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2-8


「罠ですか」



クリティア姫が捕らえられている。

そう聞き出した建物の地下の一室。


そこには、クリティア姫が確かに捕らえられていた。

でも、縄で縛られている訳でも、拷問を受けている訳でもない。


自由を与えられていた。

ただ、クリティア姫は逃げ出す事も無く、一人の少年の前で泣いていた。


おかしい事だらけだ。


ここまで来る過程で、見張りと会うことも無く、部屋には鍵すらかかっていなかった。

むしろ、ここまで来いと言われている様な感じだった。


そしてその想像は、間違っていなかった。


僕がこの地下室に入った途端、ローブを纏った男と黒い布で全身を覆った男たちがどこからともなく現れたのだから。



「罠ではありませんよ。貴方が町で暴れたと言う報告を受けまして、もしかしたら、お越し頂けるかもしれないと思いお待ちしておりました」



ゆったりとしたローブを羽織い、笑みを絶やさない男が僕に告げる。


胡散臭い。

それが僕の第一印象だ。


何を考えてるか読めないし、なにより体から感じられる魔力が凄く気持ち悪い。

直感的な勘だけど、こいつは危険だって体から警告が出ている気がする。



「これは自己紹介が遅れました。私はメリス教を信仰しておりますディエスと申します」

「聞いた事ないですね」

「おや?やはり聞いたことありませんか」



何だメリス教って。

知るわけない、興味もない。


自分が信じている宗教ごときが有名だと思うな。



「確かに、奴隷王の名と比べればまだまだかもしれませんね」



……こいつ。

僕の事を知っている。

ここで殺さないとダメな人間だ。


僕はそっと剣の柄に手を伸ばす。



「ああ、我々は争う気はありません。二人をお助けするのなら邪魔はしませんよ。勿論貴方の存在を快く思わない人達は追っ手を差し向けるでしょうが、私は一切関与致しません」

「信じると思いますか?」



僕は剣を抜き、構える。

後ろに控えていた黒服の男達が前に出てくる。



「どうしても戦うといういのであれば、我々は全力で抵抗しますよ?殺されるのは嫌ですからね」



ディエスと名乗った男は、決して笑みを崩さない。


余裕だと思っているのか。


僕がここで全力を出せば、ここにいる全員倒せる自信はある。

でも、それをやったらもう僕は動けないと思う。


ただでさえ、ここまで来るのにかなりの労力を使ってしまったのだから。



「逃げるのであれば、体力を温存した方がいいと思いますよ?そこで提案があるのですが聞いては頂けませんかね?」



僕の心を見透かした様な言葉。

嫌な奴だ。



「必要ありませんよ。何をしても逃げ切ってみせますから」



こんな奴信用する訳が無い。

敵地で信頼出来る人間なんているわけがないのだから。


僕は視線を男たちに向けたまま、クリティア姫の傍まで移動する。



「逃げますよ。動けますか?」

「……イヤ」



僕の小声での問いに、クリティア姫は首を横に振って答える。



「……私はここに残らないと。……この子は母親を助けたいと願っただけ。それに私が逃げればこの子はもっと辛い目に合う」



クリティア姫はニトの前で泣いていた。


ただ、足が切られ、目を潰されたニトを連れて逃げるという選択をとる事は出来ない。

そして、ニトの母親を救うという選択も。


もう、ニトの母親はこの世にはいないのだから。



「……ニトがいる限りここを動けなんですね?」



僕の問いにクリティア姫はコクリと頷く。



「わかりました」



僕は敵に向けていた剣を素早く翻し、ニトの胸に突き立てる。

ニトはうめき声も上げる事無く、ピクリを上下に小さく跳ねて絶命した。



「何をしてるの!!!」

「貴方を救うためです。後からいくら恨んでくれても構いません」



クリティア姫は絶叫し、僕に掴みかかる。


僕の行為は、ただの人殺しだ。

怒る気持ちも理由も分かる。


でも今は、どんな事をしても助ける。

そう僕は覚悟したから。



「何言ってるの?貴方正気なの?」



クリティア姫は僕に向かって大きく手を振りかぶり殴ろうとする。

僕はそれを容易く避けると、クリティア姫の顎に掌底を叩きこむ。


クリティア姫は、その一撃で簡単に意識を失っていた。



「……今は議論をしてる暇はありませんから」



僕は、気絶したクリティア姫を担ぐ。

人を担いだ状況では満足に戦えない。


これで”逃げる”以外の選択肢は無くなった。



「……素晴らしい!」



ポツリとそんな声が響いた。



「いやいや、誤解していましたよ!!素晴らしい!!!」



それはディエスと名乗った男が発した言葉だった。



「ああ、そんな警戒なさらないでください!ええ、私は貴方が大変気に入りました。ここから無事にお二人を逃がすとお約束しましょう。私の信望するメリス神に誓って」



周りの黒服の男達を後ろへと下がらせ、司祭風の男は前に出る。



「罠なら殺しますよ?」

「いえいえ、罠などではありません。言った通り私は貴方が本当に気に入ったのです」



ディエスは目を大きく見開き、少し興奮した様子だった。




「貴方はもはやこちら側の人間です。目的の為にはどんな犠牲を払おうとも動じない。正義感、道徳という概念に捕らわれ、ただ目的を見失う汎用な人間とはまるで違う!」



勝手にテンションをあげていく。

何がそんなに琴線に触ったのか知らないけど。



「どうです?私たちの仲間になりませんか?仲間になれば、そのクリティア様も好きに出来ますよ?それどころか、貴方の名声をもってすれば帝国の王にだってなれる。悪い条件ではないでしょう?!」

「興味ありません」

「そんなはずありません。人には欲がある。認められたい。美しい異性を物にしたい。全てを思い通りにしたい。ただ、それを全人類が行ってしまえば、世界の秩序は簡単に崩れる。だからそれは、正義感や倫理感といった枷で封じられてしまっているのです。貴方ならわかるでしょう?!」



ディエスは興奮した様子で話し続ける。

さっきまで浮かべていた微笑も消え、目が輝いているように見える。



「たった一度の人生です。好きに生きたいとは思いませんか?少なくとも私はそうやって生き、毎日が輝いていますよ?」

「そうですか。でも、僕とはまるで違いますね」



別に否定はしない。

そうやって生きている人もいると思う。



「たった一度の人生だから、僕を救ってくれた、慈しんでくれた人の為に生きる。少なくても僕を愛し、救ってくれた人たちがその行為を後悔しない様に生きる。それが僕の信念です」



僕がここにいるのも。

生きることが出来るのも、全ては沢山の人が僕の命を繋いでくれたからだ。


その人達に顔向けできない行為は、何があっても出来るわけが無い。

僕を愛し慈しんでくれた人を裏切る行為は、無駄に死ぬより、最低で悪質な行為だと思うから。



「おや、見解の相違ですね」

「だったら、どうします?ここで捕らえますか?」



ディエスと名乗った男は、腕を組み残念そうな表情を浮かべていた。

嘘でもいいから、話に乗っかるべきだったかと、少し後悔する。



「いえいえ、ここから自由に出て行って頂いて構いませんよ。全力で逃げる補助を致します。勿論、貴方がこの件に関与したという事実は私が出来うる限り隠蔽しましょう」

「そうですか」



なら、殺す必要はない。

当然、嘘かもしれないが、クリティア姫を抱えたまま戦うという選択の方がありえない。



「なら、僕は帰りますよ」



僕は部屋を出るためにわざと男たちに背を向ける。

何かあればすぐに動き出せるように体のバネを溜めながら。


ただ、だれも僕の事を止める気配は無かった。

どうやら、逃がす。というのは嘘ではないらしい。



「ああ、最後に一つだけ宜しいでしょうか?」



部屋から出る間際、ディエスが僕に尋ねる。



「貴方、ニホンから来た方でしょうか?」

「なっ……」



思わず足が止まってしまった。

何故、ニホンという単語がこの男から出てくるのか。


驚きすぎて疑問の声すらあげる事ができなかった。



「なるほど、十分な答えです。それに、逃げるなら急いだほうがいいですよ?放っておけば人が来ます。特に貴方は町で盗賊ギルドの人間を殺したようですからね、このまま逃げられればメンツが立たないと憤るでしょう。我々はギルドにまでは関与できません。それでもここで時間を潰しますか?」

「顔……覚えておく」

「光栄です。もう一度言いますが、私の名はディエス。貴方のお名前は?」

「……フィス」



このディエスという男。

もっと問い詰めたい衝動に駆られるけど、今はそんな事してる場合じゃない。


僕は小さく首を振り、地面を蹴る。

クリティア姫を背負いながら。



「ああ!残念です!もっとお話ししたいのですが、いけませんね。これは欲です。もうすでに器は揃いここでの目的は終えているのですから」



フィスのいなくなった部屋で、ディエスはつぶやく。

ただ、その表情は喜びに満ちているかのようであった。



------------



「貴方のせいで!!」



クリティア姫は目を覚まし、自分の足で地面に立っている。

というのも、目覚めるなり”降ろせ”と僕の背中で暴れたからだ。



「貴方程の力があれば、あの少年を助けることは出来たでしょう?!!現になんなく国境を越える事が出来た!!何故、その力を人助けに使わないのです!!どうして正義を貫こうとしないのですか!!」



そして、降りた途端、目に涙を溜めながら僕を責め立てる。



「その力を正しく使えばお兄様だって救えたのではないですか?!」



僕にそんな力は無い。

そう反論したかったけど、僕は何も言い返さない。

今は少しでも体力を温存したいから。


敵地に一人で侵入し、クリティア姫を救い、そして背負って国境を越えてきたんだ。

とっくに体力の限界は超えている。


正直、もう疲れ果ててうずくまりたい位だ。



「……どうして……どうして」



ただ、クリティア姫は僕を責め続ける。

気持ちは分からない訳じゃない。


罪の無いニトを目の前で殺した。

恨まれる理由としては十分にある。



「貴方には心の底から失望しました。これはお願いです。どうか2度と私に近寄らないでください。貴方を正式に近衛隊から解雇します」



クリティア姫が宣言した、その背後には黄色に輝く朝日が上る。

ただ、その朝日は横に大きく広がった土煙も映し出していた。


そして、その土煙は一直線へこちらに向かってくる。


”特に貴方は町で盗賊ギルドの人間を殺したようですからね、このまま逃げられればメンツが立たないと憤るでしょう”


ふと、ディエスという男の発した言葉が頭をよぎる。

その言葉のおかげで、あの土煙の正体の予測がついた。



「……いい加減にしろよ?」

「えっ?」

「散々我儘言いやがって、助けてもらって何だよその態度は!!」



僕は怒りをこめて叫ぶ。

ただ、それだけでクリティア姫は怯え、二歩、三歩と後ずさる。



「もう貴方の近衛隊なんてこっちから願い下げだ!ここからは一人で走って村まで帰れ!もし途中で歩いたら今度は僕が貴方を殺しますよ!」



クリティア姫は小さな悲鳴を上げ、腰から地面へと崩れ落ちる。



「後、近衛隊長に朝日の方向から土煙が上がっていると伝えろ」

「なっ……そんなの貴方が自分で……」

「分かったらさっさと行け!!!殺されたいのか?!!」




僕は殺気を込めて、本気で罵る。

クリティア姫は反論することも無く、涙を流しながら村へと駆けて行った。


ただ、その速度もすごく遅い。


あっ、転んだ。


……多分、運動するのも大声で反論されるのも慣れてないんだろうな。



「でも、このままじゃ追いつかれるな。それにかなりの数だ」



僕はクリティア姫が走っていった方向から視線を外し、その真逆。

朝日の方向をにらめつける。


湧き上がっていた土煙は、大きくそして横に長くなっていた。

きっとあの煙の下には大勢の追手がいる。


そして疲れきった今の僕では彼らに勝つことなんて到底出来ないだろう。

でも、時間を稼ぐ位は出来る。



「……ごめんね……ルーチェ」



ふと、一人の女性の顔が脳裏に浮かび上がる。


僕はそれを消し去るように首を振り、土煙の方向へ走る。

少しでもクリティア姫や村から離れる為に。



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