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24、裏切者


「知らねぇよ!!俺がフィスを殺すわけないだろ!!」



ルーチェは叫ぶ。

椅子に縛られ身動き一つ取れない状態で。

当然の処置……なんだと思う。


あんな事件があった直後。

僕の食事に毒が入れられ、そのすぐ後にセネクスさんの部屋を漁っていたんだから。

疑うな。という方が無理だ。  



「では、お主は何をしてたんじゃ?」

「それは……」



ルーチェは沈黙する。

さっきからセネクスさんの肝心な質問には一切答えようとしない。

これじゃ自分が犯人だと言っているようなものじゃないか。



「なら、ワシが答えてやろう。フィスを殺しにきたんじゃろ?」

「フィスを殺そうなんて思ってねぇ!!本当だよ!!」



ルーチェは縛られた事を忘れ、食いつくような勢いで否定する。

当然、縛られているルーチェは動ける訳がなく椅子がガタッと小さく動くだけだった。



「でも、当然だよな……何を疑われて仕方ねぇ……」

「ふん、口だけでは何とでも言えるの」



ルーチェは穴の開いた風船のように直ぐに萎み、肩を落とす。

その姿をセネクスさんは腕を組みルーチェを見下ろしている。

驚くほど冷たい目だった。



……もういやだ。

なんでこんな事に。


僕の大切な人で恩人でもある二人。

傍から見れば仲の良い爺さんと孫。

二人はそんな微笑ましい関係だったはずだ。


それが……それなのに……


目の前でこんな風になるなんて。


もう、いいよ。

これ以上、こんな姿見たくもないよ。


僕はゆっくりと椅子から立ち、ナイフを引き抜く。

ナイフは部屋の鈍い明かりをギラリと反射させていた。



「ひっ!」



ルーチェは小さく悲鳴を上げていた。

でも、しょうがない。

怖いかもしれないけど、少しだけ我慢してね。

決して痛くはしないから。


僕はそのまま。

ナイフを持ったまま歩きルーチェの胸元へとナイフを近づける。


その様子を見たルーチェは顔を背け、固く目を瞑る。



「動かないでね」



僕はルーチェを縛っていた縄をナイフで切り落とす。

縄で縛られていたルーチェの手首は赤紫に染まっていた。



「痛かったよね……ごめんね」



僕は膝を地面につき、痛々しく変色したルーチェの手を摩る。

細く小さい手。


日頃の家事のせいだろうか。

ザラザラと荒れた感じの感触がする。

お世辞にも綺麗な手とは言えないけれど、僕と同じ。

必死に生きる人の手だ。



「何で……お前が謝るんだよ……」



絞り出すようにルーチェは言う。



「ううん。この騒動にルーチェを巻き込んだのは僕だよ。僕が原因なんだ」



僕は椅子に座るルーチェの前に跪いて謝る。

お世辞でも、気休めの嘘でもない。

本当のことだ。


冷静に考えれば分かる。


今日の僕の食事だけに毒が入り。

その直後に、ルーチェがセネクスさんの部屋を漁り

明日には、僕は英雄と呼ばれた過去に50勝を挙げた英雄と呼ばれた剣闘士と戦う。


タイミングが良すぎる。

誰かの意図があると考えた方が自然だ。


ただ、その原因だけは分かる。

この僕だ。


皇帝へ反逆し、この国へ喧嘩を売った僕のせい。


犯人なんてわからないし、誰が考えたのかも知らないけど。


本当に的確に人の嫌なところを突いてくる。

町も、物も全てが僕の元の世界とは比べられない位遅れてるくせに。

人の嫌がる事、一番痛い急所を突く事。

それだけは、僕の世界と同等。いや、それ以上に優れている。



「何言ってんだ。お前は悪くない!悪いのは俺だ!!」



ルーチェは大声で宣言する。

その姿に僕は思わず笑ってしまった。



「いいの?そんな言い回ししたらルーチェが全部悪いことになっちゃうよ?」

「あっ、それは……違う」



ルーチェは慌てて否定する。


ルーチェは優しい。

普通に考えれば、なんてことなはい。

こんな子が僕を殺せる訳がないじゃないか。



「ねぇ、ルーチェ」



僕はルーチェの冷たい手を両手でそっと包む。



「僕はルーチェを信じるよ。何があったって絶対に」



僕はルーチェの目を見つめていた。

髪と同じ。栗色の綺麗な瞳を。

その目が少し潤んでるように見えるのは気のせいだろうか。


この娘は、動けなくなった僕を助けてくれて

アィールさんを殺した罪悪感から、身を挺して救ってくれた恩人だ。


その恩は大きすぎる。

どうやった返したらいいかすら僕にはわからない。


だから、僕の出来る事。

その全てを賭けて返していくしかない。



「ねぇ、ルーチェ。一つだけお願があるんだ」

「……なに?」

「僕を頼って欲しんだ。助けさせて欲しいんだ」



僕なんて、ただの奴隷でしかない。

頼りがいなんて無いかもしれない。

それに、もし頼られても……出来る事なんて何も無いかもしれない。



「もう……僕のせいで大事な人が不幸になるのは……嫌なんだ」



心の底から思う。

もう、僕の前から大事な人が不幸になったり、いなくなったりするのは御免だ。

例え、僕を救う為だとしても。



「アィールさんは僕と関わったせいでああなってしまったから……」



アィールさんは、きっと……。

僕と出会わなければ、ここからすんなり出ていたと思う。

簡単に剣闘士になり、50勝してここから出て行っていたはずだ。


それがあんな結果になったのは、他でもない。

僕のせいだ。



「だから、お願いだから僕を頼ってよ……僕に助けさせてよ……もう……あんな思いはしたくない……」



椅子に座るルーチェと、地面に膝をつき懇願する僕。

女性に縋ってお願いする。

それは本当は、恥ずかしい事なのかもしれない。


でも、そんなのどうでもいい。

ただただ、心の底から思う。

ルーチェには僕を頼ってほしい。と。



「……ごめんな」



ルーチェは俯いたまま小さく言った。

ただ、その手。

僕が握っているルーチェの手も、肩も小さく震え始めていた。



「……こんな事を言う資格も無いのも分かってる。最低なのも自覚してる」



どんどん震えていくルーチェの声。

その声は小さく、とても弱弱しい。



「子供たちが……俺の家族が攫われて、フィスとセネクスの爺さんから金を奪ってこないと……殺すって……」



ポタリ。

僕の手に雫が零れる。ルーチェの涙だ。



「ごめん……本当にごめんなさい……でも、誰かに言えばここに仲間がいるからすぐ分かるって……」



ルーチェは嗚咽を漏らし最後まで言葉を紡げなかった。

でも、もう十分だ。



「本当にありがとう。ルーチェ」



僕は短く答え、ルーチェの頭を数回撫でる。

全ては分かった。


ルーチェを脅しこんな真似をさせ。

僕らの疑いがルーチェに向くように仕向けたのだ。


どれだけルーチェは辛かっただろうか。

大事な家族を人質に取られ。

やりたくもない事を強いられ。

こうやって僕らにまで疑われて……。


それを考えるだけで、全身の血が沸騰し毛が逆立ったような錯覚すら覚える。



「フィス。ダメじゃ」



セネクスさんは首を振り、僕を止める。

僕はルーチェから離れ、セネクスさんの部屋に立てかけてある剣を手に取っていた。



「これは罠かもしれんて、お主を呼び出す為のな」



僕はその言葉を無視し剣を腰に装着していく。



「今からのこのこ出て行って戦いになれば子供たちは救えても明日の試合でお主は死ぬぞ?相手は体力や魔力を消費した状態で勝てる敵じゃないぞ?」

「嫌です」



聞ける訳がない。

今、この瞬間も怒りでどうにかなりそうなのに。



「素直に言うことを聞かんかっ!!」



セネクスさんは怒鳴る。

頭ではわかってる。

セネクスさんの言ってる事が正しいって

でも、従える訳がない!



「もし!」



僕は叫んでいた。

叫ぶつもりは無かったけど、怒りの余りつい声が大きくなってしまった。



「ルーチェの家族が殺されればルーチェは自分を一生責めます!」

「ダメじゃ!これはおぬしの選択の結果じゃ!!何のためにここまで」



理屈ではわかってる。

全部僕の我儘だ。

迷惑かけているのも知ってる。



「分かってます」

「わかっとらん!!」

「でも僕は!!」



また、叫んでしまった。

あまりの大声にシンと静まり返る部屋。

僕は今の非礼を詫びる為に、小さく頭を下げセネクスさんに謝る。



「僕はこの手で一番大切なアィールさんを殺しました。それは、僕がアィールさんと関わってしまったから起きた事なんです」



声量を戻し、僕は告げる。



「僕と関わったせいで大事な人が不幸になる。そんなのはもう耐えられません」



僕は目を瞑る。

ただ、それだけで、あの時の事が鮮明に蘇ってくる。

僕がアィールさんの首を跳ねた瞬間が。



「だからお願いします!!僕に行かせて下さい!!」



我侭なのは分かってます。

これは僕が、皇帝へと反逆した結果なのも全部わかってます。


思慮が足りなかった。といえば、その通りです。

でも、それでも。



「ルーチェを!ルーチェだけは不幸にさせたくないんです!」



僕は土下座していた。

自分でも貧弱だと思うけど、それが今の僕に出来る最大限の表現だった。



「……卑怯じゃの。そう言われたら断れんわい」



セネクスさんは、大きな溜息をついていた。

本当にごめんなさい……



「ワシも行くしかないじゃろ。今は少しでも人手が欲しい。だが、ここにいる者以外は信用せんほうがいいからの」

「ありがとうございます!絶対この恩は返します!」



僕はセネクスさんに誓う。

今後、何かお礼出来る機会があれば絶対に恩を返してみせる。



「ルーチェはここで待ってて。僕の命をかけて子供たちを連れ帰るから」

「……うん……子供達を、家族を……だすげてくれよ……」



ルーチェの目は真っ赤に染まり、声に濁音が混じっている。

それだけ辛かったんだと思う。



「約束する。絶対に助けるよ」



僕が言った次の瞬間、僕の胸にルーチェが飛び込んできた。

涙と鼻水交じりの顔を僕の胸へと押しつけ、声を殺して泣いている。

鼻水を啜り、喉の奥から抑えきれない声を漏らしながら。



僕の手は初めて剣を握ったときの様に震えていた。

理由は知らない。わからない。

女の子に飛びつかれるなんて初めての事だ。


こういう時、どうしたらいいのか分からない

声をかけるべきなのかな?


助けを求める為にセネクスさんを見れば。



「腑抜けが」



と、一言だけ帰ってきた。


僕は目でセネクスさんに文句を言い。

ただ、棒立ちでルーチェを受け止めていた。


それから、かなり長い時間。

ルーチェは僕の胸で泣き続けた。


僕はその間、何もしてあげられなかったけど。


結局、金を受け渡す場所や、ルーチェの家族を攫った人間の事を聞き出すのは

暫く後になってしまった。



---◆--------------------------------------------------------------



静まり返った暗い街。

月も沈み月明りに隠された星たちが好き勝手に瞬く時間である。 


その星の海を心配そうにルーチェは見つめていた。



「無事だよな……みんな」



さっき一杯泣いたはずなのに、油断をすれば直ぐに涙が零れそうになる。

ルーチェは自身に文句を言い、頬を乱暴に拭う。



「よう、腹減ったろ?」



ルーチェはビクッと肩を揺らし振り返る。

足音すらさせず突然後ろから声をかけられたのだ。



「セネクスの爺から持ってくるように言われたんだ」

「あぁ、ディーンさんか」



そこには湯気が昇る暖かそうな食事を持った男がいた。

黒い外套に、顔の半分を隠した姿。

盗賊上がりの剣闘士。ディーンであった。


ディーンは近くの机に食事を置き、椅子へ座る。



「ちょっと匂うけど、いいか?」



葉巻を取り出し、ディーンは掲げて見せる。



「ああ、俺の部屋じゃないし好きにしてくれ」



ルーチェは視線を窓の外へ戻す。

食事など喉を通る訳がなかった。


ルーチェの家族を助けに、フィス達があの暗い闇へと消えていったのだから。



「食べないのか?」



一向に動く気配のなルーチェ。

長いこと外を見つめていたせいか、食事から昇る湯気は消えていた。



「ああ、悪いけど喉を通りそうもない……」



申し訳なさそうにルーチェは答える。

ただ、その視線は窓の外の闇に向けられたままだった。



「だろうな。話は聞いてる。脅されたみたいだな」

「ああ……でも、どうかしてた」

「盗みに入った事か?」



ルーチェは息を吐き、首を小さく横に振る。



「違う。まずフィスに相談すればよかったんだ。あいつは凄いからな」

「……というと?」

「アイツは全てを変えちまう。こないだまで俺は、いや俺たち家族は地面に這いつくばって生きるしかないと思ってた。けど、あいつを見てると俺たちにも色んな未来があるって思えてくるんだ」



ルーチェは笑っていた。

まだ少し赤い目を細めながら。


自分でも意図していない。

勝手に沸き出た笑みであった。



「たしかにな。あいつが来てからこの北位は完全に変わっちまったよ」



ディーンは昔を懐かしむ様に目を細める。

そこに現状への不満が含まれている事に、ルーチェは気が付く訳も無かった。



「だろ?アイツはやっぱり凄いんだよ」



ルーチェは、ディーンの言葉をそのまま受け取り自分の事の様に喜んで見せる。



「随分と買ってるじゃないか、フィスに惚れたか?」

「かもしれない。いや、ずっと前から好きだった……のかもしれない」

「フィスもお前の事が好きだろうよ」

「そう……なのか?それだと嬉しい。でも、俺はあいつにふさわしくない」



ルーチェは不思議に思う。

いつもは言えない事。

心の奥底に隠していた事が今はすんなりと口から出て行ってしまう。



「なぁ、フィスはお前になんて言った?」

「俺の事を大切だって。勿体ない言葉だよ。フィスを裏切った俺になんて……」

「そんなことないさ。剣闘士の中に裏切者がいた。だから頼れなかったし、裏切るしかなかったんだろ?」



ルーチェの頭がフラフラと揺れる。

意識が朦朧とするような違和感がルーチェを襲っていた。



「……ん?なんで剣闘士の中に裏切者がいるって知ってんだ?おれ爺さんに伝え忘れたんだぞ?ここに裏切者がいるとしか言ってねぇ」

「……あー、しまったな。ちゃんと話してなかったのか」

「何を言ってるんだ?」



頭が回らない。とルーチェは思う。

自身の体の異変にまだ気が付いていなかったのだ。



「これは、幻惑の香って奴でな。この香を嗅ぎすぎると嘘がつけなくなる。尋問にも使われる貴重な物さ」



ディーンは部屋に入ってきた時に火をつけた葉巻をルーチェの方へ投げる。

その葉巻はルーチェの体に当たり、コロコロと地面を転がっていた。



「それに体が痺れる効果も追加してある。安心していい。暫くすれば動けるようになるさ」



ディーンは外套の中から縄を取り出していた。

その時になって、はじめてルーチェは理解した。


剣闘士の中の裏切者。


それがこの目の前にいる人物だと。



「やはり間違いは無かったよ。お前は価値がある。フィスへの切り札になる存在だ」

「……だ…れか」



ルーチェは助けを呼ぶために叫び、部屋から走って逃げる。

……はずだった。

ルーチェの体はもはや言うことを聞かず、床へと転がる。

喉が痺れているせいか囁くような声しか出ない。



「安心しろ殺しはしない。フィスが片付けば晴れてガキ共々奴隷市にでるだけさ。お前は器量はいい。綺麗にすれば高値で売れるさ」



それでも、ルーチェは必死に抵抗する。

立ち上がろうと腕を床につけば、力が入らず再び床に叩きつけられる。

声を上げようとすれば、掠れた言葉にもならない音が漏れるだけ。



「一つだけ教えてやる。フィスは”明日の試合に負けろ。”と脅される。勝てばお前を殺すと条件をつけられてな」



ディーンはルーチェがあがく姿をただじっと見つめていた。

人ではない。何か物を見るような冷徹な視線であった。


ルーチェは薄れゆく意識の中必死に手を伸ばす。

ただ、その手は何も掴む事なくドンと床に打ち付けられていた。




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