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4-3

「難民も町の人間も全員が外の草原に集まれだとさ」

「まさか俺達を追い出す気か?」

「ここを追い出されたら何処にいけばいいのよ……」

「追い出されるくらいならいっそ……」



なんだだろう。

周りから少し物騒な声が聞こえてくる。


ただ、そんな殺伐とした空気とは真逆の雰囲気が僕の前に広がっていた。



「くくっ、だめだ。無理だ!こらえきれねぇ」

「なんで僕はこんな服を……」

「似合ってるぞ、プッ」



ルーチェが僕を見て笑う。


僕は肩からひざ下にかけて伸びる一枚の白い服を着せられている。

俗にいう白いワンピースのような服だ。


勿論、ルーチェも同じ服を着せられている。


ルーチェがスカートの様なヒラヒラした服を着るのは珍しいけど、何にも可笑しくはない。

むしろ似合っている。


問題は僕だ。

僕がルーチェと同じ格好をしているという事だ。


スカートの下から見える盛り上がった筋肉と薄い服を押し上げる胸板。


なんだろう……。

自分で言うのもなんだけど、正直気持ち悪い。



「さて、そろそろ呼ぶよ?これは本を貰った分のお返しだからね」



セプトさんも楽しそうに笑いながら手を上げた。

それから間もなくして、空に小さな点が浮かび上がった。


その点はグングンと大きくなり、それに気が付いた難民から悲鳴が上がり始めた。



「なんだあれ?!」

「まさか龍……龍じゃないのか!!」



その声はすぐに大きくなり、人々が騒ぎ、慌て始めた時にはもう龍は僕とルーチェの間に降り立っていた。



「皆さん落ち着いてください。ここに私達の守護神をお呼びしたのです!!」



リティが叫ぶ。

その間に龍は顔を地面に置き、僕とルーチェに撫でられている。

この前は恐怖しか抱けなかったけど、なんかこう見ると可愛い。


慣れた鳥みたいだ。


セプトさん曰く、この龍は僕とルーチェになら従うらしい。

絶対的な強者として認めた相手には基本的に龍は従順らしい。


まぁ、セプトさんからの言葉じゃなければ信じないし、絶対撫でなかったけどね。



「今日はこの町で生きる皆様に一つ約束をして頂きたいのです」



そんなリティの声と龍の態度が効いたのか、皆徐々に落ち着きはじめ、視線がリティに集まる。



「この龍神様は生きる上で掟を守るのであれば、この村の守護神となり、食料も安全も確保すると仰っています!」



難民達から”おぉ!”というどよめきが上がる。


……心苦しい。

完全な嘘だ。


確かに龍に守られるなんて何よりも心強いと思う。

でも、そんな事ある訳がない。


掟を守ったからと言って、龍はこの村を守りはしない。



「本当に龍に守ってもらえるのか?」



信じられない。といった声がちらほらと上がり始める。



「見てください。龍を従える巫女達が証拠です。彼らは龍の守護者でもあり、代弁者でもあるのです」



そう言ってリティが僕らを指す。


えっ?巫女って……まさか僕とルーチェの事?

ルーチェはともかく、僕は絶対に違うでしょ



「いくらなんでもさすがに……」

「でも、ほら見てみろよ。龍を従えてるぞ」

「いやでも、一人は気持ち悪いぞ」



気持ち悪いって。

絶対間違いだよ。この格好……



「わ、私は誓いを立てます!何をすればいいのでしょうか?!」



その時、一人の女性がひざまづき祈りを捧げるように声を上げた。


えっ……?

その女性の声には聞き覚えがあった。


その女性をじっくり見れば……嘘でしょ?!

雰囲気から言葉遣いがまるで違うから気が付くの遅れたけど。


リュンヌさんじゃない?

化粧なのか見た目は全く違うけど、間違いない。


声は、声が間違いなくリュンヌさんだ。



「簡単です。守護神の教えを守り。朝と夕方に祈りを捧げ、心の中で教えを貫い事を報告すればそれで構いません。我らが守護神は常に皆さんを見ていますから」

「そんな簡単な事でいいのでしょうか?!蓄えの半分を渡すとか、そういった事はしなくていいのですか?」



うっわ……このやりとり。

いや、ここでの話全てが、恐らくリティとリュンヌさんの事前に決められていた事なんだ。




「ありません。我らが守護神はお金や地位などに興味はありませんから。ただ祈りを捧げればいいのです」

「おぉ!」

「それもそうか、龍だもんな」



リティの答えに納得したのか、皆一様に頷いていく。

その小さな安堵は、周りへと急速に広がっていった。



「ただし、我らが守護神は常に皆を見ています。どんなに隠れていても掟に背くことがあれば、見放すどころか、この町を滅ぼすでしょう」



そのリティの言葉に難民達は一気に静まり返る。



「私たちはここ以外に行くところがありません。私は何でも従います。どうか私たちを争いから守ってください!!」



その静まり返った中でリュンヌさんが叫ぶ。

いつもとは全然違う態度で。


まさに必死と言うのが相応しい、鬼気迫る演技だった

この人、世が世なら女優で大成功してるんだろうな。



「教えてくれ!龍、いや、我らが守護神の教えというは何だ?!」

「この町を、いや俺たちを守ってくれるなら、俺は守護神の教えを守るぞ!」



そんなリュンヌさんの名演技に釣られたのか、そんな声が次から次へと上がってくる。



「教えは沢山あります。その全てをすぐに守るのは難しいでしょう。ですが安心してください。多少の猶予は我らが守護神も認めてくだっています。ただ、今皆さんがすぐに学ばなければいけない事は……」



そこから先はリティの独壇場だった。

龍の教えという制約を村人や難民に刷り込んでいく。


そして難民達は我先にと龍の前に来ては祈りを捧げていく。



「凄いな、リティ。あれは……才能だな」

「うん、そう思う」



僕は見てしまった。

人々の目に微かな希望が宿っていく。その瞬間を。


人は絶望の淵で見た、微かな希望の光を盲目的に信じるのかもしれない。

そして、その光が強ければ強いほど、信じる力は強くなる。


僕が絶望の中でアィールさんに光を見出したように。


きっと、村人や難民の人たちにとってその光はこの何も知らない龍なんだろう。

ただ、その様子に僕は恐怖した。


人の意思や信念など簡単に変えられる。

そう思った瞬間だったから。





「ここで本当によろしいのですか?」

「ああ、ここでいい。ここが受け渡し場所だ」



商人の一団と一人の女性が対峙する。


そこは地平線が見渡せる平原。

見渡す限り商人達とその横にある馬車以外に動くものは存在しない。


ただ、草木が風に揺られそよそよと揺れるだけ。



「あの……これだけの物資、本当に運べるのですか?」

「ああ、問題ない」



どうやって。

その言葉を商人は飲み込む。


ここは何もない草原。

交渉相手の女性は馬車もつれてなければ、人も従えていない。


ただ一頭の馬を従えるだけ。

どう考えても商人達が運んできた食料や物資を運べる訳が無い。


でも、金は既に支払われている。

この馬車に積んだ物資はもう目の前にいる顧客の物だ。


ここで腐ろうがどうなろうが、商人にとっては関係のない事だった。



「どうやって。と思ってるな?」

「い、いえ、そんな……」

「別に隠さなくていい。ただ、一つ頼みがある」

「頼み……ですか?」



商人は身構える。

何を言われるのか。そう警戒しながら。



「これから何が起ころうが絶対に驚かないでくれ」

「はぁ?」



商人は予想外の答えに気の抜けた返事をしてしまう。



「ほら、噂をすれば来たぞ」

「え?」



商人はあたりを見回すが、草木が揺れるだけ。

特に変わった様子は見られなかった。



「違う。空だ」



商人は言葉の通り空を見上げる。

すると、そこには小さな黒点が浮かんでいた



「あれは……」



商人が目を細めそう呟いた途端、その黒点はみるみるうちに大きくなっていく。

いつしか、その黒点はあたり一面を影で覆うくらい大きくなり、土煙を上げながら地面へと降りてくる。



「ヒィ!り、龍!!」



そのあまりの大きさに商人は腰を抜かし地面に両手をつく。

伝説上の生き物とされる龍。


それが商人の目の前に降りてきたのだ。

怯えるな。という方が無理であった。



「すいません。遅れました、リュンヌさん」

「いや、時間通りだ。フィス」



龍が巻き上げた土煙の中から一人の青年が姿を現す。

信じられないことに、その少年は龍の背中から地面へ降りてきていた。



「荷物を龍に括れ。準備はしてきただろ?」

「はい!」



女性の指示に、龍から降りてきた青年は威勢良く返事をして答える

何より信じられないのは、龍が青年に大人しく従っている事だ。



「あ、あのお方は?」

「ああ、あいつは。そうだな。奴隷王といえば分かるか?」

「奴隷王!?」



商人は最初こそ驚いたが、次第にその言葉に納得していく。



「奴隷王が龍を従えたという噂、本当だったのですね。先日売り出された龍の素材も奴隷王が流した物という事なのですね……」

「ま、そういう事になるな」



リュンヌは腕を組み、少し自慢げに答えていた。

その視線の先では、奴隷王と呼ばれた青年が忙しそうに龍に食糧を括り付けていた。



「また、戻ってきます。一回じゃ全部運べなくて」

「ああ、いってこい。私はまだやることがある」

「はい!すいません」



フィスは龍に跨ると、すぐに空へと戻っていた。



「驚かせて悪かったな。で、次も食糧手配してもらいのだが、勿論出来る範囲で構わない。無理なら今から他にも声をかけるつもりだ」

「いえ、次の食糧は無償で私どもが全て用意させていただきます」

「おお?本当か?」

「ただ、一つお願いが」

「話を聞くことくらいは出来るが、私には願いを叶える権限は無いからなぁ……」



リュンヌは少し困った表情を浮かべるが、商人はそれを演技だと理解する。



「食料品は必要なだけ我々がお持ちします。ただ、そのやり取りに人員が必要ですので、皆様の町に支部を作らせて頂きたいのです」

「それはいい。こちらも商人を必要としていた所だ。色々な物資を必要としているかな。だが、独占という約束はできないな」

「勿論でございます。では、早速準備に取り掛かりますので、ここで失礼しても?」

「ああ、いい話が聞けてこちらも助かった。ただ、一ついいか?」

「はい、なんでしょうか?」



商人は小さく肩を揺らす。

いったい何を言われるか。その想像すら出来なかったから。



「町に来るための注意点を伝えておく、守らないと龍に焼かれてしまう可能性があるからな」

「ああ、それは是非!」

「それと石像を作る職人も手配してもらいたい。実はな……」



それから暫くの間、商人とリュンヌは話し合った。

注意点は勿論、食料が届く日程、町の掟、そして必要な物資などを。


それは決して短くない時間だったが、商人は一言も漏らずに真剣に聞いていた。

説明が終わり、商人は頭を下げその場を後にしたのは、頂点にあった太陽が大分傾いてからだった。



「よいのですか?あんな破格の条件で」



リュンヌの姿が見えなくなった事を確認し、商人の部下が言う。



「お前は馬鹿か?龍の縄張りを真っ直ぐ通り抜けられる。これが市場を一変させる可能性を持っていると分らんのか?独占するに越したことはないが、あの町は奴隷王と龍がいるから成り立っているのだ。我々が牛耳った瞬間に龍か他国から攻められて終わりだ」



商人はため息をつき部下を睨めつける。



「今は奴隷王。いや、あの町との繋がりを持つ方が重要だ。龍を従えたとなれば帝国すら落とせる国が一つ出来たと考えた方がいいだろう。だから、戻ったらありったけの食料も手配しておけ、今が取り入るチャンスだ」

「わ、わかりました」



部下は何度も頷く。

そんな部下の姿を見た商人は、先ほど話をした若い女性の方がよっぽど見所がある。

そう思わずにはいられなかった。





「我らが守護神と、その巫女に感謝を」



町の中心にある広場。

そこには像が飾られている。


この町の守護神となった龍とその両脇に僕とルーチェの像が。


町の住人がその像に向かって祈りを捧げていく。

それがこの町の日常になった。



「なんか悪い気がする……」

「そうですね。ですが、おかげで町は救われ治安も劇的に改善し良くなりました。これは必要な事だったのです」



窓から広場を見つめる僕にリティが声をかけてくれた。


こんな事僕には出来ない。

というか思いつきもしない。


人を導くという事を簡単にやってのけるリティはすごい。

やっぱり王族なんだなと思う。



「いやー、まさかこんな使い方をするとはね、でも、まあ宗教というのは国や町を効率よく治める道具でもあるからね」

「ええ、そういう側面もあるのは否定しません。ですが、人が人としての矜持を持つためには必要な要素です」

「いやー、本当に面白い。こんな仕組み僕だって思いつかなかったよ」



亜人達の長セプトさんは、楽しそうに広場を見ていた。



「町はリュンヌさんが紹介してくれた商人達のおかげで大分物資も集まり、戦争をしていない国からとの交易も可能になりました。これで食べる事に困ることはありません」

「で、この後はどうするつもり?」



セプトさんはリティに振り返り、興味深々といった感じで尋ねる。



「今後についてですが……」



そう前置きしてリティは語る。



「まず、町を守る自警団を強化し町を自分たちで守れるようにしたいと思います。龍の力は偉大ですが、その力に頼り切りになれば我々は自壊していきます。龍はあくまでフィスとルーチェにしか従いません。お二人がいる今のうちに対策をする必要があります」

「だな。自分たちの身は自分で守れなきゃダメだ」



ルーチェもその言葉に同意する。

うん。この世界は何かしら力が無いと生きていけない世界だから。



「次に、この町を交易の拠点にしようと思います。そこで、リュンヌさんの紹介で信頼できる盗賊達を呼び寄せ、共生します」

「はぁ?!何言ってんだ?!」



リティの想定外の発言にルーチェは慌てて反対する。

確かに町に率先して盗賊を入れるなんて聞いた事が無い。



「すでにリュンヌさんにお願いしてあります。信頼できる盗賊を寄越してくれと

。勿論、盗賊達が罪を犯せば町の掟に従い罰します」

「まてまてまて!盗賊達が入ってくればそりゃ盗みとか犯すだろ!」

「その通りです。ですが、交易の拠点となればどんなに法を作り、厳しくしても盗賊達は根をはります。そうなれば騎士団などの組織を持たない我々では手に負えなくなります。その前に信頼できる盗賊達に先に根を張ってもらい他盗賊を排除してもらいます」

「でも、結果は変わらないだろ?結局は盗賊達がこの町に……」

「全然違います。お互いの立場を尊重した上で、交渉と裏取引が出来る組織となれば。外から入ってくる無法者とは全く異なる存在となります。諜報の分野でも活躍してくれますからね。いうなれば必要悪です」



”必要悪”か……少し前のリティなら絶対に口にすらしなかった言葉だと思う。

確かにリュンヌさんが今までしてきたことは絶対に必要だ。


この町を支える。

いや、人が集まれば綺麗事だけでは済まされない。


人の悪意は簡単に人の善意を飲み込んでしまうから。

その事はリティが誰よりも痛感してきたはずだ。



「本来なら取るべき選択……ではないのでしょう。ですが、この町に来る人々全てを受け入れ、その人々を守る為なら私は自身の矜持など捨てるべきだと学びました。本当に守りたい物。それを一つ決めたら他の全てを捨てる覚悟で私は行動しています」



そう言い切ったリティはすごく凛々しかった。

苦悩も理想もあったんだろう。


それを全て受け、不必要な物を排除し下した決断だ。

もはや僕がどうこういう話ではない。



「ふふ、君は意外に策士だね。いや、元々そういった方面に向いていたのかな?それを君自身のプライドが邪魔をしていた。そんな所かもしれないね」

「私は私の方法で戦うだけと気づいたのです。剣を握る事は出来ず、魔法も使えない。私ははっきり言えば無能です。ですが、そんな私でも知恵を働かせ、行動する事は出来る。私は出来る事で戦うしかないと気が付いたのです。誰かさんに負けないように」



リティはルーチェを見る。

ルーチェは少し困った様な顔をして、頭を掻いていた。



「弱さを認め、自分に出来る事で戦う……ね。それは人本来の強さだ。僕はそういう力で戦う人は好きだよ」

「ありがとうございます。なによりも励みになります」



セプトさんがリティを褒める。

初めてかもしれない。


セプトさんはお世辞をいう人ではない。

という事は、リティは変わったんだ。


ローゼルさんが言ってた通りに。


強くなった。

僕やルーチェよりもはるかに。ずっと。


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