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6-4


「で、フィスより先に俺に言いに来たのか」

「ルーチェ。貴方がフィスは頼めば応じてくれます。だからこそ、貴方に説明を」



ルーチェとリティ。

二人は向き合い、言葉を交わしていた。



「フィスはもう自分の力だけでは歩けないんだぞ?今だって杖を付いてやっと歩ける位だ」

「知っています。でも、貴方も分かっているはずです。もはや個人の感情で動く状況ではないと」



ピリピリとした雰囲気の中、交わされる言葉。


その言葉一つ一つにルーチェの怒りが込められ、その強い言葉をリティの決意が正面から打ち負かす。

そんな状況が続いていた。



「はぁ……わかってるよ」



結果、言い合いに負けたのはルーチェだった。

今までの経緯。


それを聞いて納得できる。

いや、納得してしまった時点でルーチェの負けは確定していた。


リティの方が正しい。

そして、それに反発すらなら全てを投げ出す覚悟が必要だと。


今のルーチェには簡単に理解出来てしまう。



「俺たちは何やってんだろうな……人の為、国の為とかでフィスここまで追い詰めちまう」

「酷い……でしょうね。ですが、それが私の決断です。異論があるならフィスを連れて逃げてください。皇族としては許しませんが、私個人としては止めはしません」

「出来ねぇよ。俺も荷物を背負っちまった。今更投げ出すなんて……死んでいった仲間に顔向けができねぇよ」



ルーチェはゆっくりと顔を上げる。

フィスと、フィスと同じ位大事な存在を思い出す様に。



「私もです。ここで引くなんて選択肢はありません」

「分かった。俺が頼みに行く」



ルーチェは自分の迷いを断ち切る様に、大きく息を吐き、決意を固める。



「助かります」

「ただ……」

「ただ?」

「もし、俺が死ぬことになれば。シャールを頼む」

「らしくない……ですね」



頭を下げるルーチェの肩にリティはそっと手を置き小さく首を振る。



「安心して下さい。シャールの事は心配無用です。お兄様に頼んでおきます」

「お兄様?」

「ええ、貴方を死なせるわけがないでしょう?戦いには私も参加するのですから」

「そうだけど」

「私があなたもフィスも守ってあげます!」



リティはポンと自らの胸を叩き、自慢げに宣言する。



「はぁ……足引っ張んなよ」

「なんですかその言い方!」



ルーチェは不服そうに言い放ち、そして笑った。

それに釣られるようにリティも笑い、ピリッとした空気はいつの間にか二人の間から消え去っていた。




「そうだ。あと、あのイラっていう人にも言わなきゃいけない。フィスの特別な人みたいだし」

「彼女はもう戦いには関わらないそうです。なんでもセプト様の関係者らしく人の戦いにかかわるのは禁じられたようですから」

「そうなのか?」

「話に行ってみます?とても気持ちのいい人でしたよ」

「会ってみたい。それに」

「それに?」

「あの人にはフィスの逃げ場になってもらいたい。フィスの最後の逃げ場所に」

「……そうですね」



少し考え、リティもルーチェの言葉に同意する。


その言葉が意味する事。

それを理解した上で。



「もし」

「もし?」

「フィスが逃げる選択をするなら、それはもう許してやってくれ。アイツはもう……」

「分かっています。フィスがそういう選択をするのであれば、私も追いません」



リティは申し訳なさそうな表情を浮かべ、そして困った様に微笑む。



「いつから」

「え?」

「いつから俺達はフィスを利用する最低な人間になったんだろうな」

「そうですね。昔ならこんな事許せないと声高々に喚いていたはずなのに」



自分が一番大切だったはずの物。

それがすっかりと変わってしまった事を、二人は嫌でも認識させられていた。





地平線の向こうに沈んでいくオレンジ色の太陽。

それを長い時間見続けたせいで、目を閉じてもその姿がくっきりと目の奥に焼き付く。


ただ、長い間目を瞑れば、その焼き付いた姿も次第に消えていく。

どんな強い光でも例外は無い。


時間が経てば簡単に消え去ってしまう。

そんなどうでいい考えが、頭の中に浮かんでは消えていく。



「たそがれてるの?」

「ああ、イラか」

「はい、イラです」



声だけで誰か分かる。

それくらいの絆は俺とイラの間には構築されていた。



「セプト様に会ってきたわ。貴方の紹介のおかげね」

「大したことじゃない」



礼を言われるような事はしていない。

本当にただ紹介しただけ。


それ以外の事はしていない。



「私、ユイさんに刺されたわ」

「え?」

「心臓を一突き」



思わずイラの顔を見てしまった。

怒った様子もなく微笑むイラ。


話している内容と表情が全然合ってない。


え?流石に冗談でしょ?

いや、でもあの人ならありえる。



「え?あ、ま、まぁ、想像できる」

「ふふ、あれは痛かった。セプト様がいなかったら死んでいたわ」



冗談じゃない?


確かに、亜人のユイは個性的な亜人の中で特に狂暴。

俺も何度か殺されかけた。

特にイラなら殺される理由は十分にあるけど、そこまでするか?



「で、許してもらえたのか?」

「許してもらうとかそんな話じゃなかったわ。教えたでしょ私の心臓はユイさんの妹の物。病弱だった私に父が亜人の心臓を移植したのだから」

「ああ、ずっと昔の話だ」

「そうね、でもユイさんにとっては数日前の出来事の様だったみたいね。すぐに妹を返せと言われたの。それに私はなんて答えたと思う?」

「謝ったのか?」



普通に考えれば謝るよな。

まぁ、許されるとは思えないけど……



「正直に言ったわ。貴方の妹の心臓を私は奪いました。彼女は死に私は生きています。って」

「あ~……」



そりゃ、刺されるわ。

煽ってるもの。



「殺されてもいいと思った。それだけの事をしたもの」

「それで、刺された訳か」

「ええ、早かったわ。瞬きしたら刺されてたって感じね。そしたらセプト様が”せっかく貰った命、捨てめるために来たわけではないでしょ?”ってユイさんを地面に叩きつけて私の傷を瞬時に癒してくれたわ」



その場面、簡単に想像できる。

同じような場面も何度か見た気がする。



「私の力は人には過ぎた力だから、セプト様の家族になれとも言ってくれたわ。私は十分傷つき、罪を償ったって」

「犠牲になった亜人……ユイの妹の体は?」

「セプト様が処理したわ。蘇らせる必要はないって」

「そうか、それで良かったのかもしれないな」

「私は何も言えないわ。でも、自由になったのは確かね。始めは信じられなかったけど創造主の一柱にそう言って貰えて本当に救われたわ」



過程はともあれ、結果は良かった。

イラは優しい人間だ。


犠牲になった亜人。

ユイの妹をイラは魔法で凍らせ、保存し、蘇らそうと研究してきた。

自らの心臓を亜人へと返す事で。


その研究は果てしない物だった。


貴族だった頃の富を全てを使い果たしも足りず。

娼婦として働き研究を続けても、手掛かりさえ掴めない。


常人では折れてしまいそうな努力を、一人孤独に続けてきた。

結局、その成果が出る事は無かった。


でも、彼女は自由になった。

それはなによりの報告だった。



「よかった。本当に」

「ありがとう。ごめんね、あれだけ貢いでくれたのに結果が出せなくて」

「気にしなくていい。あれは宿代だ」

「ふふっ、そうね」



イラの笑顔。

それはとても自然で柔らかく、イラの魅力を何倍にも押し上げている気がした。



「貴方はどうするの?貴方の力は既にこちら側。いえそれ以上よ。セプト様に頼めば体だって元に戻ると思うわ。人への干渉を辞める事を条件にね」

「そうかもしれないな」



恐らくイラの言う通りなんだろう。

セプト様なら俺の逃げ場所を作ってくれる。


それはありがたい事なんだろうと思う。

でも、俺はその選択肢は選ばない。



「考えてみるよ」



そう言って俺は杖に手をかける。

いい話が聞けた。


それだけで十分だった。



「罠よ。正直にいって貴方の体はもう戦える状態じゃない。杖を突かなければ歩けもしないのに」

「……聞いていたのか」

「ええ、ルーチェさんとクリティアさんから聞いたわ。改めて言うわ。私と共にセプト様の所に行きましょう」

「3人目だ」

「え?」

「俺に逃げろと言ってくれた人は」



俺を心配してくれる事。

それが痛い位に分かる。


こういった人に出会えたことは、なにより幸せな事なんだと思う。



「善意をさ。俺は今まで全て蹴り飛ばしてきた。今更逃げたいと願った所でもう遅い」

「遅すぎる事なんてないわ。私だって何年かかったか」

「俺はイラと同じだ」



俺は杖を地面に突き立ち上がる。

気が付けばもう太陽は地平線の彼方に消え、紅い残り香が空を薄く照らしているだけだった。



「どういう事?」

「もう覚悟は出来ている」



ルーチェはシャールという宝物を持ち。

リティは王族としての責務に目覚めた。


なら、それを俺は守ってやりたい。

ここで俺が逃げれば、二人は大切な物を失ってしまう。


それは嫌だ。

だから守る。


もし、守る事さえ叶わないのであれば、ただ笑って次の世代に託す。

それだけだ。



「……死にに行くつもり」

「違うさ。多分な」



俺は杖を付きながら歩く。

慎重に一歩づつ。


ここで躓いてしまったら本当に恰好がつかない。



「話せてよかった。イラには感謝している」

「残念ね……せっかく私を理解してくれる人が現れたと思ったのに」

「買いかぶり過ぎだ。俺は自分の事すら分からないダメな人間だ」



俺は杖を何回か地面に突き、イラの方へと体を向ける。



「今までありがとう」



俺はゆっくりと頭を下げた。

嘘の気持ちなど欠片もない。


本当に心からの礼だった。



「……さようなら。フィス」



僅かな沈黙の後、イラは笑顔を浮かべてくれた。

本当に彼女は優しい。



「さようなら。イラ」



俺とイラは笑みを浮かべて笑い合う。

記憶が正しければこれが、初めてイラと笑い合った瞬間だった。




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