11、泥水はご馳走
「なんじゃ?まず基本を覚えてからといったはずじゃがな」
雰囲気が悪い……。
沢山の書物が乱雑に積み重ねられた部屋には、居心地の悪いピリッとした空気がに流れている。
ここは魔法使いの老人セネクスさんの部屋。
僕はアィールさんと共に、ここに訪れている。
なんでこんなことになったのかは、僕にも分からない。
今朝アィールさんに酷い筋肉痛のせいで朝の訓練が出来ない事を伝えた所
理由をかなり細かく聞かれてしまった。
昨晩”魔法辛い”と言ったはずなんだけど、上手く伝わってなかったんだと思う。
だから僕は、再度一から説明し直す羽目になった。
その説明を聞いたアィールさんは、”それだ!”と叫び、
セネクスさんの所へ案内しろ。と、僕に要求し今に至るという訳だ。
ただ、朝一番でここに来たせいだろうか……
セネクスさんは不機嫌な感じを隠そうともしてない。
「爺さん。無理を言ってるのは百も承知だ。ただ、3日後。それまでにフィスにある程度魔法を叩き込まないといけないんだ。でないと、フィスは生き残れない。だから頼む。この通りだ」
棘のある冷たい雰囲気の中アィールさんは頭を下げていた。
慌てて僕も頭を下げる。
なんだろう。
胸の奥底からジーンと心に湧き上がる物がある。
他人であるアィールさんが、僕の為にここまでしてくれているせいだ。
僕を救うために。
こんなの……元の世界でも経験した事無いよ。
「だから小僧の訓練をワシに手伝え。そう言いに来たのだな?」
「そうだ。剣の腕なんて3日程度で劇的に上がる訳がない。だからアンタに頼りたいんだ。いや、頼るしかない」
「ワシは今機嫌が悪い。出直したらどうだ?」
「駄目だ、それじゃあ間に合わない。今は少しの時間でも貴重なんだ」
アィールさんはゆっくりと首を振る。
そして、頷いてくれるまで動かない。と主張するように
地面に腰を下ろす。
「気持ちは分かる。だが、小僧を助けてワシになんの利益があるのじゃ?」
「俺で払える物なら何でも要求してくれ。絶対に払う」
あ、ヤバい。
涙が出そうだ。
僕には何もない。返せるものだってない。
なのにここまでしてくれる……。
僕が女性なら絶対に落ちてる。間違いない。
「帰れ。と言ってもそこを動く気はないんじゃろ?」
「ああ、認めてくれるまでここに居座る」
「はぁ~~……」
セネクスさんは、大きな溜息をつく。
心の底から嫌だ。
そんな意思が伝わってくる。
「……高いぞ?覚悟はあるのか?」
「ああ、勿論だ!」
「よし、契約成立じゃ!」
パンと膝を叩き、セネクスさんは満足そうに頷く。
”えっ!?”
それが、僕とアィールさんの共通のリアクションだった。
今までの不機嫌そうな顔は消え去り満面の笑みを浮かべている。
セネクスさんは”ここじゃ狭いじゃろ?”と、アィールさんと僕に内庭に出るように指示を出す。
配慮してくれるのだ。
さっきまでの刺すような冷たい雰囲気は感じられない。
というか、さっき不機嫌だった事すら怪しくなる。
「あぁ……すまない。」
セネクスさんに促され、アィールさんと僕は呆けたまま部屋から出る。
本当に何なんだ?
魔法使いってこういう変わった人が多いのか?
「……まぁ、ワシもそのつもりじゃったしな。これは儲けたな。ホホッ」
僕達が部屋を出た瞬間、そんな声がポツリと聞こえた。
アィールさんもそれが聞こえたのが、凄く苦い顔をしている。
「……やられちゃいましたね」
「ああ。完敗だ」
僕とアィールさんは顔を合わせ”プッ”と笑いあう。
やっぱりセネクスさんも悪い人じゃないみたい。
昨日だって僕に無償で魔法を教えてくれた。
悪い人ならそんな事絶対しない。
ただ、意地悪な人なのは間違いないみたいだけど。
◆
「ぷはーー!!」
僕は地面へ倒れ、空を見上げる。
深く濃い青色の間には、白く薄い雲がゆっくりと流れている。
雲を運ぶ爽やかな風は、僕の汗ばんだ体をゆっくりと撫でていく。
うん、悪くない気分だ。
体が満足に動かないことを除けば。だけど。
やっぱり、魔法というのは体と精神への負担が半端ではない。
威力を落として長く使える様にと、魔力のコントロールを教えてもらったのに
数回使っただけで、この有様だ。
使えば使うほど魔法は効率的に使える。
とは聞いているが、僕はまだ魔法を使って2日目だ。
それが体感出来るのはきっと、もっと先の事だろう。
「やっぱり、体を強化した状態で戦い続けるのは難しいか……」
「そうじゃの、元々こやつは魔法のセンスに恵まれている訳ではないからの」
僕はセネクスさんから魔法の訓練を受けていた。
当然、アィールさんも一緒だ。
色々と厳しいけど、二人は僕の事を思って時間を割いてくれている。
これで、泣き言なんて言えばバチがあたる。
「すいません。もう一回いきます!」
今は自分に出来る。いや、それ以上の努力をするだけだ。
それが出来ない人間は淘汰される。
だから、僕は立ち上がりゆっくりと意識を集中させる。
「フィス待て」
魔法を使おうとした僕を制止し、アィールさんは持っていた剣を抜く。
その剣は抜刀された事を喜ぶかのように太陽の光を反射しキラリと輝いていた。
「俺は今からお前に攻撃する。その攻撃をを受け止めろ」
「えっ?あっ、はい」
その言葉に慌てた僕はアィールさんから貰った剣を引き抜く。
シィィィンと鋼が振動する小気味よい音が響いてくる。
うん、構えた感じも重過ぎない。
本当にしっくりとくる。
「いくぞ」
合図と共にアィールさんは地面を蹴る。
すぐに僕との間合いを詰め、下から上へと剣を一閃させる。
ギィィィン
金属の打ち合う音と共に火花が出た。
僕はアィールさんの一撃を受け止めていた。
今までの訓練の成果が出たのかな?
でも、分からない。
なんでこんな事するんだろ?
今は魔法の訓練のはずだ。
「よし!上出来だ。もう一回攻撃する。同じ様にに受け止めろよ」
「あぁ、はい」
アィールさんはさっきの位置まで戻り、再び剣を構える。
理由なんて分からないが、指示に従うまでだ。
何度だって受け止めてやる。
「いくぞ」
同じ合図が発せられた。
その瞬間だった。
(早すぎる!!)
気がついたときには、アィールさんは僕の目前まで迫り、剣が僕の首の直前で止められていた。
何もできなかった。
剣を合わす所か動く事すら叶わなかった。
「さて、違いは何だ?」
「何って……剣を振るのが早すぎですよ。止められる訳がない」
「違うな。剣速は全く変わっていない」
嘘だ。
1本目は正直結構簡単に止められた。
でも、2本目動くことすら出来なかったよ?
「緩急じゃな」
隣で見ていた魔法使いの老人、セネクスさんが呟く
「爺さん、これはフィスに気が付かせる為の……」
「ふん、こいつはお前とは違う。頭で理解するタイプじゃて」
セネクスさんは、アィールさんを無視し僕に向き直す。
でも、その言葉で分かった。
「小僧、おぬし理解したか?」
「はい。攻撃に緩急を付けろって事ですね。魔法で強化一撃をより有効に生かす為に」
ほれ見ろ。
と言わんばかりにセネクスさんは、アィールさんに笑顔を浮かべる。
ドヤ顔って奴だ。
結構ムカつく方の。
「はぁ、負けましたよ……」
アィールさんは困った顔を浮かべていた。
こんな顔、早々見れるものじゃない。
「まぁ……正解だ。だけどフィス。その技は一度しか使うなよ?」
「え?大丈夫ですよ?今は限界まで使ってますが、試合では1回でバテる事は無いです」
「そういうことじゃない。一度敵に見せたら効果が無くなる。後はその状態で戦うしかなくなるぞ?」
なるほど。一度だけか。
相手の予想をはるかに超えるスピードで切りつければ良いのか。
それなら、全力で魔法を使ってもバテる事も無いし、威力も上がる。
さらには相手の油断をつける可能性だってある。
「ま、その一撃が躱されれば、逆にお前は窮地に陥る。これはあくまで最後の切り札と思っておけ」
そうだ。
もし、その一撃が躱されたら多分僕は動けなくなる。
そうなれば、生きていられる訳がない。
ここぞ!という所で使うしかないんだ。
「後は地道に基礎力を上げるしかないか。まぁ切り札が出来ただけでも御の字って奴だ。これからは試合まで自己強化の魔法を使いながら剣の訓練をするぞ。一つ一つやってたら時間が足りない」
「え゛……」
アィールさん……それは無茶だよ。
魔法はそんなに使い続けられないし、集中が切れたらすぐ自己強化の魔法は効果がきれちゃうもの
「安心しろ、爺さんが体力も魔力も回復してくれるさ」
「うむ、蛇の肝漬け、甲虫の液、あとは反魂樹の根なんかも用意しておる。存分に味わうがいいじゃろ」
セネクスさんの笑顔。
ああ……恐怖しか感じない。
だって、今取り出したもの全てがグロい。
味どころか、口に入れるだけでも本能的に体が拒否する奴ばっかりだ……
「まずは、蛇の肝漬けからいっておくか」
「え?いや、大丈夫です」
一歩、二歩、僕は無意識に距離をとる。
頭じゃない。体が拒否しているのだ。
「好き嫌いは良くないな」
アィールさんは、僕の腕をがっちりと掴む。
当然、それはしっかり決まっていて逃げられる訳も無く……
ヒヒヒッと零れる奇声を上げながら、セネクスさんは近寄ってくる。
「いや、ほんと間に合ってます!!あっ!うぐっ!!」
僕はこの日”泥水はご馳走”だと初めて知った。
どれもこれも味がどうこう言える代物じゃなかった。
舌や体が痺れる事は当たり前、時には体が痙攣し、最悪だったのは感情が壊れたかのように僕は、怒り、叫び、泣き喚んだことだった。
それも自分の意思とは無関係に。
動けないほど疲れているのに、強制的に感情が溢れてくる。
地獄だった。
ただ、その地獄は試合まで絶える事無く続いていった。
3日後の試合。
殺し合いをする日が待ち遠しくなったのは、今回が初めてだった。