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【ปรัชญา world's δημιουργία】  作者: 烏滸阿
しゃかりき桜蘭道中
2/9

【1】-【3】生ゴミと山姥と私

 ナノマシンを利用した没入型ゲーム(VRMMO)は、いわゆる明晰夢に近い。


 それは『普遍的無意識』という思想に近い技術を用いたことに起因するのだが、しかし、それゆえに痛覚を始めとした感覚の再現にはかなりの歳月を費やされてきた。らしい。


 その歴史的証拠として、今でこそ現実に近いレベルの再現がなされた没入型のVRゲームだが、開発当初のものは殆ど夢と判別付かなかったという話が残っている。

 なにが言いたいのかというと、【PWD】は今なお進化し続けるゲームの最先端だけど、しかし、この夢の入り始めのような感覚は直らなかったらしい。


 そんなわけで、僕は遠い夢から覚めたような感覚で目を覚ました。


 夢に舞い降りた。


 瞼を開けて、視界を広げて、命を動かした。


 眼球を右左に動かすこと幾多。

 直ぐに僕はどうやら、なにやら普通ではない状態に置かれていることがわかった。


 まずもって身体中が生暖かい。しかも何かに包まれているような圧迫感がある。それに、なにも見えない。

 ……まさか、セカンドライフの拡大解釈によって、何者かの胎内、もしくは(考えたくないが)体内にスポーンしてしまったのだろうか。


 明らかに尋常じゃない状況のせいか、襲ってきた寝疲れのような倦怠感を頭を振りかぶることで振り払うと、何やら特異的な臭いが鼻腔を差した。


 ツンッと。ヌルッと。


 羊水の匂い──ではない。どちらかというと体液系の臭い。

 例えるなら、サビ過ぎた機械から漏れたオイル。大都会の駅裏で時折感じるタイプの臭い。曇りの日に遭遇することが多いやつ。

 つんっと鼻腔を差してきて、その後嗅覚の下をえぐり抜くようなえぐみがある臭い。

 バチンッ!っと匂いを嗅ぐたびに脳を貫くように叩きつけられる『骨だけになった魚』イメージ。


 つまりはそう、生ゴミ。あるいは排水溝。

 もしくはその両方。


 考えうる限り最悪のブレンド。

 ついでに言うと、生温い牛乳の香りがしてくる。あるいは腐ったジャーキーと人の口から香るアルコールの合わせ技。


 当然のように湧き上がる吐き気を抑え、この場から脱出しよう、身体を動かそうと手足に力を入れる。しかし、上手く身体が操作できない。しかも、ふわふわべちょべちょつんつんした刺激が身体中を襲ってくる。

 叶うなら、その正体が一体なんなのかは知りたくないところだ。


「……くさいなぁ」


 当たり前のことを思わず呟く。

 僕はVRMMOをやるのは初めてだけど、それでもこれがおかしいことくらいはわかる。しかし、これが【基盤】というゲームの異常であるかといえばそうじゃないことも分かる。


 コマーシャルから聞き齧った情報だけど、このゲームは所々にランダム要素を仕込んでいるらしい。

 アバター生成、スキル構成、果てには職業まで。

 おおよそVRMMOの醍醐味にして最大の悩みどころが全てランダムに決まってしまうらしい。


 ゲームにほとほと縁のない僕でもクソゲー認定まったなしだと分かるこの仕様だが、不思議と、世間からの批判的な意見は少ない。手放しで褒められることはないけれど、なぜか多くのプレイヤーがこの仕様に納得を示し、受け入れている。

 ネットの考察によると、それは、ランダム生成といいつつも生体ナノマシン経由で読み取ったプレイヤー達の返信願望をある程度満たすような設計になっているお陰らしい。


 だがしかし、ちょっと待ってほしい。

 だとしたら、僕は、鎌方虚(かまがたうつろ)はこんな状況を望んでいたというのだろうか。


 推定、生ゴミ置き場に投げ捨てられることを。

 上手く動かない身体をあてがわれることを。

 こんなにもむなしい気持ちになることを。


 心の底が切望したというのだろうか。


 そりゃぁないよ。

 というか、受け入れられないよ。

 僕の頭が、そんな僕を許容しないよ。


 なんだか物凄くやるせない気持ちがもりもりと、それと同時に『うがーっ』という怒りのパワーが湧き上がってきた。感情に任せて全身をバタバタと動かす。

 ミシミシと文字通り体が悲鳴をあげる。

 一体僕は何に為ったんだ、と思わずにはいれないけれども、なにはともかく「なにくそ」と聞こえる断末魔を無視してさらに力を入れる。


「がんばれ、がんばれ」


 無意識に自分を鼓舞していたのか、女子のような(やるきのない)声が聞こえてくる。この世界での僕の声だろうか?

 VRゲームだと、自分の心の声も変わるらしい。


 ずぼっ。右腕にのしかかる重みが一気に消える。身体を埋め尽くしていた生ゴミがやっとこさ退いたようだ。また埋まることがないように、パスカルが集中し過ぎない程度に右腕を生ゴミに突き立てて、体全体を起き上がらせる。

 ぼとぼとと、異臭の原因が世界の重力に引っ張られて体から離れる。

 やっと、何かの中から外に出られた。


「……夜」


 そして僕はポツリと声を漏らす。

 今日、なかなか目にすることの叶わない、満点の星空が視界いっぱいに飛び込んできたのだ。

 仮想世界(ヴァーチャル)らしく、見たことのない星座が競わんばかりに光っている。ミルキーウェイもぐるりと空で輪っかを描いている。……輪っか?


「この世界では『エンジェルリング』なんて呼ばれているらしいですよ」

「……!?」


 突如、隣から聞き覚えのある女子の声が聞こえ、ギョッとする。

 ……そうか、『がんばれがんばれ】というあの声は彼女のものだったのか。

 いや、『だったのか』だなんて嘯いてみたが、その実僕は『……夜だ』と言った時点で、先の言葉が僕から無意識に漏れたわけではなく隣の彼女が発した言葉だと気付いていたが、まあそれはどうでもよい。

 なにがおかしいのか、クスクスと声を漏らし彼女は冗談交じりにいった。


「よく眠れましたか?」

「お陰様で」


 そう。重要なのは、彼女もまた随分と生ゴミ臭かったことだった。




【2】




 彼女の名前は【艶風(あでかぜ)コノカ】というそうだ。

 彼女の容姿がどれほどかわいいのか、と聞かれたらいまいち分からないと答えるしかない。というのも、【夜】というフィールドの条件のせいか、彼女の身体が真っ黒に塗りつぶされたようにしか見えないのだ。シルエットから分かるのはボサッと荒れに荒れた髪と、不自然に頭のてっぺんから生えた二本の突起だけ。


 鬼か、はたまた山姥か。


 夜ということも相まって、黒に塗りつぶされた恐ろしい造形から聞こえる女性の声というのは中々に恐ろしく聞こえてもおかしくないはずなのだが、不思議と僕はそんなシルエットの彼女の声に恐怖を覚えるどころか、逆に、親しみすら感じていた。

 一応、『初めての娯楽用ゲームということで妙な興奮状態に陥っていて、恐怖が誤魔化されたのだ』とか『青春真っ只中で完全な僕が女子の声というだけで嬉しくなってしまったのだ』とか、色々その原因は考えられるがその真相は神のみぞ知る。


 それはともかく、そんな異形の彼女は、生ゴミの中で生まれ生ゴミを掻き分けた、いわば、僕と同腹というやつで。けれどコノカさんの場合、幸いにも頭だけはゴミ山から出ていたため、生ゴミの抱擁を解くのは容易だったそう。


「コノカさんも今日始めたばったりの初心者なんですな」


「そうですね。ヌーブ、という奴です」


「そんな卑屈な言い方しなくても」


「卑賤な格好をしている自覚はありますからね」


「卑下するにもそこはせめて、悲惨といってほしかったよ……」


 たいして変わらないけど。

 気分的にそちらの方がまだ気分がいい。気がする。

 とはいえ、いまだ僕らは生ゴミ山の山頂を堂々と陣取っていることも、僕らが陣取るに相応しいみすぼらしさであることも言い逃れできない事実である。

 服は穴が空いてるどころか大半が腐食しているし、僕の髪の毛はボサボサどころか皮脂のせいで妙に固くなっている。そして当然、生ゴミ臭い。


「コノカさんも初心者ってことは、このゲームについてはあんまり詳しくないの?それともネットとかで事前情報はバッチリだったりするのかな?」


「……まあ、そうですね。ヒトがバナー広告に出てたソシャゲをダウンロードする時と同じくらいの知識はあるんじゃないでしょうか」


 いやいやそれは、ほとんど無知と同義なのでは?

 言葉を飲み込んで、質問する。


「なら聞かせてもらうけど……このゲームってこんな中世ヨーロッパの捨て子みたいな生い立ちを強いられるゲームじゃないよね?」


「はい。こんな状況で果たして信じてもらえるかはわかりませんが、このゲームは望んだ通りの自分になれることを謳った最高のVRゲームだったはずです」


 僕の見た広告も同じことを謳っていたはずだ。

 だとすると、どうやら、自分の生体ナノマシンが僕に詐欺広告を見せ続けていたというわけではないらしい。そんな一昔前のウイルスに感染したナノマシンの仕業みたいのを本気で疑っていたわけではないけれど、まあ、一安心(というのも、この手の詐欺から始まる物語はごまんと生み出されているため、変に心配になったのだ)。

 しかし一方で残念なことに、僕の願望か生ゴミの中で生まれることだった可能性が大きくなってしまった。


 夜空で輝く一等星が燦々とひかりを降り注がさせる。太陽からの光が星々に反射し、地面に色をつける。自ら発行する星も、同様に。


 赤、白、黄色。


 宇宙のとても遠くから見たら、地球は何色に見えるのだろうか。青色に見えるのだろうか。などと現実逃避気味に益体のないことを考えていると、隣の山姥さんが遠慮がちに尋ねてきた。


「……あの」


「なに?コノカさん」


「ええと、あなたの名前を見せてくれませんか?」


「見せる……? ごめん、名前を見せるのってどうやるの?」


 てっきり、自分ででっち上げるものとばかり思っていたけれど、なるほど、こんなところにまでランダム要素を持ち出してくるのか。キョトンとした目の彼女は、自分以上にキョトンとした僕を見て、合点がいったように頷いた。


「ああ、そこからなのですね。いえ、別に特別なことは必要ないですよ。秘密のハンドサインや珍妙な眼球運動も、ましてや俺の考えたオリジナルめちゃんこかっこいい掛け声なんてものも必要ありません。ただ単に見たいなーって思えばいいんです」


「名前を?」


「ステータスを」


「ステータス? 一応聞くけど、ステータスってあの攻撃力とかのやつで合っているよね?」


 僕はヒットポイントとか、防御力とか、技能とか書いてあるウィンドウを思い起こす。やはり僕はこう言ったゲームには疎いもので、ステータスウィンドウといえば一昔に流行った映画やドラマ化なんかで俳優がポーズを決めて掌から出す印象が強い。


「いやいや、なんでヌーブを知ってるのにステータスが分からないんですか」


「さすがにステータスくらいは知ってるよ。念のためだって。ヌーブは【the isolated mathematics VR】や【the minesweeper VR】の対戦チャット内でよく見たから知ってただけ」


「いやいやいやいや、それもどうなんですか? 児童の教養育成目的のゲームなのに随分と文明的じゃないやりとりがされてる予感がするんですけど」


 鋭い勘をお持ちのようで。ぐうの音も出ない。実際、平安貴族もびっくりの婉曲な罵倒が飛び交っていた。ある意味とても教育的で文明的とも言えるが、今思い返せば、彼女のいう通り、少なくとも小学生がやるゲームじゃなかった。純粋な児童を完全にランキングポイントの餌としてしかみてないような人がわんさか居た。


「ちなみに、そのステータスを思い浮かべる時に何かコツとかある?」


「さあ? 私は他のVRMMOも経験してますから特に抵抗なく出せましたし、そこら辺はなんとも」


 抵抗なく、か。

 とりあえず、課題文や教科書を取り出すイメージでステータスを思い浮かべてみた。あれなら、なんの抵抗もなく出せるからね。

 ヨイショ、と心内で掛け声を入れてみたが果たして、その試みは成功したようで、トゥルルン、とスーパーボールが小さくバウンドしたような音質のチャイムとともに見覚えのない文字列が出てきた。


「あぁ、出た出た。ええと、名前は……っと、んん?」


「? どうしました?」


「いや、そうだな。うん。僕のことはハーちゃんとでも呼んでよ」


 突然の要求にキョトンとした様子を露わにした彼女だったが、幾分の間もなくきっぱりとした口調で、


「いやですよ。なんでそんな馴れ馴れしく呼ばなければいけないんですか。これであなたが私のことを『さん付け』で呼んでいますからまだいいですけれど、もしも、これから何かの拍子で私の呼び方に呼び捨てないしはそれに類似した馴れ馴れしさが出てきた場合、完全にバカップルじゃないですか。なにが悲しくてこんな仮想世界に来てまでバカっぷりを披露しなければいけないんですか。しかも一方通行の」


 と、口早に言葉を紡いだ。

 やけに強い拒否反応だったけど、何か思うところがあったのだろうか。


「いや、だって、ねぇ」


 そういわれても、そうはいっても、そうも言ってられないのだ。


「なんですか、妙に煮え切らない言い方をして。もしかして、渾名呼びを目論んでの提案だったのですか?私のことを狙っているのですか?」


「僕は顔の美醜が判別できない山姥をナンパするほど飢えてないよ」


「や、やや、山姥ですかっ」


「失言し申した。謝罪します」


「……あなたが心の中で私のことをなんと呼称していたかはこの際置いておきます。けれど今のテキトーかつ棒読みの謝罪に腹が立ちました。謝罪してください」


「申し訳ないのになにを申し開きしろと申すので申すか」


「もう、申さなくていいから態度で示してください」


「そこは『示して』じゃなくて、『申して』と言う場面じゃないのか?」


「いえ、そんなことしたら余計ややこしく……って私は日本語で遊びたい訳じゃ──?! はっ、さては完全に謝る気がありませんね?!」


 うがー、と髪をわしゃわしゃするコノカさん。

 ややあって、彼女は「はぁ」と一つため息をつく。その後の呼吸にどれほどの悪臭が絡みつくのか想像すると狂気の沙汰だなあ、などと思う。

 きっと、四方八方に伸びる彼女の髪の毛同様、彼女の顔のシワも臭みによって歪み四方八方に伸びているに違いない。

 ガサっと音を立てて彼女は生ゴミの山に深く座り込んだ。


「まぁ、あなたに対する呼び方はおいおい考えるとして」


「うん」


「とりあえず、ここは捨てられたもの同士、腹を割って話し合いましょう」


「よしきた」


知り合って間もないけれど、とりあえずのところ面識を持っておこう、程度には僕は彼女のメガネにかなったようだ。

僕としてもこの世界の情報はいくらあっても余ることはない。それに彼女のシルエットのその下はとても気になるところだ。

相手には見えないだろうけど、僕はにこりと笑って彼女の対面、生ゴミの上に座り込んだ。



【3】




 どれだけの間、話し合っただろうか。

 僕は隣に座る恐ろしげなシルエットにも徐々に慣れ、彼女は彼女で僕の人となりにに馴れ、意外なことになかなか良い関係性を築いていた。

 正直、僕にはネット上の気遣いがよくわからない。言葉遣い態度に気をつけようと思っていてもそれが成果につながっているとは思えない。だから互いに段々と言葉少なになり、情報を交換し切ったら疎遠になるものばかりだと思っていた。

しかし、彼女は予想外にタフであり、しばらく話した後に、僕が面倒臭いと正面から切った上で、ケラケラと談笑していた。


「そういえば、ハーさんの本名は結局なんなのですか?」


「そうだね、コノさんには見せても良いかな」


 余談も余談なのだが、呼び方は互いに『さん付け』することで収まっていた。

 互いに見えているのがシルエットであるため、伝わるかは分からなかったが、僕はしなを作って


「えっとね……笑わない?」


 と聞く。しかし、シルエットだけとはいえ、クネクネと動いていたらさすがに意図が伝わったようで彼女は、


「なんで『女子会〜夜の恋バナ変〜』風なんですか、めんどくさい」


 とツッコむ。

 そんなやり取りがなんだか嬉しくて、いまだ生ゴミの上だというのに僕の声は弾んでしまう。


「僕は大概面倒な性格をしている自覚があるけれど、コノさんは大概竹を割ったような性格をしているよね」


「ふふ。よかったら、性別を交換しましょうか?」


「さすがにその発言は男前過ぎる。あと、そうなると僕浮ついた言動がただの電波ちゃんになるから遠慮しよう」


「自覚はあったのですね」


「あったよ。ある分タチが悪いんだよ。……あーっと、僕の名前だったっけ?いいよ、ちょっと待ってて」


 観念したようにそう言って、僕はこなれた調子でシステマチックに名前の書かれたウィンドウを表示させた。そして宙に浮いたそれをコノさんの方へ投げた。


「どれどれー……って、え?」


「サンちゃんって呼んでくれてもいいよ?」



 僕のステータスウィンドウ。その中央には小さく、さも当然のように


齒轟惨號(はぐるまさんごう)


 と書かれていた。


 いやいや、まさかのロボットですか、なんて初めて見たときには色々考えたし、色々戸惑った末につい「ハーちゃんと呼んでくれ」だなんてトンチンカンなことを言ったものだけれど、だいぶ時間が経ち落ち着いてくると得心がいくことも増えてきた。


 例えば、はじめにミシミシと悲鳴をあげた腰は、文字通り体の部品が軋みを上げた音だったのだろう。だとか、そもそもごみ山に捨てられていたのは僕が『ガラクタ』だったからなのか、だとか。

 そんな推測に付帯するように、彼女の正体もまた、捨てられた人形なのだろうか、などと考えたりもした。

 ウィンドウを見たまま固まる隣の彼女をちらりと見る。


『……ははあ、はぐるまのはで、ハーちゃんだったのかぁ』みたいなことをコノさんが呑気に考えているとは思っていなかったが、はたして、彼女の第一声は、


「なんですか、この変な名前は」


 ではなく、


「マサさんってよんでもいいですか?」


 でもなく、


「こんな量産機、嫌ですね」


 だった。

 竹を割ったような性格と言ったが、もしかしたら彼女はただ単に失礼なやつなのかもしれない。

 悪びれもせず、何食わぬ顔でウィンドウを投げ返すコノさんをみて僕はそう思った。


「それはそうと」


 彼女の喋りには文頭で一息つくという癖があるらしく、一度こちらを伺うように息を短くはく。

そして言う。


「あなたのシルエットのその下は、一体どうなっているんでしょうか。さすがにゴブリンやオークってことはないでしょうが」


「キャラクターの容姿は基本的に現実を元にしているんだよね?」



 VRMMOにはよくある話だ。素人のキャラメイクは立体に起こすと見るに耐えないものになることが多いから、その対策として現実の姿をモチーフに自動的にアバターが作られる。

そこにどのようなテクノロジーやプロセスがあるのかはチンプンカンプンだけれど、そうやって精製されたアバターに対する満足度は限りなく100パーセントに近い。一説にはアバター精製時に、生体ナノマシンから自分の容姿に対する根源的欲求をエッセンスとして加えているからだともいわれている。

自分の姿は一体どんなものだろうか。その説を信じている節のある僕は自分の生体ナノマシンに伺い立てるように考える。



「──あっ」





 そんな時、声をあげた。


 先程まで考えていた冗句が吹っ飛ぶ。


 空が、()けた。僕はそう錯覚した。


 方位を二つに断つように宙に線が入り、線を中心にじわりじわりと色が広がっていく。

 真っ黒な絵の具に空色が溶け出したかのように。

 砂糖が水に滲んだように。

 闇と光点の世界が、青空と太陽の朝へと変貌していく。


 それは、このゲームの夜明けだった。あまりに突然の出来事に2人して固まる。

 徐々に徐々に、水彩絵の具を塗り重ねるように、丁寧に、色が移り変わって行くのを見上げる。


「……キレイ」


 すぐ側から「ほぅっ」という吐息とともに声が漏れた。

 しかしそれも、無理のない話だと思う。

 こんな肥溜めよりも酷い場所に堕とされ惨めな気分になっていたはずの僕と彼女を、こうも清々しい気持ちにさせてしまうようなナニカがこの光景にはあったのだ。


 空が揺れ、色が変わる。

 夜がはけ、朝が来る。


 光が降り注ぎ、世界が色付き、今までなにも見られなかったわまりの様子がいっぺんに目に入ってくる。


 道端の砂利、石畳、漆喰、狭い路地、屋根を支える軒、瓦屋根。

 まるで、『キョート』や『シバマタ』のような街並みではないか。


 漫画やアニメのような世界に少し感動して、身の回りを見て絶望する。……やはりこの場所はゴミ捨て場だったようだ。


 カタン、と缶カラが転がる音で隣にコノさんがいたことを思い出した。そういえば、コノサンのシルエットの下もついに解禁なのか。

 まるで袋綴じを開けるような期待半分怖さ半分の気持ちだ。


「ようやくこの場所からおさらばできそうだ」

 僕は言う。隣を見る。


「そうですね」彼女もそう言ってこちらを見た。


 そこには、そう──。

艶風(あでかぜ)コノカ】

……竹を割ったような性格の女の子。


齒轟惨號(はぐるまさんごう)

……リメイク前とは大幅に名前を変えた。コミュニケーション不足につき、仲良くなれそうな人にめんどくさい絡み方をする陰キャの鑑。


【生体ナノマシン】

……人間の人工的な進化により人類に住み着いた正体不明の細胞。これのお陰で人類は・素の可視化、・・の行使、・・・への接続が可能になった。

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