14,歓迎会
「大分動くようになったな」
僕は軽くジャンプし、腕を回し、首を左右に振る。
うん。問題ない。
やっと体が動くようになった。
今日で僕が体を動かせなくなってから30日が経過している。
寝たきりでまったく動けなかったので、筋肉が落ちて立てないかな?
とも思ってたけど大丈夫みたい。剣くらいは振れそうだ。
ただ、動くたびに筋肉が引きつるような感じがする。
当分はリハビリ生活しなきゃかな。
「ふむ、とりあえず問題なさそうじゃな」
「はい!ありがとうございました!」
その様子を隣で見ていたセネクスさんに僕は深々と頭を下げる。
色々あったけど、本当に良くしてくれるいい人だ。
変な所で意地悪で……お金に細かくて……
うん、いい人で終わっておこう。
「ま、元気になってなによりだな!俺の仕事も今日で終わりだ」
僕の世話をしてくれた少女。
ルーチェは頭の後ろで手を組み、シシッと歯を見せて笑っていた。
相変わらず短い髪はボサボサで、少年の様な出で立ちなのは変わってない。
「そうじゃな、ホレ。これはサービスじゃ」
せネクスさんは、ポンと小さな袋をルーチェに投げる。
その袋はズシャと鈍い音を立てて、ルーチェの手の中に納まっていた。
「……槍でも降るんじゃないのか?」
ズシャという重そうな音がした袋。
その中を見たルーチェは驚いていた。
ただ、その驚きはすぐに疑いに変わっていたけど。
まぁ、なんだかんだ言ってもセネクスさんはいい人だからね。
絶対に優しくはないけど!
「でも、これだけあれば今の家に住み続けられる。ほんと感謝するぜ爺さん」
「なに安いもんじゃて。また小僧になにかあれば頼むぞ?」
「ははっ!今度はもっと高いぞ?」
「む?それはちょっと交渉が必要じゃな」
二人は楽しそうに笑う。
なんていうか、おじいちゃんと孫。
傍から見れば誰だってそう思う位の微笑ましい光景だった。
「本当にありがとう。ルーチェ」
僕はルーチェに深く頭を下げる。
思い出したくも無い過去だけど。
それでも、ルーチェには感謝しかない。
「俺は金のためにやったんだ。いちいち気にすんなって!」
本当にルーチェは良い子だ。
それに30日という短い期間だったけど凄く仲良くなれた。
この世界で歳が近い子と話せたのなんて初めてだった。
本当はもうちょっと話をしたいけど、今の僕に許される事じゃない。
僕は剣闘士であり、そして奴隷なのだ。
「そうだ!今度俺んちに遊びにこい。兄弟達と一緒に歓迎してやるぜ!!」
「えっ?いいの?」
「当たり前だろ!俺たちはもう友達だからな!!」
「友達……」
その言葉の響きに僕はちょっと感動する。
ルーチェは僕の肩をバンバンと叩いてくるので、あんまり感傷に浸る事は出来なかったけど。
でも、これで僕はルーチェは友達になった。
この世界で初めての友達だ!
「絶対行くよ!」
「いつでも待ってるぜ!!」
僕とルーチェは握手を交わす。
その手は傷一つない綺麗な手では無かった。
小さく傷つき必死に生きている人の手。
だけど、凄く柔らかい手だった。
「じゃあな。フィス!家に来るまでは死ぬなよな!!」
そのままルーチェは部屋から出ていった。
ドアの所で一旦振り返って恥ずかしそうに手を振る仕草など
どうみても少女のそれにしか見えなかったけど。
「ええ娘じゃろ?」
「僕もそう思います」
確かに今のルーチェは可愛かった。
どこはほんわりとした空気になる。
「あの少女にお主は下の世話をしてもらったんじゃな……」
セネクスッ!!
今の良い雰囲気で何てこと言うのさ
一気に台無しだよ!!
色々と感謝すべき事は山ほどあるので、文句は言わないけどさ!
ただ、抗議の視線だけは送っておく!断固抗議の視線だけは!
「さて、ワシはおぬしに話しておくことがある。ついてくるのじゃ」
「……はい」
ただ、その視線にこの意地悪な爺さんが気が付く事は無かった。
ホホッと笑いながら、部屋を出ていく。
僕はその背中にただただ抗議の視線を送り続ける事しか出来なかった。
◆
「さて、おぬしに話しておくことがある」
僕は魔法使いの老人セネクスさんの部屋まで連れてこられた。
ただ、さっきまでの飄々とした感じじゃない。
凄く真面目な感じだ。
「なんですか?改まって……」
僕も流石にその空気を感じ取って、背筋を伸ばし言葉を待つ。
「おぬし、先の試合で強化魔法をつかったじゃろ?」
「ええ、使わなかったら10回は死んでました」
勿論使いましたよ?
だって、その為に訓練したんですから。
「試合の途中、強化魔法の効果や威力が爆発的に上がったじゃろ?」
「あがりました。観衆の声を聴くたびにワクワクした気持ちが抑えられなくなって」
あぁ……、あの時の事。
理由は分からないけど、いきなり強くなった。
観客の声援が大きくなって、それと同時に胸の奥からワクワクした感情が
湧き上がってきて……相手を圧倒した。
少しでもその時間を楽しむ為に、剣ではなく蹴りや拳まで使って。
思えば、あんな事をしたせいで僕は腹に槍を受ける事になったんだけど。
「相手を舐めすぎるなって事ですか?」
あれは、言い訳のしようもない。
大反省すべき事だと思う。
「違うのぅ」
セネクスさんは、持っていた杖を床に突きコンコンと鳴らす。
少しイライラした感じから察するに、それも理由の一部ではあるんだと僕は思う。
やっぱり、ああいった事は2度とやらないと心に誓っておく。
「……おぬしは他人の感情を魔力へ変換する力が強すぎるのじゃ」
「はい?」
ごめんなさい。
言ってる事がちょっと分からないです……。
「本来、人いや感情を持つ生物であれば、必ず魔力を持っておる」
セネクスさんは、そんな僕の心を見透かしたかのように小さく溜息をつく。
うぅ……胸が痛い。
頭が悪くてごめんなさい……
「だからこそ、自身の魔力しいては感情を維持・発現する為に、基本的に他人の魔力。つまり他人の感情が体内に入り込むのを拒絶するのじゃ。例え取り入れられたとしても極僅か。少し体力が回復するとか疲れにくくなる程度じゃ」
初めて聞いたかも?
もしかしたら、初めての説明で話していた事かもしれないけど
僕がちゃんと理解してなかっただけかもしれない。
「しかし、おぬしは違う。」
セネクスさんは、床を突いていた杖をピタっと止め、僕を真正面から見つめる。
「他人の感情を高い次元で吸収し、魔力に変えおった。ワシの想像以上の力にな。本来そんな事は易々と出来ん。それこそ命を代償として賭けん限りはな」
「ま、まぁ……良いことですよね?この場所で生き抜くには」
良く分からないけど。
凄く良い事じゃないか?
他人の感情が渦巻くコロセウムで感情を魔力に変換できるのであれば、それはすごい力になる。
「よいか、他人の感情を魔力に変換する事は今後一切辞めろ。2度と使うな。」
真剣な顔でセネクスさんは言う。
いつもの口調すら違う言葉。
それが、どれだけ重要な事なのか僕に教えているようだった。
「本来持っている魔力を遥かに超えた力なんて人に扱いきれる訳がない。耐えきれん。心か体どちらかが先に壊れてしまうぞ」
「死ぬって事ですか?」
僕は思わず唾を飲む。
それが本当なら、今回30日程度動けない位で済んだのは僥倖だったのかもしれない。
「それもある。心が壊れ廃人になる可能性もある。過剰な魔力が爆発し肉片になるかもしれん。詳細は分からん。なにしろ前例が少ない事じゃからな」
「少ないって事は今までにもあるんですか??」
僕みたいな人間が過去にもいたのだろうか?
だったら、その人たちがどんな末路を辿ったのか教えてほしい。
「伝承でしかワシも知らん、狂戦士、呪術師、代魂術師、などの話がある。」
「結構あるじゃないですか……」
「あくまで伝承じゃて、話されている内容も書物によって異なるからの、中には灰になって死んだ。などという到底信じられん記述すらある。真実なんて分からんわい」
結局は、分からないって事みたいだ。
でも、他人の感情を魔力に変換する事が危険だって事は分かった。
禁忌の魔法としてもう2度と使わない。
ただ、もしそれを使うとしたら。
禁忌を破るとしたら……。
大事な人。命を賭けても救いたい人を助ける為。
僕は心の中で静かに誓った。
◆
「俺たちの仲間に盃を!!」
「「「「「オオォォ!!」」」」」」
右目に傷のある男が声を上げ、それをきっかけに野太い歓声が響き渡る。
ここは食堂。
僕とアィールさんは、半ば強制的にこの場所に連れてこられたのだ。
床に堆く積まれた酒瓶に、沢山の料理が並んだ机。
ここは本当に奴隷が集まる場所なのか?と疑ってしまう位だ。
その中心にアィールさんと僕は立たされている。
一見イジメにも見えるがそうではない。
その逆だ。
僕とアィールさんの歓迎会がここで催され、その主賓として僕らは中心に立たされているのだ。
参加しているのは、北位の剣闘士達。
つまり、僕らの先輩達だ。
皆顔を赤く染め、上機嫌で僕たちに話しかけ、肩を抱き、陽気な話をし、そして最後には必ず自慢話を始める。
このあいだの険悪な雰囲気など微塵も感じられない。
酒が入るたびに、皆どんどん上機嫌になっていく。
正直めんどくさいけど、疎まれたりするよりかは遥かにマシだ。
「こんな気のいい人達でしたっけ?」
僕はやっとの思いでその酒臭い輪の中から抜け出しアィールさんに駆け寄る。
アィールさんは早々にあの輪から離脱していたので、ちょっと不公平だと思う。
「さあな、酒が飲めるからじゃないか?前の印象とはだいぶ違うけどな」
アィールさんも少し呆れ気味だった。
ただ、喧噪を見つめるその表情は柔らかくどこか楽しそうでもあった。
「それだけじゃねぇな」
そんな僕らの会話に横槍が入る。
その人物は右目に大きな傷のある男。
傷のせいだろうかその目は半分ほどしか開いていない。
「お前たちが強いからだ。仲間に強い奴が増えればそれだけ俺たちの死ぬ確率が減る。
だから、あんなに盛り上がってんだ」
強いって……アィールさんはともかく僕は違うと思う。
でも、理解は出来たよ。
強い奴なら歓迎だ。とも言ってたもんね。
ただ……うわぁ……
先輩達……盛り上がりすぎでしょ。
あの人たち服を脱いで上半身裸で騒ぎ始めたよ。
絶対あの輪には入りたくない。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名はゾット。一応この北位で長をやらせてもらっている。試合で俺を見た奴はゾットする。なんて言われてるぜ?」
「え?……あっ!……あはは……」
ヤバい。
どうリアクションしていいか悩むぞ……
助けを求める為にアィールさんを見れば……
あっ、視線そらした!
ズルいよ!!
「何だ?反応が薄いな?酒が足りてないんじゃねぇか?ほらちょっと来い!!」
違う!反応が薄いんじゃない。
反応に困ってるの!
「あ、大丈夫です!僕未成年なんで!!」
「何言ってんだ?よくわかんねぇがこっちへ来い!!」
「あっ!いいです!本当に遠慮じゃなくて!!」
「言ったろ?強い奴は大歓迎だって。それは酒にも言える事だぞ?」
「ちょ、アィールさん助け……」
助けを求めるもそれが叶う事は無かった。
アィールさんは視線を逸らし、僕はゾットさんに引きずられ
酒臭い輪の中に引きずりこまれてしまった。
そこからは……地獄だった。
ゾットさんは最初のイメージとは全然違う気さくな人だけど……
話を聞かない人だっていうのはよく分かった。
そして、今後出来るだけ近づかないようにしようとも。
ただ、その誓いは翌日には簡単に破られてしまう。
他ならぬゾットさんによって。