(6) クエルの頼み
夜、虫の声が鳴り響く中、春奈は物音で目が覚めた。気配がする方へ足音を殺して歩いて行くと、小さな人影が見えた。
「クエル? 何してるの?」
覚えたばかりの名前を呼ぶと、影は答えた。
「いない、アノがいない——」
一緒にいた女の事だ。
「私も探すよ」
「バットグの敵討ちに行ったんだ」
「鮫都を? 一人でやるなんて無理。やめさせないと」
バイラフトを使えない者に鮫都を倒す事は不可能だろう。
「追うのはやめておけ。今は回復に専念しろ」
背後にスネイルが立っていた。
「あの女も死ぬ覚悟は出来ているはずだ」
「あんたに何が分かる? アノまで死んだら私は……」
クエルは俯いた。春奈は迷う事なく
「探しに行こう。スネイルさん。マークの事は頼みます」
ときびきびと言った。
「……勝手にしろ。広須とやらも行く気のようだ」
スネイルの後ろから広須が現れた。
「まあ、暇だからね」
春奈は広須を見て頷いた。
「よし。行こう」
春奈とクエルと広須は暗闇を走った。
*
アノは鮫都が流された川に着くと、下流に向かって歩き始めた。
「バットグ、あんたの仇は討つよ」
見つけるのは時間がかかるかと考えていたが、その時はすぐに来た。
対岸に鮫都が立っていた。
鮫都は蔓のバイラフトを木の枝に巻き付けスイングし、アノの前に着地した。
「お前は、さっきの奴か? 何してんだ?」
「結構流されたと思ってたんだけど早かったね。あんたを殺しに来た」
「ああそうか。じゃあやろうぜ」
アノは距離を取り暗闇に紛れ、懐から吹矢を取り出すと鮫都めがけて吹いた。
「クソが! く、見えねえ」
鮫都の腕に矢が刺さった。
アノは夜目が利いた。それを生かす武器が吹矢だった。
暗闇から音もなく放たれる吹矢を回避するのは鮫都にも困難だった。
「矢には毒が塗ってある。だんだん動けなくなっていくよ」
アノは笑みを浮かべ、二本目の矢を装填した。
*
一真は森の中を歩いていた。
一真は今、神経が研ぎ澄まされた感覚に包まれていた。植物の息吹すら聞こえる気がした。
しかし突如静寂を破る爆発音が響いた。
一真は音の方に向かって走り出した。
ひたすら走ると、燃え盛る炎が見えた。近づいて行くと、炎に照らされた鮫都が立っていた。その足元には見知らぬ女が倒れていた。
「久住か? なるほどな。お前か不意打ちしたのは」
「さあ。なんのことか」
「とぼけやがって。まあお前がマークと真野と組んでるっていうのも違和感あるな」
「……そこに倒れてるのは誰だ?」
「盗賊だよ。返り討ちにしたら爆弾で道連れにしようとしてきた。このクズがよ」
鮫都はアノを踏みつけた。アノにはまだ息があり、体がわずかに動いた。
「盗賊に襲われたならしょうがないな。鮫都は何も間違ってない」
「だろ? だから殺しても問題ない」
鮫都はアノの腰から短剣を抜き、振り上げた。
「やめろ!」
鮫都は手を止めた。声の主はクエルだった。
「今度は誰だ?」
「お前、よくもアノを……」
クエルは震える手で短剣を構えた。
「来いよ。やれるもんならな」
立ち向かっても勝てない事をクエルは分かっていた。それ故に動けなかった。
「来ないのか。じゃ、とどめ刺すか」
鮫都はアノに刃を向けた。
「おい」
一真は斧で鮫都に斬りかかった。鮫都は咄嗟に短剣で受け止めた。
「お前……何しやがる」
「お前を殺す。それだけだよ」