(3) 窮地の新技
一真はボロボロだった。しかし眼光は鋭く、堂々とした佇まいで立っていた。
「どこか遠くでバイラフトが使われてるのを感じる。なんだ? この研ぎ澄まされた感覚は」
「成長の証だ、その感覚を忘れるな。では最後の試験だ。この洞窟の中に怪物がいる。そいつの爪を折って持ってこい」
一真は黙って頷くと、洞窟に入った。
バイカー石と呼ばれる光る鉱石を手に、ひたすら歩いた。
長い暗闇の中で、一真は人影を見つけた。光を当てよく見ると、それはこの世界にいるはずのない澤野啓一だった。
「澤野? 何してるんだ」
「今から鮫都にゲーム貸してくるんだ」
澤野は虚な目で答えた。
「鮫都はここにはいない。待て」
「行かないと。ごめん」
澤野は走り出し、一真はそれを追いかけた。すると暗闇から鮫都が現れた。
「よう澤野。持って来たか? おうそれそれ。借りさせてもらうぜ。渋賀もやりたがってたから二ヶ月はかかりそうだけどいいよな」
澤野は明らかな作り笑いで「うんいいよ」と答えた。
「ん? 久住もいたのか。お前もなんか貸してくれんの?」
不快な声に一真は震えた。悲しみが押し寄せて来たが、それを上回る怒りが湧き上がって来た。
「お前らは、死ぬべきなんだ……消えろ……」
一真は斧で鮫都を一刀両断した。真っ二つになった鮫都は揺らめきながら消えた。
息を切らす一真に、澤野はぽつりと言った。
「あの時助けて欲しかったよ——」
澤野も揺らめきながら消えた。
「な、なんだよ、なんなんだよ——おえっ」
吐き気がしたが振り払うように一真は走った。暗い洞窟の中をガムシャラにひたすら走った。
今いる敵よりも過去から来る敵の方が怖かった。後悔、反省、無念、悲壮、懺悔。感情が暴発しそうだった。
「痛て!」
壁に当たったようだった。が、よく見るとそれは生物だった。
「なんだ? でかい……!」
白いゴリラのような怪物が見下ろしていた。一真は正気に戻り、斧を構えた。
怪物は腕を振り下ろした。
爪と斧がぶつかり、鋭い音が洞窟内に反響した。
「うっ、ぐ。目が覚める衝撃だ……まだ溜め足りないな、この化け物相手に使うには」
一真は踵を返し走った。大きな足音を立てて追ってくる怪物。
一真は振り返り弓矢を撃った。しかし矢は浅く刺さるだけで、怪物には無傷に等しかった。
「ちっ。ならこれはどうだ」
一真はアカダマと呼ばれる爆弾に火を付け投げた。
それは怪物の眼前で爆発し、怪物は叫びながら顔を押さえた。
「よし、そろそろいくか」
一真は光る右手を怪物に向けた。怪物は目を開き腕を振った。
一真の拳と怪物の爪がぶつかり合う。怪物の爪が折れ、回転しながら地面に刺さった。
怪物は戦意喪失したのか後退りし、大人しくなった。
「この爪もらってくよ」
一真は爪を引っこ抜き、肩に担いだ。
*
「ドマド。どういうこと?」
田端は不気味な笑顔で言った。
「お二人の後をつけておりましたので。僅かに殺気もありました」
ドマドと呼ばれる鳥の頭を持つ戦士は、丁寧な言葉使いで答えた。
鮫都は笑みを浮かべながら口を開いた。
「俺たちになんか用か? 他の奴らは元気にしてるか? つうかお前ら付き合ってんの?」
「みんなまあ元気だよ。俺たちは別に付き合ってない。お前たちはあの店の人を殺したのか?」
マークの返答に鮫都は心底退屈そうな顔をした。
「ああ。大事な情報を知られたからな。仕方ない」
「仕方ない……ね」
「くふっ、俺たちと戦う気? いいね。望み通りだよ」
と田端が言うと、マークは首を横に振った。
「戦う気はない。ただ人殺しはやめるべきじゃないかなあ」
「ああ、そういうこと。でもそれは無理だな。この世界は弱肉強食。俺たちのいた世界とは違うんだよ」
田端の意見はもっともかも知れなかった。それでも理解は出来なかった。
「だからって……」
「めんどくさいな。田端、こいつらもう殺そうぜ。見たところまだバイラフトが育ってない。俺一人で十分だ。真野さんは仲間になってくれるなら許すよ」
鮫都の異常な発言にマークは鳥肌が立った。
(鮫都の言ってる事は恐らく事実。この強い鳥人を従わせてるという事はかなりの強さ。三人相手じゃまず勝てない。どうする?)
「うーん、なら俺にやらせてくれないか? ゲームに付き合ってもらうよ」
「おいおいこいつら相手にやんのかよ。残酷な奴だな」
鮫都は諦めたように肩をすくめた。
「ルールは簡単。今から君たちに逃げてもらう。俺は60秒待ってから動き出す。逃げきれたら君たちの勝ち。まあ日が暮れるまで逃げられたらでいいか。俺に殺されたら負け。簡単だろ? 逃げずに戦うっていうならそれでもいいけど」
田端の理解し難い提案に春奈は困惑すると同時に怒りを覚えたが、三人同時に相手をしないで済むのならこの提案に乗るのが最善と考えた。
「……分かった。やるわ」
「よし。鮫都君、ドマド。手を出さないようにね」
「ちっ。分かったよ」
「じゃあこの石が地面に着いたらスタートね」
田端は蔓状のバイラフトで石を持ち上げ、上に投げた。落下する石を見ながら春奈はどこに逃げるか考えた。一真のいる方向に逃げるくらいしか思いつかなかった。
合流出来ればいいが、距離を考えると現実的ではなかった。
石が地面に着いた。二人は走り出した。
「1、2、3」
田端が数え始めた。
「まっ、真野さんどうすんの? やっぱ一真のとこまで?」
「一応目指すけどまずは木が多い場所に!」
鮫都はカウントする田端を見て呟いた。
「こいつゆっくり数えてやがる」
「58、59、60。よし行こう」
田端のいた場所に土煙が舞った。小太りな田端からは想像出来ない速度で飛び出して行った。
「よし、いい感じに茂ってる! この中から逃げれば見つからないだろ」
「待って、何か後ろから、圧みたいなものが——」
「ま、まさか? もう?」
「隠れよう。速さで逃げるのは無理みたい」
二人は茂みの中に隠れた。隙間から見ていると、田端の姿が見えた。田端は落ち葉を巻き上げながら止まり、周りを見渡していた。
「俺たちの気配に気付いてるのか?」
「さあ。やり過ごせればいいけど」
田端は両手から無数のバイラフトの蔓を出した。それを最大限伸ばし、振り回した。木々は薙ぎ倒され、草は舞った。森を破壊しながら田端は歩を進めた。
「あれが田端のバイラフトか……」
「見てる場合じゃない、離れよう」
二人は腰を屈めゆっくり移動した。しかし直後、マークが枝を踏み音が鳴った。
継続して響く破壊音がピタリと止まった。田端のバイラフトが消えていた。
「そこか」
田端はマークたちの方へ走り出した。
「に、逃げろお!」
二人は全力で走った。
一瞬で追いつかれるかと思ったが、距離は保たれていた。
「いい所を通ってるな」
田端は口角を上げた。直線ならば弾丸のように飛び出すことのできる田端であったが、体重の重い田端は小回りの利く動きが得意ではなかった。木々を避けながら追うのは苦手だった。
「よし、意外と逃げきれそうだ」
マークは希望を持ち始めていた。しかし。
「ふう。これでいくか」
田端はバイラフトで石を持ち上げ、鎖付きの鉄球のように回転させた。よく狙いを定め、石を飛ばした。石はマークの右肩に直撃した。
「うっぐ!」
マークは肩を押さえ倒れた。
「マーク!? 大丈夫?」
「いてて。大丈夫だ、行こう」
二人は再び走り出した。
「いい石がないなあ。まあいいか。いつ来るか分からない二投目を警戒しながら逃げるのは辛いよ」
田端はジョギングのように軽く走った。
「くそっ、真野さん。先に行ってくれ。肩が痛くて速く走れないんだ」
「そんな事できるわけないでしょ? 一緒に逃げよう」
「あいつは浦見と同じ、人を平気で殺せる奴だ。リスクは分散するべきだよ。頼む。やられる気はないけどね!」
「……分かった。久住君のいる所で合流しよう」
春奈は歯を食いしばり先に進んだ。
(くそっ。なんで俺は何にも出来ないんだ。毎日部活で鍛えてた俺が、文化系の田端に負ける? そんなのあるか?)
負けたくない。マークは本気で思った。
目の前の事を楽しむことだけが行動理念だった田辺マークにとって、これは初めての感情だった。
「こんなよく分からない状況で、殺されてたまるか!!」
マークの両足は光に包まれていた。
「これは、なんだ?」
マークは立ち止まり、光る足に見惚れた。
「フフ、諦めたのか? あ、いいの見つけた」
草でマークの足元が見えていない田端は、石を拾い二投目を飛ばした。
「サッカー部舐めんな!」
マークは光る足で石を蹴り返した。石は田端目掛けて飛んでいく。
「なに?」
田端は瞬時に出した蔓状バイラフトで防いだ。石は割れて地面に散らばった。
「危なかった。驚いたよ。新しいバイラフトが出せるようになったんだね。田辺君のは、脚力強化か」
「この足なら、いける! やってやる」
マークは駆けた。驚異的速度で田端に接近し、肩に蹴りを入れた。
「うおっ」
田端は吹っ飛び、木にぶつかった。
「は、速いな。素晴らしい。攻撃にも移動にも使える優秀なバイラフトだ。でも、捕まえたよ」
蔓状のバイラフトがマークの腕に巻きついていた。
「し、しまった!」
田端はバイラフトを引っ張った。マークは足で踏ん張り抵抗した。
「この足なら負けない!」
「素晴らしいパワーだね! ただ地面がな。森の土は柔らかい。踏ん張りが利かないよ」
「ぐおおお!」
徐々に引きずられていくマーク。
「もう、駄目だあ!」
その時、か細いバイラフトの蔓が田端の腕に刺さった。
「!?」
田端のバイラフトは消失し、マークは自由になった。攻撃の主は春奈であった。
「真野さん!? なんで」
マークは強化された脚で跳躍し、春奈のもとに着地すると、雑に春奈を脇に抱え、走った。
「いい判断をしたね、マークも真野さんも」
「いいのですか? 追わなくて」
木の上から飛び降り背後に着地したドマドが尋ねる。
「あの速さは俺にも追いつけそうにない。あいつら、これからさらに伸びるな」
「そうなのですか」
「バイラフトっていうのは元々、エネルギー体みたいな物の形を自在に弄れる程度のものらしい。それを俺たちは全く違う形態、機能の物にまで変異させられる。それはなぜかっていうと、天才だかららしい。あいつらも天才ってことだよ」
「なるほど。私に言わせれば化け物集団ですな」
「で、鮫都はどこ行った?」
「宝探しの続きをすると行ってしまいました」
「……困ったやつだ。俺は帰るかな。まだちょっと早かったみたいだ」
「鮫都が彼らを襲うかも知れません」
「俺から逃げ切ったんだ。鮫都からも逃げられるよ」
ドマドは頷くと、空へ飛び上がった。田端はゆっくりとどこかへ歩いて行った。
*
「ハアッハアッ、もう大丈夫だな。というか、また町中に戻ってきたか」
マークは抱えていた春奈を降ろした。
「マーク、新しいバイラフトが使えるようになったんだ」
「ああ。急にね。おかげで助かった。田端、恐ろしかったな。蔓攻撃しかしてこなかったけど、あいつも特殊なバイラフトを使えるな。絶対」
「手加減して楽しんでるみたいだった」
「うん、タチが悪い。ま、まあ次はぶっ倒すよ。この力を使いこなせればいける」
ボロボロな二人は人気のない路地裏に行き座り込んだ。
「見つけたぜ! お前ら、今度は逃がさんぜ」
先程見た三人組の盗賊が立っていた。
「なんだお前らか。驚かせるなよ。無駄だから帰んな」
「なんだと? ガキが。さっきのはまぐれだからな」
「めんどくさいなあ、疲れてんのに。じゃあ人が集まる前に終わらせてや——ま、まじかよ……」
鮫都がこちらに向かって歩いて来ていた。表情からは敵意を感じなかった。
「よお。田端から逃げられたのかよ。すげえな」
「ま、なんとかね。何してんの?」
「走ってった方向見て、お前らが田端から逃げられたらここらにたどり着くんじゃないかと思ってな。先回りしてたんだよ」
鮫都は嬉しそうに言った。
「おいなんだお前、今は俺たちが喋ってんだよ」
盗賊の男が詰めよったが、鮫都は無視して通り過ぎた。
「!?」
男の腹にいつのまにか短剣が刺さっていた。男は倒れた。
「な、何やってんだ!」
「殺していい奴かと思ったんだけど違ったか?」
鮫都は涼しい顔で言った。