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16、試合準備



「悪いな呼び出して」

「いえ、珍しいですね」

「ワシは眠い。早く話をしてくれ」



僕と魔法使いの老人セネクスさんは、アィールさんに呼び出されていた。

今は毎晩酒盛りをしている先輩達の煩い声さえ聞こえなくなった夜中だ。



「率直に言う。力を貸してほしい」



アィールさんは頭を下げる。

突然すぎて何がなんだか分からない。

普通こういう物は色々と順序立てて説明してくれないと……

だから、僕は一言だけアィールさんに告げておく。



「わかりました!!」



即答だ。

細かい説明?知るか。

アィールさんからの願いだ!

考えるまでも無い!



「ワシは小僧とは違いおぬしに義理は無い。内容によるでな」



セネクスさんは、ふぁぁ~と大きなあくびをしている。

なんていうか、仕草が完全におじいちゃんだ。



「ああ、実は……」



アィールさんは説明を始める。

いつもの長い感じではなく要点だけを纏めた、シンプルな説明だった。


それは次の試合について。

その試合は3対3で行う珍しい戦いであるらしいのだが

注目すべきはそこではない。


その試合で戦う相手をコロセウムの出資者が指名してきたのだ。

普段ならその申し出はありえないものであり、断るべきものでもあるのだが

その人物が、常識とはかけ離れた人物だった。


常識外れの依頼をした人物。

それは皇帝だった。

この国のトップの人間である。


その人間からの依頼であれば、運営人が断れる訳がないのは想像に難しくない。


戦いに指名されたのはアィールさん。

そして、その相手。

それは皇帝の側近。近衛騎士だったのだ。

奴隷である剣闘士と近衛騎士の戦いなど過去の前例のない事らしい。


ただ、あと2名はアィールさんが選んで良いとの事らしく

アィールさんは僕らに声をかけたという訳だ。


セネクスさんはともかく、僕にも声がかかるなんて……

これは全力で頑張らないといけない。

アィールさんに恩を返せるチャンスなんだから!



「ほぅ、近衛騎士か……」



説明を一通り聞いたセネクスさんは髭をゆっくりと触り思案する。

きっとあの複雑な頭で色々と考えてるんだと思う。

僕の答えは既に出てるので、ただ待つだけだけど。



「ワシも参加しよう。但し条件がある」

「なんだ?」

「近衛騎士達は出来れば殺さんでほしい」



セネクスさんの出した条件。

それは意外な物であったが、なにより実現不可能に近い提案でもあった



「理由を聞いてもいいか?」

「すまんの。今は何も言えん」

「爺さん、アンタも剣闘士だ。コロセウムの掟は知っているだろ?俺たちに”殺さない”って選択肢はないぞ?」

「分かっておる」



沈黙が流れてしまう。

アィールさんが言う様に僕たち剣闘士には”殺さない”という選択肢は無い。

基本的に剣闘士はどちらかが死ぬまで殺し合う。

但し、一つだけ例外がある。

皇帝による恩赦。

それが、下された場合だけ剣闘士は敗者でも生き残ることが出来る。

ただ、今回はその可能性は低い。

なにしろ戦いを命じたのが他ならぬ皇帝なのだ。



「あの!アィールさん!」



でも、何とかしてセネクスの願いは叶えてあげたい。

僕はアィールさんだけでなく、セネクスさんからもかなりの恩がある。

というか、この北位に住む人全員に恩義の無い人なんていない。



「分かってる……」



アィールさんは短く答え、小さく息を吐く。

きっと迷っているんだと思う。

というのも、相手を意図的に殺さない。というは実はかなり難しい。

かなりの実力差がないと実現出来ない事なのだ。


実力が均衡している者が戦えば、一瞬の隙が勝負を分ける。

その一瞬の隙に、致命傷を与えないように手加減する。

それははっきり言って無理だ。


しかも、相手は近衛騎士。

今までの相手とはまるで違う。

そんな事は僕にでも分かる。


それに、コロセウムで敵を殺さない方法だって分からない。

命の取り合いで、迷い下手に加減をすれば殺されるのは僕らの方だ。



「出来る限りになってしまうが、殺さない方針で行く。それで構わないか?」

「ああ、構わん。恩に着るぞい」



悩んだ末にアィールさんは覚悟を決めたようだった。

その言葉を聞いて、つい僕も嬉しくなってしまう。

普通ならあり得ない決断だ。


やっぱりアィールさんは凄い人だと思う。



「セネクスさん!僕も出来る限り協力します」

「……二人とも本当にすまんな。この通りじゃ」



セネクスさんは、僕らに深く礼をしていた。

慌てて僕とアィールさんは顔を見合わせる。


それほど、ありえない事が目の前で起きたのだ。

驚く。なんて言葉じゃ足りない。足りなすぎる。


あっ、でも、驚くよりも先に一個確認しておかなきゃいけない事がある。



「あの!殺さなければ腕と足位は落としていいですよね?」



これだけは確認しておかないと。5体満足で殺さない様にするなんて

無理過ぎる。

腕か足を落とさないと戦意なんて早々喪失しない。



「おぬし、エグイ事を平気で言うようになったの……」



セネクスさんは、少し唖然としていたが、直ぐに”問題ない”との返事をしてくれた。

腕や足を切り落としても、セネクスさんがいれば治せるからね。

手足の結合は魔力の消費が半端じゃないらしいから、普段は嫌がってるけど

言い出しっぺはセネクスさんだから仕方ないよね。



「なら、早速作戦を練って準備を整えるぞ」



アィールさんが宣言する。

そこから、僕らは具体的な戦術について話始めた。

どうすれば殺さないで済むか。近衛騎士相手にどう立ち回るか。

様々な観点から話し合った。


結局、僕らが寝床についたのは空が朱色に色好き始めた夜明け前だった。






「いつもと雰囲気が違いますね」



蜜蜂の巣のように群れる観客。

そこから巻き上がる竜巻の様な歓声。


それはいつもと変わらない。


ただ、その観客の合間合間に甲冑を着た人や剣や槍等の武器を持った冒険者が

チラホラと混ざっているのだ。


人数こそ少ないが太陽の光を反射する甲冑やその反射に負けないギラギラとした視線は

どうしたって目立ってしまう。



「それはそうじゃろ。近衛騎士が剣闘士と戦う。こんな事普通じゃありえんことじゃからな」

「みたいだな。あれを見てみろ」



アィールさんはクィっと顎でとある一点指す。

そこは剣闘士の控室へと繋がる廊下。


その狭い場所に、全ての方位の剣闘士達がこれでもかという位集まっていた。



「注目されてますね」

「そうじゃな。気遅れするなよ?お前が作戦の鍵なんじゃからな」

「大丈夫です。やってみせます」

「フィス気負うな。上手くいけば儲けもの。そんな気持ちでいい。何かあれば俺がフォローする」



アィールさんはポンと僕の頭に手を置く

それだけで僕の心はフッと軽くなる。

そうだ。

僕はやるべき事をやるだけ。

それはいつも変わらない。



「僕の相手はあの軽装の騎士ですね」

「そうじゃな」



僕らと同じ場所。

コロセウムの中心にいる3人の騎士。

2人は鈍い光を放つ重層な鎧と剣を装備し、もう1人は皮の鎧に杖という恰好であった。


その3人は皇帝の方へ自分の得物を捧げ片膝をつき頭を下げている。

なんか、神に祈りを捧げているみたいだ。


相手は同じ人間なのに。



「近衛騎士には魔法による暗殺を防ぐ為に、魔法に特化した人物がおる。あやつがそうじゃろ」



本来なら特定されんように偽装するのじゃがな。とセネクスさんは付け加える。

という事は、バレても問題ないって事なんだろう。

良い兆候だ。

相手が勝手に油断してくれるなら、これほどありがたい事は無い。



「さて、皆気を引き締めろよ……始まるぞ」



アィールさんの声のトーンが下がる。



「分かりました」

「うむ」



それに応じて僕もセネクスさんもスイッチを切り替える。

ここから先は、いつ殺されても可笑しくない戦場なのだから。



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