7、剣闘士としての一日目
「ここが僕達の部屋になるんですか?!」
僕は思わず叫んでしまった。
ここは、石の地面に簡易なベットが左右に2つ並んだ狭い部屋。
僕とアィールさんはこの部屋に住む事になった。
今までの地面の上で星を見ながら毛布を被ったり、雨露だけをしのぐ
テントの下で暮らす日々に比べれば、それはもう……
天と地、いや動物園の檻と刑務所くらいの違いがある。
動物から人になれた位の大きな違いなのだ!
「ああ、そうだが……」
ただ、アィールさんはそんな僕を見て困惑している。
その、理由は分かってる。
「ええ!今まで喋れなかったですからね!これからガシガシ喋りますよ!」
僕が良く喋るのだ。
僕はとにかく暇さえあれば喋っていた。
たぶん……反動だ。
今まで喋れなかった反動が一気に出たのだ。
「変わってるな。お前」
アィールさんは苦笑していた。
僕がこうやって流暢に喋れるようになったのは、ある日突然特別な力に目覚めた訳ではない。
あの日。
アィールさんと僕が大剣使いの男を殺し、剣闘士として認められた日。
そこから僕らの生活は一変した。
まず、僕が何も告げられず強制的に連行された地獄の様な場所から今いるこの場所に数か月かかって移動した。
アィールさんいわくここは王都らしい。
といっても、コロセウムと呼ばれる殺し合いをするこの施設に入れられ
一歩も外に出ていないので、なんの実感もわかないけど。
ただ、ここまで移動するにに鎖などに繋がれる事は無く食事も潤沢に与えられていた。
あの塩味だけのスープやボソボソのパンではない。
強い塩味の干し肉や果実、少し硬いフランスパンの様な物まで与えられたのだ。
一応、逃亡を警戒しているのか見張り役こそ数人いるものの、檻の中に入れられ強制連行された時と比べれば雲泥の差だった。
それに、ここに来るまでの間、基本的に殆どの時間を移動に費やした。
毎日欠かさず行っていた剣の稽古は最低限しか出来なかったけど、その代わり思う存分言葉を勉強できた。
暇だったのか、アィールさんも熱心に付き合ってくれた。
元々、言葉を聴く事は出来たので言葉の下地は出来上がっていた。
そのおかげが、集中して単語を覚えていけば日に日に話す内容や量も増えていった。
そして、王都に到着する頃にはもう十分に話すことができるようになったのだ。
特別な力でもなんでもない。
しいていうなら、異世界留学の効果が現われたって感じだ。
海外に一人で放り出されて、周りの人間が英語しか使わずその中で半年も生活すれば
地獄を見るが誰だって英語位マスターするはずだ。
ただ、留学した場所は海外でなく、異世界だった。
それだけだ。
「ああ、食事も夜だけは出るぞ。好きなだけ食べて良い」
「ホントですか?!」
僕はちょっと興奮する。
決められた分量じゃない。
好 き な だ け 食べていいなんて、考えられない。
少なくとも僕がここに。
この世界に来てからお腹いっぱい食べたことなど一度も無い。
「フィス……お前剣闘士がどういう存在か知らないのか?」
「何がですか?」
「あー、そうだったな。お前は特別だった」
”特別だった”
アィールさんからそう言われるのは、僕が全てを話したせいだ。
僕が異世界から来た事。
言葉も通じなくて、奴隷にされた事。
僕が住んでいた世界はこの世界よりはるかに文明が進んでいる事。
僕の知りうる全てを。
アィールさんは初めこそ驚いていたが、意外にもすんなり信じてくれた。
ただ、同時に絶対に他の人間には喋るな。とも念を押されたけど。
だから、アィールさんは僕に対して一から説明してくれる。
どんな些細な事、常識的な事でも。
「いいか、剣闘士って言うのは」
ただ、アィールさんの話は長い。
ありがたいけど、ちょっとめんどくさいなぁ。と、心の中だけで思っておく。
アィールさんの長~い話を要約すると、剣闘士というのは民衆最大の娯楽であると同時にステータスでもあるらしい。
強い剣闘士はそれだけで、子供、女問わず人気があるとの事だ。
子供は王族よりも剣闘士に憧れ、女は貴族よりも剣闘士に惹かれる。というのは有名な諺らしい。
中には、モテる為にわざと奴隷になり剣闘士を目指す酔狂な人間もいる位だと。
まぁ、剣闘士とはアイドル的な存在?とでも理解しておく。
ただ、驚いたのは強い剣闘士になると町を自由に歩く権利も与えられる上に、試合に勝てばお金も支給されるらしい。
もちろん、その金で自身を買い戻す事も出来るのだが、そんな剣闘士はあまりいないそうだ。
基本的には、剣闘士は奴隷だ。
ただ、普通の奴隷の様に厳しい労働を課されることは絶対に無いらしい。
試合に勝ち続ける限りは剣闘士は奴隷でありながら、下手な貴族よりも豪快な生活が出来るからだと、アィールさんは言ってた。
「へぇ~、そうなんですね」
僕は、一通り話を聞いて適当に相槌を打つ。
あんまり実感がわかない。それが僕の感想だった。
「なんだ興味ないのか」
「いえ、そういう訳じゃないんですが」
「なんだ?」
「剣闘士になったって事は、これから毎日殺し合いをする訳でしょ?僕はアィールさんみたいに強くない……」
そんなことよりも明日があるのか。
次の試合で生き残れるのか。
僕はそっちの方が切実な問題であり、一番の心配事だった。
剣闘士は常に人が足りていないって前に説明したのはアィールさんだ。
今言った豪華な暮らしが出来るのはあくまで”勝ち続けた”一部の剣闘士だけだ。
「フィス。お前は一つ勘違いしている。剣闘士は毎日試合をする訳じゃないぞ?そんな事になれば剣闘士などすぐにいなくなる」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ、7日毎に1回だ。それも同じ方位の者から数名だけだ。毎日開催されれば民衆が働くなるから。というのが理由らしいが実際は分からん」
その言葉に僕はホッとする。
けど分からない事もある。
「”ほうい”ってなんですか?」
「あー、そうだな。いい機会だついてこい」
よく分からない。
けど、アィールさんが言うなら特に問題は無い。
僕はアィールさんに従う。そこに例外はないのだから。




