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クラスメイト・ハント  作者: 埼島始
1章 戦乱の荒野
5/14

(5) 悪意の暴走


 そこにガドゥはいなかった。


「やっぱり河岸のやつ……」


 山田が言うと同時に、背後から声がした。


「やあ。みんなお揃いで」


 ガドゥに乗った河岸だった。ガドゥには荷物が括り付けられていた。


「河岸……どこに行く?」


 笑みを浮かべる河岸を見上げながら、山田は不愉快そうに尋ねた。


「渋賀たちを潰す。ついでに五里たちも潰す」

「渋賀たちを? なぜだ」

「気に食わないからさ。この世界なら自分に正直に生きられる。最高だよ。じゃあな」


 河岸の乗ったガドゥは走り去って行った。


「なんなの! 河岸ほんと勝手すぎるんだけど」


 須藤綾が怒りをあらわにすると、周囲も同調した。

 

「山田、どうする? 潰すって、殺すってことかな」


 マークが心配そうに言った。


「分からない……このまま河岸を自由にさせていいのか? でも……ガドゥはもういないし」


 山田は眉間にしわを寄せ、ぶつぶつと呟いた。


「俺は行く」


 一真は無意識に呟いていた。皆の視線が集まる。


「一真、この村を出るのか?」

「この村でずっと平和に暮らせるならそれもありかと思ったけど、やっぱりやめた。都に向かう」


 一真は迷いなく答えた。河岸の行動は褒められたものではないが、なぜだか感化され、考えを改めさせられた。


「でもガドゥいないしどうすんの?」

「それは……これから考える」


 強い気持ちを持っていても、手段がなければどうにもならない。一真は考えたが、アイデアが出てこない。


「俺のガドゥを貸してやるよ」


 いつの間にか近くに老人が立っていた。清潔とは言いがたい身なりをした老人だった。


「あなたは? ガドゥがまだいるんですか?」


 山田が尋ねた。


「ただの農家だ。奴らに見つからないように隠してたのさ。まあ来い」


 老人は頭をかきながら歩き出した。


「みんなは寄合所に戻ってくれ。俺と一真で行く」




 山田と一真は老人について行くと、小さな家があった。家の中に入ると、そこには二頭のガドゥがいた。

 

「こいつら老いぼれだから大人しくてな。毎日一緒に寝てたんだ。へへ」


 老人は得意げに言った。家の中に大きな生物がいる光景に山田はたじろいだが、一真の口角は僅かに上がっていた。これがあれば行ける。一真は決意を固めた。





「一真だけ行かせるのもどうかと思うので、同行者を募りたいと思う。この国について情報を集め、元の世界に戻る方法を見つけたい。またはこの世界で平穏に暮らす方法。俺は一真と一緒に行こうと思う」


 山田は皆に呼びかけた。一真は一人で行きたかったが、山田がそれを良しとしなかった。山田がこれほど人に気をかける人間だとは知らなかった。それが元々なのか、この世界に来て変わったのか、一真には分からなかった。


「山田は残ってよ。山田がいないとクラスまとまらないじゃん」


 須藤綾が言った。


「えっ、俺はいつからリーダーになった……困ったな」

「じゃ、俺が行こう。この村でじっとしてるのは退屈そうだし。山田は残ってよ」


 マークが手を上げ立候補した。


「マーク、行ってくれるか。じゃあ頼むよ。悪いな」


 他に手を上げる者はいなかったため話は終わった。

 朝食を食べ終わると、一真たちは出発の準備を始めた。


「これでよし。じゃあ出発だな」


 荷物をガドゥに括り付けると、マークは言った。

 山田が皆を呼ぼうとしたが、一真が止めた。クラスメートたちに見送られるのは御免だった。


「二人共気をつけて。俺は落ち着いたら古関先生を見に行く。生きてるか分からないけどな……」


 苦笑いする山田。その横にいる長老は無表情のままだった。


「長老、この服ありがとうございます。行って来ます」


 一真とマークは蛇人の着ていた服をリメイクした物を着ていた。村人たちが夜なべして作ったという。

 伸縮性に優れたデバクの革と、軽くて丈夫なバサンの角を加工して作られた装甲を使い、身軽かつ防御力のある服が完成した。


 一真とマークはガドゥに跨り、手綱を引いた。年老いたガドゥはゆっくりと歩き出した。


「ま、待って!」


 女子生徒が駆け寄って来た。真野春奈だった。


「ま、真野さん? どうして」

「私も……連れて行って」


 真野春奈は息を切らしながら言った。


「なんで? 危険な旅になると思うけど」

「そ、それは……なんとなく……」

「なんとなくう? まあ俺はいいけど——一真はどう?」

「危険が多い。村に残った方がいい」


 一真が言い切ると、真野春奈は下を向いた。


「そ、そうだよね……分かった。ごめん、戻る」


 真野春奈は寂しそうな表情をして背を向けた。なぜ彼女は来たのか。この村に居場所がないからだということを一真は察していた。一真は拳を握りしめた。


「でも——この世界に真野さんを縛るものは何もない。だから自分で決めればいい。多分……」


 真野春奈は振り返ると、口を開いた。


「じゃあ……やっぱりついて行く。迷惑かけないようにする」

「じゃあ決まりだな! 俺の後ろに乗んなよ」


 真野は頷き、マークの乗るガドゥに跨った。  


「真野……無理はするなよ。がんばれよ、三人共……」


山田に見送られながら、三人は都を目指し出発した。





 廃墟と化した教会の中に、鎧を着た者が二十人ほどいた。皆うなだれている。


「ベスカ隊長。そろそろ限界です。食料が尽きます」


 やつれた顔の女兵士が訴えた。


「ハナンよ。耐えるのだ。もうじき仲間が来る。そうすればスターグ様と合流し、反撃出来る」  


 ベスカと呼ばれる初老の男は静かに言った。


「しかし……それはあまりに……」


 ハナンと呼ばれる兵士は言葉に詰まった。仲間が来る可能性はほぼない。だが、それは口に出す必要はない事だと思い直し、ハナンは黙って頭を下げた。

 アーメイ家はこの一年、王国を乗っ取ったガシム家との戦いを続けてきたが、グラデバ人との遭遇により、窮地に立たされる事となった。グラデバ人の圧倒的な力に、いくつもの騎士団が壊滅した。


 外から鈍い音が聞こえた。


「今の音はなんだ?」


 扉が開き、中に光が差し込んできた。


「お、なんかいっぱいいるな」


 少年と少女が入ってきた。少年はがっしりとした体型で、天然パーマの頭を触っていた。

 少女の髪型はショートボブで、強気な目つきをしていた。


「お前たちは何者だ。外の見張りはどうした」

「まあ、民間人かな。ここのリーダーはいるか?」


 質問にも答えず、少年は尋ねた。


「私が隊長のベスカだ。若者よ、何の用だ」

「ここにお宝があるって聞いたんだけど、ある?」

「そんな物はない。誰から聞いた?」

「盗賊だよ。あぁ、あいつら嘘ついたな。というか嵌められたか」

「盗賊の言うことなど信じるものではない。残念だったな、帰ってもらおう」


 少年の手が光り、バイラフトが出現した。バイラフトは絡み合い、なたのような形状になった。

 少年は光る鉈でベスカに斬りかかった。ベスカは瞬時に剣を抜き、鉈を受け止めた。


「やるなあ爺さん。さすが隊長だ」

「魔術を使う者がまだいたとは……お前はこの国の人間ではないな。顔が違う」

「その通り。恨みはないけど死んでもらうぜ」


 浦見が鉈に力を入れるとベスカは押し飛ばされ、倒れた。


「ベスカ隊長!」


 ハナンが叫ぶと、ベスカは手で制した。


「全員で来てもいいんだけどな。騎士道精神が許さないか」

「若造一人にそんなことが出来るか」


 ベスカは立ち上がると剣を振り、再び剣と鉈はぶつかった。今度は剣が折れ、鉈はそのままベスカの肩をかすった。鎧の肩部に傷が付いた。


「降参しなよ。そしたら俺が隊長になる」

「馬鹿な……この剣が折れるとは……」

「鎧も切れるからな。凄いだろ」

「くっ……剣などいらぬ。この手で引き裂いてやる。うおおお!」


 ベスカは折れた剣で斬りかかったが、少年が振り下ろした鉈が素早く体を裂いた。ベスカは膝をつき、そのまま倒れた。


「た、隊長!」

「あーあ無駄死にだ。じゃあ俺が隊長ってことでいいか?」

「ふざけるな……我々は戦う」


 ハナンが剣を抜く。他の騎士たちも構えた。すると壁に寄りかかって見ていた少女が口を開いた。


「じゃあ私も参加しようかな」


 騎士たちは勝ち目がないのを悟りながらも、前に歩み出した。


「女騎士さん。俺の部下になりなよ。他の奴らは殺さざるを得ないようだけど」

「な、何だと……」





 男は血を流し倒れていた。近くに二人の仲間が倒れているが、すでに息はしていないようだった。

 武器を持たない少年少女に油断し、近付く事を許してしまった。見張り番としての職務の遂行すら出来ない自分を恥じた。


「あの、大丈夫ですか?」


 見ると、少年がしゃがんでこちらを見ていた。先程自分を攻撃した少年と同じくらいの歳だが、仲間ではないようだった。心配そうに見ている。


「二人組が来て……緑の光にやられた、強すぎる……教会の中に、いる」


 振り絞るように声を出した。この少年にそこで男の意識は途絶えた。


「一真、あっちの二人は駄目だ」

「こっちも今……死んだ」


 一真は歯を食いしばり立ち上がった。





「俺たちは都を目指してるんだ。道合ってるか分からないから案内してよ」


 軽い口調で話す少年に、ハナンは怒りを覚えた。


「なんなんだ、お前は」

「まあちょっと考えてみてよ。その間にこいつらをやる」


 ハナンの額を汗が伝う。全員が死ぬまでに恐らく五分とかからないだろう。

 少年の手が光り出した。ハナンは剣を握る手に力を込めた。


「浦見、か? 何をしてる?」


 入り口に誰か立っていた。逆光でよく見えず浦見は目を凝らした。


「ん? 久住か。マークと——真野さんもいるじゃん! どういうメンバーだよ」


 浦見はさわやかとも言える笑顔を見せた。


「外に三人倒れてたの、浦見がやったの?」


 マークは恐る恐る言った。


「そうだよ。今からこいつらも殺す」

「待て。この人たちは何者なんだ。殺す理由は?」


 一真が尋ねると、浦見は退屈そうな顔をした。


「なんか俺の部下にならないって言うからさ」

「何? やめるんだ」

「久住ってそんな主張するやつだったか? お前もやられたいの?」

「浦見こそ、そんなやつだった?」


 浦見は一瞬壁に目をやった。入り口の横に寄りかかっていた広須の姿はなかった。


「どうしたみんな。怖い顔してさ。冗談だよ。何もしないに決まってるだろ? まあ入って入って」


 促され、マークがゆっくりと足を前に出した。


「待て、仲間が……」


 ハナンが言いかけた時、暗闇から光が飛んで行き、足を踏み入れた一真とマークに当たった。後ろにいた真野は体を引っ込め、ぎりぎりのところで回避した。


「な、なんだこれは!」


 二人の体に光る輪が巻きついていた。


「フフ。私のバイラフト、どう?」

「ナイスだよ広須。真野さんにも当てられればなあ。惜しかった」

「ふん。捕まえてくる」

「待ちなよその前にこいつらだ」


 浦見は拘束された二人を引き倒した。


「ひ、広須さん……五里もいるのか?」


 マークがもがきながら聞いた。


「せっかちな五里は先に一人で行ったよ」


 広須は薄ら笑いでマークを見下ろした。


「盗賊の話じゃ、裏切り者は足の小指を切り落とすんだとさ。しきたりだな。お前らを殺すのは心が痛むから、それに倣おうと思うんだ。広須、二人の靴を脱がしてよ」


「や、やめろよ浦見……」


 広須は渋々一真とマークの靴を脱がすと、浦見は手を光らせ斧を出現させた。


「いい服着てるじゃん。まずは……マークかな。動くなよ。他の指も切れちゃうからな」


 浦見はマークの足に斧を近づけた。マークはガタガタと震え「待て、待てよ……」と後退りした。


「と見せかて」


 浦見は瞬時に一真の小指を切り落とした。


「うあああああ!!」


 一真は叫んだ。床に額を擦りつけのたうち回った。


「や、やりやがった……浦見」


「痛かった? 反抗的な目で見るからさ。これに懲りて冒険は諦めな。村でゆっくり暮らすんだ」

「あんた、よくやるね……真野探してくる」


 広須は呆れた様子で外に出て行った。


「出てきなよ、いるんでしょ?」


 草むらに向かって話しかけると、ゆっくりと真野が出てきた。


「あなたたちの目的は、何?」


 真野は恐る恐る尋ねたが、広須は無慈悲に笑った。


「黙って捕まればいいんだよ」


 広須はU字型のバイラフトを手から放った。真野がか細い糸のようなバイラフトを出しぶつけると、広須のバイラフトは巻きついた。


「まだ鞭を出すので精一杯って感じか。それも細くて情けない。それがほんとのあんたって事だよ」


「!?」

「中学まで地味キャラだったって噂、聞いたよ」


 真野の指先が僅かに震えた。


「だから、何?」

「同じ鞭でも格が違うのを見せてあげるよ」


 広須は鞭状のバイラフトを出すと、何度も真野に打ち付けた。


(何でこんなに違う? 前出した時より細くなってる気がするし)


「ほらほら、誰も助けてくれないよ、どうすんの?」


(この細さなら……いけるかも知れない)


 真野は右手の指先に集中した。広須の攻撃を左腕で受け、バイラフトを撃ち出した。か細いバイラフトは広須の手首に刺さり、貫通した。


「ぎゃあああぁぁ!!」


 広須は手首を押さえうずくまった。


「ご、ごめん。でも正当防衛だから……」





「や、やめてくれ浦見、なんでもするから」


 マークは転がるようにして浦見から逃げていた。


「諦めろよ。死にゃしないって」


 浦見は笑いながら追ったが、外から叫び声が聞こえ手を止めた。


「広須? どうしたよ」


 浦見は外に目を向けたが、すぐにある事に気付き振り返った。しかし遅かった。目の前に一真の光る右手が迫っていた。

 広須の叫び声が聞こえたという事は広須がダメージを受けたという事であり、一真たちを拘束する広須のバイラフトが消失する可能性がある。そこに気付くのに時間を要してしまった。

 一真の攻撃を避けようとしたが、腹に衝撃を受け浦見は吹き飛んだ。



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