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4、2ケ月後



「まずは基本の形を体に叩き込め。考えながら戦う事も重要だが、考える前に体が動かないと話にならん」



僕はコクリと頷く。


木剣で殴られる痛み。

これはいつまで経っても慣れない。



「なら、もう一回だ」



僕が奴隷として連れてこられてから、60日以上の月日が過ぎた。

今、僕は木剣を使い戦闘訓練をしている。


生きる為に。


あの日……僕がこの場所に連れてこられた日。

食事をくれた男性。

その人は僕のパートナになった。 


名前はアィールさん。

元々は兵士だったらしいけど、戦争で負けて捕虜となり奴隷として生きていかざる負えなくなった人。


アィールさんは、僕に色々教えてくれた。

この場所の意味。鎖の意味。ここに集まる人間の境遇。

初めは言葉なんて分からなかったが、アィールさんは話せば5分で済むような事も

夜通し体で表現しながら一生懸命説明してくれた。


だから、僕もそれに答えようと一生懸命勉強した。

今ではアィールさんの喋る内容は分かるし、片言だけど喋れるようにもなった。


全てはアィールさんのおかげだ。


アィールさんの説明によると、この場所は地獄だそうだ。

戦争で手に入れた捕虜や村人などを奴隷として集め、剣闘士として可能性のある者を選別する為の施設。


この国の民衆は、勇敢な剣闘士達の命のやり取りを最高の娯楽として位置付けているらしい。

しかし、当然殺し合いをする剣闘士は慢性的に数が足りない。

新しい剣闘士はいつになっても需要が高く必要とされる商品らしい。


だからこそ、生きの良い奴隷は剣闘士になるべくここに集められる。

しかし、強くなければ観衆は喜ばない。

剣闘士はだれでもなれる訳ではないのだ。


だから、その選抜方法として生きのいい奴隷達は2人1組でチームを組みそれぞれの足に鎖をつけ、その状態で他の人間と殺し合う。


そこで最後まで生き残れた者は、強い者として認められ剣闘士になる。

逆に、剣闘士になれなかった者は例外なく皆死ぬのだ。


ただ、この施設も無限に広くは無い。

しかし、奴隷は定期的にやってきてその数を増していく。

ここに住める奴隷は一定。だけど、時間と共に奴隷は増える。

結果、時間が経てば施設は奴隷で溢れてしまう。


となれば、解決策は一つ。

奴隷の数を減らすしかない。


その解決案として、ここに連れてこられた奴隷は約3ヶ月後に

剣闘士の選抜試験も兼ねた殺し合いをさせられるのだ。


つまり、ここに連れてこられた時点で、勝者以外の人間は寿命が3ヶ月しかない事になる。


ただ、剣闘士になる事は奴隷にとって悪い事ではない。

剣闘士になり50勝を上げた者は、解放されるという約束もある。

簡単に言えば、50連勝すれば解放されう訳だが、そんな剣闘士がそうそう出るわけではない。

確率的に言えば0.0001%よりももっと低いと思う。


ただ、希望も何もない世界よりも微かでもいい。

ほんの少しの希望があれば、人はそれにがむしゃらになって飛びつくのだ。


そして、その剣闘士になる試練や努力すらも拒否すればどうなるか。

僕はその結末を何人も見てきた。


訓練すらしない者は、もはや価値なしと判断され、剣や槍の的として使われる。

わずかな食事代すら勿体無い。という事だろう。


そういった人間はもはや抵抗しない。

死んだ目で空を見上げ、最後の瞬間小さく何かを呟き死んでいくのだ。


僕も気持ちはわかる。

ここに来た瞬間から、奴隷達は残り3ヶ月という寿命を示され、勝者以外は全員死ぬ運命にある。


そこに例外はない。


もし、そんな状況で、自分より強者がいたら?

努力しても勝てない強者がいたら?

誰だって絶望する。


そんな状況で笑って生きていられる人間の方がおかしい。

自死を選ぶのも仕方のない事だと思う。


どうやって死ぬか分からない未来よりも、想像できる死に方で死ぬ今の方が幸せだと考える。

僕だってアィールさんと組めなかったらああなっていたかもしれない。


だけど、幸運にも僕はアィールさんと組めた。

ただの幸運でしかないが、それこそが生きる為に必要だった。


次にアィールさんと僕との関係だが、これは簡単だ。

あと1か月後に行われる、剣闘士の選抜試験。

つまり殺し合いの場でパートナーになるのだ。


これは焼印をいれられた時に、勝手に決められたパートナーであったが正直感謝している。

僕はアィールさんとパートナーになれたのだから。


アィールさんは故郷に大切な人がいるから絶対生きて帰る。って教えてくれた。

そして”お前の力を貸してくれ。”と、僕に頭を下げてきたのだ。


弱い僕に出来ることなんてない。それでも、対等に扱ってくれるだけでなく。

頭まで下げてくれたのだ。

そこまでしてくれる人なんて絶対に他にはいない。


その日からアィールさんは僕の希望になった。


僕はアィールさんに協力し、剣闘士になり、そして自由になる。

そしてこの糞みたいな世界から、元の世界に戻る手かがりを掴む。


そう決意したのだ。


アィールさんにその決意を一晩かけて伝えた時、アィールさんは恥ずかしそうに笑っていた。

ただ、どこか嬉しそうでもあった。


絶対に生き残る!

変な言い回しになるが、これは僕の生きる意味であり目標でもあるのだ。


だから僕とアィールさんは毎日、日の出から夕暮れまで剣の稽古をするようになった。


嫌々やるわけではない。

自分の目標の為に、自ら進んで剣を振るうようになり、こうして毎日訓練をしている。



「さて、ここまでにするか。この後は反省会だ。フィス水浴びに行くぞ」

「はい!」



日が傾きかけたところで、今日の剣の訓練は終わった。

僕の体は前とは違い、だいぶ大きく、そして筋肉質になってきた。


あと、一つ僕に大きな変化あった。

それは名前が付いた事だ。


まだ、何も喋れなかった僕に、アィールさんがつけてくれた名前。

それが”フィス”だ。


勿論、僕には両親がつけてくれた名前がある。

でも、今は”フィス”でいい。


アィールさんは間違いなくこの世界での僕の親でもあるのだから。





「まぁ、そんな所だ」 

「はい」


水浴びと、反省会を終え、やっと今日全ての訓練が終わった。

後は、怪我をしない様にストレッチを入念に行うだけだ



「お前は素直だな。だから吸収が速い」



僕は、足を開き地面へ体を倒す。

部活で体操をしていたせいか、僕の体は驚く程柔らかい。らしい。

それに、訓練後のストレッチはアィールさんからの指示であったが、

体が柔らかいと怪我する確率も低くなる事は知っていたので、僕は毎日欠かさずこのストレッチを行っている。


もし、怪我でもすればその時点で命が終わるのだから、欠かすわけがない。



「お前がもう少し言葉を話せたら色々と聞いてみたい事があるんだがな」



アィールさんが残念そうに呟いていた。

僕が言葉を理解出来るようになってから、アィールさんは僕に沢山の質問をしてきた。

なんで手がこんなに綺麗なんだ。とか、お前は貴族だったのか?とか、様々な事を聞いてきたが

僕は首を縦か横に振って答える事しか出来なかった。



「……ごめん」



僕は覚えている基本的な言葉を返す。

本当はもっと喋りたいし、この世界の事も沢山聞きたいのだけど

それを出来るだけの語彙力が無い。



「いや、悪かったな。忘れてくれ」



アィールさんは申し訳ない。と、軽く頭を下げる。



「まぁ、これから覚えていけばいい。お前は言葉以外の知識は正直俺より上だからな」



アィールさんは、僕に対して”頭がいい”と事あるごとに褒めてくる。

それは、たぶん……僕が数学の知識を披露した事に起因している。

僕は食事の配給に並ぶときに、数学の知識を使い行列の待ち時間を算出するなど様々な方法を使いより安定的な食事を得ようと努力していた。


実は食事を配る配膳係などは、簡単な計算が出来ない。

この世界の奴隷で計算できる人間なんていない。


数を数える事の出来る奴隷ですらレア。

いたら奇跡。そんなレベルだ。


その為、決まった数の食事が用意出来ない事も多く、最後になればなるほど帳尻併せて食事の量が減るのだ。

だから、配膳をいかに早く受けるか。というのは結構切実な問題だったりもする。

事実、弱い子供のペアなどは配膳を受けられず空腹の余り死んでいった。


ただ、配膳をする奴隷は決まっている。

だから、皆配膳が速い奴隷の所に皆並ぶ。


しかし、ある条件下では配膳の遅い奴隷が2人がかりで対応している方が結果的に早い事もある。

また、当然その逆の場合もある。


待ち行列の理論って奴だ。


僕はそんな考察を数式に直し事前にアィールさんへ伝えた。

その結果、僕らは安定的に食事を得る事に成功した。


アィールさんはそれに目を丸くして驚き、説明しろ。と詰め寄ってきたが、喋る事が出来ない僕は数式を書き出す事しか出来なかった。

その数式を見たアィールさんは理解する事を放棄し、より一層熱心に僕に言葉を教える様になった訳だが。



「今日は寝るか。明日からは、鎖で繋がれた上での戦い方、連携を確認していこう」



そういってアィールさんは寝床に行く。当然、僕もそれに従う。

僕らは足を数メートルの鎖で繋がれているせいで、寝床、着替え、水浴び、果ては、トイレなども一緒に行動しなければいけないのだから。


ただ、僕は思う。

辛いけど……この世界は、尋常じゃない位辛いけど。

アィールさんと過ごす毎日は何処か満ち足りている。そんな気がする。と


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