25、無力と非力
「こいつらは金で雇われたただのゴロツキじゃて。何も知らんじゃろうな」
地面に倒れ気絶している若者達。
セネクスさんは、それを杖で執拗に突く。
ルーチェが僕たちから奪った金を受け渡すはずだった場所。
僕たちはそこへ行き、ルーチェの家族である子供達を助け出す。
……はずだった
実際に、その場所に来てみれば子供たちの姿は無く。
金で雇われたならず者達がいただけ。
それだけだった。
「しかし、これでは子供達は......」
「見つけ出しますよ。何としても」
僕は拳をギュときつく握る。
ゼノンさんが口にした不安。
それは分かってる。
みんな同じ思いだと思う。
でも、今はそんな事言ってられない。
例え、この広い王都を一軒ずつ回ってでも、見つけ出すしかない。
「ふむ、闇雲に動いても無駄じゃな……」
セネクスさんは、腕を組み何か考えているようだった。
どんな考えてもだっていい。
1秒でも早く行動に移したい。
僕はそんな気持ちを抑えるので精一杯だった。
「お~い!!」
その時、僕らの後ろから響く声があった。
「……ディーンさん?!」
声の主。
それは僕たちの仲間。
盗賊上がりの剣闘士、ディーンさんだった。
「やっと見つかった。探したぜ。お前達いきなりコロセウムからいなくなるからよ」
ディーンさんは上体を前に倒し、手を膝につく。
息は荒く、肩を大きく上下させて呼吸していた。
それほど、必死に僕たちを探してきた。という事なんだろう。
「どうしたんですか?」
「いいか、落ち着いて聞けよ」
荒い息を飲み込み、ディーンさんは呼吸を整える。
「ルーチェがさらわれた」
ディーンさんの言葉。
僕はそれが理解できなかった。
ただその言葉は、乾いた地面に撒いた水のように確実に僕の体の中に入ってくる。
「何でコロセウムにルーチェいたのかは知らねぇ。ただ、コロセウムから運ばれていくのを俺は見たんだ。あれは間違いなくルーチェだった」
信じられなかった。
だって、ルーチェはセネクスさんの部屋。
コロセウムの一室にいるはずだ。
「……コロセウム内に裏切者がおるとルーチェは言っていた。確かにその者ならルーチェを攫うことが出来るな」
セネクスさんは冷静に告げる。
眩暈がする。
僕は思わず片膝を地面についてしまった。
なんでこんな事ばかり起きるのか。
僕はついさっきルーチェを助けるって約束したばかりじゃないか!
それなのに……
「どうしてこんな事に!!」
僕は拳を硬い地面へと振り下ろす。
手加減を忘れた僕の拳。
手の皮が剥ける感触とジンとした激しい痛みが伝わってくる。
だけど、今はそんな物はどうでもいい。
どうして気が付かなかった。
裏切者がいるってルーチェは言ってたじゃないか……。
何でここにルーチェを連れてこなかった……
例え危険だって、僕達の傍から離すべきじゃなかった。
「おいおい、俺の前の職業を忘れてないか?」
ディーンさんは少しおどけて自慢げに言う。
何で今そんな態度を取れるんだ。
そんな怒りが僕の心に沸き起こったが、それはすぐに真逆の感情。
希望へと変わってしまう。
「もしかして……」
「ああ、ちゃんとルーチェが何処に運んだかまで調べてきたさ」
「あ……あぁ……ありがとうございます!!」
やっぱり!
流石ディーンさんだ!
忍び足などの盗賊の技術は戦場以外の方が役に立つ。
前にそう教えてくれたけど、その通りだと心から実感する。
「お前、俺の技術を疑ってただろ?」
「いえ、凄い技術だと改めて再確認しました!本当にありがとうございます!」
僕は頭を下げお礼を言う。
本当にディーンさんがいてくれてよかった。
「まぁ、いいけどよ。直ぐに案内してやる。爺も来るか?」
「勿論じゃ」
「そうだろうな。で、そっちの旦那は?」
「……同行させてもらう」
ゼノンさんの言い方はどこか冷たかった。
なんていうか、愛想の欠片もない。
僕やセネクスさん以外の 仲間にも、もう少し愛想良くすればいいのに。
まぁ、今はそんなのどうでもいい。
一秒でも惜しいんだから。
「あの、早速……いきませんか?」
「焦るなって。焦れば上手くいくものもいかなくなるぜ?」
焦る僕の肩にポンとディーンさんの手が置かれる。
「俺に任せておけば大丈夫だ」
そう言って、ディーンさんは僕に笑って見せる。
その笑顔が今は凄く頼もしかった。
◆
「あの倉庫ですか?」
「ああ、あの中だ」
暗闇の中にひっそりと佇む味気のない建物。
窓もなく、飾り気のない無機質な石の壁だけで作られている。
どう考えても人が住むような場所ではない。
ここに、ルーチェが捉えられている。
そう言ってディーンさんに案内された場所だ。
「いいか。ここからは明かりもつけるな。喋るな。足音でさえ気を付けろ」
ディーンさんが抑えた声で警告する。
僕はそれに首を縦に振ることで答える。
「忍び足が使える俺とフィスだけで先行する」
ディーンさんが僕の肩を軽く叩き、先行する様に促す。
確かに足音で気づかれる心配もある。
ここは元盗賊であるディーンさんに従った方が確実だ。
「待ってくれ。私は訓練されていたから夜目が効く。私も行こう」
「悪いが、足音を立てて気づかれでもしたら……」
「大丈夫だ。あれだけ厚い石壁に窓もない。そうそう足音で気づかれることはないさ」
「ん……まぁ、それもそうか」
ゼノンさんは反論し、着いてくると主張する。
僕はどっちでもいいから、はやくあの建物に押し入りルーチェとその子供達を救いたい。
「まぁ、全員でいけばいいじゃろ」
そのセネクスさんの言葉を合図に、僕らは無機質な建物へと向かっていく。
小さな足音はするが、大して気にならない。
建物の入口である扉。
そこまでやってくると、ディーンさんは針金のような物を取り出し鍵を弄る。
カチリ
小さな音がした。
ディーンさんは僕らを一瞥すると、ゆっくりと扉を押す。
ギィィィと軋む音が夜の闇に響く。
その音と共に、ゆっくりと扉が開いていく。
僕らは慎重にその建物へと入る。
忍び足が使える僕が先頭。
その後ろにディーンさんが続く。
部屋は小さな明かりが所々についてはいるが、足元などは暗くおぼつかない。
それでも、顔位は判断できる位には明るかった。
建物の中には大きな木箱が沢山並べられいて、外観よりも随分と小さく感じる。
僕は足音一つ立てずゆっくりと部屋の中に進んでいく。
「動くな!」
僕の体がビクリと跳ねる。
突然、後ろから大きな声が響いたからだ。
「ゼノン……さん?」
慌てて振り返れば、元近衛騎士のゼノンさんがディーンさんの首に剣を突きつけていた。
「何の真似だ?」
「こちらが聞きたい。これでも私は元近衛騎士だぞ?」
ゼノンさんが何を言ってるのか、まるで分からない。
ここには、ルーチェを助けに来たのであって
仲間同士でいがみ合う為に来たわけじゃない。
「その短剣を置け、フィスに手を出せば首を切り落とす」
ゼノンさんは言う。
いつの間に抜いたのか、確かにディーンさんの手には短剣が握られている。
でも、それはここの敵から身を守る為じゃないのか?
僕に手を出す?何を言ってるんだ?
「初めから怪しいと思ってた。短剣の鞘に沢山の油がついていたからな」
ゼノンさんの言った通り、ディーンさんの短剣からは粘度の高い液体が零れ落ちている。
「短剣を抜くときに音がしないように沢山の油を鞘に詰める。それは暗殺者が好んで使う手法だ。おまえの話では急いで我々を探しにきたという。であれば、いつ短剣に油を差す暇があった?」
「待てよ!誤解だ!俺はこいつを初めから持っていただけだ。ただの昔の癖だって!」
ディーンさんは必死になって否定する。
「盗賊は短剣に油を差さない。零れて手が滑ったら困るからな」
その反論を、ゼノンさんは一蹴する。
「……良く知ってやがる。まったくフィスだけなら楽な仕事なのによ」
小さく舌打ちする。
その瞬間、ディーンさんの顔つきが変わっていた。
「私は元近衛騎士だ。暗殺者の手法については、詳しく叩きこまれている」
「厄介な奴らだ。おい!出てこい!!」
ディーンさんは叫ぶ。
この声に応える様に、甲高い風切り音降りてくる。
ゼノンさんは小さく唸り、剣を引き楯を構える。
カン。
小さな金属音と共に、何かがゼノンさんの楯に当たり、地面へと転がる。
矢だった。
その穂先には、油とは違う。
色のついた液体が塗られていた。
その一瞬の隙をついてディーンさんは暗闇の中へと姿を消していた。
「これは、大した歓迎ぶりじゃな」
ディーンさんが姿を消した直後。
辺り一面に明かりがつき、建物の中を明るく照らしていく。
そして、死角となっていた木箱の影からはゾロゾロと人影が出てくる。
槍、弓、剣。
50人位はいるだろうか、全員が思い思いの獲物を手にしている。
「喜べ!!ガキを殺した奴は、金貨100枚の追加報酬が出るぞ!!」
いつの間にか、ディーンさんはその人影の中心にまで移動していた。
そんなディーンさんの声に、周りからは歓声を上げる。
「ディーンさん?嘘でしょ?」
「はっ、いつまでもお人よしだな。フィス」
頭ではわかってる。
ここまでされれば誰だってわかる。
ディーンさんが裏切者だって。
でも、信じる事が出来ない。
だって、ディーンさんは僕に盗賊の技術や知恵を……色々教えてくれて
一緒に楽しい時間を過ごしてきた仲間なんだから。
「呆れて果てる……お前のせいでルーチェは今頃、大勢の慰み者になっているんだぞ?」
その言葉に、僕の心臓がドクンと跳ねた。
「……待てよ……今なんて言った?」
僕の心の奥底から湧き出てくる。
アィールさんを殺した時に湧き出たあの……
黒くドロッとした嫌な感情だ。
「聞こえなかったか?お前のせいでルーチェは明日にでも奴隷として売られる。だから、その前に楽しんでおこうと思うのは普通だろ?」
「お前ぇぇぇ!!!」
僕は絶叫する。
即座に魔力で体を強化し、全速で飛び出していた。
一瞬でも早く、あの裏切者。
ディーンの首を落とすために。
「いかん!!フィス!!挑発に乗るな」
僕の前に、沢山のならず者達が立ちはだかる。
僕の行動を予期していたのか、全員がそれぞれの獲物を僕へと突き出しながら。
「くそっ!どけよっ!!」
僕は速度を緩め、差し出された敵の剣や槍を躱し、自分の剣を振る。
流石に全速では突っ込む事が出来ない。
そんなの自殺行為だ。
それでも、僕の剣は一振りで数人の体や首を引き裂いていく。
「さて、俺は逃げるとするかな。せいぜい楽しんでくれ」
「待て!!ディーン!!!」
僕は叫ぶ。
ただ、ディーンとの間にはまだ大勢の敵がいる。
「がっ」
突如、僕の背中が熱くなる。
その熱さは、槍で突かれたような激痛に変わっていく。
たぶん、矢だ。
木箱の上から狙撃しているのが見える。
だけど、今はそんなの関係ない。
あの男の首を取るまでは!!
「ええい、ゼノン!左の木箱にいる弓兵を落とせ。ワシは右側の敵を受け持つ」
「わかりました」
セネクスさんの声が聞こえる。
でも、僕振り返ることなく、何度も剣を振るった。
目の前の邪魔者を消す為に。
ただ、目の前の敵を半分以上殺した時には、もうディーンの姿は見えなくなっていた。
「化物……」
敵の一人がそんな言葉をつぶやいたと思う。
その言葉をきっかけに、敵は皆武器を捨て、両手を掲げ命乞いを始める。
「だから何?」
僕は小さく呟く。
なんだんだ?
人の大事な物を奪っておいて、邪魔しておいて……命乞いをすれば許されるとでも思っているのか?
僕は武器を捨て両手を上に掲げた敵の首を切り落とす。
殺し合いをしておいて、負けそうだから降参する?
そんな程度の考えなら、武器を持って僕の前に立つなよ!!
剣闘士だったら、そんな覚悟じゃ一日だって生きていられない!
ルーチェの事。
ディーンに逃げられた事。
そのやり場のない怒りと恨みを晴らすように僕は剣を振っていく。
僕の剣が降られるたびに、床に転がる死体がドンドン増えていく。
その僕の行為に、悲鳴が上がり敵は我先にと逃げ始める。
逃がさない。
逃がしてたまるか。
僕は逃げる敵の後ろから容赦なく剣を突き立て、一人一人丁寧に殺していく。
「フィス!!落ち着け!!もう、こいつらに戦意はない!!」
何人目だろうか、敵を殺そうとした僕の剣が止まる。
僕の剣を止めたのは、ゼノンさんの楯だった。
「全員殺せば、情報を引き出せない!落ちつくんだ!!!」
「こいつらに生きてる価値なんてない」
「その通りだが、あの少女を助けたいのであれば我慢しろ!!」
ルーチェを助ける。
その言葉が、僕の体をピタリと止める。
「……わかりました」
僕は息を吐き、意識の集中を解く。
その瞬間、僕は床へ座り込んでしまった。
体に物凄い負担がのしかかってきたのだ。
荒い息が胸の底から湧き出てくる。
意識が朦朧とする。
言葉すら今は発することが出来ない。
周りの生き残った敵も、僕の様子を見て安堵したのか地面へ座り込んでいた。
もう、動く気力すらないらしい。
「……嵌められたの」
死体の山を見つめながら、セネクスさんが呟く。
「ディーンの狙いは、フィスの消耗じゃな。ここのゴロツキ共はただの餌じゃて」
セネクスさんは、僕の背中に手を当て刺さっていた矢を引き抜く。
体がビクリと動くが、今は疲れのせいか声すら出せなかった。
「丁寧に毒まで塗られておるの。治療が必要じゃ。応急処置をして一旦コロセウムに戻るぞ」
「……僕なら、大丈夫です。直ぐにでも」
僕は荒い息を飲み込み、告げる。
今はそんな悠長に構えてる場合じゃない。
こうしている間にもルーチェは……
「闇雲に動いても成果は得られん。相手はディーンじゃ。お前がどう動くかなど全て計算づくじゃろう」
悔しいけど……確かにその通りだ。
ディーン……あいつは、ここまで全部計算していたんだ。
ゼノンさんとセネクスさんがいなければ、僕は確実に死んでいた。
そんな人間が僕の次の行動など読めない訳がない。
「ワシもお主と気持ちは同じじゃ。腸が煮えくり返りそうじゃ。だからこそ今は気持ちを静めろ」
僕は力なくうなだれる。
どうして、こんなに無力なのか。
人を簡単に殺せる位の力はあるのに。
大事な人、一人助けられない。
そんな自分の無力さを恨まずにはいられなかった。
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「離せ!!だれがお前なんかと!!」
鉄の囲いに石の天井。
麻布を敷いただけの粗末な床。
牢獄の様な檻の中。
そこでは、言い争う声が響いていた。
その声を上げたのは、貧相な服を着た少女。
ルーチェであった。
そのルーチェの脇では、小さな影が二つ。
抱き合いながら震えている。
「黙れ!!」
一人の男は容赦なくルーチェを殴る。
整えられていない髭に、だらしない腹。
そして、鼻をつくきつい臭い。
この場所の監視役である男。
「自分の立場をわきまえろよ、奴隷風情が」
地面に倒れこんだルーチェに、監視役の男は唾を吐きかける。
ルーチェは痛みのあまり、反論する事さえ出来なかった。
「分かったらさっさと来い」
男はルーチェの髪を無理やり引っ張るとそのまま引きずっていく
「いたっ!やめて、やめっ……」
ルーチェの目から涙がこぼれる。
それは髪を引っ張られた痛みのせいではない。
「いってえ!!!」
突然、男は絶叫する。
ルーチェの脇で震えていた小さな影が、その汚い手に噛みついたのだ。
「ルーチェ姉さんに近寄るな!!」
小さな影が叫ぶ。
ルーチェと同じ、貧相な服を着た少年。
「この野郎ッ!!」
男はその少年を思いっきり蹴り飛ばす。
体格差が大きすぎるせいか、少年は吹き飛び壁に激しく激突する。
すると、少年は壁から床へと力なく倒れこみ、ピクリとも動かなくなってしまった。
「ルベル!!」
「殺してやろうか?このガキ」
床に倒れこむ少年に、男は容赦なく足を振り上げては、容赦なく振り下ろす。
「やめろ!!やめてくれ!!」
ルーチェは男の腰に縋り男を止めようとする。
ただ、その行為は何の意味もなさなかった。
あまりにも非力だったのだ。
それでも、ルーチェは腰に縋り懇願する。
何度も何度も。
ただ、ゴロツキはその声に耳を貸すことはない。
「分かったから!お前と一緒に行くから。お願いだから辞めてくれ!!」
そのルーチェの言葉に、ゴロツキはその足を止める。
「手間取らせやがって、ならまずお前が謝れよ」
「わるかった、この通りだ」
ルーチェは頭を下げる。
それを見たゴロツキは、ルーチェの髪を掴むと床へ無理やり押し付ける。
「ちげえだろ、もっとこう頭をさげるんだろ?」
「……すいませんでした」
ルーチェは床に頭を押し付けられながらも、ただただ謝る。
その床を大量の涙が濡らしていく。
「聞こえねぇ!!!」
「す、すいませんでしたっ!!」
男の声に押される様に、ルーチェは叫ぶ。
そのルーチェの声は、恐怖に震え、小さな嗚咽が含まれている。
「ふん、分かればいい。さっさと来い」
ゴロツキは、その行為に飽きたのかルーチェの髪から手を放し
鉄の檻で囲まれた部屋から出ていく。
「……ネル。ルベルを頼む」
ルーチェもその後を追う為に立ち上がる。
隅で震えるネルと呼ばれた少女に言葉を残しながら。
「ルーチェ姉ちゃん……」
「大丈夫だ。すぐ戻ってくる」
ルーチェは力なく笑う。
涙で濡れた顔で。
隅で震える少女ですら、それが嘘だと見抜ける程の弱い笑みであった。
「……ごめんなさい。ルーチェ姉ちゃん」
残された少女は呟く。
その言葉に返ってきたのは、ガチャリという鉄が擦れる音。
それ以外には何もなく、辺りには重い静寂が訪れていた。