破壊の力を込め全力で駆け抜ける。勇者の顔へとフルスイングで殴りつけた。
「魔眼使い達を拷問していたのは俺ではない!お前たち人だろう!」
「うぐぅぁ!?」
「何も!知らずに!温室で育ってきた世間知らずが何も言うんじゃない!」
山へと叩きつけられた勇者を尚も殴り続ける。
「あいつらは!死にたいと、俺に願った!その気持ちを!知ってるか!?」
「ぅあ……や、やめ」
「内蔵をかき乱し!眼を抉り!やめてくれと!そう叫んだ魔眼使いたちの言葉を聞いたことがあるか!?」
「俺には関係な──」
「お前の眼は!その眼は、俺たちは魔眼使いたちの眼を濃縮して創った眼だ!関係がないだと?巫山戯ているのか!」
まだ止まらない。俺が生きてきた間に貯めた憎悪を叩きつけるように勇者の体へと、破滅の力を纏った拳が落ち続ける。
「貴様ら勇者は……!死ぬ度に力を付ける!魔眼使いから奪った力で!」
それでもなお勇者には致命的なダメージが入らない。傷を受ける度にこいつの魔眼から溢れる力が修復しているからだ。
「その力は!『修復の慈眼』と呼ばれる魔眼の力だ!」
「がっ、ぐ!?」
「『頑健王の金属眼』『覇王の威眼』『魔神の異眼』『龍の眼』。これら全てがお前らに拷問され奪われていった魔眼だ!」
こいつの力は正真正銘、他人の力だ。そして魔眼使い達から奪い続けた力でもある。あまりにも多すぎて俺ですら全てを把握出来ていない。
勇者と呼ばれる存在が生まれた原因は俺なのは確かだ。そして俺を殺すために生み出した魔眼が『聖神の祝福眼』と呼ばれるものだ。
「勇者が産まれてから120年間、その間魔眼使いたちは殺され続けた」
もう、殴るのさえ虚しい。殴るのをやめ、勇者から離れる。
「勇者、初代勇者が生まれた時、初めに力を奪われた存在は誰だと思う?」
「ぅく……し、知るか」
「お前の国なら有名だろう」
こいつの居る国は聖帝国。帝王が総べる聖なる国、らしい。どこがだ。
「4代目聖女、ミリアーナだ」
「な!」
4代目聖女ミリアーナとは120年以上前に、聖帝国を滅ぼしに来た冥帝龍を鎮めた奇跡の聖女だ。
「彼女が持っていた魔眼は『聖神の祝福眼』」
「……!?」
「その力はひたすらに祝福をかけるだけ」
冥帝龍は言わば神に愛されたかった悲劇の龍。こいつを生み出したのは聖神だったからだ。だからこそ彼女の力が冥帝龍を鎮めることが出来た。
「そして、それを奪ったのが3代目聖帝だ。奴こそが初代勇者だ」
「そ、そんな話信用できるか!」
「聖帝は聖なる力が最も高い皇族がなる。3代目聖帝は聖帝国では最高の力を持っていた。だがそれでもなおミリアーナの『聖神の祝福眼』は片目しか許容できなかった」
「ふざけたことを……!なら右目の魔眼はどこへ行った!?」
「俺の右目にある」
そういい右目にある『聖神の祝福眼』を光らせる。
「あ、ぅそだ……」
何かが崩れるように勇者は驚くが、まだそれには値しない。
「いや、だが……!お前なら奪えるだろう!」
「まぁ似たようなものだな」
「だったらお前がミリアーナ様から奪ったんだ!」
俺は魔眼使いから魔眼の力を受け取ることが出来る。だが奪うことは出来ない。
「俺の右目は生まれつき何も見えなかった」
赤ん坊の時からそうだ。
「そして俺は生まれつき魔眼使いだった」
その魔眼の名前は『略奪の神眼』
「だが奪うことは出来なかった、何もすることが出来なかった、魔眼なのに」
遂には俺は魔眼狩りと呼ばれる存在に、俺は捕まる。
「そこで出会ったのは聖女ミリアーナだった」
彼女がなぜ捕まったのか。それは3代目聖帝の命令だったからだ。奴は力を欲していた。
「だが片目しか奪えなかった。そしてミリアーナは……片目の状態のまま、再度投獄された」
その時のみリアーナは、とても……聖女と言える存在とは思えなかった。牢獄の隅で常に祈り続けていたが、神が答えることはなく発狂寸前だった。
「その時彼女に俺は言われた」
私の目を、奪って欲しい。神なんて二度と、信じたくないから、と。
「その時に初めて、俺の魔眼の力がわかった」
今まで反応しなかった魔眼が、答えたのだ。
「俺の魔眼は略奪と名に付くが、奪うことは出来ない。その力は魔眼の力を継承することだったのだ」
そして俺はミリアーナから『聖神の祝福眼』を継承した。それを見ていた他の投獄されていた魔眼使いたちが言ってきた。
俺達の分まで生きてくれ、俺たちはもう……生きたくないと。俺達の魔眼を受け取ってくれ、そう俺に願ってきた。
彼らの体は傷つき、四肢のどこかを必ず欠損していた。俺もそうだった、魔眼狩りの奴らは人とは違う力を持つ魔眼使いを拷問して遊ぶのが好きだったせいで、死ぬ事が出来なかった。魔眼使い達は反抗しようにも相手には聖帝がいる。敵わなかったのだ。
「だが俺が魔眼使い達から魔眼を継承し、牢獄から脱獄し、逃げた」
その時の俺はこう思った。
「生きよう、と」
俺は既に囚われていた。魔眼に。その力に。
「俺が継承した力に一つだけ特異なものがあった」
それは『不滅の神眼』と呼ばれる魔眼だった。
「あまりにも特異すぎるそれは俺に永遠と言える時間をくれた」
これが俺が120年前から今まで生き続けた要因。
この魔眼を持っていた人物は両目にナイフが常に突き刺さり、四肢に杭が刺され、心臓に爆薬が仕掛けられていた。だがそれでもなお、彼は死ななかった。
「俺はさらに求めた」
俺は魔眼使いを救いたい、と。その力を継承すれば魔眼使いは魔眼使いではなくなる。
「だが、もうどうでもいい」
120年間俺は戦い続けた。勇者や人間たちと。時には魔眼使いと。
「……俺はもう生きた亡霊だ」
いくら力を継承しても魔眼使いは居なくならない。この途方もなく続くことを俺は続けられるのか、そう思った。時間は無限にあるようなもの。だがその無限の力を全て、魔眼使いのために使えるのか?
「使えない、もう見たくないんだ……」
人が行う過ちを俺はもう見たくない。
「頼む、最後にその眼だけ……返してくれ」
俺は悔しかった。ミリアーナの魔眼だけが完璧に継承できてなかった。それがどこか、彼女が永遠に神に囚われ続けてるようで、嫌だった。
「彼女の最後の願いだけは、叶えさせてくれ」
ミリアーナは俺に魔眼継承させた翌日に自殺した。いや、彼女だけじゃない、囚われていた魔眼使いたち全員が自殺していた。その中には『不滅の神眼』を持った人物もいた。
「頼む……」
「…………信じ、られないな」
「……」
「ふははは、そうか……そういう事だったのか」
「……何がだ」
「俺はどこか違和感を持っていた。その違和感はこの力を使いこなす度に思ってきた。なぜか俺はひとりじゃないって、常にそう思えてたんだ。それは仲間がいたからじゃない……お前と、この魔眼で繋がっていたからか」
…………
「持っていけ……俺もなんか疲れた」
「……なんで疲れた?」
「多分この疲労は俺のじゃない。過去の勇者たちの物だ……この魔眼に残ってたんだ。もう争いたくないってな。ほら早く持っていけ……後は俺はのんびり過ごすさ」
頷く。そして近づいていき、その眼に手を触れる。
「『魔眼の王』よ……その……済まない」
「それはお前の想いか?」
「いや、俺じゃないな。ミリアーナ様からだ」
「そうか」
「なぜ俺がこうあっさり魔眼を返すと思う?」
「なぜだ?」
「ミリアーナ様が囁いてたんだよ。『いつかお前にも、勇者にもわかる』ってな」
「……」
「これで俺は勇者という役目から外される。ミリアーナ様も救われる」
さて、何をしようかな──そう呟く顔は今決意したような顔ではなかった。多分勇者にとってはこうなることは予想できていたんだろう。
「お前、演技派なんだから俳優にでもなればいいさ」
「……だな、お前を騙せたんだからなれそうだな」
そう笑い合い、継承が終わる。
「なーんか……清々しい気持ちだ」
「それより彼女らを回収してくれよ?」
「いや、いい。ほっとけ。ようやく勇者から解放されたんだ、その役目に縛ってくるそいつらはもううんざりだ」
そういい、その足でどこかへと歩いていく。
「また会う日まで」
「会えんの?」
「俺は不滅だからいつか会えるさ」
「そっか。またな」
これにて、俺の物語はひとつ終わった。さて……何しようか。
もう……魔眼使いとは会いたくないな。