表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/81

6-6



「だれか止めて!お願い!!」


私は必死だった。

声の限り回りに叫び助けを求め続けた。


兄様やセネクス様はここにきていない。

罠である可能性があるこの場所に呼ぶ事なんて出来ない。


だから、戦力になる人材はここに連れてきてない。

本当に最低限の兵士だけを連れてきた。



(どうして?)



皆呪いは解けたと分ったはず。

心に圧し掛かるような重圧が消え、あの心が凍えそうな感覚はもうない。


でも、誰も動かない。

私の声が聞こえてない訳じゃない。


何人ものオーランドの兵士達が私に視線を移し、目を逸らした。

そして、フィスに嫉妬にも似た視線を送りただ見つめていた。



(知っているかい?独力で歩く事さえ出来ないフィス君を戦場に送ろうとしている人が大勢いることを)



お兄様の言葉が頭を過ぎる。

彼らにとってフィスは邪魔な存在。


だけど、こんな時に……

いや、こんな時だからこそ……



「……恥を、恥を知りなさい!!!」



フィスの圧倒的な強さ。

それを危惧し、嫉妬し、排除しようとする。


一度でも……

一度でもフィスが権力を欲した事がありますか?

皆に対して傲慢な態度を取った事がありますか?


どんな気持ちで……何のためにフィスが戦っていたか知っていますか?


フィスが今どれだけ苦しいか。

どれだけ悲しいか。


想像するだけでも身が震えるのに。



「なんで!なんでそんな事が出来るのです!どうしてそんなに!!!」



愚かなのか。

そう思わずにはいられなかった。



「フィス!!」



気が付けば体が動いていた。

石の雨の中、フィスの体を抱きしめる。


石が体にいくつも当たる。

今まで感じた事のない激しい痛み。


でも、フィスの感じている痛みはこんなもにじゃない。

それが分かるから、私なんかが”痛い”と声を上げる訳にはいかない。



「人は生きる……価値……など……ない」

「フィス?!」



その言葉がフィスの口から洩れた瞬間

ドス黒い靄がフィスの体から湧き出てきた。



「だめ!お願い!」



理由なんて分からない。

ただ全身が震える。


体が、本能が、”逃げろ”と叫んでいた。


でも、ここで

ここでフィスを離せば私は一生後悔する。


その確信があった。

でも、私にできる事。


それはただフィスに呼びかけるだけだった。



「殺すよ……全員」

「いっ!」



湧き上がる黒い靄がフィスに集まり、私は弾かれた。


漆黒の瞳に、真っ黒な髪。

そして体に纏う黒い靄。


異様な光景だった。

石を投げていた人々もその手を止め、ただその光景を見つめていた。



「……フィス?」



私の声に答える事もなくフィスは辺りをぐるりと見まわし、側に沢山落ちていた石を何個も拾い上げる。


そして、石を川原に投げる様に軽く放る。

今まで石を投げつけていた観客へむかって。


パン!

破裂音と共に観客の一人の頭が弾けた。


観客はいったい何が起きたのか、理解すらしていなかった。


その間もフィスは同じ様に石を投げる。

何度も何度も、作業の様に。


パン!パン!パン!


その全てが観客に当たり、血しぶきをあげ倒れていく。


何人死んだのだろうか。

一人の女性が悲鳴を上げた。


それをきっかけに我先にと、観客は悲鳴を上げながら出口へと殺到していく。


それを見たフィスは、今度は出口に向かって石を投げた。

その一撃は観客席を壊し、出口を残骸へと変えていた。


一人も逃がさない。

そんなフィスの意思が明確に感じられた。



「やめて!お願い!」



私は全力で抱き着きフィスを止める。

フィスが私の顔を見る。


フィスの目は冷たく、そしてとても悲しそうだった。



「……邪魔」



フィスは虫を払うように私を突き飛ばした

ほんの軽く押しただけで。



「お兄様!!ルーチェ!!お願い!フィスを、フィスを助けて!!」



私にはどうする事も出来なかった。

だから、助けを求める。


もうこの世にいない、フィスを止められる人物へと。



「お兄様!!ルーチェ!!!」



何度も何度も。

子供の様に。泣き叫びながら。


なんの意味もない事は分かっている。

でも、それしか私に出来る事は無かった。



「う”……う”……」



すると、フィスの様子が突然変わった。

頭を抱え、地面に膝をつく。



「わ……って……よ。ルー……」

「……フィス?フィスなの?」



私は慌ててフィスに駆け寄る。

フィスは私の顔を見つめ。



「そのまま……下がってて」



そう言ってフィスは立ち上がった。

私の知ってる優しいフィスの目だった。



「聞け人間ども!」



フィスは叫ぶ。

人の声とは思えない程の大声で。



「我が名はメリス!人類を滅びへと導くもの!!メリス教の敬虔なる信者の犠牲により我が復活はここに果たされた!!」



私にはまるで分からなかった。

フィスが何を言っているのか。


何が目的なのか。

それが少しも理解できず、ただ呆けた様にその姿を見つめていた。



「お前達はここでは殺さん。これから十分な恐怖と絶望を与え、そして殺す。それまで、精一杯恐怖を我に捧げよ。降伏も許さん。ただ苦しみ、恐怖して死ね。それがお前たちの責務だ」



フィスはそう叫び、その場から消えた。


ただ、私は見た。

フィスがとんでもない速度で空へとジャンプし、闘技場の遥か上を飛び去っていくのを。


そして、この日。

世界に新しい王が生まれた。


人々を恐怖に陥れる最悪の存在。

魔王。


それがフィスの新しい名前だった。


………

……


闘技場の観衆全員が空を見上げ、唖然としている。

理解の超えた出来事が起きた場合、人が取れる行動というのは限られている。


だからこそ、どんな状況でも適正な行動を取るために、騎士や兵士は厳しい訓練を己に課す。

考えるより先に体が動くように。


ただ、一人の少年は例外だった。

周りの大人が茫然とする中、一人闘技場の中に飛び降り一目散に駆けていく。


地面に横たわるローブを着た男に向かって。


その男はまだ息があるものの負った傷は致命傷だった。

首に深々と刺さった剣は男が助からない事を証明していた。


そんな状況でも男は笑みを浮かべ、少年へと血まみれの手を伸ばす。

男の手は少年の頬に赤い痕跡を作り、パタリと地面へ落ちる。


それが男の最後だった。


少年は男の死を見届け、ゆっくりと立ち上がる。

優しい微笑みを浮かべながら。


そして、壊された出口ではなく剣闘士達が使う通路から立ち去っていった。

あまりに自然な行為に、闘技場にいた誰もがその少年の行動に気が付く事は無かった。



*****************



「これで6箇所……か」



クリティアの兄であるヴェルナーは、小さく呟く。

机に広げられた地図に×印をつけながら。



「節操がないの。オーランドの軍もやられておるわ」



クリティア、セネクス、皇帝といった主だった人物と数人の人間が小さな部屋に集まっていた。


魔王。


人類の脅威に対する対向する策を練るために。



「しかし、これは人が無し得る事ではないよ」

「そうじゃな」



ヴェルナーの呟きにセネクスは同意する。



「どういう事……でしょうか?」



遠慮がちにクリティアが声を上げる。




「フィス君さ。彼の力が凄い事は知っている。しかし、我々と共に戦った時とはまるで違う。別人だ」

「そうじゃ、お前さんはあの砦の戦いを覚えているかの?過酷で、全滅の一歩手前まで追い詰められた戦いを」

「知っています。フィスの力が無ければ負けていたとも」

「その通り。だが、フィス君はその時の敵の戦力と同等。いや、それ以上の戦力を倒しているんだよ。それもたった一人で」



クリティアは理解する。

いや、とっくに理解していた。


ただ、頭の何処かでそんなはずは無いと理解する事を拒んでいた。



「異常じゃよ……。確かにあやつの火力は凄まじい。しかし、一撃を打てば動けなくなる。それは我々と再会しても変わらんかったはず。それにフィスは限界を迎えていたはず。証拠に一人ではまともに歩けなかったはずじゃ」

「やはり、フィス君の体に邪神が……」

「それは違います!!」



クリティアははっきりと告げる。



「フィスは……あの人は、自分がメリスと名乗る前に、私に”離れてて”と伝えてくれました。優しくそして、とても悲しそうな目で」

「だとしたらなんじゃ?フィスが正気だとして何をしている?」

「それは……」



クリティアは黙る事しか出来なかった。


フィスが何をしたいのか?

何の為にこんな事をするのか。


クリティアにはまるで理解できなかったから。



「知りたいか?」



一団の後ろ。

音もなく開け放たれた扉にはリュンヌが立っていた。



「リュンヌさん?!戻ったのですか?」

「ああ、今戻ったばかりだ」



足音を消したまま、リュンヌは部屋の中央まで歩く。

そして、机に一本の短剣を置いた。



「……この短剣は?」

「フィスのだ」



その一言に周りは動揺し、視線をリュンヌに向ける。



「どういう事じゃ?すべて話せ」

「教えてもいいが、一つ条件がある」

「……言ってみよ」



セネクスは目を細め、周りもそれに倣うようにリュンヌに注目する。



「クリティア。お前がフィスを殺せ。それが条件だ」



リュンヌからもたらされた言葉。

それはクリティアにとって何よりも辛く厳しい選択になる。


クリティア自身ですら、その事をこの時は理解していなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ