9、初めての魔法
アィールさんはやっぱり説明が長い
”ほうい”とは何か?という説明をするだけで、こんなに時間がかかるとは思わなかった。
方位っていうのは、簡単に言えば僕達が所属するチーム名みたいな物だ。
剣闘士たちは基本的にこの場所。
コロセウムという殺し合いをする会場に住む。
ただ、様々な催し物が行われるコロセウムは広く、居住区画だけでも東西南北の4つに分けられている。
ここに来た剣闘士はまず東西南北の4つの居住区画に割り分けられる。
そこで仲間を作り、一つの団体となる。
その呼び名が”方位”だ。
基本的に振り分けられる方角は奴隷達が何処から連れてこられたのか表す物でもあるらしい。
数の調整があるらしいので、100%とはいかないが同郷の者が集まる可能性が高いのだそうだ。
だから僕とアィールさんは北の方から来た為、同じ”北位”に割り振られた。
なんでそんなめんどくさい事をするのだろう?ってアィールさんに聞いたら
これがまた長かった。
”色々なメリットがある”という言葉から始まった説明を纏めると。
観客はいずれかの方位のファンになる。
すると、その方位を贔屓し他の観客と競いあう。
その結果、応援にも熱が入り集客につながる。
また、チームで生活させ剣闘士達の間に情を育ませた方が試合が格段に面白くなる。らしい。
情が沸いた仲間を命を賭けて庇ったり、仲間が殺され心の底より怒るなど、剣闘士の本気の感情が見られ、それが観客に大いにウケるのだそうだ。
最低だと思うけど、この世界ではそれが当たり前だ。
人の壮絶な死を見て喜ぶ。
それが異常だと思う事はない。
この世界の常識とはそういう物なのだから。
なんか他にもいろいろと言っていたが、僕が理解しようとしたのはここまでだ。
後は適当に聞き流した。
流石に悪いので、心の中でアィールさんにはちゃんと謝っておいたけど。
その後、アィールさんはすぐに”やることがある”とか言って出て行ってしまった。
そんなに忙しいならもっと説明を少なくしてくれて構わないのに。とは、言わなかった。
ただ、部屋で一人になった僕はやることも無くなったので
この広い施設内を一人で見学することにした。
「暗いなぁ」
もうすっかりと日は暮れ、月明りだけが唯一の光源。
廊下の石壁が月明りで薄く光る姿は幻想的ではあるんだけど……情緒の無い蛍光灯の光の方が僕は恋しい。
そう。
ああやって、チカチカ光る切れかけの蛍光灯とか……
「えっ?」
目をゴシゴシと擦りして何度も確認する。
うん!間違いない!
ちょっと先にある部屋から明かりが強くなったり弱くなったりを高速で繰り返してる。
切れる直前の蛍光灯みたいに!!
そう思った時には、もう僕の体は動いていた。
あの部屋は、もしかしたら……
元の世界に!!
「……凄い」
その部屋は、元の世界では無かった。
だけど、初めて見るちゃんとした異世界がそこにあった。
一人の老人が、手から雷を出し辺りを照らしていたのだ。
バチバチと鳴る雷をペットのように扱っている老人の姿は
僕の想像する異世界そのものでもあった。
「どうやって忍び込んだのかは聞かん……ここは子供の来るところじゃない。見つかる前にさっさと帰るんじゃな」
バチッっという音を最後に雷は消える。
辺りは急激に暗くなり、ろうそくの光がぼんやりと影を作る程度になってしまった。
「あの!今の魔法ですか?」
僕は今魔法を出していた老人。いや、おじいさんに全速で詰め寄る。
興奮しない訳が無かった。
「何度も言わせるな!ここは人殺しの住まいじゃ!!子供が……」
声を荒げ怒るおじいさん。
ただその怒りは僕の顔を見た途端、ゆっくりと消えていった。
正確には僕の顔じゃない。
首だ。
「……おぬし、剣闘士なのか?」
ああ、納得した。
おじいさんは、僕の首から下げたペンダントを見たのだ。
剣闘士である証のペンダントを。
「はい、今日からここでお世話になります」
僕は丁寧にお辞儀する。
今日は沢山頭を下げてる気がするけど、ここに来た初日だし仕方ないと思う。
「意外じゃな……初めて見るタイプじゃ」
老人は目を細め僕を見る。
いやいや、そんな見つめられても。
僕はそんな意外な顔はしてないはず……だよ?
「いやいや、すまんな。で、何か用か?」
「あの!僕に魔法を教えてください!!」
「……素養の無いものに、理解出来るものではないぞ?」
おお!
好感触だ!
いきなり殴られたり蹴られたりしない。これは絶対に手ごたえありだ。
「構いません!話だけでも聞きたいんです!!」
もう、なりふり構ってられない。
僕は土下座する。
魔法は昔からの憧れでもあるし、力のない僕には今何よりも欲しい魅力的な力なんだ。
「どうかお願いします!!!」
僕は床に頭をこすり付けながら叫んでいた。
その様子に、目の前のおじいさんは若干引いていたけど。
そんなの知ったこっちゃない!
「はぁ……理解できるとは思えんがの、まぁいい。これも何かの縁じゃ。話して理解出来なければ諦めるんじゃぞ?」
「はい!!」
やった!!やっとだ!!
辛酸を嘗め尽くした異世界はもういい。
今まで夢にまで見た魔法を使える可能性がある!
テンションが上がらない訳がない!
◆
「という訳じゃ。魔法というのは体内にある力。感情を呼び起こすのにも使われる大小はあれど本来生き物であれば誰もが持っている力なのじゃ」
「はい……感情がある生き物であれば誰でも魔力を呼び出せる事は理解しました」
目の前にいる魔法使いの老人。
それはもう、一度喋ると止まらない元気なおじいさんで、自分のことを”セネクス”と名乗っていた。
セネクスさんは僕に魔法について沢山話をしてくれた。
魔法の成り立ちにとかに関しては殆ど分からなかったけど。
分かったふりは出来た。
アィールさんのおかげで長い話を適当に聞くスキルは鍛えられていたから。
ただ、魔法という存在は意外な物だった。
魔法とは僕も含めた感情のある生き物であれば誰もが使える力らしいのだ。
本当はなんていうか……選ばれた人とか。
ルーンとか呼ばれる古代語とかを駆使して使う物を期待してたんだけど……
「でも、一つ疑問があります。生き物であれば誰しも魔法が使えるというのなら、私の国では誰も魔法が使えません。それは何故なのでしょうか?」
僕は素直な疑問を口にする。
あくまでだが、セネクスさんに僕の世界の事を詳しく話していない。
アィールさんに口止めされていたので、あくまで遠い遠い東の国。という嘘をついておいた。
「ふむ、面倒じゃな……」
セネクスさんは、呟き、僕の頭に手を当てる。
そして、僕に手を前に突き出すように指示を出す。
「はい」
僕は言われた通りにする。
すると、何故かイライラした様な、バカにされている様な感情が湧き上がってくる……ような気がした。
そのイライラが最高潮に達した瞬間。
”ボッ”という音と共に、僕の手から小さな炎が出た。
「うわぁ!!」
いきなりだ。
初めての魔法がこんな意外な形で実現されるとは思わなかった。
「ふむ、才能は”並み”か、それよりちょっと上くらいじゃな」
ポツリとセネクスさんは言う。
明らかに魔法の才能の話だよね。
普通の異世界転移だったら、”天才”だとか、計り知れない才能とか言われる……と思うよ。
まぁ、この世界で想像通り上手くいったなんてなど一度も無いんだけど。
「さて、おぬしが魔法を使ったとき、何か感じなかったか?」
「えっと……なんかだかイライラした馬鹿にされているような感情が湧き出てきました」
不思議な感覚だった。
別に何もしてないのに、感情だけが湧き出てくるような感覚。
「うむ、その通りじゃ。それが魔力。怒りと炎、しいては破壊の魔法は、根源が似ておるからな。そう感じるのじゃろ。それに、怒りで我を忘れる。という状況は、魔力が過剰にあふれ出し暴走している状況でもある。その時の炎や破壊の魔法を使うと普段よりも格段に威力の高い魔法が放てるぞ?」
いまいち分からない。
どうして感情が魔力?しいては、魔法に繋がるのか。
「ふぬ、ピンとこぬか。ではもっと分かりやすい”魔法”をかけてやろう」
セネクスさんは、再び僕の頭に手を当てる。
今度はワクワクした感じ、待ちきれない焦燥感。そんな気持ちが溢れてくる。
この感情……これが魔力なのかな?
「これは?」
「始まりの魔法じゃ。筋力や反応速度など体の身体機能が増加しておる。この魔法とは違うが、死に直面した時に、痛みを感じなくなったり、普段より強い力が出たなんて事おぬしも経験あるじゃろ?基本的にはそれと同じじゃ」
ああ、そういう事か。
好きなゲームを買った夜。疲れも知らず余裕で徹夜出来た。
楽しみな旅行の前、寝なくても全力で遊べた。
つまり、感情が肉体を強化している。という事だ。
そして、その感情は魔力によって生み出される。
うん。なんとなくだけど、魔力というものが理解できた。
「うむ。では、少しジャンプしてみろ」
「はい!!」
僕は言われたとおり実行する。
「ぐぇ!!!」
ゴンという音が部屋一面に響いた。
滅茶苦茶痛い!!
あまりの痛みに頭を抱えしゃがみこむ。
僕は軽くジャンプした……つもりだった。
ただ、それだけで天井に頭をぶつけた。
というか天井を突き破る位の勢いになった。
当然天井は硬く、その反動の全ては僕の頭に帰ってきたけど。
「魔力の制御が出来ておらんからそうなる。おぬしはこれを使える様になれ。詳しい説明はその後じゃな。これは人間が無意識的に持っておる力を無理やり引き出す魔法じゃ。全ての魔法はここから始まったとされておる。それゆえ”始まりの魔法”という訳じゃ」
しゃがみこむ僕をセネクスさんは満足そう見ていた。
絶対だ。間違いない。
この結果、予測してたよ。この人……。
「まずはこの魔法を使いこなせなければ話は始まらん。まずはそこからじゃな」
「……はい」
痛みに耐えながら僕は頷く。
ちょっと意地悪だけど、セネクスさんのいう事は確かに理には適ってる。
それに、ここは僕の想像してた異世界とは違うんだ。
力も地位も、命だって自分でつかみ取らないといけない厳しい世界なんだ。
魔法を教えてくれたって事は僕に素養があるって認めてくれたって事だし。
その期待に応えない訳にはいかない!
「精一杯、全てをかけて頑張ります!」
僕は宣言する。
せネクスさんはそんな僕を見て面白そうに笑っていた。