3-5
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何もない平原に焚かれた炎が、闇夜を赤く照らしている。
「ほらほら踊れ!!ただ、荷物持ちの為に連れてきた訳じゃねんだぞ?!」
その周りでは一糸纏わぬ姿を晒しながら女性達が踊り、それを粗野な男達が取り囲んでいる。
罵声と嘲笑を巻き起しながら。
ある女性は男達の声に応えようと必死になり、また別の女性は涙と嗚咽を漏らし膝から崩れ落ちる。
そんな姿に男達は笑い、そして興奮していく。
あれは盗賊たちの集団。
僕は。
正確には、僕とリュンヌさんは、その盗賊達の後ろを足音も立てずゆっくりと移動している。
今この瞬間にも、僕らの村は盗賊達に襲われている。
目の前にいる一部の盗賊達を残し、沢山の盗賊達が僕らの村へ向かっていった。
盗賊達は自分たちの勝利を確信しているんだろう。
確かに普通の村なら間違いなく十分。
過剰な位の戦力だ。
でも、村にはルーチェ達や亜人さん達がいる。
特に魔法を自在に操る亜人さん達は、盗賊達がどう逆らっても勝てない戦力だ。
ここに残っているのはそんな事も知らず、ただ勝利を確信し、先に宴を始めた能天気な連中。
盗賊達の仲でも”上”に属する人間だ。
僕はその”上”を一掃するため、ここに立っている。
「!!」
僕の前に突然手が振り下ろされた。
そのせいで、足がピタリと止まる。
リュンヌさんは、手を僕の前からどかし、顎をクィと上げとある方向を指していた。
「さっさと踊れ!いつまで寝てやがる!!」
その方向には、盗賊達の中で一際大声を放つ大柄の男がいた。
相当酔っているのか、顔が真っ赤に染まっている。
その男を見ながらリュンヌさんは、親指で首を横に切る仕草を見せた。
それがリュンヌさんからのメッセージだった。
僕は小さく頷き、腰のナイフゆっくりと抜く。
そのナイフは光を一切反射しない。
僕は剣すら持ってきていない。
左手が満足に使えない今、持ってきても邪魔だと思ったから。
でも、それは正解だった。
実際に動いてみると分かる。
剣などの剣身が長い武器は、隠れて行動するのには邪魔だという事が。
地面に伏せれば地面を引っかき、急いで動けば周りの草木を巻き込んで音を出す。
訓練すれば別なのかもしれないけど、なんで盗賊達が好んでナイフを持つのか分かる気がした。
僕はリュンヌさんの顔を見る。
薄い赤色を反射した綺麗な金髪に、どこかの令嬢の様に整った顔を。
「行け」
薄く形のよい唇が動いた。
それを合図に、僕とリュンヌさんは同時に動き出す。
僕は一直線に。
リュンヌさんは大きく迂回しながら。
どちらも足音一つ立てず、風のように走る。
誰一人気がつく人はいない。
僕はそのまま盗賊達の輪に入り駆け抜る。
何人かと肩が当たり、後ろから威勢のいい暴言が飛んできた。
だけどそんなの気にしない。
ただ、出来うる限り体勢を低くし最短距離で、ターゲットである大男へと向かっていく。
一秒でも早く大男へ到達する。それだけの為に。
僕は大男の背後に近づくと同時に、首筋にナイフを突き立てた。
それでけで、男は”ガプッ”と血を吐き倒れ、絶命する。
成功だ。
完全な不意打ち。
そんな状況でも、周りの盗賊達は誰も動かなかった。
何が起きてるのかさえ理解していない顔で、呆けた顔で僕を見ていた。
(いける!)
僕はすぐに動いた。
近くにいた盗賊二人の首を短剣で切り裂き、次の相手を求め大地を蹴る。
僕が短剣を振るう度に、盗賊達は一人、また一人と間抜けな表情まま倒れていく。
「て、敵襲!!」
警告の声。
それが上がるまでに僕の周りには沢山の死体が出来上がっていた。
数はわからない。
一回でも多く短剣を振る事だけに集中していたのだから当然だ。
「この野郎っ!」
近くにいた盗賊が、腰の剣を抜こうと柄に手をかける。
その瞬間、僕は満足に使えない左手でその男の腕を手を止めた。
少し痛みが走るが問題ない。
後は、力比べだった。
僕が腕を押えつける力と敵が剣を引き抜こうとする力。
それは勝負にすらならなかった。
押えつけるほうが圧倒的に有利だった。
剣を抜けず焦る盗賊。
その首に僕は迷い無く短剣を埋め込み、盗賊はビクリと体を揺らし絶命する。
「なんだコイツ……」
残った盗賊達は僕を見て、二歩、三歩と下がり始めた。
全ての視線は、僕へと注がれていた。
ドサッ。
盗賊達の後ろから何かが倒れる音がした。
その途端、盗賊達から恐怖の声が上がり始めた。
一人、また一人と僕のいる場所の反対側から盗賊達が倒れていくのだ。
僕はその正体を知っている。
盗賊達の間でチラチラの輝く金色の光。
あれは、リュンヌさんだ。
「何だ?!何が!!」
恐慌をきたした一人の盗賊。
悲鳴の様な声を上げた瞬間に、首元にはナイフが突き刺さる。
なまじ注目を集めていただけに、その光景はさらに盗賊達を恐怖の底へと叩き落す。
混乱し、情けない声を喚き散らす盗賊達。
「ひっ!!俺は逃げるぞ!!」
盗賊の一人がそんな声を上げ逃走した。
それがきっかけとなり2本の足で立つ盗賊達は一人残らず全力で逃走を始めた。
ただ、逃走する盗賊達の背には次々とナイフが埋め込まれていく。
リュンヌさんの容赦ない行為。
僕もそれを見習い、戦意を無くした盗賊達を追いかけ背中に短剣を突き刺して回る。
何人殺したのか分からない。
途中から短剣は切れ味を無くし、それでも酷使し続けたせいで根元からポキリと折れてしまった。
辺りには盗賊の死体数多く並んでいる。
それでも、少なくない数の盗賊を取り逃がしてしまった。
「終わったか?」
リュンヌさんは血で染まった短剣を回収し、布で拭き取っているところだった。
もう、逃げた盗賊達を追う気は無いらしい。
「はい、凄く上手く片付きました。今回は魔法すら使ってません」
「当たり前だ。魔法を使った盗賊退治なんて普通じゃない」
「でも、本当に凄いです。僕一人じゃ絶対もっと苦戦してました」
正直言って、全く苦労しなかった。
僕一人なら絶対にこんな結果になってない。
馬鹿正直に正面からぶつかり合って、怪我をして、もしかしたら命を落とす。
なんてことになっていたかもしれない。
「確かに数は強さだ。ただし、それはお互いが正面から向き合った時点での話。それ以前であればどうにでもなる。特に今回みたいに敵の錬度が低ければ尚更だ」
「はい」
リュンヌさんの言葉。
それはこれ以上ない位実感できる。
今、まさにその言葉の意味を示してくれたのだから。
「仲間・状況を上手く使え。馬鹿正直に正面から戦う必要など無い。考え、悩み、相手の弱点を掴み、そして行動しろ。忘れるなよ。お前は今までいかに下手糞な戦い方をしていたか、嫌って程教えてやる」
「はい!」
リュンヌさんは僕への態度とは違い、こういう所では優しい。
こうやって僕に色々と教えてくれる。
勿論、手取り足取り……って訳じゃないけど、実際に知恵と経験を蓄積させてくれる。
実際に培った経験は、確実に僕の体に染み込んでくるようだった。
「まぁいい。後、アレは私に任せろ」
「アレ?」
リュンヌさんは僕の背後を顎で指す。
「ひっ」
小さな悲鳴。
リュンヌさんの視線の先にいたのは女性達だった。
それも一糸纏わぬ姿の。
完全に忘れてた。
この人たちどうしよう。
体を隠す事すら忘れ、僕を見て震えてる。
「お前が気にすることじゃない。後は私に」
『!!』
リュンヌさんが言葉を紡ごうとした瞬間。
僕は耳を塞ぎ、蹲ってしまった。
原因は全身を凍らせるような轟音だった。
それが空から突然、生暖かい風と共に嵐のように降り注いできた。
「何が……」
顔を上げた僕の視線の先。
そこに広がっていたのは、地面を燃やす蒼い炎だった。
そしていつの間にか、地面に生えた人の形をした白い彫刻。
いや……違う。
あれは……ここから逃げた盗賊達だ。
それが姿そのままに白い灰に変わっていた。
白灰になった盗賊達は生暖かい風に吹かれ少しずつ形を失っていく。
「嘘だ……」
僕は自分の目が信じられなかった。
地面を燃やし続ける蒼炎が照らし出した正体。
それは夜の闇を覆う巨躯。
龍。
この世界で最も強いとされている存在だった。