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3-6


「クソッ!」



思わずそんな声が出てしまう。

龍の強さ。

それは、十分に理解していたつもりだった。


でも、それは完全な間違いだった。

僕の勝手な想像なんか比較にならない位、龍は強かった。


盗賊との戦いどころじゃない。

村人は勿論、村を襲っていた盗賊達も悲鳴を上げ逃走を始めていた。


龍は平等だった。

大きく息を吸い込むように顔を空へと向け、その頭を村人や盗賊など関係なく振り下ろす。


それだけの行為。

だけど、それは蒼い太陽が地面に堕ちた様だった。


龍が吐いた炎。

それは普通の炎とは全く違う。


信じられない程綺麗な蒼い炎。

そして何よりも無慈悲な光。


蒼炎をまともに浴びた人は、逃げる姿そのままに灰になり、そして崩れていく。

それでも炎は満足せず、まだ足りないと大地を燃やし続けていた。


戦う?

そんな次元の話じゃない!


あんなの人がどうこう出来る存在じゃない。


今は生きて逃げること。

これが最優先だ。


僕は走りながら、目を閉じる。

自分の持ちうる感情を魔力へと変換していく。


全開だ。

僕は目を開け、全力で地面を蹴った。


どれだけ動いてられるか分からない。

けど、今は一秒でも早く行動すべきだ。


あんなの浴びたら誰だって生き残れない。

幸い龍は逃げる盗賊達に炎を浴びせるのに夢中になっている。


その隙を縫い全力で村へと駆ける。



「皆さん!!森へ!!逃げるのです!!」



村へ到着した途端、一番目立つ場所で大声を張り上ている女性が目に入った。

……リティだ。



「あの馬鹿!!」



思わず叫んでしまった。

リティは何してるんだ!


あれじゃ、いつリティが次のターゲットになっても可笑しくないじゃないか。



(ヤバイ)



急に背中がゾワッと逆立ち、圧倒的強者に命を握られる感覚が僕を捕らえた。

それに反射するように、本能的に体が動く。



(間に合え!!)



この後、何が起こるか分からない。

分かるわけが無い。


でも、一瞬の躊躇が命取りになる。

そんな直感に従い、僕は全力で地面を蹴っていた。


声を張り上げ続けるリティを抱え、全速で駆け抜ける。


その直後だった。

背中を焼き切るような痛みが僕を襲う。


後ろを見れば、青い炎が村を真っ二つに割っていた。

こんなの戦いですらない。



「逃げますよ。しっかり捕まっててください」

「まだ皆が!皆が炎の向こうに取り残されています!!」

「そんなの!!」



ほっとけばいい。

そう言おうとした僕の口を、ズン!という振動が塞ぐ。


地震と間違うような感覚。

振り返ればそこには龍が降り立っていた。


あまりの巨躯と沸き上がる恐怖で、逃げ惑っていた人々の足がピタリと止まる。


龍は動けなくなった村人のほうに見る。

そして、ゆっくりと顔を寄せ、村人達に顔を近づけていく。


僕はその様子をただ眺める。

それはあまりにも優雅で優しい動作だった。


龍は小さく口を開けると、近くにいた村人をパクリと啄ばむ。

それは手を繋ぎながら逃げている老人と子供だった。


バキバキと音を立てて村人を咀嚼する龍

悲鳴すら上がらなかった。


ただ、何人かの村人は逃げることさえ諦め、地面に腰を縫い付けてしまっていた。



「よくも!!」

「ちょと!」



リティは僕の腕から抜け出し、龍へと駆けて行く。


止めようと手を伸ばしたけど、背中がギリッと痛み動きが止まってしまう。

気がつけば僕の背中は服が燃え落ち、皮膚が焼け爛れていた。


その間もリティは止まらない。

バリバリと音を立てて咀嚼する龍の顔に、リティは石を投げつける。


コン。


龍の大きな頭に、石がぶつかった。

ダメージなんて無いだろう。


ただ、龍はリティをギロッと睨んだ……気がする。



「ひっ!」



リティの短い悲鳴があがり、腰を地面へと落とす。

他の村人と同じ。


圧倒的な恐怖が腰を地面へと縫い付けていた。


龍はそんなリティの方へゆっくりと顔を近づけ大きな口を開く。


その瞬間、リティが弾かれたように動いた。


いや、リティが動いたわけじゃない。

アリシア隊長だ。

アリシア隊長がリティを抱え、僕の方へ全力で走ってくる。


ただ、それを逃すほど龍は甘くなかった。

目の前で獲物が逃げていくのを黙ってみているはずがない。


龍は腕を振り上げる。

逃げる獲物を上から叩き潰す為に。



「ああぁぁぁぁ!!しゃがんで!頭を下げて!」



心の奥底から恐怖が沸き上がる。

僕はその恐怖を無理やり押さえつけ、龍目掛けて突っ込む。


見捨てるべきだったのかもしれない。

でも、考えるよりも先に体が動いてしまっていた。



「ふぐっ」



穴という穴から空気が漏れる。

腕や脇からバキバキと折れる音がし、足は地面に刺さるようにめり込んでいる。



「フィス……様?」



信じられない。

そんな感じのアリシアさんの声が聞こえる。


でも、その声で無事なのは確認出来た。



「はや……く」



正直もう、首を振る余裕さえ無い。

信じられないくらい重い一撃。


僕は龍の振り下ろした腕を受け止めていた。



「早く逃げて!!」



僕は後ろに感じる気配に向かって叫んでいた。

余裕なんて微塵もない。


すこしでも油断すればペシャンコになってしまいそうだ。



「すみません!!」



アリシア隊長の短い言葉が響き、僕の後ろにあった二つの気配は僕から離れていく。



「ダメです!フィス!貴方は生きなければいけない人なのですから!!」



そんなリティの言葉がどんどん遠くなる。

リティが去り際に残した言葉。

苦笑いが出てきてしまう。


誰のせいで、こんな怪我を負い、こんな無理をしたと思ってる。

そんな感情が湧き上がって来るのを抑えられなかった。



「ああ!!!ほんとにもう!!」



その感情の爆発は、龍の腕を押し返していた。

龍はそんな僕の行動に驚いたのか、翼を羽ばたかせ、再び宙へ舞う。


……終わった。


もう、体がまともに動かない。

体の節々が痛い。


足の筋も切れていると思う。

そして、龍の次の攻撃は分かってる。


僕の想像通り、龍は空へ向かって大きく顔を上げていた。



「ここまでか……」



考えうる全ての可能性を考えた。

でも、もう手立ては無い。


僕は地面へと腰を下ろす。

立っている事さえ辛かった。


龍の視線が僕と合う。

僕はせめてもの抵抗として笑う。


ただ、龍はそれに反応する事は無かった。


空中で口を開き、その口からこれ以上ない位綺麗な蒼炎が誕生しようとしていた。


神秘的にさえ思える炎。

それが、真っ直ぐに僕に向かってくる。


きっと痛みすら感じないんだろうな。


僕は目を閉じる。

自分の最後なんて、見たいものじゃない。


……熱い。

なんか、こうジリジリと鉄板の上で焼かれる様な感じがする。


龍の炎ってこんな物なのか?

これじゃあ、耐えられない事も無いぞ?


ふと、目を開ける。

僕の目の前には見慣れた背中があった。



「何してるの!!」



僕の目の前で、蒼炎が四散している。

信じられない。


龍の炎を防いだことは勿論だけど、僕を庇ってこんな所に立っている存在が!

こんな所に来たら、絶対に助からないじゃないか!!



「しらねぇよ。体が動いちまったんだ」



魔法の盾を前面に押し出し、炎を防ぐ一人の女性。

そして、良く知った姿。

一目で分かる。


ルーチェだ。



「ダメだよ!直ぐに逃げて」



スパンと小気味いい音を立てて、蒼炎が四散する。

ルーチェは龍の一撃を耐え切ったのだ。


龍は自身の炎が防がれたことに驚いたのか、空を大きく舞い距離を取る。

それと対照的にルーチェは、地面に片膝をつき大きく肩で息をしていた。



「逃げれる……と思うか?」

「いいから立って!直ぐ逃げてよ!!」

「いや、ダメだ」



ルーチェは剣を抜き、地面に刺し杖代わりにゆっくりと立ち上がる。



「フィス。俺と二人であいつを倒すんだ」

「無理だよ。人が適う相手じゃない。僕が囮になるからその隙に逃げて」



ルーチェが地面に刺した魔法の剣。

それを僕は勢い良く抜き放つ。


……大丈夫。

この剣があれば、囮役くらいできるはずだ。


ルーチェを逃がす為に命を賭けられるのなら、それは何よりも価値がある。



「俺が聞きたいのはそんな言葉じゃない!!」



ルーチェが叫び、僕の肩がビクリと揺れる。



「もし、ここに立ってるのが俺じゃなくてアィールの旦那だったら、フィスは逃げろというか?無理だというか?」

「えっ?!」

「フィスはアィールの旦那に龍と戦えと言われたら断るのか?って聞いてんだよ!!」



ルーチェは怒っていた。

それもかなり本気で。



「フィスはいつだって無謀な勝負に勝ってきた。それは信じてきたからだろ?仲間を、そして大事な存在を!なら俺を信じてくれよ。一緒なら龍くらい倒せるって言ってくれよ!!」



ルーチェは僕を見つめてくる。

悔しそうな表情と潤んだ瞳で。


……もしアィールさんがルーチェと同じ問いかけをしてきたら。

アィールさんに、一緒に龍を倒せと言われたら?


そんなの決まってる。考えるまでも無い。

ただ、頷くだけだ。


絶対に”逃げろ”なんて言わない。

いうはずがない。



「俺は相棒なんだろ?どうして信じてくれない。これじゃあいつまで経っても俺は勝てないじゃないか……」

「ルーチェ……」



……情けないと思う。


一番大事な人なのに。

なんにも分かってあげられてなかった。


僕はルーチェには生きて欲しい。何があっても守りたい。

でも、それをルーチェは求めていない。


それがはっきりと分かった。



「全身ボロボロだよ。チャンスは1回だけ、ルーチェはさっきの攻撃もう一度耐えられる?」

「勿論だ。と言いたいけど、正直無茶だな」



僕の言葉。

その意味を理解したのか、ルーチェは嬉しそうに笑っていた。


世界最強の龍と戦うのに笑う。

大物だよ。ルーチェは。



「大丈夫、ルーチェなら出来るよ」



僕は地魔法の剣を握りなおし、ゆっくりと構える。


ゾットさんから紹介してもらい

アィールさんと僕の貯金をはたき

セネクスさんから貰い

ルーチェに譲り渡した魔法の剣。


この剣なら全てを託せる。

僕の大事な人たちの思いが篭った剣なんだから。



「フィス見てみろよ」

「うん?」

「いいから、丘の上を見てみろって」



近くの小高い丘。

そこには逃げたはずの村人達全員がいた。


皆は逃げるわけでもなく、ただひたすらに祈りをを捧げていた。


……せっかく逃げる時間を作ったのに

全部、無駄じゃないか。



「なんで逃げないんだって思ってんだろ?」



ルーチェは龍を見つめ盾を構えなおす。



「皆ここにしか居場所が無いんだ。他に住むところも、逃げ延びる場所も無い。だから逃げない、逃げられない」



そう……だった。

皆逃げても行き着く場所が無い。


この村はそういう人たちが集まる場所だった。



「……逃げる。なんて選択肢は無かったんだね」

「ああ、そうだ。フィスは約束しただろ?守るって」

「そうだね」



感じる。


皆がこれ以上ない位恐怖しながらも、命を懸けて僕に希望を託す。

その思いが。



「来るぞ!!」



ルーチェが警戒の声を上げる。

空からは様子をみていた龍が僕ら目掛けて一直線に突っ込んでくる。


体はボロボロだ。

剣を振るうのですら一回出来るかどうか。


状況は最悪だ。


でも、心はこれ以上ない位、満たされている。


僕はルーチェから受け取った魔法の剣をゆっくりと腰に当てる。

イメージは居合い抜き。


そして、周りから感じる感情、そして、沸き上がる思い。

持ちうるだけの全てを剣に込めていく。


剣は淡い光を帯び始める。


その瞬間、龍の炎が僕とルーチェに真っ直ぐに向かってきた。



「ぐっ……ぐ」



ルーチェはその炎を魔法の盾で防いでいた。

体を焼く様な熱気が僕とルーチェを包む。



(アィールさん力を貸してください)



炎の中で僕は願う。

ただ、それだけでアィールさんと共に過ごした穏やかで暖かい気持ちが溢れてくる。


僕はその感情も魔力へと変え、剣に込める。



「まだ……か?」

「うん、足りない。僕の命を預けるよ。だから、もう少しだけ頑張って」

「この位……、朝までだって平気だ……」

「辛いだろうけどお願い!僕の命、全部ルーチェに預けるよ!」

「っ!!ああ!!その言葉を待ってた!!」




ルーチェは叫び、炎を押し返す。

ただ、その行為が龍のプライドを傷つけたのか、蒼炎がより濃く明るくなった。



「んぐっ……」



ルーチェは地面を踏みしめ耐える。

熱気のレベルがさっきとはまるで違う。


盾を構えるルーチェの腕から蒸気が上がり始め、皮膚が黒く変色していく。



(集中しろ)



龍の炎は僕の皮膚を薄いビニールのように溶かしていく。

服は焦げ、靴からはブスブスと煙が上がり始めた。


ただ、そんなことはどうでもいい。


命を預けたんだ。

後はルーチェを信じればいい。


そんな僕の気持ちを応える様に剣はその光を増していく。

皆の願い、そして僕の気持ちの全てをこの一撃に!!



「ルーチェ!!」

「おお!!」



その言葉だけで十分だった。

ルーチェは盾を構えたまま、屈む。


一瞬の間だった。


ルーチェが受け止めていた炎が僕へ伸びてくるまでの間。

僕はその一瞬に僕は全てを賭けた一撃を放つ。


僕に出来る最大の一撃。

それは炎を切り裂き、そして、空まで届いた。


ドン!という轟音と衝撃。


巨大な土煙と、周りからの歓声が立ち上る。



「やった……」



手ごたえはあった。

龍は間違いなく地面へ堕ちたはずだ!



『ギュァァァァァァァアアアアア!!!』



そんな僕の思いを一蹴する絶望的な声。

その声と共に、地響きを轟かせながら巨体が地面で揺れる。



「はず……した?」



僕の全てを賭けた一撃。

それは確かに龍に届いていた。


ただ、その一撃は龍の片翼を落としただけ。

地面に堕とされた龍は怒り狂ったように土煙を巻き上がらせながら暴れていた。

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