プロローグ
あやめシティーはこの小さな星で一番の繁華街であった。
雑踏の中心は辻馬車が冒険者を飲み込んでは吐き出すターミナル。
その中でバンは壊れた人形の様に座っていた。
彼の周りを行きかう人々は彼に気が付くと顔を一瞬顔をしかめるか、失笑を禁じ得ない様子で皆足早に去って行く。
ほんの数日前まで星一番の果報者と謳われた若き領主の今や見る影もない落ちぶれぶりである。
見事な黒鉱が丁寧に精錬された見事なブラックメタル製の鎧も埃塗れで腰の和刀が泣いている様に見えた。
「ちょっとバン、よくもこんな恥ずかしい事を!」
落ちぶれたとはいえ現領主に対してこのように遠慮の欠片も無い言葉を叩いたのはギルド「ラブ&ケニー」の女ギルマス「ラブ」である。
道行く人は一瞬驚いた様子だったが、特徴的なハートをあしらったその装備から直ぐに彼女が誰だか気が付くと安心した様に歩き去って行った。大凡武人には見えない彼女の装いは他の追従を許さぬ奇抜さでカラフルに仕上げられていた。
頭部には銀色のティアラをかぶっているがその両サイドからストローに付いたハートの飾りが天に向かって突き出て揺れていた。鎧は纏わず擦り切れた長そでのシャツの上から横縞のTシャツを重ね着し、ハート模様があしらったジーンズの短パンに靴は又もやカラフルなハートプリントのスニーカーと言う装いは冒険者の多いこの地において一際異彩を放っていたが、彼女は自分のスタイルを貫く事に関してまったく他人の目を意に介さなかった。
彼女曰く彼女はラブ・パイレーツというこの星固有の職種らしい。勿論公式にその様な職は無い。
しかし領主の幼馴染でプラネット創立メンバーの一人でもある彼女はバンに頼んで特別にラブ・パイレーツという職種をこの星に生誕させた。噂によるとラブ・パイレーツの正式装備である横縞Tシャツや短パンは剣士職に於けるメタルプレートアーマーに匹敵する防御力を持つと言う。
さて、ラブが咎めたのは糸の切れた人形の様に座り込んでいる事よりも背後にある巨大な石で出来た看板の事を指していた。
『アカネ、帰って来てくれ!』
でかでかとそう書かれた看板にまたチラリと目をやった少女はあどけなさを残した唇を歪めると、威嚇する蛇ように鋭いシュっという吐気と共に吐き捨てた。
「あの女、今度会ったら絶対殺してやる!」
すると彼女の傍らに居た美少年が「まあまあ」と割って入ってきた。
巷ではラブの恋人と目されるケニーである。細かなレリーフの施されたプラチナの軽鎧に白銀の両刃刀をを携えたこの美少年剣士もまたプラネット創設メンバーの一人でありギルド「ラブ&ケニーの二人目のギルマスである。
ギルド「ラブ&ケニー」はラブ以外女人禁制というジェンダー差別に近い鉄の掟がある為、女性冒険者達はケニーとお近づきに成りたくても中々チャンスに恵まれないのでその事でラブを恨んでいる者もいるというが、当のケニーは誰隔てなく優しさを振りまく紳士であり男女問わず誰からも好かれていた。
ケニーは座り込むの親友の肩にそっと手を置いた。
「新聞で読んだよ。アカネさんからは置手紙があったんでしょう?探さないでなんて何か事情があるんだよ。そっとしておいてあげるのも優しさじゃ無いのかなあ?」
隣でアカネという名を聞いたラブが再び小声で「ぶっ殺す」と呟いた事から推測すると、どうやら共通の知人である様だ。しかしケニーの声はバンには届いていない。彼は眠る様に目をつむりながら何やら呟いていた。
「二人で...初詣に行ったよなぁ。」
「初詣?バン、それは変だよだって彼女が転校してきたのは確か1か月程前...1月の下旬じゃ無かった?」
隣でラブがうんうんと頷きながら小声で付け足す。
「あの女、最初からバンに色目使いやがって...絶対に魂胆があったのよ。」
しかし自分の殻に引きこもったバンは海底に沈んだ貝の様に俯いたまま独り言を続ける。
「俺、神様なんて信じていなかったからお参りになんて行ってなかったし、アカネも引っ越しの準備で忙しくて未だ言って居なかったっていうから二人で近所の神社に行った。そこで初めて神様に一生懸命お願いしたっけ。」
「なんて?」
ケニーは心配そうに顔を覗き込むようにして尋ねた。
「アカネが幸せになれますように...。」
次の瞬間轟音と共に巨大な石盤が八つに切り刻まれた。剣士ケニーの名を星域中に知らしめたオリジナル剣技である。
「あっお前ら何で居るの?ちょっそれ大きいから高かったんだよー!」
突然驚いて立ち上がったバンを尻目にケニーの剣は勢いを留めず、更に剣速を増して行く。
「「「ホワイトアウトだ!!!」」
よもや街中で著名剣士のフィニッシュブローが見れるとは思わなかった冒険者達からは大きなざわめきが起こり、あわてて端末をタップし解析モードからその技の秘密を盗もうと色めき立つ者もいた。
「アカネさんを幸せにしたいならこんな所で止まって茶駄目だよバン、一緒に他のプラネットを回ろう!」
ケニーは剣を振るいながらバンに語り掛けた。
白銀の剣線が吹雪の様に真っ白に視界を覆う。
石の看板は万を超えて切り刻まれていく。一つ一つのピースがガリガリと音を立ててぶつかり無数の礫の集合体は大きな白い魂が昇天するかの如く空の彼方に勢いよく飛ばされて行った。
「さあ、行こう。バン」
バンの手を取ったケニーはラブに彼の身を預けると振り返り、大空へ飛び去って行った礫の輝き見つめながら呟いた。
「アカネさん、もしもの時は僕も容赦しませんよ...」
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