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クラスメイト・ハント  作者: 埼島始
1章 戦乱の荒野
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(1) 転落のバス


 久住一真くずみかずまは憂鬱な気持ちでバスに揺られていた。

 今日は林間学校。烏里うさと高校二年三組を乗せたバスは滋賀県へ向かっていた。

 隣に座っている東條聡実とうじょうさとみは学校を休みがちで友人はいなく、なぜ修学旅行に来たのか一真は不思議だった。一真もクラスに友人が一人もいなかったが、毎日しっかり登校していたため、林間学校も来ざるを得なかった。

 隣の東條に話しかける事を一瞬考えたが、すぐに思い直した。孤独な者同士で喋っていたら、他者からは傷の舐め合いにしか見えないだろう。それは一真のちっぽけなプライドが許さなかった。

 前方が何やら騒がしい。渋賀と鮫都だ。一真を見下し、時に嫌がらせをしてくる二人。忌まわしい声に耳を塞ぎたくなる。


「来るんじゃなかったか……」


 思わず呟いた。

 ここには見えない階級が存在した。階級によって発していい声の大きさが違う。教室より狭いせいでより顕著に感じる。

 一真は目を閉じた。もう二度と目が冷めなくてもいい。そんな事を考えながら、一真は眠りについた。





 何かが弾けるような音が頭の中に響き、一真は目を開けた。

 バスは停車していた。一真が外を見ると、見慣れない形状の木がまばらに生えていた。


「ハハハ。どこだよここ、あの世か?」


 後ろの席で小太りの男子、田端が騒いでいる。


「ええと、東條さん。何があったの?」

「バ、バスが崖から、落ちた……」


 勇気を出して聞いてみると、東條は不安そうな顔で答えた。


「え? マジか……」


 東條にふざけている様子はない。しかし信じられなかった。


(崖から? 本当なのか? 誰も怪我してる様子はないけど)


 担任の古関善子こせきよしこが運転手と話している。表情は曇っていた。運転手が困った様子でドアを開き、外の様子を見ていた。


「なあ、外出てみようぜ」


 渋賀が言った。担任の制止を無視し、渋賀と鮫都が外に出ていった。1分ほど経つと、


 「みんな来い! 変な生き物いるぞ!」


 戻ってきた鮫都が叫んだ。皆がぞろぞろと外に出て行く。東條もゆっくりと動き出したので、一真もついて行くことにした。担任が止めようと叫んでいるがもはや誰も聞いていなかった。


 「これはなんだ?」


 体長が60センチはあろうかという芋虫がいた。体の側面から無数の棘が生えている。


「棒でつついてみたらめちゃ固かった。なんだこいつ」

「作り物じゃねえの?」

「ちょっと動いたぞ気持ち悪い」


 皆が口々に言うのを見ながら、一真は考えていた。

 

(ここはもしかして異世界なのか? なら連れてくるのは俺だけにしてくれよ……人間関係リセットできなきゃ意味ないって)


 一真は小さく舌打ちした。


「もう少し探索するか」


 渋賀はそう言うと、鮫都と歩き出した。五人の生徒がそれについて行き、残った者たちはその場にとどまる者、バスへ戻る者とに分かれた。


(ここにいてもしょうがないな。でも一人で動くのも危険か。癪だけど見に行くか)


 一真は距離を取りつつ渋賀一行について行った。

 少し歩くと、緩やかな崖にぶつかった。渋賀達は足を止め、崖下を見ていた。しばらくすると一同は崖を降りていった。

 一真が崖下を覗くと、馬車のようなものが見えた。

 渋賀たちは大きな岩に隠れ様子を見ている。一真も崖を降り、渋賀たちの後ろまで行った。


(なんだ? あれは)


 そこでは鎧を着た二人の男と、人型だが頭部が蛇のような形をした生物三匹が戦っていた。

 一真は渋賀たちのすぐ後ろにいたが、異様な光景に釘付けで一真の存在に気付く様子はなかった。

  鎧の男たちは次第に劣勢になっていく。

 蛇の頭をした生物は棍棒のような物で男の剣を弾き飛ばすと、もう一匹が横から槍で突き刺した。男は血を流しながら倒れた。


「うおっ、凄いな……」


 渋賀は額に汗を滲ませながら呟いた。

 一人対三匹になり、勝負は決したかと思われた。しかし。


「ウッ! ヴェオ」


 小太りの男田端がえずいた。その瞬間、蛇の頭部がピクリと動いた。三匹のうちの一匹がすかさず走ってくる。


「まずい、見つかった」


 渋賀が逃げる態勢に入ったが、蛇は瞬く間に接近。岩の上に飛び乗った。


「あぁ? 何だ、こいつら」


 蛇が見下ろしながら言葉を発した。


「うわ……た、助けて下さい」


 田端が命乞いした。


「俺たちの言葉が話せるのか?」


 蛇が無表情のまま言った。


「こいつ、日本語話してやがる」


 渋賀が呟くと、蛇は渋賀に向かってジャンプし、着地と同時に棍棒で頭を殴打した。渋賀は倒れた。

 

「俺の質問に答えろよ」

「ゆ、許して下さい……ごめんなさい」


 田端が涙目になって懇願している。恐怖で誰も動けずにいた。


「俺はいたぶってから殺すのが好きなんだ」


 その一言で更に恐怖が広がった。蛇は尻尾をうねらせ、舌なめずりした。


「いってえ……くそ」


 渋賀が頭ををさすりながら起き上がった。蛇は首を傾げた。


「生きてやがったのか。おかしいな、もう一度なぐ……」


 蛇の腹に渋賀の拳がめり込んでいた。蛇は口を震わせると、あっけなく倒れた。


「ハハッ。こいつ大したことねえ。みんな行くぞ」

「お、おい渋賀大丈夫なのか?」


 鮫都の心配をよそに、渋賀は棍棒を拾い上げると残りの二匹を倒すべく走り出した。


「よし、俺もやってやる!」


 鮫都も後に続いた。

 一真は瞬きをするのも忘れ、目の前の光景を見ていると


「そこで何してる?」


 背後から声がした。一真が振り向くとそこには蛇が立っていた。一真は逃げようとしたが、蛇は一瞬で接近し一真の首を掴んだ。


「後ろにも気を配らないと駄目じゃないか」


 蛇は楽しそうに言った。一真は首に食い込む指を剥がそうとしたが、呼吸が出来ないせいか力が入らなかった。


(こんな所で人知れず死ぬのか……何も分からないまま……)


 意識が遠のいてきたその時、かつて友と呼べた少年とゲームセンターにいる光景が浮かんできた。


(なんで今お前が……)


 一真は少年に話しかけようとしたが、少年は揺らめきながら煙のように消えてしまった。


(なんなんだよ——どいつもこいつも……!)


 意識が鮮明になると、手の平から線状の光がうねりながら出現していた。一真は困惑しながらも素早く腕を上げた。緑色の光は鞭のように蛇の頭を叩いた。蛇の指が一真の首から離れた。


「お、お前……何を……」


 蛇は頭を押さえながら後ずさりした。


「俺は——望まれなくても生き延びてやる……!」


 一真は腕を振り、光の鞭を蛇の顔に打ち付けた。蛇の顔はひしゃげ、力なく倒れた。


「これは……何なんだ?」


 一真は己の手を見て呟いた。光の鞭はは徐々に手の平に吸い込まれていった。


「あれ、久住? 何やってんの?」


 背後に田辺マークが立っていた。


「その蛇、まさか久住がやったの?」

「いや、いきなり襲われて……なんとか」

「マジで? 凄いな…… 後で詳しく聞かせてくれ。あっちもやばい事になってるよ。行こうぜ」


 促され、一真は右手を気にしながらついて行った。



 騎士の男と蛇は睨み合っていた。二匹の蛇は舌舐めずりしながらじりじりと歩み寄る。渋賀の接近に気づくと、蛇は首を捻った。

 

「ラガの奴しくじったのか? 武器も持ってないプエイル人相手に」


 蛇は不思議そうに言った。

 

「よく分からないが、お前らの仲間ならくたばったぜ」


 渋賀は挑発するように言った。鮫都は倒れている騎士の手から剣を取った。

 二匹は一瞬顔を見合わせると、同時に動いた。

 渋賀には槍を持った方が。鮫都には斧を持った方が襲いかかった。渋賀が槍を棍棒で受け止めると、木製の棍棒に槍が突き刺さり抜けなくなった。渋賀は棍棒を上に放ると、蛇を殴った。蛇は口から血を吐きながら倒れた。


「うおおお!」


 鮫都は振り下ろされた斧を剣で弾くと、距離を取り、剣を構え直した。


「ちくしょうが……やってやるよ!」


 叫びながら蛇に斬りかかった。剣と斧がぶつかり合うと、蛇は後ろによろけ隙を晒した。鮫都がすかさず首を切りつけると、蛇の頭部は身体を離れ、地面に転がった。


「や、やったぜ……」


 鮫都は息を切らしながら血の付いた剣を見つめた。


「やるじゃねえか」


 いち早く敵を仕留めた渋賀が後ろに立っていた。

 切断された頭を見ると、それは言葉を発した。


「お前ら……俺の仲間が必ず、殺しに行くからな」

「まだ生きてるのかこいつ……」

「俺たちの大将は……化け物だ。お前たちなど……」

「お前もバケモンだろうが」


 渋賀は蛇の頭に棍棒を叩きつけとどめを刺した。


「生命力凄いな。こっちも頭潰しとくか」


 渋賀の無邪気な表情に鮫都が恐怖を感じていると、騎士がゆっくりと近づいてきた。


「助けていただきありがとうございます。あなた方はどこから来たのですか? 見慣れぬ服装、ですが……」


 騎士は感謝の言葉を述べたところで倒れた。腹部は赤く染まっていた。


「おい大丈夫か? 俺たちも分からないんだ。気がついたらここにいた。ここはどこであんたは何者だ?」


 渋賀は地面に膝を着き、騎士に質問した。


「ここは、タビトル王国……あなた方は、救世主に違いありません」

「俺たちが救世主?」

「私は……アーメイ家の都……目指していました……あなた方も、向かうといい……」

「都? それはどこにある」


 渋賀が尋ねると、騎士はある一点を指差した。


「ひたすらまっすぐに……王国を……救って……」

「おいしっかりしろ、なあ」


 騎士は人差し指を伸ばしたまま力尽きた。渋賀は「死んだ」と呟くと立ち上がった。




 馬車のような乗り物に繋がれていたのは馬ではなく、鶏のような姿をした生物であった。


「死んでるな。なんなんだこの巨大鶏は」


 既に屍と化した生物を鮫都はまじまじと見た。

 渋賀と鮫都が馬車の中に入ると、一人の老人が倒れていた。


「うっ、こっちも死んでるな。このじいさんは、神父か?」


 鮫都が死体を恐る恐る覗き込んだ。


「さあな。お、食料があるぞ。ありがたい」


 渋賀は死体には目もくれず、積荷を漁っていた。





「俺と鮫都はアーメイ家の都とやらに行く。お前らどうする」


 馬車のような乗り物から出てきた渋賀が宣言した。鮫都はどこか不満そうな顔をしていた。


「俺はバスに戻るよ……ちょっと気分が悪い」


 痩せ型のオタク、紙本が口を押さえながら答えた。


「俺は行く。楽しそうじゃん」


 そう答えたのは小太りのオタク、田端だった。紙本と仲の良い田端がそう答えたのは紙本にはショックだったらしく、普段は出さないような大きな声を出した。


「田端、嘘だろ? バス戻ろうよ」

「だって、救世主だとよ。さ、最高じゃん」


 興奮気味な田端に、紙本はたじろいだ。


「田端お前びびってるだけだったのに大丈夫なのかよ。というか久住、お前も来てたんだな」


 渋賀が一真の存在に気づいた。


「久住も一匹怪物倒したんだ。凄いよね」


 田辺マークが倒れている蛇を指差しながら言うと、鮫都は驚いた。


「へえ、それは凄いな。じゃあお前も来るか? 子分にしてやるよ」


 鮫都の放った屈辱的な言葉で一真の顔は熱くなった。指先が震えるのを感じる。しかし。


「俺は、戻るよ」


 何も出来なかった。

 渋賀が蛇を殴った時、一瞬緑の閃光が走ったのを一真は見ていた。そして、死んだ蛇の腹をよく見ると、小さな穴が空いていた。渋賀は一真と同じように、未知の力を手に入れた可能性が高い。殴りかかろうものなら共倒れ、もしくは返り討ちに遭うかも知れない。今はまだ動くべきではない。一真はそう自分に言い聞かせた。


「この世界なら天下取れるかも知れないのに勿体ねえな」


 渋賀は呆れたような顔をして言った。一真は黙って下を向いていた。

 都に向かうのは童顔な少年、寺田光一を加えた四人になった。渋賀は蛇たちの乗っていた巨大な鶏に跨り、手綱を握った。


「なんとか乗りこなせそうだな。それじゃお前ら。頑張れよ」


 心にもない事を言い残して渋賀達は去って行った。


 一真、紙本、マークの三人は無言で見送った。


「遺体をそのままにして行くなんて……」

「ちょっと酷いよな。埋めてあげるか」


 小さく呟く紙本にマークが提案した。

 三人は穴を掘り、全ての亡骸を地面に埋めた。


「いやあ、でもさっき、俺もちょっと行こうかと思っちゃったよ。でも女子いないし微妙だよねえ。じゃ、戻ろうか」


 アメリカ人と日本人のハーフであるマークはそう言って笑った。楽観的な男だと一真は思った。

 三人はバスに向かって歩き出した。


「田端、結局長い物に巻かれるタイプなんだな……」


 道すがら、紙本は落ち込んでいた。


(落ち込む気持ちは分かる。俺も気分は最悪だよ。でもこの世界でなら——変われる気がする)


 一真はどす黒い感情を胸に秘め、崖をよじ登った。





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