2-3 王城内部 1
初めて見る豪華な部屋だった。
床の中央に道の様に敷かれた赤い絨毯。
壁には光る石のような物が埋め込まれ、部屋を明るく照らしている。
ここは王座の間。
最も目立つ場所にこの国の王が座り、脇には沢山の兵士達が控えている。
王座への道を示す赤い絨毯の脇には、ドレスを着た女性達とその従者たちが一列に並んでいる。
僕は王座の前でルーチェと共に片膝を床につけ、頭を下げていた。
ただ、そんな僕に兵士達からは侮蔑の籠った視線が。
そして、女性た達からはあからさまな敵意が投げかけられていた。
理由は簡単だ。
僕らをここまで案内してくれたローゼルさんが、僕とルーチェの紹介をしてくれているのだ。
奴隷上がりの剣闘士だった事。
そこで勝ち抜き自由の身となり、この場所にやってきた事。
そして、この国の王子であるアィールさんと共に奴隷として過ごし。
その過程で、アィールさんの首を跳ねた人物が僕だという事を順を追って説明してくれている。
その結果がこれだ。
侮蔑や敵意の籠った視線が僕へと注がれている。
「よくぞ息子の最後を教えてくれた。その労に報いる報酬は出そう」
そんな周りの雰囲気を無視し、国王は淡々と告げる。
その国王の態度と声が教えてくれる。
周り人達とは違う。
僕に大した興味も持っていない事を。
泣いて歓迎されるとは思っていなかった。
むしろその逆。
最悪、僕がこの国の王子であるアィールさんを殺した事を責められる位は覚悟していた。
ただ、目の前で起きている現実は、そんな僕の予想とは全く違う。
国王は僕になんの興味も持っていない事がはっきりとわかる。
「では、下がるがよい」
感情の籠らない国王の冷淡な言葉。
全身から血の気が引いていく。
これじゃあ、なんの為にここまで来たのか分からない。
「待ってください!」
何があっても王の許可なしに発言してはいけない。
それは、僕をここまで案内してくれたローゼルさんから事前に教えられていた事。
僕はそれを無視して叫んでいた。
当然、周りはざわつき周りの視線が僕へと注がれる。
「報酬なんていりません。ただ、僕にクレセント王子の遺言を守らせて下さい!!」
そんな僕の言葉に、周りは騒然とする。
はっきりとした怒りの感情が辺りに渦巻いている。
”無礼者!!”
そんな罵声すら響き、辺りが騒然とし始める。
それを国王は右手を掲げ静めていた。
「クリティアを守りたいと?」
「はい」
国王の問いに、僕は短く頷く。
クリティア。
この国の王女であり、アィールさんの妹。
僕がここに来た唯一の目的でもある。
「嫌です!!」
叫ぶような声を上げ、脇から一人の女性が飛び出してくる。
綺麗なドレスを纏い、艶のある長い金髪をなびかる女性。
「お兄様を殺した大罪人に守られる必要などありません!!」
その言葉で分かった。
この人がクリティア。
アィールさんの妹だ。
「お父様!どうしてこの者を捕えないのですか?お兄様を殺した張本人なのですよ?!」
怒気を孕んだ声。
それは容赦なく僕の心を刺す。
「……フィスと言ったな。クリティアはこの通りお前の事を嫌っておる。下がるがいい」
王様は淡々と告げる。
僕はそれに反論するどころか、返事の言葉すら紡げなかった。
国王の言葉通りだ。
僕の意思など関係ない。
本人が嫌がっているのであればどうしようもない……。
「良いのではないですか?父上」
ふらりと現れる一人の男性。
クリティア王女と同じ金髪に、聡明そうな顔つき。
”父上”という言葉から察するに、多分、アィールさんの兄。
第1王子か、第2王子のどちらかだと思う。
「曲りなりにもこの者は帝国最強と呼ばれた剣闘士。”奴隷王”と称される人物です。”奴隷王”の噂を知らない者などこの中にいないでしょう。そんな人物を我が陣営に引き入れられる。これは我が国にも利のある事かと」
その金髪の男性は、わざとらしく周りに宣言するように言葉を紡ぐ。
ただ、不思議と嫌悪感はない。
自然な振る舞いにも、どこか威厳があり、王族という言葉がしっくりとくる人だった。
「絶対に嫌です!私はこんな野蛮な男が近くにいるなど耐えられません!」
「いいかいクリティア。この者が帝国側に帰れば、我が国にとって利になるどころか、脅威に成り得る存在になってしまうんだよ?」
「そんなのお兄様を殺した罪を問えば!」
クリティア王女はその白い肌を赤く染め上げて反論していた。
時折僕を見る視線には、完全に敵意が籠っている。
「罪……か。なら教えてく欲しい。彼もクレセントも剣闘士として売られ、戦いあった。それの何処が罪なんだい?」
「でも!!」
兄と妹。
王族である二人は、それぞれの意見をぶつけていた。
兄は冷静に、妹は感情的に発言している……ように思う。
「クリティア……いつまで子供でいるつもりなんだい?」
金髪の男性。
この国の王子は、溜息をついていた。
「ですが、この者は仇です!お兄様を殺した仇なのですよ!!」
「……ならばこうしよう。この者を配下にし、教育し、我が国の利になるような人物に育てなさい」
「嫌です!だれが!」
「これはお願いではないよ。君も王族なら私を捨て、国の利益を考え行動しなさい」
「……っ!」
「いい加減大人になりなさい。クリティア」
クリティア王女は黙ってしまう。
顔を赤くして、目には涙を浮かべながら。
王子は口調こそ優しかったが、内容は厳しく反論を許さない物だった。
「父上も良いですね?」
「……好きにせよ。但し何かあった場合の責任はお前が取れ」
「かしこまりました」
「では、今日はこれまでだ」
国王はそう宣言すると、つまらなそうに席を立ち部屋から退出してしまった。
周りの人間も僕を一瞥し、声をかける事も無く立ち去っていく。
「話は決まったね。すぐに部屋を手配しよう。君はこれからはそこで生活するといい」
そんな中、王子は傍までやってきて、僕の肩にポンと手を置いた。
僕は慌てて頭を下げる。
感謝しなきゃいけない。
そう思うんだけど、怒涛の展開すぎて何を言えばいいのかすら思い浮かばなかった。
「さて、貴方はどう扱えばいいのかな?」
王子はルーチェの方に向きなおす。
……どうしよう。
流石にもう一部屋貸してくれとも言えないし。
近くの宿で待機してもらう……とかかな?
「俺はこの国にも姫さんの護衛にも興味は無い。フィスの身の回りの世話をさせてもらえればそれでいい。あと、部屋も同じで良い」
「ちょっと!」
僕は慌ててルーチェの口を押える。
確かに、ルーチェの口調はいつもこんな感じだけど
王子の前でさすがにその口調はない。
冷静に考えれば、いや、冷静でなくても有り得ない発言だ。
「面白いね。君は」
王子は笑う。
そして、気にしなくていい。と僕に告げる。
「わかりました。貴方は客人として扱いましょう。何か不自由が仰って下さいね」
王子はルーチェの失礼な言動や口調に嫌な顔一つする事も無く、ルーチェの前で膝をつく。
そして、手を取り軽く口づけする。
その一連の所作は、あまりに自然だった。
僕は勿論、当人であるルーチェでさえもただ呆けて見ている事しか出来ない位に。
「よくぞ我が国にいらして下さいました。お二人とも歓迎しますよ」
王子は少し首を傾け、微笑んでいた。
なんていうか、いちいちカッコいい。
見た目がちょっと田舎者ぽいアィールさんとは根本的に違う気がする。
アィールさんは剣闘士の仲間に王族だって言って笑われた過去があるけど
この人だったらきっと納得してしまうと思う。
気品もあって、見た目もカッコいい。
そして、頭の回転も速く、人への配慮も忘れない。
全てにおいてアィールさんとは全然違う。
どうしてこの人とアィールさんが兄弟なんだろう。
そう考えずにはいられなかった。
◆
「あー……肩が凝る」
「どうしたの?」
「俺は堅苦しいのなんて大っ嫌いだ。そもそも作法なんて、あんなの覚えて腹が膨れるのか?何か意味があるんだ?」
ルーチェはベット飛び込む。
不機嫌そうな顔からは次々と愚痴や不満が零れていた。
僕らは用意された部屋に案内され、どうにか息の詰まる王座の間から逃げ出せていた。
用意された部屋は客室用の凄く良い部屋で、ルーチェが飛び込んだベットは、ルーチェの体重をよく吸収し包み込むように沈んでいる。
「……そうだよね」
ただ、僕はルーチェの様にベットに飛び込む気には到底なれなかった。
椅子に座り、何もない床を見つめてしまう。
「ショック……だったのか?」
「……うん。分かってた事だけど。僕はアィールさんを殺した張本人なんだよね」
「言ってたな。フィスの事を仇だって」
沈黙が流れる。
アィールさんの妹である、クリティア姫から言われた言葉。
”お兄様を殺した仇”
その言葉に間違いはない。
目を瞑れば、どうしても思い出してしまう。
あの時、申し訳なさそうな顔をして、剣を引いたアィールさんを。
そして、その首を切り落とした感触を。
この記憶はいつまで経っても少しも褪せる事は無い。
「こんな人間に姫様を守る資格があるのかな……」
「辞めるなら、辞めちまえよ。俺は何処に行こうがフィスについていく。だから、フィスは自分の納得出来るように行動すればいいさ」
ルーチェは僕の顔を見て優しく微笑む。
今はその優しさがありがたい。
「……ありがとう」
ほんの少しだけ、上向いた僕の沈んだ気持ち。
それをノックするように”コンコン”と、部屋の扉が音を立てる。
「少しよろしいでしょうか?」
「あっ!はい、どうぞ!」
遅れてやってきた言葉に急かされる様に、僕は慌てて席を立つ。
ルーチェもベットから跳ね上がるように起きていた。
ガチャリ。
金属が擦れる音と共に扉が開く。
現れたのは、兵士だった。
フルフェイスの兜を被り、全身鎧に身を包んだ兵士。
その後ろには、僕らの世話をしてくれたローゼルさんが控えている。
鎧を着た兵士は遠慮する事無く部屋に入ってくる。
そして、ローゼルさんは部屋に入るなり、早々に扉を閉め、鍵をかけていた。
「大丈夫で御座います」
ローゼルさんは兵士に畏まる。
それと同時に兵士は、おもむろ兜を脱ぎ床へ置いていた。
「国王……様?」
兜を脱いだ兵士。
その姿には見覚えがある。
というか、さっき会ったばかりじゃないか!
「どうか、この事はご内密に」
ローゼルさんは僕に頭を下げる。
反射的に僕も頭を下げてしまう。
ああ、違う。
こんな事してる場合じゃない。
「どうして王様がここに?!」
「何、ちょっと話したくてな」
驚く僕に、国王はフランクな口調で言う。
さっきまで僕をつまらなそうに見ていた人と同人物とは思えない変わりぶりだった。
「座ってもいいか?鎧が重くてな」
「はい!勿論です!」
僕は部屋にあった椅子を国王に勧める。
勿論、ローゼルさんにも。
ただ、椅子は部屋に3つしか無かったので、最後の一つには僕が座り、ルーチェはさっきまで寝ていたベットに腰を掛ける。
「さっきは済まなかった。息子が願いを託した人へ無礼な振る舞いをしてしまった」
椅子に座るなり、国王は僕に謝罪の言葉を述べる。
「いえいえ!!辞めてください!僕なんかに!!」
僕は両手をぶんぶんと振ってしまう。
流石に僕でも分かる。
国王が、奴隷上がりの人間に謝罪する事がどれだけ非常識だという事を。
「話は聞いておる。クレセントがお主の中にいるのだとな」
「えっ?」
思わずローゼルさんを見る。
ローゼルさんは、ゆっくりと微笑みながら頷くだけだった。
「信じてくれるんですか?」
「ローゼルは嘘を付く人物では無い。特に私にはな」
国王は笑う。
それだけで、ローゼルさんと国王の信頼の強さが分かってしまう。
「さて、早速だが本題に入ろうか」
国王は木製の机の上で手を組む。
鉄製の甲手が擦れ合い、ガチャリと音を立てる。
「知っての通り我々は先の戦いで負けた。その結果、国内はこれ以上ない位荒れておる。我が息子達はそれぞれ得意な分野で助力してくれていはいるが、それでも国内の不満は膨れるばかり。それはもういつ爆発してもおかしくない」
「えぇ……」
いきなり何の話かと思えば。
この国の現状が良くないのは、この街に入った時から分かってる。
王都とは思えない廃れ様だったから。
「国は荒れ、民は生きていけない程に追い詰められている。その責任は国王である私にある。それは当然の事。ただ、その不満は新しい争いの火種となり、今も燃え盛らんと王宮内に燻っておる」
「えっと、どういう事でしょうか……?」
何を言っているのか良く分からない。
話も突然すぎてついていけないよ。
「簡単に言えばだ。このおいぼれだけでなく王子や王女を殺し、新しい国を興そうという動きがある」
その国王の言葉は、僕の想像を超えていた。
国を興すとか、僕に分かる話じゃない。
政治の事。
それはよくわからない。
でも、僕なんかがどうにか出来る問題ではない事は分かった。
「少し話がずれてしまったな」
国王は小さく首を振り、息を吐く。
「恥ずかしい話だが、今の私は王という立場にありながらもはや、クリティア一人守る力も無い。クリティアを守ろうと、特別な対応をしてしまえば、それを元にまたよからぬ輩が不満の声を強めるだろう。国よりも娘を優遇するとは何事だ!とな」
難しい問題だった。
僕なんかにはまるで理解出来ない程に。
「だから、先ほどもああいった態度しか取れなかった。許してくれとは言わんが、どうか理解してほしい」
「気にしないでください!僕は全然気にしてませんから!!」
僕は慌ててフォローする。
気にしなかった。と言えば嘘になるけど、そういう理由があるなら仕方ない。
「というか、こうやって説明しに来て下さっただけでも十分です。ありがとうございます!」
僕は頭を下げる。
鎧を着て兵士に変装までして、国王が訪ねてくれたんだ。
それ以上、望む事なんて無い。
「貴公は優しいのだな」
国王は目を細め僕を見る。
皺だらけの目。
それはきっと、苦労の数なのかもしれない。
「やはり、貴公にクリティアの事を頼みたい。あの娘はまだ何も知らん。政治の道具に利用されるならまだしも、ゴタゴタに巻き込まれ命すら落しかねん。既にそういった予兆は何度か起きておる」
「えっ?」
「未遂で済んだがな。既に何度か命の危機はあった」
「そんな……」
言葉が出なかった。
何かあるとは思っていたけど、そんな事まで起こっているだなんて。
「でもそれなら、それを理由にクリティア姫の守りを固めれば」
「証拠が無いのだ。王宮内では、証拠が無ければそれは何も起きてないのと変わらない。さもなければ冤罪などで簡単に他人を陥れる事が出来てしまう。むしろ敵はそれを望んでいるのかもしれぬからな」
国王は残念そうに首を振る。
「王というのは難儀な物だよ。大勢を救う為に自身を殺さなければいけない。息子を見殺しにし、娘すらも満足に救う事が出来ん」
王様の甲手がギュと握られ、小さな金属音が鳴る。
どれだけ悔しいのか伝わってくる。
そんな国王の姿を見て、僕はなんだが……安堵してしまった。
応接間で会った国王と目の前にいるこの人は全然違う。
優しい。
ちゃんと、アィールさんの父親だって分かる。
「大丈夫です。僕はその為にここに来たんです。クリティア様を守るために」
「……頼んだ私が言うのもなんだが、それは生半可な事じゃない。恐らく、いや確実に、貴公は様々な人間から疎まれる。敵国から来た人間を徴用するなど本来なら正気の沙汰ではないからな」
「大丈夫です。絶対に守って見せます!」
僕は軽く胸を叩く。
自慢じゃないけど、自分でも強くなったと思う。
「無礼なのは承知で言わせてもらう。貴公に対する様々な妨害はきっと想像を超える物だ。それをワシやローゼルでは庇う事すら出来ん。その上で、クリティアを守らなければならない」
国王は真っすぐ僕の目をみつめていた。
試されている。
そう思ってしまう位、鋭く厳しい視線だった。
「ええ、それくらいなんともないです!それに、僕は元々奴隷です。奴隷は虐げられることには慣れてますから!」
僕は笑った。
その国王の視線を正面から受け止めて。
さっきまで、僕はクリティア様を守れるのかと悩んでいたけど。
今は、その迷いも綺麗に晴れた!
「……奴隷という経歴を誇る人間など初めて見たな」
「奴隷時代は、僕の誇らしい経歴ですから」
嘘じゃない
奴隷時代にアィールさんと出会い、そして沢山の仲間と知り合った。
これは、僕の誇れる大切な経験だ。
「不思議な人間だな、貴公は」
ふっと国王は笑いだす。
それは、自然に溢れた笑みに見えた。
「では、ちゃんと筋を通すべきだな」
国王はそう言うと、席を立つ。
そして、そのまま床に片膝を付き一礼する。
その動作は、僕がさっき応接間で国王にした挨拶と同じ。
階級が上の人間へする挨拶だ。
そして、国王はそのまま。
片膝をついたまま僕に頭を下げる。
「この通りだ。弱弱しい爺の頼みを聞いてほしい。他の王子達は自立出来る力も知恵も授けた。ただ、クリティアはまだ世間の事も何も知らぬし、知恵も持たん。知恵と力を得るまででいい。どうか守ってやってほしい」
「ちょっと!顔を上げてください!!不味いですよ!!」
僕は慌てて国王に頭を上げる様にお願いする。
有り得ない。
国の王がこんな奴隷上がりの人間に頭を下げていいはずがない。
「私には満足に報酬すら出す事も叶わない。私に出来る事はこんな事しかない」
「十分です。僕は報酬なんていりません。もう十分過ぎる位アィールさんから貰いましたから!」
「アィール?」
ああ、しまった。
クレセント王子と言うべきだったか。
もう、国王の突飛な行動のせいでそんな配慮出来ないよ。
「クレセント王子の事です。陛下」
ローゼルさんが横から口を挟む
「はい。僕の一番大切だった人です。この世の地獄から救ってくれた恩人です。その恩人を僕はこの手で殺しました。だから、恩人の最後の願いを叶えるのは僕の役目です」
さっきまで気持ちが揺らいでいたのが嘘みたいだ。
なんで、ここに来たのか。
何故、アィールさんとの約束を守ろうとしたのか。
その答えはシンプルだった。
僕を命を賭けて救ってくれた人の最後の願いだから。
僕も命を賭けて全うする。
それだけだった。
「フィス殿。貴公ともう少していたい、時間はあるのか?」
「えぇ、勿論です!」
僕は即答する。
その答えに国王は満足そうに頷き、後ろに控えていたローゼルさんを呼び寄せる
「ローゼル鎧を外してくれ。それと、簡単な食事と飲み物を頼む」
「かしこまりました」
ローゼルさんは、テキパキと国王の鎧を外し、部屋を出ていく。
自分が出ていったあと、ルーチェにしっかりと鍵をかける様に言い残して。
「さて、貴公とクレセントの出会い、そして、最後を聞かせてもらえないか?」
「勿論です」
国王は鎧を脱ぎ、下に着ていた質素な部屋着というラフな格好のまま椅子に座りなおす。
僕も、もう一度深く椅子に座りなおし、国王と対峙する。
さっき。
王座の間で会った時の様な拒絶感なんてまるでない。
まるで昔からの知り合いの様な感じすらする。
「きっかけは、素っ気ない塩のスープでした……」
僕は自分の記憶をなぞる様に話し始めた。
アィールさんとの出会いから順に、ゆっくりと。
途中、食事や飲み物を持ってきたローゼルさんを加え僕は全てを話した。
僕の中に眠るアィールさんの魂。
ここにいるルーチェの事。
そして、アィールさんの魂を犠牲にして行使する4種の魔力を合わせた強化魔法の事。
僕の知りうる全てを。
国王。いや、アィールさんの父親はそんな僕の話を丁寧に聞いてくれた。
その一つ一つに頷き、そして驚きながら。
途中、懐かしさの余りに笑いあい、そして涙した。
結局、夜遅くまで僕らは話した。
胸の底から暖かくなった時間だった。
窓の外の闇が薄くなり、雲が赤みを帯びた時、僕は目の前にいる人達に再度誓った。
アィールさんの遺言。
そして、今日国王と交わした新たな約束を必ず守ると。
◆
朝霧が残る城内の庭園。
そこは城内の中央に位置し、手入れのされた木や花が並ぶ場所
「本日から護衛の任につくフィスです。宜しくお願いします」
僕はそこで、頭を下げていた。
白く輝く磨かれた鎧に、白い鞘に収まった剣を帯びた騎士達に向かって。
人数は決して多くない。
4人程度。
その後ろには見習いと思われる槍と簡素な鎧を着た兵士が数人いる。
それも、全てが女性だ。
それもそのはず。
ここにいる騎士や兵士は、姫の警護を担当するのだから男の方が珍しい。
それに、人数こそ少ないけど騎士達は、全員が魔法や剣を扱え、それぞれ魔法か剣に強みを持っているという事になる。
魔法を使える人間が貴重なこの世界なら、決して少ない人数ではない。
「では、新人はここで見張りをお願いするわ」
一人の女騎士が僕に言う。
ウェーブのかかった髪をなびかせ、僕を冷たい視線で見下す女性。
この部隊。姫の護衛を管理する隊長だ。
「そうね。今から太陽が落ちるまででいいわ」
「えっと、何をすれば?」
「ただ、立って見張っているだけでいいわ。貴方でも出来る簡単な仕事でしてよ?」
周りの騎士や兵士たちから、堪えきれない笑い声が聞こえてくる。
いや、堪えるつもりも無いんだと思う。
今はまだ、朝霧が残る早朝。
そしてその日が落ちるまで、僕はただこの何もない庭園で立っていなければいけない。という事になる。
「まさか、私の命令が聞けない訳ではないでしょうね?」
「……いえ、わかりました」
「では、早速お願いしますわね。他の者は詰所に行きますわ。本日の警護の確認をします」
隊長が宣言すると、他の騎士や兵士達は僕を残して皆去っていった。
うん……国王の言っていた通りだ。
”貴公は様々な人間から疎まれる”
その言葉を思い出す。
確かに僕は歓迎などされていない。
邪魔だと思われてるんだろう。
「ふ~~~っ」
僕は胸に残った息を大きく吐き出してく。
「よし!やるか!」
うん。
こんな事大した事じゃ無い。
僕は気持ちを切り替えて、ただ何もない庭園で城内を監視する。
人が歩く以外は何の変化もない庭園を。
ただ、時間の流れは著しく遅かった。
それでもきっと、しっかりやり続ければ他の人の目は変わる。
そう思い僕は気合を入れた。
ただ、そんな僕の思惑は日を追うごとに崩れていき、騎士や兵士達からの嫌がらせは加速度的にエスカレートしていった。