5、さらに1ヶ月後
「殺せ!!殺せ!!」
「逃げんなよ!クズども!!」
「お前に賭けてんだ!死んだらただじゃおかねぇぞ!!」
酒に酔った観衆から、そんなどうでもいい声が響く。
ここは、奴隷の中から剣闘士になる者を選別する殺し合いの会場。
広場に即席の観客席を用意しただけの簡易な会場だ。
そこに僕は立っている。
本物の剣を握りながら。
「緊張しているか?」
アィールさんが僕の頭をポンと叩く。
「はい」
しない訳がなかった。
僕は、本物の剣を握りこの場所に立っている。
ここからやること。
それは”人殺し”なのだ。
「まぁ、緊張すんなっても無理だろうな。初陣がこんな場所じゃ冷静になれ。って言う方がどうかしてる」
アィールさんは剣の握りを確認し、軽く振り回している。
僕と違い緊張などまるで見られなかった。
「お前はまず1人。1人殺す事に専念しろ」
「……なぜ?」
「そうすれば緊張なんて消えてなくなる」
「はい」
殺せばこの緊張している気持ちが消えてなくなる?
訳が分からない。
でも、アィールさんを信じられるか?といえば、当然答えはイエスだ。
だから、今はその言葉通りに動く為に集中する。
ただ、目の前の人を殺し、生き残ればいい。
その為に、今まで頑張ってきたんだから。
その間にも続々と人が入ってくる。
剣闘士の選抜試験は頻繁に行われる為、人数はそんなに多くない。
僕よりも年下の子供もいれば、やつれた細身の男。それに、大剣をもった巨漢。
様々な人間がいる。
全体で10組、20名程度といった所だ。
ただ、この中で生き残れるのはたった1組。2名だけだ。例外は無い。
他の人間は、例外なくこの場所でその生を終えるのだ。
だから、子供を見て可哀想だとは思ってる暇なんてない。
そんなこと思うならここで今すぐ自死すべきだ。
でないと、死ぬのは僕だけじゃない。
アィールさんも道連れになるのだから。
(よし!!)
僕は自分の顔を叩き、気合を入れなおす
「生き残るぞフィス!俺達にはまだやることがある!!!」
そんな僕の様子を見たアィールさんは、鼓舞するように雄たけびを上げていた。
(ああ!そうだ!僕も生き残る!!)
アィールさんの雄たけびに、僕も”生きる”という意思を再確認した。
◆
ドーンと響く、銅鑼を叩いた轟音。
それが殺し合いの合図であった。
「ぎゃああぁ!!!」
その開始の合図と同時に悲鳴が響き、観客から笑い声が上がる。
大剣をもった巨漢がパートナーである子供を殺し、足を残して切り捨てたのだ。
鎖に繋がれた状態では、邪魔になると判断したのだろう。
あれを見ると、パートナーがアィールさんで本当に良かったと再確認する。
「おい!集中しろ!右から来るぞ!」
アィールさんの怒号が飛ぶ。
それだけで僕の体は動いていた。
厳しい訓練の成果だ。
右からは1組の敵が来ていた。
足が鎖で繋がれている為、当然二人がかりで駆けてくる。
アィールさんは、僕の前に立ち腰を深く落とし剣を構える。
僕を庇ってくれている。訳ではない。
事前に取り決めていた約束だ。
案の定、アィールさんは二人からの攻撃を同時に受ける。
敵はただの村人が奴隷になったのだろう。
剣筋は鋭くなく、腰の入っていない一振りだった。
アィールさんは一人の剣を自身の剣で受け止め、もう一人の攻撃は直前で半身になって躱していた。
攻撃がかわされた敵の一人は体勢を崩し、僕の前へやってくる。
そして、明らかに弱そうな僕を見てチャンスだと思ったのだろう。
体勢も整わないまま、ぞんざいな突きを放ってくる。
それは本当に酷い剣筋だった。
僕は難なく躱しすれ違いざまに相手の腕を切り落とす。
敵は痛みの余り絶叫するが、すぐにその声が恐怖と命乞いに変わる
「やめっ・・・・・た、たすけ・・・・・・」
それが敵の最後の言葉になった。
僕は容赦なく敵の首を跳ねた。
骨を断つ硬い感触が剣を通して伝わり、赤い鮮血が小さな噴水の様に上がり地面へと落ちていく。
それを見た観客からは大きな歓声が上がる。
罪悪感なんて無い。
それよりも、抑えきれない高揚感の方が強く湧き上がってくる。
僕は高揚感を抑えつつアィールさんを見る。
アィールさんも敵の首を落とした所であった。
「随分と冷静だな」
アィールさんは剣についた血を、素早く振る事で落としていく。
「大丈夫」
覚悟はしていた。だから問題ない。
そんな意味を込めて僕は笑った。
もうちょっと上手く喋れれば、もっと連携を深められるとも思う。だが、今言っても仕方がない。
「……そうか」
アィールさんは何故か申し訳ない。といった表情を浮かべたが、すぐに周りの状況を確認する。
周りでは隣り合った敵が殺し合っていた。
「さて、集中するぞ。ここからが本番だ」
「はい!」
時間と共に、観客はドンドン盛り上がる。
人が死ぬ度に観客は喜び、罵声を浴びせ、興奮していく。
本当にこの場所は異世界だった。
元の世界とはまるで違う世界。
僕の想像とは根底から違う。
最悪で人の命の価値など本当に安い。
厳しい世界だった。