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クラスメイト・ハント  作者: 埼島始
1章 戦乱の荒野
4/14

(4) 疑心の夜


 堂野は邪悪な笑みを浮かべた。


「今度は久住かよ。馬鹿な奴だ——お前には無理だ」

「そうだな。でもこの世界じゃ何が起こるか分からない」


 堂野は鼻で笑うと走り出し、光の鞭を繰り出した。すかさず一真も鞭を出し、それを弾き返した。堂野はとっさに距離を取り、舌打ちした。


「やっぱりお前も使えるか。この力はとてつもない感じがするぜ。この力さえあればこの世界を支配するのも夢じゃない。クラスの全員がこの力を持ってるとしたら、みんなライバルになるな。今のうちに潰しておいた方がいいって事だ」


 何かに取り憑かれたように語る堂野。一真は恐る恐る尋ねた。


「支配だって……? 何を言ってるんだ」

「お前には分からないのか。この溢れるパワーが」

「……」

「ふん、まあいい。始めよう」


 もはや説得は不可能だと思い、一真は黙った。

 堂野は一真の周囲をぐるぐると周り出した。一真は攻撃に備え構えた。堂野は倒れている蛇人の死体を片手で持ち上げ、放り投げた。一真は眼前に迫る死体を鞭で防いだが、その隙に堂野は接近し体当たりした。体験した事のない衝撃を受け、一真は吹き飛んだ。


「今のは効いたろ。 ん? これを外せ。しぶとい奴め」


 堂野は自分の手に鞭が巻きついている事に気付き、外そうとした。一真はよろよろと起き上がるとそれを思い切り引っ張った。堂野の足がもつれ、よろけたところで、一真は飛びかかり、顔面を殴った。


「がっ! こいつ……」


 堂野は一真の首を掴むと、指を食い込ませた。激しい痛みが一真を襲った。呼吸が出来なくなり、意識が朦朧とする。


「……!」


 堂野とはこれまで殆ど関わりがなかった。毎日柔道に打ち込む堂野と、漫然と日々を過ごす一真。関わる事はずっとないと思っていた。それが今は、関わるどころか強い殺意を向けられている。まるで現実感がなかった。

 堂野の指を剥がそうとしたが、少しも動かなかった。一真の体はいつのまにか持ち上げられていた。


「このまま首をねじ切ってやる!」


(それでも俺は……生き残ってやる)


 一真の拳を光が包み込んだ。力が湧き上がるのを感じ、一真は光る拳を堂野の頭に叩き込んだ。


「ぐがっ!」


 堂野の頭は衝撃で真下を向いた。首から指が離れ、一真は地面に尻餅をついた。堂野はふらつきながらも一度は踏ん張ったが、すぐに力が抜け、倒れた。


「や、やったのか? 一真」


 山田とマークが恐る恐る近づいてきた。


「堂野は、死んじゃったのか!?」


 マークは倒れている堂野を恐れながらも心配そうに見ていた。


「分からない……手加減する余裕はなかった」


 一真が呟くと、堂野がわずかに動いた。


「俺が、久住、ごときに……クソ……」


 堂野は体を震わせながらゆっくりと立ち上がった。その顔は鬼の形相であった。


「まだ立てるのか。さすがだよ」


 河岸が感心した様子で言うと、堂野は河岸を睨みつけた。


「ぐ、河岸、お前からだ——こ、来いよ」

「……分かったよ」


 河岸は指で鼻を軽く擦ると、堂野めがけて走り出した。一瞬にして堂野の目の前に到達し、腹にパンチを入れた。


「うぐっ! ボゲェッ」


 腹を押さえ悶える堂野の顔面を、河岸は容赦なく何度も殴った。堂野は仰け反り倒れた。


「河岸やりすぎだあ!」


 マークが叫んだが、河岸は意に返さない。


「うぐう、うう」


 倒れたまま小さな声で唸りながら、堂野は起き上がろうと手を動かし始めた。


「堂野……まだやる気か? もう無理だ立つな!」


 山田は駆け寄ろうとしたが、河岸は落ちていた棍棒を拾い上げ、堂野の頭に叩きつけた。堂野の顔は地面にめり込み、動かなくなった。


「……!」


 見ていた者は皆、堂野の死を感じ取り戦慄した。


「な、なんてことを……」


 怯えながら立ち尽くすマークに、河岸は少し苛立った様子を見せた。


「こいつはもう殺すしかなかった。たがが外れてしまったんだよ」


 河岸の威圧感にマークはたじろいだ。


「タガが外れた——だって?」


「俺たちは今までずっと校則やら法律やらのルールに縛られて生きてきた。それが急になくなって、おまけに妙な力を持った。自制心がなくなっても仕方がない」

「そ、そんな……何でそんな事分かるんだ」


 マークが額の汗を拭う。河岸は棍棒を放り捨て続けた。


「俺自身がそうだからさ。蛇人を殺し、こいつを殺しても罪悪感がないんだ」


 河岸の不気味な笑みにマークは後ずさった。


「フフフ。安心しなよ——俺はこいつみたいに暴走はしない。今のところはね。さて、他の蛇人たちも片付いたみたいだな。このクラス全員がライバルというのは本当かもな。おい婆さん、出てきなよ」


 家の陰から険しい顔の老婆が出てきた。


「なんという事だ、あなた達は一体……その力——まさか蔓力バイラフトか?」


 山田は聞きなれない言葉に戸惑った。


「バイラフト? なんですかそれは」


 訊ねると、老婆は周囲をゆっくり見渡した。家から続々と人が出てきて、山田たちを遠巻きに見ていた。


「色々と話すことがありそうだ。食事をしながら話そうではないか」





 堂野は村の外れにある墓地に埋葬された。堂野の死は、クラス中に大きなショックを与えた。河岸がとどめを刺した事はすぐに知れ渡り、殆どの者が河岸に恐怖の感情を抱いた。

 

 長老は「夕食の用意ができるまでゆっくり休むといい」と言うと、去っていった。


「と、とりあえず今夜は食事にありつけるし、助かったね……」


 沈痛な空気をどうにかしようと思ったのか、マークが明るく振る舞ったが、空気は変わらなかった。


「堂野君が死ぬなんて……もうみんな死ぬよ。うう……」


 関実香が泣きながら呟く。夕日に照らされながら一同はただ立ち尽くしていた。

 




 日が暮れ、村に戻ると焚き火が焚かれ、テーブルが並べられていた。


「この人数では酒場は窮屈なので外でお許しを」と村人は言い、テーブルに食べ物を置いた。


「正直あんまり期待できないよなあ。このしけた村じゃねえ……」


 マークは小さな声で言った。



「これ美味いな!」


 30秒後、マークは一心不乱に肉を貪っていた。


「それはシャノメリス人の乗っていたガドゥです。ガドゥは食用としても優秀です」


 料理を運んできた村人が説明する。


「ああ……あの鳥みたいなやつか——見た目からして鶏だからな」


 山田が肉の味を噛み締めながら言うと、長老はゆっくりと頷いた。


「食事が口に合ったようで何より。ではまずは、蔓術バイラフトについて話そう。蔓術バイラフトは自在に形を変える万能の魔術で、緑色の光を放つ。かつてアービィ人が使っていた魔術だ。私が知る情報はそれくらいだ。実物は初めて見たので本当に蔓術バイラフトかどうかの確証はないが」

「……なぜ俺たちがバイラ——魔術を使えるんです?」


 マークは肉を飲み込むと尋ねた。


「それは分からない。プエイル人が使えるとは聞いた事がない——救世主だからかも知れん」

「救世主? いったい何を救うのさ」


 マークが肉をかじりながら聞く。口の周りにはタレが付いていた。


「ここダビトル王国は内乱で一年前に崩壊した。それを機に他種族が次々に乗り込んできて略奪を始めた。その種族の中の一つがシャノメリス人というわけだ。奴らを倒したあなた方ならば崩壊したこの国を救えるかも知れん」


 山田はため息を吐いた。


「とんでもない所に来てしまったという事は分かりました……」

「村の外の情報は定期的に来る旅商人が教えてくれるものだけなので話せるのはこれくらいだ。その旅商人ももう来なくなった。殺されたのだろう」


 皆が沈黙すると、長老は申し訳なさそうな顔をした。


「食事中にする話ではなかったな。私はそろそろ寝るとしよう。ではごゆっくり」


 長老が去って行くと、一真は夜空を見上げた。星が眩しいほどに輝いていた。


「一真、どうした?」


 山田が声をかけてきた。呼び方が名字ではなく下の名前に変わっている事に一真は少し戸惑った。


「いや……星が妙に明るくて——」

「ああ、こんな綺麗な星空初めて見たよ。まったく……まさかこんなとこでキャンプファイヤーみたいなことやるなんてな」


 山田が呟くと、河岸が口を開いた。


「呑気だね。見たことのある星座がない事に何も思わないのか」

「え、そうなのか? 星座詳しくないからな……一真分かる?」

「いや、俺も分からないな」

「フン。星が全く違うって事はつまり、地球じゃないって事だな」


 河岸が言い放つと、山田はうなだれた。


「マジか……ここが地球のどこかって可能性はなくなったか……というか河岸。メガネなくて星が見えるのか?」

「驚いたことにだんだんと見えてきてね。もうメガネなしでも問題ない」

「す、すごいな。俺たちはやっぱり特別な力を持ってるのか」

「さあね。もっとこの世界の情報を聞き出したかったけど、誰かがビライを逃がしてしまったからな」


 河岸は舌打ちしてから、肉を口に入れた。

 紙本が戦いに気をとられている隙に、ビライは縄をすり抜け逃げてしまったという。紙本は落ち込んだ様子で隅で小さくなっていた。


「そう言うなよ。まああいつはデタラメしか言わなそうだったし」


 山田が苦笑いすると、マークが口を挟んだ。


「というかさ、言葉が通じるのも意味分かんないよな。蛇人も驚いてたけど」

「プエイル人の言葉は蛇人に通じないみたいだったな。ということは俺たちは無意識に二つの言語を話してるのか?」

「日本語で話してるけど自動翻訳されて伝わってる、みたいな感じかな、まあ便利だからいいか。でもさあ山田。これからどうする? この村に残るのか、都を目指すか」


「この村にいようよ。危ないのはもうやだし」


 すかさず須藤綾が声を上げた。すると料理を運んできた中年女性が頷いた。


「それがいいでしょう。あなた方がいればこの村も安心です。悪いようにはしません」

「わざわざ危険に身を晒す必要もないか……じゃあお言葉に甘えて、お世話になります」


 山田は深く頭を下げた。





「あ、おはようございます」


 朝。目が覚め外に出た一真はバスの運転手と鉢合わせし、ぎこちない挨拶をした。


「ん? ああ、おはよう」


 素っ気ない返事が返ってきた。高校生の集団の中に50代の中年が一人。運転手は終始居心地が悪そうであった。

 2年3組一同は寄合所の広間に雑魚寝し一夜を過ごした。寝心地は最悪だったが、皆疲れが溜まっていたため、静かな夜だった。

 運転手の横を通り過ぎ、顔を洗おうと井戸に向かった一真の前に長老が現れた。


「全員揃っているか?」


 長老は無表情だったが、よくない事が起こったのだと一真は察した。


 



「何者かがガドゥを三匹盗んで行ったようだ。北の方角に走って行くガドゥを見た者がいる。誰が乗っていたのかまでは見えなかったそうだ」


 長老は顎に手を触れ、淡々と話した。


「つまり、俺たちの中に犯人がいないか確認したいわけですね?」

「そんな事はないと思うがあくまで確認だ」


 皆はお互いを見合い、誰か欠けていないか確認した。すると坊主頭の澤口祐太が叫ぶように言った。


「五里と浦見と紙本、それに広須がいない! 散歩にでも行ってるんだと思いたいけど……」

「そんなまさか……」


 直後、扉がゆっくりと開いた。


「み、みんな……大変だ」


 紙本が足を引きずりながら広間に入ってきた。顔には大きなアザがあった。


「紙本!? どうしたんだ!」


「やられたんだ……五里君と浦見君、それに広須さんに」


 広間にざわめきが起こった。紙本は床にへたり込むと続けた。


「日が昇り始めたころ、僕は用を足しに外に出たんだ。そしたらあの三人がいて、力を試すとか言ってバイラフトで攻撃してきたんだ……それで意識がなくなって、今まで気絶してたみたいだ」


 山田は「あいつらめ」と呟いた。


「三人……いなくなったガドゥは三匹。あいつらが乗って行ったのか。どうしたんだ……これも箍が外れたという事なのか? 河岸」


 河岸は曇った表情で少し考えてから口を開いた。


「婆さん。ガドゥはあと何匹いる?」

 

「一匹だ。村には元々多くのガドゥがいたが皆シャノメリス人に食べられてしまった」


「そうか」と言うと河岸は腕を組んだ。


「垂野さん。広須さんと仲よかったけど、何か言ってなかった?」

「別に何も。まじであいつ急にいなくなって最悪」


 垂野香澄たれのかすみは迷惑そうに言った。


「や、やっぱり無理なんだよ。この世界でみんな死ぬのよ……」


 関実香せきみかは頭を抱えこみ絶望的な声を絞り出した。株木吉江が肩に手をかける。真面目で優しい性格の関が苦悶の表情を浮かべているのを見て、多くの者は動揺した。


「まあ、なんとかなるでしょ。ん、おい、河岸がいないぞ。どこだ」


 多和部祐太たわべゆうたが周囲を見渡しながら言った。


「はあ? あいつ勝手すぎ。態度でかいし」


 須藤綾が苛立つ。

 一真は少し考えたのち、目を見開いた。


「一真どうした?」


「河岸は村を出る気かも知れない」


「ということは……最後の一匹のガドゥが——」

「長老。ガドゥはどこに?」

「酒場のすぐ隣に繋いであるが」


 一真は外に飛び出した。皆も後に続いた。



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