17、試合開始
始まりはいつも変わらない。
ドーンという銅鑼の音に、それをかき消す観客の歓声。
ただ、いつもと一つだけ違う事がある。
それは魔法使いの老人。
セネクスさんの存在だ。
「ぬん!」
セネクスさんの掛け声と共に、敵の中心に砂煙が舞い上がる。
威力は無いが速度を重視したセネクスさんの魔法だ。
砂煙は敵一帯を包み、影すら見えなくなる。
それを確認した僕は一気に魔力を解放する。
他の魔法の習得には脇目も振らず、自己強化だけに特化した僕の魔法。
「行け小僧!準備は出来た」
セネクスさんの合図と同時に、僕は地面を蹴る。
強化された脚で空へジャンプしたのだ。
「っ!!」
通常より遥かに高く飛んだ僕の体。
その背中にドンッという衝撃が僕の背中に加えられる。
セネクスさんの風の魔法だ。
その衝撃を受け、僕はさらに上空へと舞っていく。
すると、敵を包んでいた砂煙が薄い衝撃と共に消え去る
敵の魔法が完成し砂煙を一掃したのだろう。
ここまでは予想通りだ。
敵は視界が悪くなればまず、それを取り払おうとする。
セネクスさんが予測した通りになった
ただ、一つ除いてだけど。
(……嘘つき!!着地地点が全然違うじゃないか!)
本来なら、軽装騎士の真上に落ちるはずだった。
任せろ。とも言ってたのに!
スタッ
音を殺して僕は着地する。
僕は敵を飛び越え、観客席の近くまで飛んでいた。
ただ、幸いな事に僕は気が付かれていない。
だけど、気が付かれるのは時間の問題だ。
だから、すぐに動く。
地面を蹴る僕の足からは一切の音が消えていた。
北位の剣闘士。
盗賊あがりディーンさんから教わった忍び足。
盗賊としては基本の技らしいけど使い方によっては化けると教えてくれた。
まさか、こんな所で使うとは思わなかったけど。
どんな技術であれ、身に着けた技術が無駄になる事はない。
それを証明するするかの様に、僕はそのまま敵の背後まで近寄り、軽装の騎士の腕を切り落とした。
「っ!!」
ヴン!
鈍い音が僕の頭を掠めていく。
流石だ。
近衛騎士は良く訓練されている。
腕を切り落とされて、叫び声を上げるのではない。
振りまきざまに反撃してきた。
ただ、突発的な精細を欠いた一撃が僕に当たる事は無い。
そして、無理な態勢から攻撃を繰り出せば体は隙だらけになる。
僕はその隙だらけの体に容赦なく剣を敵の腹に叩き込む。
刃では無く剣の根元である柄の部分で。
その一撃で軽装の騎士は地面に崩れ落ちていく。
「よし!」
セネクスさんが立てた作戦通りの展開。
一番厄介な魔法に特化した騎士は潰せた。
これで、第一目標は達成。
そう安堵した僕に、ゾクッとした寒気が襲う。
強い殺気だ。
慌てて僕は地面へ転がる。
そして、顔を上げた瞬間。
稲妻の様な一撃が僕へ真っすぐに伸びていた。
(なっ!)
考える暇すらなかった。
反応も許さない。本当に電撃の様な一撃。
ギィン!!
響く剣戟。
僕の前を大きな背中遮っていた。
「よくやったフィス、ここは俺に任せろ」
アィールさんだった。
僕の危機を察して飛び出してきてくれたのだ。
「すいません。油断しました」
「早く行け!ここは俺が引きうける!爺さんのフォローだ!」
「はい!!」
幸いにも敵の若い騎士は呆然と立ち尽くしていた。
この一連の動きについてこれなかったのかもしれない。
確かに砂煙が晴れて僅か数十秒の出来事だ。
案外この騎士はトロいのかも。
そんな事を考えつつ、僕はセネクスさんの護衛に回る。
「すまんの」
「はい。着地地点が全然違いましたからね!」
笑顔で僕はセネクスさんに文句を言う。
本当なら一撃加えて離脱の予定だったのに!
「ホホッ、若い者が細かい事気にするなて」
……笑顔で返されてしまった。
まぁいいか。
とりあえず、今は作戦通り。
まだ、一名も殺してはいない。
「貴様!!よくもミロシュを!!」
状況をやっと把握したのか、若い騎士が僕とセネクスさんに駆けてくる。
剣と盾を構えながら。
「来ます!ちゃんと合図をお願いしますよ?」
「うむ、おぬしこそ抜かるなよ」
僕はセネクスさんの前に立ち剣を構える。
騎士は間合いを詰めると、素早い一撃を放ってきた。
激しい剣撃の音を上げ、火花を散らし剣が重なり合う。
流石だ。
さっきトロいかもしれないと言ったのは取り消しておく。
僕も大分強くなったと思うし、魔力で筋力も強化している。
でも、この若い騎士は力で僕を上回っている。
恐らく正面から戦えば分が悪い。
僕は手首を翻し素早く剣を振る。
敵の騎士は楯を短くそして正確に動かし防いでしまう。
そして、達人の様な鋭い動きで剣を振るい始める。
僕はそれを剣で受け流していたが、一撃一撃が想像より重い。
(このままじゃ)
そう思い、僕は敵の隙を見ては突きを放つが、騎士の楯は僕の突きに合わせて動き回り
ことごとく受け止める。
(凄い……)
アィールさんと訓練した時だって、こんな完璧に完封された事は無い。
機会があれば是非訓練してもらいたい。そんな気持ちさえ芽生えてくる。
「悔い改めよ。貴様が殺したミロシュは隙さえつかれなければお前より遥かに強い」
激しい剣撃の合間を縫って、敵の騎士は僕に告げる。
「知ってます?ここでは生き残った方が強いんですよ?」
「死んだ者への侮辱は許さん!!」
その瞬間、敵の剣速と威力が跳ね上がる。
まるで強化魔法を使ったみたいだ。
ヤバい。
冷たい汗が僕の額や背中を伝っていく。
今まででもギリギリだったのに、これじゃあ殺されるのは時間の問題だ。
「小僧!離れよ!!」
セネクスさんからの合図。
いいタイミングだ!
「はい!!」
僕はその場所から全力で離脱する。
敵は僕の行動に戸惑っていたが、その理由をすぐに知る事になる。
ズパーーン!!!!
空気が破裂するような大きな音。
その音よりも早く辺り一帯にまばゆい光が一閃する。
「凄い……」
避けられる訳がない。
セネクスさんの魔法。
まるで雷だ。
まばたきすれば見逃してしまう程の一撃だった。
その電撃魔法をまともに浴びた若い騎士はドサッと地面に倒れ動かなくなる。
地面に倒れた騎士は、プスプスと煙を上げている。
黒く焼け焦げた肌に、ピクリとも動かない体。
生きているのか心配になる
「生きてるんです?」
「かろうじてじゃな」
ホホッと笑って見せるが、セネクスさんは肩で息をしていた。
それほど精神力を必要とする魔法だったのだろう。
「念のため腕落としときます?」
僕は動かなくなった騎士に向かって剣を構える。
万が一起き上がってもらっても僕じゃ対処に困るから。
腕位落しておいた方がいいのもしれない。
「本当におぬし変わったの……怖い位じゃわい……」
必要ない。とだけセネクスさんは答え僕にアィールの援護に向かう様に指示する。
「ワシは後の為に魔力の節約をしておく。後は任せたぞ?」
「はい!」
コクリと頷く。
まだアィールさんは、剣戟の最中にいた。