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あの後。
龍が村を襲った後。
リティは変わった。
だれよりも一生懸命に動いて、村の中心になろうとしてた。
増えた住民の対処に、食料の確保、村の再建、やることは山のようにあった。
その中心でリティは誰よりも頑張り、気がつけば皆がリティの事を認めていた。
その成果が現れ、皆が笑顔を浮かべるようになったのは、厳しい季節を越え、初めての収穫を迎えた後だった。
「嬢ちゃん、そんなフェイントじゃダメだ。相手が次の一撃を想像出来る位に自然な動きをするんだ。そこから、想定外の動作へ一転させるからフェイントというのは効果があるんだ」
「あー、そうそう。たぶん、そう。そうやって魔力を……ふぁぁ~~」
村に余裕が出来始めてから、みな剣術や魔法を覚え始めた。
これからは皆で村を守る。
自警団を作る必要があるとリティが言い出した結果だ。
村の子供達は率先して学び、ルーチェやリュンヌさんも剣や魔法を亜人の人たちから学んでいた。
皆が村の事を考え、全ての人が自分に出来る事をひとつづつ積み上げていた。
「これ、面白いねー!次作ろうか!!ねぇ!他の本は無いの?ねぇねぇ!」
ただの一人を除いて。
「無いです。高いんですよ。その本」
「えー、探して買ってきてよー」
バタバタと足を動かし、駄々をこねる一人の少女。
亜人の長であるセプトさん。
創造主とも呼ばれる存在なのに、ほとんど何もしない。
亜人の人たちにちょちょい指示を出しては、本を読むだけ。
それしかしなかった。
「はいはい、リュンヌさんに言っておきますから」
「まだ、10冊しかないんだよ?足りないよねー」
でも、意外だった。
セプトさんが森を出てこの村で生活するようになるとは思っていなかった。
きっかけは僕が切り落とした龍の翼。
それをリュンヌさんがツテを頼りに売り捌いたことから始める。
それは物凄いお金になったらしく、誰も踏み入れなかったこの地に必要な資材が入ってくるようになった。
リュンヌさんいわく凄く割高らしいけど。
それと同時にリュンヌさんは僕の世界の本も集めてくれてた。
本は誰も読めないせいか、結構簡単に集まったらしい。
ただ、その本目当てにセプトさんはこの村に居つくようになった。
それだけなら特に問題は無かった。
セプトさんは僕の世界の本を全てを理解しようとした。
僕もそれに協力し、セプトさんへ僕の持てる全ての知識を伝えた。
でもそれはすぐに限界を迎えた。
セプトさんは興味あることは納得するまで何度も聴いてくる。
僕は全てを知るわけじゃない。
むしろ殆ど知らないといっていい。
学校とか親から教わったことをただ伝言しているだけ。
当然、そんな内容だとすぐに教師の役目は終わり
セプトさんは自身で学習し実践した。
その結果……。
「これだけ村を本の通り再現したじゃないですか、まだ足りないんですか?」
「足りないよー、全然足りない!」
「人間には干渉しないんじゃなかったんですか?」
温泉、ヨーロッパの町並み、遊園地にあるような不思議な建物。
それらが全て混ざり合った不思議な村。いや、町のような物が出来上がっていた。
規模的には大きくないが、セプトさんは僕の世界の雑誌に載っていた街並みを再現してしまっていた。
全然統一感が無い組み合わせのはずなのに、区画は整理され、規則正しい配置になっている。
ただそれだけなのに、なんかしっくりと昔からあったような凄く計画された町並みのようになっている。
これはこれで凄く綺麗だと思う
……本当にチートだ。
神と呼ばれる存在がなんだから、当然なのかもしれないけど。
とにかく、この村。
いや、町は僕の世界の街並みを模した唯一の町となった。
そのせいか、興味と野心を持ち移り住んで来る人も珍しくはなくなった。
「うん、どうせ後は時間の問題だからねー、あ!町の区画毎にコンセプトを変えよう!これは楽しいね!!」
はぁ……何が時間の問題なんだろう。
セプトさんの発言の意味も意図も全然分からない。
「フィスさん!大変だ!!」
呆れる僕に向かって一人の少年が駆け寄ってくる。
村の少年達のリーダ。ロイだ。
「どうしたの?」
「兵士達が、兵士たちの一団がこの村に!!」
「……わかった。僕が行く。このことをリティに伝えて。後皆を安全な所へ」
「はい!!」
僕はその返事と同時に地面を蹴る。
兵士達が大人数で来れば龍が黙ってないはず。
という事は少人数?
何が目的なんだ?
色んな考えが僕の頭を過ぎる。
「いってらっしゃーい」
そんな暢気な声が後ろから響いていた。
◆
「フィス様。ご無沙汰しております」
町の入り口。
そこで僕の姿を見るなり会釈する人物とその後ろに控える兵士達。
それは。
その人は。
僕がよく知る人だった。
「ローゼルさん?」
「まずはここに来るまでに時間がかかった事、このとおり謝罪させて下さい」
ローゼルさんは親子以上に年が離れている僕に向かい深々と頭を下げる。
この人はアィールさんの教育係だった人。
僕が尊敬する大事な人の一人だ。
「やめてくださいよ!そんな謝ることなんて!」
「いえ、これは我々の感謝の気持ちです。本来フィスさまの役割は本来我らが行うべき事。それを押し付け背負わせたのは我らの力が足りなかったせいです。ここにいる全員がそれを理解し、フィス様に感謝しています」
ローゼルさんの言葉をきっかけに、後ろに控えていた兵士達も兜を脱ぎ、頭を下げていた。
「本当に辞めてくださいよ」
後ろにいる兵士達。
よく見れば、見覚えのある人ばかりだ。
ルーチェと一緒になって剣を教えてた人達だ。
仲間が。
皆が僕に頭を下げている。
「ああ!もう!!」
僕も皆に負けじと地面に膝を付いて頭を下げる。
何の意味は無い
だけど、申し訳ない気持ちが一杯で、なにかせずにはいられなかった。
「フィス様頭を上げてください!」
「嫌です!皆が僕に頭を下げるのを辞めたら考えます!!」
一方的に頭を下げられるのは辛い。
なんだか心が落ち着かなくなるんだ。
「ローゼル!!」
「クリティア様」
後ろからリティの声が響いた。
気が付けばローゼルさんとリティは手を取り合い再会を喜んでいた。
完全に忘れ去れた……
僕は地面に膝を付きながら二人を眺める。
二人は本当に嬉しそうで、なんだかこっちまで暖かい気持ちになる。
「フィス、貴方地面に膝を付いて、何をしてるの?」
「なんでも……ないよ?」
「へぇ、相変わらず変わった事が好きね」
リティは砕けた口調で僕を不思議そうに見つめる。
口調が変わったのは、たぶん……という、間違いなくルーチェのせいだ。
リティとルーチェ。
二人はいつの間にか凄く仲良くなっていた。
ルーチェの言葉の粗さが伝染してるんじゃないかと不安になるくらいに。
「クリティア様、遅くなり大変申し訳ありませんでした」
ローゼルさんは小さく咳払いをし、リティに向きなおす。
「どういうこと?」
「帝国との戦争が間もなく始まります。もう、隠れて生活する必要はありません。ですから、こうしてお迎えにあがりました」
ついに来た。
それが僕の正直な感想だ。
必ずやってくる嵐みたいな物。
でも、この町での穏やかな日常が戦争という事実から目を背けさせていた。
「そうですか」
リティは小さく答える。
背筋は真っ直ぐ伸ばされ、力の篭った目でローゼルさんを見つめながら。
「では、お父様に私は戻らないと伝えてください」
「理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「救いたいのです。戦争で不幸になる人を」
「ですが、ここは龍の狩場。このまま町が大きくなれば……」
「その心配はありません。フィスが龍を手なづけてくれました」
その言葉に後ろの兵士達がどよめき、それをローゼルさんが手を上げ抑える。
過大、いや、過剰評価だ。
僕がというより、全部セプトさんの力なのに。
「だから心配はありません。私はここで戦います。私は戦争に巻き込まれ絶望している人々に、希望を与えるため戦います。それが私の戦いなのです」
「詳しく聞いてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
そう前置きし、リティは説明していく。
その間、ローゼルさんはリティをただ見つめていた。
少し目を細めとても穏やかな表情で。
何を考えればそんな顔が出来るのか。
そんな事を思いながら、僕はローゼルさんをじっと観察していた。
「もう何を言っても無駄なのですね?」
「ええ、ローゼルなら分かってくれると信じてるわ」
「わかりました。クリティア様」
リティの説明が終わり、ローゼルさんは頭を下げていた。
それはリティの意思が認められたという結果でもあった。
「だれか紙と書くものを。お父様にお伝えお伝えしたいことがあるのです」
リティの呼びかけに、後ろに控えていた兵士達は慌てて荷物を漁り、要求の品を取り出す。
リティその兵士達に迷い無く労いの言葉をかけていた。
周りが頭を下げる中での堂々とした振る舞い。
こう見るとやっぱりリティは王族なんだと実感する。
僕なんかとはまるで違う。
性格……いや、人間的な何かが根本から異なっているんだと思う。
「何をしたんですか?クリティア様がこうも変わられるなんて」
気が付けばローゼルさんが僕の隣までやってきていた。
「変わってますか?」
「ええ、とても。穏やかな表情をしておられますが、堂々とした風格が出てきました」
そうかな?
僕にはいつもと変わらない様に見えるけど……
「僕には分からないです。でも……」
「でも?」
「もし、リティが変わったのであれば、それはリティの頑張りの成果なんだと思います」
「がんばり……ですか」
「はい、リティは一生懸命村のことを考え、行動してきました。この村でそれを認めない人はいません」
そういうと、ローゼルさんは凄く優しい顔でリティを見つめる。
「経験がクリティア様をこうも変えたという事ですか」
「ええ、かなり厳しい経験をしたと思います」
嘘じゃない。
僕なんかじゃわからない位、リティは大変だったはずだ。
「フィス様。貴方はやはり不思議な人だ。貴方に関わると皆変わっていく。それも良い方向に」
「はぁ」
よく分からないけど。
ローゼルさんは凄く幸せそうだった。
「今日はこの村に泊まっていってください。大した事は出来ませんが、おもてなしさせてもらいます」
「ええ。フィス様のお言葉に甘えさせて頂きますね」
だから、僕はその幸せを少しでも大きくするため出来ることをしようと思う。
きっとそれはアィールさんも喜んでくれる。
そう思ったから。