8、剣闘士としての一日目 ~2~
「食堂……ですか?」
「そうだ」
訳が分からない。
”ほうい”とは何か?
それを尋ねて連れてこられた場所が食堂だった。
「二人分くれるか?」
アィールさんは食事の注文をする。
僕の疑問などお構いなし。といった感じだ。
「あいよ」
気のよい返事と共に現れる湯気の上がる食事。
運んできたのは、恰幅のいいおばちゃんだった。
「おかわりしたかったら皿持ってくるんだよ。割ったら自分で皿用意して持ってきな!」
「あ、ありがとうございます!!」
僕は体を二つに折りたたんで、お礼を言う。
シチューのようなゴロゴロとした野菜が沢山入ったスープに、白い柔らかそうなパン。
見ただけで分かる。
ご 馳 走 だ。
異世界に来てから初めての文化的食事と言って良い!
これで、お礼を言わないなんて罰が当たる。
「えっ……?」
「あの……僕は何か失礼な事したでしょうか……?」
何故か呆けているおばさんに、恐る恐る聞いてみる。
僕はこの世界の常識を知らない。
だから、知らず知らずのうちに失礼な事をしてしまう可能性があるのだ。
もし、それがあるなら今後の為にも早く潰しておきたい。
「あなた……剣闘士なの?」
「はい、今日からお世話になります」
信じられない。といった感じでおばさんは言う。
僕も同じだ。
信じられない。
その直後、僕の背後で笑いが巻き起こる。
その音源は、先に食堂で飯を食べていた男達であった。
男達は例外なく首からペンダントを下げている。
つまり僕達の先輩達。という事だろう。
「おいおい、新人さんよ~。いきなり情夫連れてくるなんて、良い度胸してるじゃねぇか」
ああ、これは僕でも分かる。
見下すような下品な声。
馬鹿にされているのだ。
「情夫じゃない。こいつは剣闘士だ」
ムッとした様子でアィールさんが言う。
「こいつがぁ~?」
ワザとらしく驚き、一人の顔の赤い男は僕の方へと歩いてい来る。
足取りはフラフラ。
相当酔っているのだろう。
「ガキ、お前何人の奴隷と寝たんだ??」
酒臭い!
僕は顔を背けたくなるのを必死で堪える。
ただ、今この人が言ったこと。
そのことについて、僕は聞かなきゃいけない事がある。
「あの!ジョウフって何ですか?」
それは、分からない言葉があったら聞くこと。
僕がこの数ヶ月で覚えた喋るため。しいては生きる為に必要な知恵なのだ。
喋れるのと喋れないのでは、この世界での生存率はまるで違う。
それを僕は毎日嫌というほど、実感しながら生きてきたのだ。
「はぁ?」
「ごめんなさい。僕は言葉を覚えたばかりで意味を知らないんです」
「なんだ?こいつ?」
僕は丁寧に頭を下げる。
その僕の行動に、毒気を抜かれたのか酔っぱらった男は困ったように立ち尽くしていた。
「ははっ、辞めとけ。ディーンお前の負けだ」
食堂の奥にある一番広い場所に座っている男。
その男が声を上げ、ディーンと呼ばれた男を制止する。
「あぁ?こいつらに礼儀を叩きこまねぇといけねぇだろ?」
「ディーン。お前いつから俺に口答えできる様になったんだ?」
男は声のトーンを落として答える。
ただ、それだけで食堂の温度が下がった気がする。
「……チッ、面白くねぇ。飲み直しだ」
ビクリと体を揺らし、ディーンと呼ばれた男は離れていく。
席に戻れば仲間達からやいやいと茶化されている様であった。
「おい、新人達。こっちへこい」
ディーンという酔っ払いを止めた男。
その男が僕達を呼んでいる。
なんていうか、偉そう?
……いや違う。
強い。
ただ座っているだけなのに、それが分かる。
間違いなく僕では、天地がひっくり返っても勝てない。
こないだまで、初対面の人が強いかどうかなんて考えて事もなかったのに
今なら、肌で、感覚で感じ取る事が出来る。
「逆らわない方がいいよ……あいつはここの方位で一番偉いやつだよ。」
食事を出してくれたおばさんが、僕に小声で忠告する。
相変わらず”ほうい”という言葉分からないが、心配してくれるのは分かった。
「ありがとう、おばさん」
僕はお礼をする。
人の善意はやっぱり良い物だ。
「なぁ、お前たちは誰の許可を得て飯を貰ってんだ?」
指示通りに一番奥の席へとやってきたアィールさんと僕を男が睨む。
その男は右目に大きな剣傷刻まれており、半分位しか開いていない。
その目に睨まれただけで、僕は何も言う事が出来なかった。
「すまない。アンタが長だとは知らなくてな、今回の無礼は俺のミスだ。許してくれ」
アィールさんは頭を下げる。
反論も何もせす、ただ従う様に。
事前に言われていた訳でもないのに、食堂に来たらまず目の前の男に挨拶する。
そんな事分かる訳がない。
文句の一つも言いたくなる。
でも、その文句をここで言ってはいけない。それくらいは流石に分かる。
「……お前は物分かりが良いようだから、要件だけを言おう。お前らをこの北位の一員として認める訳にはいかない。まずは実力を示してもらう」
「わかった。方法は?」
「次の南位との試合に出てもらう。日程は4日後だ」
「俺だけか?」
「その小僧も一緒だ。丁度2対2の試合がある」
「それに勝てばいいんだな」
「負けてもいいぞ?死者として弔ってやる位はしてやる」
「その時は丁重に扱ってくれ。こう見えて爵位を持ってるんでな」
アィールさんの言葉に、周りからはドッと笑いが巻き起こっていた。
何が面白いのかまるで分からないけど、一応僕も笑っておく。
完全な愛想笑いだ。
「貴族だろうが、王族だろうが強い奴はどんな奴でも歓迎だ。逆はわかるな?」
「ああ」
僕らを呼びつけた偉そうな男は、笑って気を良くしたのか初めの時と比べると
大分フランクになっている。
アィールさんも話は終わりだとばかりに男の前から離れていく。
ちょっと待って。
僕が黙っている間に、なんか重要な事がたくさん決まった気がする。
「あ、あの!」
慌てて、僕はアィールさんを追いかける
「なんだ、フィス」
「いきなり試合って……それに、”ほくい”とか、”なんい”って結局なんなんですか?!」
「あっ……」
しまった。って顔に出てるよアィールさん!
やっぱり。というか絶対に忘れてたでしょ!