(3) 支配の村
「どうしてこんな事に……」
関実香は弱々しい声を出した。眼鏡の下の小さな目から涙が溢れた。
「実香、頑張ろう。アメ舐める?」
「いい。でもありがとう吉江さん」
恰幅の良い女子、株木吉江は気遣ったが、関実香は首を横に振った。
「疲れた。山田、休もうよ」
マークが声を上げた。出発して半日。皆に疲れが出始めていた。
「もう少し歩こう。出来れば川のある所まで行きたい」
「ほんとにあるのかね。ビライだっけ? あいつの言う事信じちゃっていいの? 都に向かって歩けてるのかわかんなくて不安だよ。このままじゃみんな飢え死にだ」
不満そうに話すマーク。
捕らえた蛇人からいくつかの情報を聞き出し、名前はビライだという事や、シャノメリス人という種族だという事、今いる場所は川が多い地域だという事を知った。もっとも、事実だという保証はない。
「俺たちは文字通り右も左も分からないんだ。奴の言う事を信じるしかない」
そう言うと山田は後ろを見た。体を縛られ一真に引っ張られている蛇人の姿があった。長い首は添え木で固定され、顔を殆ど動かせなくされていた。
「お前たちは本当に戦士じゃないらしいな。それも一人を除いて全員子供。それなのに強い。謎だな」
蛇人——ビライが言った。一真は無視したが、ビライは続けた。
「しかし、お前はなかなか強いな。この中でも上位だ。訓練でも受けてたのか?」
「上位? 何で分かる」
ビライの発言の意味が気になり、一真は思わず聞き返してしまった。
「シャノメリス人はこの舌でお前たちには分からない事を感じ取れるのさ。俺は特に舌が利く方でな。この中に一人とてつもない化け物がいるのも分かっちまうのさ」
「えっ、化け物?——誰が?」
「あくまで何となく感じて推察してるだけだ。資質があるだけでまだ力を発揮出来てない場合もある。まあ話半分に聞いてくれ。ククク、そんな事よりお前、あの女をよく見といた方がいいぜ」
ビライの鼻先が向いている方向を見ると、そこには真野春奈がいた。
「真野さん? 何で?」
「これから先、確実に死人が出る。俺たちの大将はとんでもないからな。千年に一度生まれる奇跡の双子、だったっけな? そういう触れ込みのやばい方だ。あの女は美人なんだろ? 死なれたら嫌だよなあ」
「何だその肩書き、アイドルじゃあるまいし——というか死人だって? そんな事まで分かるのか」
ビライは笑うだけで答えなかった。一真は苛立ちを募らせた。
「お前のその妙な余裕はなんだ?」
「シャノメリス人は身体が柔らかい。こんな縄いつでもすり抜けて逃げられる。だからかもな」
「そ、そんなハッタリを——騙されるか」
「どうかな。まあ冗談だ気にするな」
ビライの言葉に一々動揺してしまい、一真は自分が情けなくなった。深呼吸し気持ちを落ち着かせた。
「おい! 村があるぞ!」
誰かが叫んだ。皆が一斉に顔を上げる。
「やった、助かるう」
「ここが渋賀たちの目指した場所——ではなさそうだな」
呑気なマークに対し山田は緊張した面持ちだった。
門のようなものをくぐり村に入ると中は異様な静けさで、誰もいないかと思われたが、家の中から視線を感じた。
「警戒してるのかな。あ、村人いた」
前方に老婆が立っていた。白い服を着ていて、首からは見たことのない装飾が垂れ下がっていた。
「あなた達は何者だね。何の用だ」
「遠い所から来た者です。申し訳ないのですが、食料を分けてもらえないでしょうか」
山田が丁寧な物腰で頼んだ。
「遠い所とは? 他の国ですか」
「は、はい、まあ。少しでいいのでお願いします」
「たしかに顔が少し違うな。その服、その使い込まれた武器……兵隊ではないのか?」
老婆は一真たちをじろじろと見た。
「いえ、これは蛇じ……シャノメリス人に襲われて、彼らから奪った者です」
「シャノメリス人だと? 奴らに襲われ生還したのか?」
老婆は目を見開いた。驚いているようだ。
「はい。何とか」
「なんと……それは大変なことだ——ではわずかばかりの食事を提供しよう」
食事という言葉で、一同の緊張した空気は弛緩した。山田は深く頭を下げた。
*
老婆に案内され、村唯一の酒場に着いた。建物は意外にも大きく、かつては村が栄えていた事を物語っていた。老婆がゆっくりと扉を開き、一真たちは店内に入った。
薄暗い店内に複数の人影が見えた。椅子に腰掛け酒を飲んでいたのは、蛇人だった。
「こ、これはどういうことです?」
山田が質問すると、老婆は前を見たまま答えた。
「すまない——部外者が来たらここに連れて来るよう言われていてね」
一匹の蛇人が立ち上がった。老婆は黙って店の隅にはけていった。山田は焦りながら話を始めた。
「わ、我々は戦う気はありません——食事をしたらすぐ村を去ります」
右目に傷のある蛇人は頭を傾けた。他の蛇人たちは何やら囁きあっている。
「あの婆さんはほんの少ししか話せなかったがお前たちは普通に会話できるんだな——ちょっと待ってな」
蛇人は静かに告げると、二階に上がって行った。
「な、なんだ。今回は穏便に済みそうじゃん」
マークは安堵していたが、一真は苛立っていた。
「ビライ——仲間がいること分かってたな」
ビライは「さあね」と白々しく答えた。
「とりあえず黙って下を向いてろ。さもなくば」
「安心しろ。あいつら俺には目もくれないだろう」
一真はどういう意味か聞こうとしたが、二階からミシミシと音がし、他の者より一回り大きな蛇人が現れた。頭は二つあった。
「俺がこの村の長、ゲンドウサだ。お前たちは何者だ? プエイル人ではないのか」
(二つの頭——双子ってまさかあいつか……!)
目の前にいるのが蛇人たちの大将だと気付き、一真の肌が粟立った。
「私たちは遠くの国から来た者です。細かい事情は話せませんが……食べ物を恵んで欲しいんです」
別の世界から来たことは伏せ、山田は頼んだ。
「よく分からんが切羽詰まってるみたいだな。いいだろう。何をするにもまずは腹を満たさないとな——おい! 食事を用意しろ」
ゲンドウサと名乗る双頭の蛇人が大きな声で指示すると、奥から人間の老人が出てきて、慌てた様子で料理を作り始めた。
蛇人があっさりと頼みを聞いてくれたことに一真は気味の悪さを感じた。
10分ほどすると食事が並べられたが、それはなんとも粗末なものだった。
「さあ、遠慮なく食べるといい。おいお前ら。ちゃんともてなせよ」
ゲンドウサはゆっくりと二階に上がっていった。
「ま、不味い……やべえぞこれ、浦見も食ってみ」
陽気な男、五里安治は声を抑えながらそら豆のような物体をまじまじと見た。
「おい聞こえるぞ。でも——全部不味いな。歓迎する気あんのかね」
浦見文博は一人で忙しく料理を運ぶ店主をチラと見た。店主は足が悪いのか、片足を引きずっていた。
「一真、どう思う?」
ビライと隅に座る一真に近づき、山田は小さな声で聞いた。
「毒は入れられてないみたいだけど。あの店主は明らかに怯えてる」
一真は五里を見ながら答えた。先が二股に分かれたフォークのようなもので料理をこねくり回した。
「ああ、どう見てもな。でも今は生きるために腹を満たすしかないか」
山田は萎びた野菜を口に入れた。粗末な食事だが皆黙々と食べている。空腹には勝てなかった。
10分ほど経った時、右目に傷のある蛇人が近づいて来た。
「どうだ、宴を楽しんでもらえてるかな?」
話しかけられると、山田は引きつった作り笑いで返した。
「はい、おかげさまで。ところでここは、プエイル人の村ではないんですか?」
山田の質問に、蛇人は一瞬の間を置いて答えた。
「元はそうだった。しかし色々あって今は我々シャノメリス人とともに暮らしている。仲良くな」
どうにも白々しく聞こえる返答だが、山田は「なるほど」と納得する素振りを見せた。
「でも外に仲間が集まって来てるようですが」
一真の発言に山田は驚いた。
「え? それは本当か一真?」
場の空気が変わった。蛇人たちが鋭い視線を一真に向けていた。
「今までなら気付かなかったと思う。でもこの世界に来てから何かが違う。気配に気付けた」
「バレてしまったか。だが仕方ないんだ。なんせ君たちは俺たちの仲間を捕らえてるんだからな。警戒もする」
「あれは……襲われて」
山田が慌てて取り繕ろおうとしたが、蛇人は手で制した。
「ああ構わない。生け捕りにされるような雑魚はもはや仲間ではない、好きにしてくれ。それよりも君たちを仲間にしたい」
蛇人の突然の提案にざわめきが起こった。蛇人は続けた。
「君たちはなかなか強そうだ。我々と組めば楽しい暮らしができるぞ」
「それはちょっと……」
山田が答えあぐねていると、五里が立ち上がった。
「山田、ありがたいじゃないか。仲間になろう。そうすりゃひとまず安心だろ?」
「君は話が早い。この国は荒れてるからな。異種族でも力を合わせるのが大事なんだよ」
蛇人は五里を見ながら尻尾をうねらせた。
一真はビライを繋ぐ縄を紙本に託し、前に出た。そして思い切って声を上げた。
「あなたの本音を聞きたい」
店主に向かって言った。店主は驚いたようで、皿を落としそうになった。
「なんのことでしょうか」
「大丈夫です。俺たちは強い、蛇人のお墨付きです。だから言って下さい」
「な、何もありませんよ!」
店主は厨房に入り皿洗いを始めた。
「この店、元々一人でやってたんですか? この広さで一人は大変だと思いますけど」
老人は手を止め、答えた。
「前は客が多かったですからね。今は私一人で十分ですよ」
「足が悪そうですし、重い物運ぶのは大変では?」
「いやそれは……」
「今も誰かに助けてもらいたいんじゃないですか?」
老人はに厨房の天板に両手をつき、振り絞るように話し始めた。
「……息子がいた。だが……奴らに殺された。他の若い男たちもみんなだ。こいつらはこの村を乗っ取ったんだよ。俺はこいつらが憎い。あんたらが強いならどうにかしてくれよ」
一真は息を吐き、力強く頷いた。
「そこまで聞ければ十分です」
「おいオヤジよ。変な冗談言ってんじゃねえよ。みんな怖がってるじゃないか」
蛇人はおどけるようやな言ったが、無駄だった。生徒たちの怯えた視線が一身に向けられた。
「やっぱりお前たちは悪党だな」
一真が言うと、蛇人は首を捻った。
「ああクソ。もう駄目か。あわよくば仲間にして使ってやろうとしてたんだがな。仕方ない。全員死んでもらう」
蛇人たちが武器を持ち臨戦態勢に入った。店内は緊張感に支配された。
「おいおい嘘だろ、またかよ。飯の途中だぞ」
浦見は迷惑そうに呟きながら立ち上がった。
多くの者が後ずさる中、一真が斧を手に前へ歩みだした。後ろにいた山田は剣を取り出し構えた。
「久住——そうだな、俺たちならやれるはずだ」
「そうこなくっちゃな! でもまずは——」
蛇人はナイフを店主に投げた。ナイフは正確に店主の額に向かっていったが、一真が放った光の鞭で弾き飛ばされた。
「な、お前、今何を……」
蛇人は何が起こったか分からない様子だった。
「そっちがその気ならこっちも全力でやる」
一真は自分でもよく分からない感情に突き動かされていた。斧を握る手に力が入る。
「お前ら、油断するなよ。こいつら妙な魔術を使いやがる——油断せずに、皆殺しだ!」
蛇人たちが一斉に飛びかかって来る。山田は棍棒を剣で受け止めた。誰かの悲鳴が響き、生徒のほとんどが一斉に店の外へ逃げ出した。
「逃すな! 一人たりともな」
それは外で待機している蛇人に向けられた言葉だった。
「まずい、みんなを守らないと——久住行ってくれ」
一真は頷いたが、蛇人が突き出した槍が目の前に迫ってきていた。斧で弾こうと身構えたが、一真に槍が当たる事はなかった。横から椅子が飛んできて蛇人の腕に命中したのだ。
「俺に任せろよ久住」
屈強な男が立っていた。男の名前は堂野健児。柔道部で鍛えられた太い腕をぐるぐると回している。
「お前は骨がありそうだ」
蛇人が堂野に狙いを変えたのを見て、一真は外に飛び出した。
逃げ惑う生徒たち。一真は一番近くにいる蛇人を追いかけ、背中に蹴りを入れた。蛇人は地面に顔を打ち付けたが、すぐに起き上がり一真を睨んだ。一真に狙いを定め武器を構えたが、蛇人は頭部に打撃を受け、白目を剥いた。男勝りな女子、株木吉江が蛇人に棍棒を叩き込んでいた。
「株木さん——あ、ありがとう」
「や、やった……」
一真の声が聞こえていない様子で、株木は棍棒を構えたまま呟いていた。手が震えている。
悲鳴が聞こえ、二人は同じ方向を見た。女子三人が一匹の蛇人に追いかけられていた。
「あれは真野たちだ。追いかけないと……」
株木は走ろうとしたが、足がもつれよろけた。息が上がっている。
「俺が行く」
そう言うと一真は走った。
逃げる女子三人と蛇人の距離が縮んで行く。すると突然、須藤綾はすぐ後ろを走る真野春奈を突き飛ばした。真野は蛇人の前に倒れこみ、蛇人は剣を空に掲げた。一真はとっさに斧を投げた。斧は蛇人の背中に刺さり、蛇人は倒れた。
真野は何が起こったのか理解出来ない様子で、地面にへたり込んでいた。
(須藤、あいつ友達を盾にして逃げたのか……)
仲の良い三人組という認識だったので、一真は驚いた。どうやら友情が崩壊する瞬間を見てしまったようだ。
山田と堂野、そこにマークが加わり、蛇人たちを順調に仕留めていた時、二階から声がした。
「おい、騒がしいじゃねえか。何やってんだ?」
山田が見上げると、頭が二つある蛇人が立っていた。
「ゲンドウサ様……これは……」
蛇人たちの様子が変わった。空気がひりついている。
「プエイル人相手に苦戦してるのか? お前ら」
ゲンドウサと呼ばれる双頭の蛇人の手には何かが握られていた。
「こ、こいつらは何かが違うんです」
目に傷のある蛇人はおろおろとしながら答えた。
「はあ? 体が鈍ってるんじゃないか?」
双頭の蛇人の手に握られているのは生物だった。体はネズミのようだが、頭は昆虫のような奇妙な姿をしていた。その生物は「助けてくれ」と声を発したが、双頭の蛇人は何も聞こえていないかのようにそれを右の口に放り込んだ。
「俺が相手してやろう」
左の顔が宣言した。山田は武器を構え直し、階段を登ろうとしたが、「待て」という一言で足を止めた。
「蛇のリーダーは俺がやる。見ておけ」
堂野がゆっくりと歩いてきた。不敵な笑みを浮かべている。山田は自分が行くより適任だと思い、「任せた」と言った。堂野は頷くと武器も持たずに階段を登って行った。
「お前の部下供は弱すぎて物足りねえ。お前は期待していいんだな? 頭が二つ。二倍の強さってか?」
「ゲンドウサ様と呼べ。まあ試してみろ」
堂野がゲンドウサの腹部に拳を叩き込んだ。ゲンドウサは無反応だった。
「まじかよ……」
「正直言って効いたぞ。プエイル人の中じゃかなりのもんだ」
そう言ってゲンドウサは拳を堂野の頭に叩きつけた。
「堂野!」
山田が叫ぶ。堂野は力なく倒れた。
「山田——堂野、もしかして……」
マークが心配そうに言った。山田には答えられなかった。
「こいつが一番強かったのか? もしかして」
ゲンドウサの口角が上がった。
「堂野、嘘だろ……マーク、こいつは……」
「ああ。こいつはやばいね」
「覚悟はいいな?」
ゲンドウサは一真たちを見下ろしながら言った。
「待てよおい」
堂野がゆっくりと立ち上がった。手から伸びる光の鞭がゲンドウサの背中を打ち付けた。ゲンドウサは階段を転がり落ちた。
「腕っぷしだけで倒せるかと思ったけど流石に甘くないな。この力を使うぜ」
「グッ——魔術を使えやがるのか。油断したぜ」
ゲンドウサは起き上がろうとしたが、堂野はジャンプし、着地と同時に光の鞭を打ち付けた。落下の勢いが足された事で威力が増した鞭は轟音を響かせた。ゲンドウサは床に頭を突っ込み、破片が舞い上がった。
「な、なんて力だ……堂野、すげえよ!」
マークが息を飲む。まわりの部下たちにも動揺が見られた。しかし、ゲンドウサは血を流しながら起き上がった。
「あ、兄貴があ……」
左の頭が陥没し首は垂れ下がっていた。
「ハハ。兄貴が死んだのか。次はお前だな」
「どうなってるんだ、プエイル人ごときに——くそ」
堂野が鞭を構えると、ゲンドウサは踵を返し、扉を破壊して外へ飛び出して行った。
「おい逃げるのかよ。情けないぜ」
「ここは退くしかねえ。兄貴、俺は死なねえぞ」
堂野は嬉々として走り出した。部下たちも後を追う。
「逃げろ逃げろ、狩ってやるよ!」
堂野は光の鞭を振り回しながら追いかけたが、ゲンドウサはすぐに足を止めた。ゲンドウサの生きている方——左の頭が宙に舞った。頭が地面に落下すると同時に、体は倒れた。
「何だ? これは——河岸お前がやったのか?」
堂野はゲンドウサの先に立っている眼鏡をかけた男、河岸範人に向かって言った。
「隙があったからさ。何か問題あったか?」
河岸は不敵な笑みを浮かべていた。ゲンドウサの部下たちは唖然としていた。
「ふ、ふざけるな貴様ら……よ、よくも」
地面に転がっているゲンドウサの頭が声を発した。堂野はすかさず光の鞭で頭を叩き潰した。
「クソが。俺の獲物を……もういい河岸。お前を代わりに痛ぶってやるよ」
「は? なんで?」
「前々からムカついてたんだよ——地味メガネ野郎のくせに調子乗りやがって。だから渋賀たちに目ぇ付けられんだよ」
苛立ちを隠せない堂野を、駆けつけた山田が制止した。
「堂野やめろ。揉めてる場合じゃない」
「あいつ一瞬で首落としやがった。今のうちに潰しとかないとな——この世界でなら人を殺しちまってもどうってことないよなあ」
堂野の過激な発言に山田は困惑し、恐怖した。しかし、首を切り落とされ倒れているゲンドウサを見ると、河岸に対しても恐怖心を抱かずにはいられなかった。
「この世界にだって殺人罪はあるんじゃない?」
河岸は挑発的に言った。
「河岸やばい、逃げるんだ!」
柔道部の堂野に対し、部活をやっていない河岸。一方的な戦いになる可能性が高いと判断した山田は逃げるよう叫んだが、河岸は返事の代わりに手のひらから光の線を伸ばした。線は渦を巻き、それは円盤状になった。
「なんだ? そりゃ」
河岸は円盤状の光を投げた。光は堂野のすぐ横を通過し、後ろの木を真っ二つにしてどこかに飛んでいった。
「危ねえ……そんなことが」
「この力、応用すれば色々出来るみたいだ。これで蛇供を三匹仕留めたよ。お前も真っ二つになるか?」
堂野の顔から余裕が消えた。
河岸は眼鏡の位置を直すと、右手を前に向けた。すると再び手のひらが光り出した。しかし、光は弱まり、やがて消えてしまった。
「な、どうした? 出ない……」
「お? 何だ? まさか——力を使い果たしたか?」
堂野が笑みを取り戻した。
「ちっ——無限に使えるわけじゃないのか。これじゃ分が悪いな。どうしたものか」
河岸が呟く。
「かかって来ないのか? 今さら後悔したって遅いぞ。とことんいたぶってやる」
堂野は手から鞭を出すと、ゆっくりと河岸に近づいて行った。河岸が光の出なくなった手を握りしめ、堂野を睨みつけた時だった。マークが間に割って入った。
「堂野やめようぜ。ここは俺に免じてゆる……」
マークは鞭で薙ぎ払われ、吹き飛ばされた。
「うるせえな田辺。お前も殺すぞ」
「ど……どうしちゃったんだよ。堂野おかしいよ」
マークはひっくり返ったまま嘆いた。堂野は鼻で笑うと、河岸めがけて鞭を振った。河岸はギリギリのところで回避したが、鞭の先端が眼鏡に当たり、眼鏡は砕け散った。河岸は後方へ着地し、両者は再び睨み合った。
「フン。河岸、なんとか避けられたと思ってるだろ。違うぜ。俺は眼鏡だけを狙ってた。眼鏡がないともう無理だろ? 次は避けられねえ」
河岸は眉間に皺を寄せた。山田は倒れているマークに近づくと、手を引っ張り起き上がらせた。
「マーク。堂野は今河岸しか見てない。二人で突っ込めば——いけるかも知れない」
「こ、殺しちゃうのか?」
「いや、こいつで縛り付けて動けなくするんだ」
山田は手から光を出しながら言った。
「や、やってみるか……二人でならなんとか」
山田とマークはゲンドウサに向かって走った。山田とマークは光の鞭を放ち、堂野の両腕に絡めた。
「無駄なんだよ」
堂野が上半身を勢いよく捻ると、二人は引っ張られ地面に転がった。
「弱いぜお前ら。俺の部下になるなら許してやるよ」
「うう……や、山田……もう部下になるしか」
顔に土を付けたマークが情けない声を出すと、横から声が聞こえた。
「ま、待て」
皆が声の方を見ると、そこには一真が立っていた。