第四話 初めての喧嘩
リーリアの両親は吸血鬼の王に殺されたらしい。
だから彼女は冒険者になり、吸血鬼の王をいつか自身の手で殺すのが目的だったみたいだ。
両親は食べるためではない。殺すために殺されたと彼女は言った。
吸血鬼は人の血を吸うために人を捕まえるのは吸血鬼の王と出会った当時知っていた。その事実から目を背けてもいた。
でもまさか、意味もなく殺すとは思っていなかった。
仮に食べる目的以外で殺すとしたら、それは自己防衛の時だけだと思っていた。
俺はベッドの毛布の中でずっと、その事実を考え込んだ。
リーリアはギルドの建物近くで部屋を借りているらしく、明日の朝ギルドで会う約束をした後、すぐに消えた。まだ俺のことは信用していないらしい。俺もリーリアのことはまだ信用していないからお互い様だ。
朝になり、ギルドに向かうと、エミリアさんじゃない人だった。
そっか。休みがある日は違う人になって当たり前か。
ちょっと残念。
なんて思いながらギルドの椅子に腰かけて時間を潰していると、リーリアが急ぎ足でギルドの中に入ってきた。
「おはよう。イツキ」
「おはよう。リーリア」
俺に気づいたリーリアが挨拶をしてくるものだから、俺も返す。
「それで、イツキ。今日はどうするつもりなの?」
「リーリアがいたら、5か6の依頼を受けることができるだろう? だから、今日はその辺りを受けようかなって」
「本気?」
「本気。本気」
「イツキって自信家なのね」
そう言って、リーリアは依頼の紙が貼られたボードを見た。
様々な依頼の中からリーリアは一枚の紙を取る。
書かれている内容はリザードマンの討伐だった。数は不明。近年、森で見かけるため、安全のために討伐してほしいといった内容だった。報酬は銀貨50枚。依頼主は街の行政みたいだ。
「リザードマンは強いのか?」
リーリアに聞いてみる。
「一対一なら少なくとも負けないかな。二体相手にしても負けない自信はあるけども、三体からは同時に相手できないかも。慎重に行動すれば大丈夫。危なくなったら街に逃げれば良いのだから」
なるほど。
だったら大丈夫だろう。
俺もいるからな。
なんて軽い気持ちでリーリアが受付嬢まで紙を持っていこうとすると、ふいにリーリアの前に一人の大男が現れた。
「ちょっと待てよ。リーリア」
「…………ダルコ」
ダルコと呼ばれた男は俺に睨んだ後、リーリアの依頼を奪い取った。
「お前には無理だ。昨日冒険者になったそんな男と二人で数不明のリザードマンを討伐できるわけがない。俺たちが変わりに行ってやるよ」
「あら。アンタはその依頼、受ける権利がないでしょ? それとも何。カルルにでもお願いするのかしら?」
「俺がカルルに? バカにするんじゃねぇ。あいにくと、仲間に一人この依頼を受ける権利があるやつがいるからな。大丈夫だ」
何故いがみ合っているのだろう。
仲良くすれば良いのに。
それにカルルって誰だ。
なんて思っていると、リーリアがため息をついた。
「この依頼は私たちが先に取った。ギルドのルールを破るつもり?」
「はっはっはっ。破るつもりはないさ。なに。ただお前たちに警告をしているだけさ。そんなヒョロガリの男と二人で行けば良い」
「ヒョロガリ?」
まあ、確かにそうだ。
「リーリア。別にこんな男と口喧嘩する必要もないだろ? 早く行こうぜ」
なんて俺が言うと、ダルコが俺の方に歩み寄ってきた。
そして、俺の胸倉を掴んできた。
「ああ! こんな男とは誰のことだ!」
「ダルコ!」
リーリアが叫ぶ。
少しだけ持ち上げられた俺はすぐに床に落とされる。
中々すごい腕力だ。
「別に良いよ。リーリア。相手にする必要がない」
俺は服を直すとダルコの手の中から依頼の紙を奪い返した。
それにまたダルコは怒りを見せる。
「てめぇ。舐めた態度を取るんじゃねぇぞ」
煽ってきたくせして、自身の煽り耐性がないぞ、この男。
「おい、ダルコ! それ以上は止めろ!」
遠くからダルコの仲間らしき男たちの叫び声が聞こえてくる。
それに耳を傾けずに、ダルコは俺の方へ向かってきた。
どうしよう。
俺は考え込む。
この世界の人間の強さを知らない。
もしも強さを見誤れば、殺してしまうかもしれない。殺してしまったら、罪人として捕まってしまう。だったら、どうするべきだろう。
なんて考えていると、ダルコが俺の胸倉をもう一度掴もうとしてくる。
考えても無駄だ。
とにかく一撃で、すぐに終わらせよう。
そう考えて俺は鉄の棒を構えた。
俺は棒を振り回し、ダルコの腹を思いっきり突いた。
強く。強く。
「がっ」
そのまま上に高く持ち上げる。
静かな空間だった。
全員が驚いた表情をしていた。
ダルコがどれほど強いのかは知らない。ただ、周りの誰もが、こんな光景を思い浮かべたりはしていなかったのだろう。
ダルコを床に落とす。床が軋む音がする。
しばらくして、歓声が上がった。
俺は棒を背中に戻すと依頼の紙をリーリアに渡した。
「倒した?」
リーリアは信じられないと言った様子で依頼の紙と俺の顔を交互に見る。
そして、リーリアはダルコの方へ眼が行くと。
「待て!」
ダルコの叫び声だと気づく。急にあたりが静かになる。
気絶しなかったか。
「ふざけるな。なんだこれ。俺が負けるだと。相手がカルルならいざ知らず。もう一度戦え。今度は殺すつもりで本気でいってやる」
「…………ふむ」
ふいにダルコの後ろに現れた男。
短髪で、俺と同い年ぐらいか。少なくともダルコよりも年下だろう。服の胸あたりに2の数字が見えた。
ダルコはその男に気づくと青ざめた表情になる。
「…………カルル」
「負けた癖して、負けを認めない姿はダルコらしいよ。すばらしい。それで負けたくせして、もう一度戦うつもりか?」
その男の言葉にダルコは黙った。
少なくとも、その時点でその男とダルコの関係が見て取れる。どちらが上でどちらが下か。
ダルコはそのまま悔しそうに床に崩れ落ちる。
男は俺の前まで歩いて近寄って、俺に笑顔を向ける。
「すごいな君は。ダルコを簡単に倒す姿は惚れ惚れとしたよ。あいつは一応俺の仲間でね。そうだ。これ、少ないけども。ダルコが迷惑をかけたお詫びだ」
そう言って俺の手に銀貨一枚を握らせた。
「じゃあ、またどこかで」
そう言い残して男は出口へ向かって歩き出す。
ダルコを仲間らしき男二人が支えながら、数人の男たちが彼を追いかけてギルドの建物を出ていく。
これがカルルとの最初の出会いだった。