第三階層街『リビングホープ』 −層の国番外−
…本編進めず、短編を書いてしまいました。
よければ読んでやってください。
出来れば感想やコメントをいただけると嬉しいです。
では、どうぞ…
0
小さい頃に出合った少女。
まだ何も知らない私を、助けてくれた少女。
今はあまり会うこともなくなったけれど…
遠くても、無事でいると信じているから。
約束だよ。
1
「ん〜…いい天気」
第三階層街…階層街化された―後に『層』の国と呼ばれることになる―国の、一番下の階層街。そのメインストリートから外れた古い店の前に立つ女性が空を仰ぎ見た。視界の片隅には巨大な影が日の光を遮っているが、彼女にとっては当たり前の光景なのだろう。
「今日はいいことありそう」
雲ひとつない―巨大な影を除けば―青色のみが広がる空を見上げて、彼女は店の中に入っていった。
第三階層街の中心には、巨大な蔵書館が存在する。蔵書館を中心に、四方に伸びるメインストリート。活気溢れる食材市が行われているのが第一ストリート、第三階層街騎士ギルド支部と騎士の宿舎があるのが第二ストリート。雑貨や騎士のための武具を売る店が並んでいるのが第三ストリート、そして各ギルド支部と任務斡旋所が在るのが第四ストリートである。
彼女が住んでいるのは、第二ストリートと第三ストリートの中間地点で、第三階層街の外周と蔵書館の丁度中央部分にあたる区画である。ほとんどの店はメインストリート沿いに並んでいて、メインストリートではさまれた扇状の土地はほとんどが家だ。彼女の店は隠れ家のような店として、有名な場所では有名であったりする。
「こんにちは…」
「あら、いらっしゃいジャンおじさん。頼まれていたもの、出来上がっていますよ」
カウンター内に座っていた彼女―サラは、にっこりと笑って客を迎えた。
店内は薄暗く、陽の光のみで照らされていた。年季の入った店は、強い振動を加えると壊れてしまいそうなほど消耗している。そして店だというのに、品物らしいものは一切飾っていない。本当に店かどうか、不思議なくらいである。
サラはカウンターの奥―生活スペースのその奥に歩いていき、少し経ってから戻ってきた。その手には、布で包まれた長細いものがあった。
「はい、これがそうです」
それをカウンターの上に乗せ、布を広げる。中からは皮の鞘に収まった細身の剣が現れた。
「ほう…これが」
ジャンが触れようとして、ぴたりと手を止める。
サラが布でくるんでしまったのだ。それを見て思い当たったように、持っていた包みを渡す男性。
「悪い。忘れていたわけではないんだ。ちょっと…急いていただけだ」
サラがそれを受け取ると、今度こそその手で布に包まれたままの剣を持って店を出た。
―無事でいるのよ…
店の戸が閉められ、再び静寂が訪れ…
「サラ! ちょっとボクを匿って!!」
…なかった。
濃いオレンジ色の髪と瞳を持ち、銀色の甲冑を身にまとった少女が店に駆け込んできたのだ。
「り、りーちゃん?」
「ごめんねぇサラ、ボクを匿うついでにお昼ご飯食べさせて?」
「え、えっと…」
さすがのサラも困惑顔だ。
少女は迷わずカウンターを飛び越えて、サラの足元に隠れる。甲冑を着ていて狭くないのかと問いたい衝動に駆られるが、サラはかろうじてそれを抑え、次の瞬間に店の前に現れた人物を見る。
サラと似たような栗色の髪の小柄な少年は、戸を開けるなり辺りを見回した。
「すみません、ここに子ども顔で甲冑を着た人が来ませんでしたか?」
「えっと…来ていませんけれど、どちらさまでしょう?」
サラが丁寧に対応すると、きょとんとした顔の少年は慌てて背筋を伸ばした。
「申し遅れました。第三階層街騎士ギルド支部所属、第一特殊隊隊長預かりのジャック・ランシュトンです。こちらの…えっと、お店に、主が入っていったと思ったのですが…」
「ジャックくんね? 私はサラ。よろしくね」
「は、はぁ…」
にっこりと微笑んだサラは、足元に蹲っている少女の足を蹴る。ジャックには分からないように攻撃しているため、少女は反応できずに涙目になってしまっている。
「ここはお店で正解。武器屋なのよ」
手招きしてジャックをカウンターの近くまで呼ぶと、手を伸ばしてジャックの頭に載せる。困惑したままのジャックはされるがままになっていた。
ふと気がつくと、ジャックはサラにじぃっと見つめられていた。
「あの、なにか…?」
「いいえ。ふふ、そういうことね…」
サラはにっこりと笑ってジャックに左手を差し出した。
「右手を出して?」
「え、あ…はい」
差し出された少年の右手を握って握手をすると、ゆっくりとその手を離す。
「そうねぇ…あなたには何がいいかしら?」
「…え?」
全く説明しようとしないサラは、もう一度ジャックの頭を撫でる。
「ジャック君、また来週(※)この店にいらっしゃい。いいものをあげるから」
「いいもの、ですか?」
「そう。大丈夫、お金はあなたの主…上司かしら? に貰っておくから」
「は、はぁ…」
にっこりと笑ってジャックを追い返すと、足元の少女を攻撃していた足を止める。
「い…痛いよ、サラ…」
涙目と言うよりは既に涙を流している少女に目線を合わせる。
「どういうつもり?」
「どういうって言われても…なぁ」
苦笑交じりに笑う少女に再度訊きなおす。
「あんな子どもを戦場に送り込むつもりなの?」
「別に、そういうつもりじゃないよ」
「じゃあ、どうして」
それはいつものサラよりも強い口調だった。あるいは、詰問しているのかもしれない。
「どうして彼なの? りーちゃん」
いつもの笑顔を崩して真剣な表情を見せるサラに、りーちゃんと呼ばれた少女は苦笑を崩さない。
※…階層街では一週間は十五日である。
2
「はぐらかされちゃったなぁ…」
サラは店じまいの準備をしながら空を仰いで呟いた。
外は既にオレンジ色の世界が終わろうとしている。
「結構重要な質問だったんだけど…」
最後に店の扉に鍵を掛けると、裏手から部屋に戻る。部屋の電気をつければ、変わることのない景色が広がっていた。
生活のほとんどを武器作りに費やしてきた父とそれを支えた母が居たはずの家。カウンターを挟んだこちら側は、店内から見えないようになっていて、店から覗こうとすれば右側に鍛冶場がある。左側には予約・完成済みの商品が布にくるまれて置いてある。そしてその隅に、自室と下の階へ続く階段がある。
サラは一度自室へと戻り、作業着に着替えて降りてきた。そして、ジャックよりも薄い栗色の髪をまとめて後頭部の上のほうでまとめると、鍛冶場の火を入れる。
「これも、何かの縁なのよね…きっと」
そしてサラは何かを作り始めた。
まるで、祈るような真剣さで。
――――
「すいません…あの、サラさんいますか?」
少年―ジャックが店を訪れると、自分が出るときには確かに執務室にいたはずの主であるリカリア・ホーランドが居た。といっても、カウンターの奥にちらりとオレンジが見えたからそう判断したのだけれど。
「サラ? サラ…ってば…」
主の声がする。けれどいつもとは違い、口調は弱弱しい。
「…リカリア様?」
「…っ!? あ〜…ジャッくん」
「ジャッくん!?」
左奥の壁からひょこっとのぞいた顔には、苦笑が張り付いている。
そんなことよりも、少年には自分が主に「ジャッくん」と呼ばれた事の方が驚きだった。
「いえ。少し待っていてもらえますか? サラを自室に運びます」
「…サラさん、どうかなさったのですか?」
「軽い疲労です」
疲労に軽いも何も在るのだろうかと考え、主が言っているのだからそうなのだろうと納得したジャックは黙っている。
暫くしてリカリアが店に戻ってきた。しかし居るべき店側ではなくカウンターに腰掛ける。
「リカリア様?」
「サラは自室に寝かせてきました。納得がいかないからといってほとんど寝不足で打ち続けるからですよ、全く」
いつも冷静でほとんど感情を表に出さないリカリアからは遠い姿に、ジャックはなぜか安堵した。
「リカリア様、よほど心配なのですね、サラさんのこと」
む、としかめっ面でジャックを見やる。カウンターに肘を置いて、頭を乗せる。
「知りません、あのような無謀なことをやる人のことなど」
その言い方が外見相応で、少年は微笑む。
彼の主であるリカリア・ホーランドは、現在十七才にして第三階層街騎士ギルド本部の特殊隊隊長を務めるような天才として周囲の尊敬と羨望を背負っている少女である。その、実年齢以上に幼い顔からは到底見当もつかないような実績を持っている反面、滅多にその感情を動かさないことでも有名であった。
現在十三才である少年は三年前彼女に命を救われ、何故か彼女の世話役のような仕事をさせてもらっている。その凄さと多忙さは、彼がよく知っているのだ。
「なんですか?」
「いえ。サラさんと仲がいいんですね」
「…まぁ、少しだけ」
それはリカリアなりの照れ隠しだ。三年間でも一緒に居れば分かる。周りが噂しているほど、彼女は冷静ではない。驚くほど、感情の起伏が激しい。
彼はそう考えている。
暇そうにカウンターを見続けているリカリアの後ろ、気付けばサラが立っていた。リカリアはそちらを見もせずに言う。
「寝ていなければ駄目でしょう」
「…ごめんなさいね、ジャック君。驚かせたかしら?」
しかしサラはそれには答えず、ジャックを見ながら声を掛ける。
「…まぁ、いいですけど」
拗ねたように言い、リカリアは立ち上がる。
自然にサラをそこに座らせ、自らは裏口から外へ出た。
「これが、約束のいいものよ。ぎりぎりになってしまったけれど…完成したからあげるわね」
にっこりと微笑むが、その表情には疲れが見えた。
「あ、ありがとうございます。でも、俺…」
「いいのよ。それは、お礼だから」
「お礼?」
サラはそれ以上語ろうとしなかった。だからジャックも深入りをしない。
「拗ねてないでいらっしゃい、りーちゃん」
「…………」
店の入り口から顔を半分だけのぞかせている。あからさまに不審者と化しているリカリアだが、サラは特に気にしていないようだった。
「あのね、ジャック君」
「え、ああ、はい」
いきなり話を振られて戸惑いがちに答える。
「りーちゃんをよろしくね」
「え?」
振り返ると、未だにリカリアは動く気配を見せない。
「私が作った物には、ね」
「サラ!」
「魔が宿ったの」
「…え?」
よく分からずに聞き返すが、サラは悲しい笑みを浮かべているだけだった。リカリアは店に入って来たと思えば、ジャックの手を引く。
「帰りますよ」
「ちょ、ちょっと…リカリア様!」
「だからね、ジャック君。りーちゃんをお願いね」
ジャックが聞けたのはここまでだった。
彼がその意味を理解するのは、全てが終わった後になる。
―――
「ん〜、いい天気」
そして今日もまた、サラは店を開ける。
第三階層街…階層街化された―後に『層』の国と呼ばれることになる―国の、一番下の階層街。メインストリートから外れた古い店の前に立つサラは空を仰ぎ見る。視界の片隅には巨大な影が日の光を遮っているが、彼女にとっては当たり前の光景なのだ。
「今日もいいことありそう」
きっとまた性懲りもなく、昼休みには彼女が逃げてきて、彼が追いかけてくるのだろう。そして自分は、そのやり取りを嬉しく思いながら彼女を追い返すのだ。
サラが願うたった一つのことは、今日も叶えられるのだろう。
雲ひとつない―巨大な影を除けば―青色のみが広がる空を見上げて、彼女は店の中に入っていった。
いかがでしたでしょうか?
彼女はリカリアとジャックが居れば平和なのでしょう。
また思いつきで(ぇ)短編を書くかもしれません。
そのときは、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m