表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/81

18、試合終了


「アィールさん!!」

「フィスか!」



剣を押し出し弾かれるようにアィールさんは敵から距離をとる。

その横に僕はいつでも飛び出せるように並ぶ。



「敵は……強いんですね」



距離を取ったアィールさんは肩で息をしていた。

対して敵は息も切らしていたない。


こんな光景初めて見る。



「ああ、俺よりはるかに強いぞ」



アィールさんの横顔から汗が滝の様に流れ、雫となって地面へ落ちていく。



「アィールさん。僕もいきます」

「悪いが頼む……これは俺も相当きつそうだ」



僕がどこまで力になれるかは分からない。

でも迷っている暇は無さそうだ。


セネクスさんには、この後倒れている全員を魔法で治療してもらわなきゃいけない。

魔力に余力なんてないはずだ。

なら、ここは僕とアィールさんで何とかするしかない。



「部下達を殺してきたか……私のせいだな。だが、せめて仇は取らせてもらう」



初老を迎えつつある敵の騎士。

剣と盾を装備し、鎧も磨かれているがよく見れば小さな傷が無数にある使い古した物。

ただ、その小さな傷一つ一つが彼の血肉となっている。

それが嫌でも分かってしまう位、凄まじい殺気が放たれていた。



「いくぞ!」

「はい」



その言葉を合図に僕とアィールさんは敵の両端から切りかかる。

だが、何度剣を振ろうが致命的な一撃は与えられない。


僕らの攻撃の殆どは敵の剣と盾で防がれ

稀にその防護を潜り抜けた一撃は、鎧に阻まれ弾かれてしまう。


むしろ、避けるべき攻撃を読み切り、避ける必要のない攻撃は鎧に当てさせる。

そんな風に誘導されているとさえ思ってしまう。


決定打が打てない。

それは相手も同じだがこのままだと、敵を倒す前に

僕が先に潰れてしまう。

そうなれば、アィールさんが殺されてしまう。



「アィールさん!!」



そう叫び、僕は敵から距離をとる。

アィールさんも直ぐに僕の横までやってくる。



「このままだと勝てないです」

「だろうな、お前も限界が近いだろ?」



”お前も”という事はアィールさんもギリギリなのだろう。

アィールさんが根を上げるなんて初めてた。


今なら命を賭ける意味がある。

アィールさん一人では勝てない相手。


それを僕の力を加えて打ち破るのだ。


今まで散々貰った……貰い過ぎた恩を少しでも返せる。

そして、アィールさんの隣に立つ本当の相棒になれる。



「僕の命をアィールさんに預けます」

「……分かった」



少ない言葉で、全てアィールさんは全て理解してくれる。

僕を止める事は無い。


観客の声。

その声はこれ以上ない位に沸いている。


この場所。

剣闘士が殺し合いをする大地の上には、声と共に様々な感情が降りてきている。

僕はその感情を受け入れ、ゆっくりと力に変えていく。


本来ならやってはいけない禁忌の魔法。

一度この魔法をほんの少し使っただけで一ヶ月は動けなくなった。


使い過ぎれば、死ぬかもしれない。

心が壊れ廃人になるかもしれない。

そんな警告も受けている。


でも、今は……今だけはこの力を使いたい。

誰でもない。

アィールさんの為に。


凄い勢いで血が全身に巡っていく。

同時に、頭が透き通った空の様にクリアになり、筋力、体力、全てが桁違いに増加しているのが分かる。



「行きます!」



その言葉と共に、僕は敵の正面から突っ込む。

当然、その後ろにはアィールさんがいる。


剣闘士の試験を思い出す。

この戦い方で、僕とアィールさんは剣闘士になったんだ。



「……正気か?」

「当たり前です!」



敵が初めて驚いた声を上げた。

正面からの突撃。

確かにそれは、敵から見れば特攻みたいな物だろう。

数的有利を作っているのに、そんな賭けみたな事をするなんて

信じられないかもしれない。


だからこそ、意味がある。


一度だけ、相手の意表をつく一撃だからこそ意味がある。

正真正銘次は無い。

僕はこれ以上ない力で地面を蹴り、弾丸の様に空気を切り相手に迫る。



「ぬっ!!」



敵は腰を落とし盾を構える。

僕はその盾を弾く為に全力の一撃を加える。


ギィィィンィィィ

余韻を残した激しい金属音。


剣の刃先が宙を舞う。

僕の剣が根元からクッキリと折れたのだ。

魔力で強化した全力の一撃に、少し細身に作られた剣が耐えきれなかったのだ。


アィールさんから貰った僕の大事な剣。

最後にその役目だけはしっかり果たしてくれた。

僕は心の中で感謝する。


僕の大事な剣は、敵の楯を弾き無防備な体をさらけ出してくれた。



「運がないな」



敵はそう呟くと、僕に体に剣を振り下ろす。

剣は折れ僕に防ぐ手立てはない。



「まだ!!」



僕は敵の剣をめがけて飛び上がる。

肉が裂かれる感触。

それが激しい痛みとやってくる。

敵の冷たい剣が僕の肩から心臓めがけて食い込んだのだ。


でも、溢れる魔力で強化した体を貫くのは容易じゃない。

剣の半分を僕の肩に埋め込んだ所で、剣は止まっていた。



「アィールさん!!!!」



僕は肩に刺さった敵の剣を素手で掴み絶叫する。

これで、相手も剣は使えなくなったはずだ。


敵は僕の心臓を貫くのを諦め、剣を引き抜こうと力をこめる。

その度に、ガタガタと剣が揺れ肩や手からは止めどなく血が溢れる。

少しでも気持ちが折れれば意識が刈り取られそうな激痛だった。


だけど、僕の手が敵の剣から離れる事は無い。

死んだって離すもんか!

この手には僕の命だけじゃない。

アィールさんの命だって握られているんだ!


目をつぶり、僕は耐える。

アィールさんなら後はやってくれる。

そう信じて。


その時間は、数秒だったかもしれない。

僕にとって永遠とも思える時間。


観客の割れる様に歓声が、その時間の終了を告げてくれた。



「終ったぞ、フィス」



アィールさんの声がする。

目を開ければ笑顔を浮かべるアィールさんの姿があった。


敵は意識を失ったのか腹部に剣が刺さったまま地面に倒れている。



「流石に焦ったぞ。お前は俺を買いかぶり過ぎだ」

「でも、勝ちました……よね?」



僕は笑っていた。

愛想笑いではない。

本当に嬉しかったのだ。


アィールさんの力になれた事、少しでも恩を返せたこと。


これが叶うのであれば命なんて惜しくは無い。

元々、アィールさんがいなければ、繋ぐ事の出来なかった命なのだから。



「まぁ、でも今回ばかりは助かった。ありがとうな相棒」



そういってアィールさんは僕に手を差し伸べていた。



「相棒に礼はいらないですよ」



僕は地面へと倒れる。

刺し伸ばされた手を取ろうとしたつもりが、身体が動かなかった。

もう指の一本も動かせない。

魔法の効力が切れたのだ。



「すいません……これ動けない奴です……」

「……仕方ないな」



分かっていた事だからな。とアィールさんは笑う。

そのアィールさんの笑顔が堪らなく嬉しい。


僕は本当の意味でアィールさんの相棒になれた気がする。

少しづつ努力してやっとたどり着いたんだ。


嬉しくない訳がない。


それを祝福するかのように周りの会場からは、僕とアィールさんの名を呼ぶ大合唱が開始されていた。




「申し訳ありません……まさか、近衛隊長までもが破れるとは……」



フィスとアィール。

この二つの名が叫ばれ続ける会場。


皆が皆、興奮で顔を赤くする中、ある一人の男の顔は青を通り越し暗褐色となっていた。

その男は皇帝の側近。


彼はこの戦い。

皇帝の提案により実現したこの戦いに異を唱えた最初の人物でもあったが

まさか本当に近衛騎士が負けるとは思っていなかったのだ。


いかに異を唱えようと、それに従った以上責任は発生する。

当然、この結果には誰かが責任を取らねばならない。


近衛騎士に取らせるか?そんな考えが彼の頭によぎるが、直ぐに消えてしまう。

責任を取るべき近衛騎士隊長は今まさに剣闘士と戦い命を落としたのだ。


であれば、次に責任を取るべき人物は皇帝、もしくは皇帝の側近である自分しかいない。

では、どちらが責任を取るか?

それは、もはや考えるまでも無い愚問であった。



「ククッ。良い見世物にであった。余は気にしておらん」



皇帝はその側近を見て思わず吹き出していた。

小心者ですぐに考えが顔に出る愚鈍な男。

だからこそ、皇帝はこの側近を傍に仕えさせている。

ただ、その分かりやすい行動には呆れるを通り越して、笑いが出てしまう有様だが。



「さて、次はどうするか。もう騎士達をあてがった所で民衆は満足せんだろうな」



皇帝は2人の男に注目していた。

コロセウムの中心で、歓声を受け続ける2人の男。


人気だけでいえば、皇帝のそれをも凌ぐだろう。



「情報が欲しい。あの剣闘士達の事を調べさせよ。面白い情報を仕入れれば今回の件、不問にしよう」



その言葉を聞いた側近の顔にみるみる内に生気が戻っていく。

そして、勢いよく頭を下げると駆けださんばかりにその場を後にする。



「愚鈍な男の方が信頼に足るとはな」



皇帝は小さく溜息をつくとそのまま思案の海へと落ちていく。

彼の頭にはいかに民衆を喜ばせ支持を得るか。

その事だけしか考えられていなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ