(7) 浦見の最期
「あそこの上からなら見渡せるな。登ろう」
浦見が木の生い茂った丘を眺めながら言うと、広須は頷き、ガドゥに手綱で指示を出した。
丘の上に着くと、浦見は満足そうな表情を浮かべた。
「いいね、遠くまでよく見える。交代で見張ろう。手首はどうだ?」
「もうほとんど痛みはないよ。今からでも戦える」
広須は手首を回しながら答えた。
「やる気みなぎってるな。まずは俺が見張ってるから広須は休んでなよ。一時間くらいしたら交代ね」
「分かった」
浦見は草の上に座り、あぐらをかいた。広須は木に寄りかかると、目を閉じた。
「焚き火したいな」
数秒後、浦見が呟いた。
「駄目だね。いる場所知らせてどうすんの」
広須は冷たく返したが、浦見は語り始めた。
「実家に帰ると必ずじいちゃんと焚き火してな。あれは楽しかった。自分で切った薪を焚べるんだ」
「ふうん。田舎を満喫してたのね。いい思い出じゃん」
「あいつら片付けたらやろう。この世界なら燃やし放題だ」
浦見は豊かな自然を見渡しながら笑みを浮かべた。
*
誰かが窓を開けると、生暖かい風が教室に吹きこんだ。
一真があくびをすると、前から澤野啓一が話しかけてきた。
「く、久住君ってゲーム好きなの?」
「え、まあ。なんで?」
「昨日ゲーセンでエクステンドブーストやってたの見てさ。僕もやってるんだよ」
「まじで? 最近100円2クレになったからやってるんだけど、階級はまだ少尉だよ」
「へえ。僕は今少佐だよ。今度一緒にやらない?」
「しょ、少佐? それは腕が違いすぎるな……でもまあ、一緒に行こうか」
そんな話をしていると、教室の隅で話している紙本と目が合った。紙本は話しながらチラチラとこちらを見ていた。一真たちの会話の内容が断片的に入ってきて気になっているようだった。
(あいつもゲーム好きっぽいな? 今度話しかけてみるかな)
一真は新生活に希望を感じていた。このクラスならいい一年が過ごせそうだと思った。
「久住君……あれ」
澤野が小さく指を差した先には、渋賀と鮫都がいた。そこに河岸範人が通りかかる。鮫都は河岸に足をかけ、河岸は転んだ。
「河岸君、あいつらに目を付けられたみたい。久住君も気をつけた方がいいよ」
「きついな——まあ中の下レベルの高校はこんなもんか」
「あと浦見君も、中学の時同級生を病院送りにしたらしいよ。キレると何するか分からないみたい」
「本当に? 見た感じ不良っぽさはあんまりないけどな……まあ気をつけるよ」
一真はあくびをした。河岸範人は無駄に気が強く、協調性がなかった。可哀想だとは思ったが、自分にはどうすることもできないのだと言い聞かせた。
「一真、大丈夫?」
マークの声で一真は目を覚ました。ガドゥの上でうたた寝してしまったようだ。
「汗かいてるけど……ほんとに大丈夫? やっぱりあの傷が——」
春奈に気遣われ、一真は額の汗を拭った。
「大丈夫。先を急ごう」
*
「広須、あいつら来たよ。いい感じにこっちに近づいてる」
そろそろ二回目の交代かという時、浦見が告げた。広須が目を凝らすと、遠くに三人の姿が見えた。
「あの脇道を抜けて行く感じだな。じゃ、奇襲しようか。広須が背後からバイラフトを投げる。取りこぼした奴がいたら俺が仕留める。この作戦でいこう」
「今度は全員に当てて見せる。というかそんなの作戦って呼ぶほどのもんじゃないけどね」
「こういうのはシンプルな方がいいんだよ。俺は右側から行く。広須は左から頼む」
そう言うと浦見は坂を下って行った。広須も後に続いた。
「ここでいいか」
広須は茂みに隠れるようにしゃがんだ。一真たちが通過したら後ろからバイラフトを投げる。簡単なことだった。
息を殺して待っていると、背後で物音がした。広須は素早く振り返った。
「やあ、広須。一人か? 」
「な、なんであんたが……」
そこには河岸が立っていた。
「お前たちがさっきまでいた丘の上から見てたからね。お前たちが向かって来るもんだから驚いたよ」
「……あー、最悪」
浦見の見つけた最高の見張り台が先に河岸に使われていたなど、全く考えが及ばなかった。広須は舌打ちした。
「追っ手にばかり気をとられてるからさ。まあ仕方ないか。お前たちが村を出たのを知ってすぐに追ったとは言え、まさか追い越してるとは俺も思わなかった」
「それで? ここでやり合うつもり?」
「お前たちが何で村を出たのか聞かせてもらいたい」
「話すわけないじゃん」
広須は手からブーメラン状のバイラフトを出現させた。
「やる気か。まあいい」
「あんたのバイラフト、見たよ。フリスビーみたいなので切断するやつ」
「フリスビー? チャクラムと呼んで欲しいな。しかし、みんなの前で披露したのはよくなかったな」
「私のバイラフト、どんなのか知らないんでしょ?」
「ああ。まあやってみるしかない」
広須はブーメラン状のバイラフトを投げた。河岸は円盤状のバイラフトを投げた。
バイラフト同士がぶつかり合う。河岸のバイラフトは、広須のバイラフトを真っ二つにしそのまま広須に向かって飛んだ。広須は慌てて避けたが、頬をかすった。
「ははは。俺のバイラフトが完全に上みたいだな。続けるか?」
「く、くそ……」
広須は負けを悟った。広須の、相手を拘束するバイラフトが切断されてしまっては話にならない。相性が悪すぎた。広須は観念しため息を吐いた。
「……私たちは王都に向かってる。王に仕えれば裕福な暮らしが出来るって聞いたから」
「そんな事か。誰に聞いた?」
「紙本だよ。無理矢理聞き出した」
「何で紙本がそんな事を。あの蛇人か?」
広須は頷いた。
「紙本がビライを逃してるのを五里が見たらしくて、翌朝紙本を問い詰めたってわけ。紙本は一人で王都に行っていい生活する気だったみたいだね。それと、王様は元の世界に戻る方法を知ってるかも知れないって話だよ。もしこの話が広まったら、山田たちは王様に会いに行って元の世界に戻ろうとするはず。戻るのは勝手だけど、来た時みたいにクラス全員で戻されてしまうかもしれない。私たちはこの世界で暮らしたい。だから紙本には口止めして村を出た。分かった?」
一頻り話すと広須は息を吐いた。
「蛇人の情報なんかをよく信じたな。紙本にどう口止めした?」
「ただお願いしただけ。五里と浦見にびびってたからあいつは何も言わないよ。村で大人しくしてるはず」
「ふうん。そうか、話は分かった。そういう事なら、俺はお前たちの味方だな。俺もこの世界で暮らしたい」
広須は思わず笑みを浮かべそうになった。
(これはいい! こいつは敵にすると厄介そうだし味方になれば……)
広須は次の手を打った。
「それなら、真野と田辺と久住の三人を一緒に倒してよ。あいつらに追われて困ってる。あいつら元の世界に戻ろうとしてるらしい」
「それはまた変な状況だな。まあいいや、協力しよう」
(あっさり! よし、こうも上手くいくなんてね)
広須は無表情を作り頷いた。
「浦見が近くにいる。ちょっと来て」
広須が先導し、二人は茂みを進んだ。
「どうした広須——か、河岸? どういう事?」
河岸の顔を見た浦見は驚いた様子で言った。
「味方になった。三人で奴らをやろう」
「よし。詳しい事は奴らをやってから聞こう。広須はさっきと同じ左側で待機。河岸は俺とここで待機。広須が奴らに攻撃したのを見たら飛び出してとどめを刺してよ」
「俺はあっちで待機する。奇襲するなら別の方向からの方がいいだろう」
河岸は指示を聞かず、草むらに入って行った。
「あいつ相変わらずだね。まあいっか」
*
「一真、足の調子はどう?」
マークが尋ねると、一真は首を横に振った。
「正直言ってかなり痛いよ……でも耐えられる」
「そうか、無理するなよ。浦見の奴、ぶん殴ってやらないとな」
「浦見はこの世界の人を殺した。生け捕りが無理なら最悪……」
一真は暗い顔をした。
「こ、殺すの? それはさすがに嫌だな……」
マークの問いに一真は答えなかった。一真自身、クラスメートを手にかける事には抵抗があった。しかし手を汚さなければならない時は必ず来ると感じていた。
「ふん。おしゃべりに夢中か。今度は三人まとめて捕まえるよ」
広須は背後からブーメラン状のバイラフトを続けざまに三つ飛ばした。ガドゥに乗り会話している三人に命中するかと思われたが、一真が鞭状のバイラフトで防いだ。
「おおっ、一真ナイス。真野さんの言った通り攻撃してきたな」
「行こう」
三人はガドゥを走らせ、たちまちに広須を囲んだ。
「喋りながらもしっかり警戒してたのか。ちっ」
「三人でそれぞれ別の方向を警戒してた。この辺は隠れる場所が多いからな。能天気そうに喋ってれば攻撃してくる可能性はあると思った」
一真が言うと、広須は顔を歪ませた。
「あーあ最悪だよ。河岸といいあんたたちといい……」
「河岸にあったのか?」
「さあね」
「真野さん、縛ってくれ。浦見と
見に見られてると思った方がいい」
広須は後ろ手に縛られながらもほくそ笑んだ。
(こいつらは河岸の事を知らない。浦見と河岸ならこいつらに十分勝てる)
浦見は茂みの中で舌打ちした。
「まさか一発も当てられないなんてな……流石に動けないぞ。というか河岸はどこに行った?」
突然河岸が茂みから姿を現し、一真は身構えた。そして警戒しながら話しかけた。
「河岸。こいつらの仲間になったのか?」
「まあ一応ね。お前たちの目的はなんだ?」
「今は、浦見を捕まえることかな」
「そうなのか。お前たちは元の世界に帰りたいのか?」
質問にはマークが答えた。
「帰りたいさそりゃ。帰る方法があるならな」
それを聞いてすぐに河岸は手のひらを上に向けた。攻撃を開始する合図だ。一真は口を開いた。
「俺は、この世界に来た事に何か意味があるのか知りたい。浦見も渋賀たちも野放しにしておけない。だから、今は帰る気はない」
河岸は手を下げた。
「そうか——そういう事なら、今はやめておこう。浦見はあの木の下にいる。じゃあな」
太い一本の木を指差し、河岸は去って行った。
「あいつなんなんだ? 何考えてるかさっぱり分からない。というか、一真は帰りたくないの?」
「帰りたいけど、今はああ答えないと河岸と敵対することになりそうでな——とりあえず浦見を捕まえよう。三、二、一で一斉に行こう」
広須を縛り終えた春奈が加わり、三人は浦見が隠れているという木に狙いを定めた。
浦見は焦っていた。
(あいつら一斉にこっち見たぞ。河岸どこ行くんだよ。何話したんだ? 意味が分からないぞマジで……まさか裏切られたか?)
三人は同時に走り出した。
「な、何でまっすぐこっちに来るんだよクソッ。覚悟を決めるか」
あっと言う間に囲まれた。浦見は木にもたれかかった。
「どうなってるか分からないけどピンチだな。やっぱ河岸はクソだなあ」
「諦めな。広須さんは捕らえ河岸もどっか行った。もう無理だよ」
マークが言うと、浦見は笑った。
「こんなスリリングな生活まだまだやめたくないな。だから逃げるよ」
浦見はいきなりマークに飛びかかった。マークは鞭状のバイラフトを出したが、浦見が斧状のバイラフトで切断し、そのままマークを斬りつけた。マークの肩から血が飛んだ。浦見は追撃することなく、そのまま走っていった。
「傷は浅い! 追うぞ」
マークが叫び、三人は坂を駆け上がって行く浦見を追った。
走るマークの横を、何かが通過した。目で追うと、それは浦見の肩に刺さった。マークと春奈が振り返ると、弓を構えた一真が立っていた。
「うっ! クソ野郎、久住やりやがったな。でももうすぐそこだ」
浦見は肩を押さえながら走り続け、目的地に着いた。
「あ? いない。ガドゥがいないだと?」
見渡すと、遥か遠くに走って行くガドゥが見えた。
「はあはあ、浦見、観念したか」
赤く滲む肩を押さえながらマークは言った。浦見は立ち尽くし背を向けたままだった。
「……ガドゥが全力で走ってんだよ。河岸がケツに火でも着けたのかもな。まったく、この世界に来てあいつが一番生き生きしてるよな」
そう言いながら浦見は、しかめ面で肩の矢を抜いた。血が飛び散ったが、すぐに流血は止まった。
「浦見。覚悟はいいか」
追いついた一真が拳を光らせながら言った。
「さすがに矢は痛ってえな。覚悟? 久住も言うね。俺に覚悟なんてない。気ままに楽しくやるだけだ」
一真は浦見に向かって走った。浦見は鉈状のバイラフトを構えた。一真は光に包まれた拳を浦見に向ける。
「来いよ……!」
一真が2メートルほどの距離まで来ると、浦見は左手から鞭状のバイラフトを出した。不意に迫るバイラフトに一真は反応が間に合わなかった。しかし、背後からマークが鞭状のバイラフト飛ばし、鞭状のバイラフト同士が絡みあった。
「ちっ! オラ!!」
浦見は鉈を一真の拳に向かって振り下ろした。両者のバイラフトがぶつかり合うと地響きが鳴り、鉈はガラス細工のように砕けた。腕は湾曲し、浦見は吹き飛んだ。
「うおおおおあぁぁ!!」
岩に激突し、岩に亀裂が走った。浦見は血を吐いた。
「あ、ありがとうマーク。危なかった」
一真は不意の攻撃に対応できなかった自分に不甲斐なさを覚えた。
「い、痛え……うっ、ゲボッ」
「浦見のことだから何か小細工してくるんじゃないかと思ってね。それよりも、この前より威力が増してるな……これが溜めに溜めた一真のバイラフトか。よく生きてるな浦見」
浦見の腕が僅かに動いた。
「久住。こ、殺す気だった、ろ……」
「正直、死んでもしょうがないと思ってた」
「お前も、ネジが外れてんだ、な……俺と同じ、だ……」
「……そうだな。でも俺はこの世界の人間は殺さない」
「なんだ、そのポリシーは……逆だろ普通……クラスメート、だぞ」
「クラスメートだからこそ、だ」
「はあ? わけ、分かんねえよ……」
「誰か来るわ」
春奈の視線の先には、ぞろぞろと歩いてくる騎士たち。教会で会った一団である。
「私の手で捕らえたかった。しかし感謝する」
最初に声を発したのはハナンだった。
「でもどうすんの? 牢獄に入れたとして、浦見は元気になったら簡単に脱走できるよ」
「そいだな——やはりこの場で死刑しかないか」
ハナンが呟くと、マークは慌てふためいた。
「いや、やっぱりがんじがらめに縛っておけば大丈夫じゃないかな……って、広須がいないぞ! そこに縛っておいたのに」
ハナンはすぐに指示を出した。
「女を探すんだ! 近くにいるはずだ! 強いのに詰めが甘いな君たちは」
「隠れる場所が結構あるからなあ……」
マークと春奈が周囲を見渡し必死に探している一方、一真は浦見に語りかけていた。
「なんで急に村を出た?」
「いいだろ別に……し、渋賀たちにだけこの世界を堪能させるのも釈だしなあ」
「村での言動からは違和感がある。何かあって急に出発した感じがした」
「ふ、ふ。よく見てるな。村で乱闘になってる時、ゴリが見たんだよ。紙本が蛇人を逃がしたのをね。それで紙本に問いただしたんだ。奴は蛇と取引して情報を得た。王都に行けば贅沢な暮らしができて、王様は元の世界に帰る方法を知ってるらしい」
「そんな事が……。それでお前たちは王都を目指したわけか」
「ああ、お、お前も贅沢な暮らししたいだろ。まあ、この話も本当か分からないけどな」
一真は「そうか」と言うと、騎士たちに浦見を任せ、広須探しに加わろうと歩き出した。10秒ほどすると、背後から叫び声が上がった。
「うおおっ!! な、なんで、お前が」
浦見の腹が折れた義手で貫かれていた。騎士たちは吹き飛ばされ倒れていた。
「ハアア……俺も、ジオースに寄生させた……そして探したのだ……」
変わり果てた姿のミドロは言った。
「か、は……やっぱ、あの時殺しとくん、だった……ぜ」
浦見は動かなくなった。ミドロは義手を引き抜いた。
「お前何者だ! 浦見をよくもやったな」
駆けつけたマークが叫んだ。
「お前たちもこれから狙われることになる。覚悟しておけ……」
そう言うとミドロは倒れた。脇腹にはナイフが刺さっていた。
「不意打ちを食らいながらも刺し違えるとはな」
ハナンは感心したように言った。
「誰なんだ。これは」
「トリプスという犯罪組織の者で、こう見えて我々と同じプエイル人だ。途中で会った時は5人ほどいたが……」
一真の問いに、ハナンは答えた。
「この世界にも色々やばいのがいるなあ。こいつの仲間を浦見が殺して、復讐されたってとこかな——」
浦見は丘の上に埋葬された。
石で作った簡素な墓石を、三人はしばらく無言で見つめていた。近くに墨色の花が不気味に咲いていた。
「あの森の中に町がある。逃亡した奴もあの森に向かっているかも知れん。町でとりあえず休み、今後の事を話し合おう。
ハナンの提案に一真は頷いた。
「そこはいい町なんですか?」
「いい町だったがさすがに今は治安が悪い。しかし質を問わなきゃ何でもある」
「じゃあ行こう。俺たちにはまだまだやる事がある」
一真はガドゥに飛び乗った。
「一真、張り切ってんな。何がそんなにやる気を掻き立てるのかねえ」
「河岸君に感化されたんじゃない? あの行動力、図太さは見習うべきものがあるわ」
「そうかねえ。ま、この世界ではあれくらいがいいのか」
マークと真野はガドゥに跨り、一真の後を追った。
目指す町に何が待っているかも知らず、三人は進んでいく。