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神田祭・後祭り

「いや、大変だったよ。この季節外れに山車を貸してくれって言ったからね。ていうか、怒られたよ。事情を話したらわかってくれたけど殴られてさ。ここ、こぶになってない?」

「…………」

「ここまで運んで来てもらったはいいんだけど、これ重くて動かなくってさ。もう少しの距離だったから焦ったよ」

 むっつりと黙り込んだままの初東風にしつこく手柄を自慢する師を見て、甘斗は大きくため息をついた。まったく、子供か何かだろうか。

 子供といえば、病だった子供は道の真ん中に倒れている。すでに物の怪は除かれたはずだが、単純に体力が尽きたのか、まだ目を覚まさない。そういえば、ここ五日ほどは高熱にうなされていたはずだ。病でもそうでなくとも、早く家に帰した方が良いだろう。

「あのー、この子なんすけど――」

 と、甘斗が言いかけた時。

 さきほどから一言もしゃべらなかった初東風が、ようやく口を開いた。

「……なぜだ?」

「うん?」

 それきり黙りこくる稲荷に、鈴代はちょっとだけ笑みを浮かべた。

「この子の父親が大工だって聞いてね。住んでいる地域も職人町だった。それで一緒に祭を見る約束をしてたってことは、きっとこの山車を見たかったんだと思ったよ。急に父親がいなくなって、心が傷ついたところを百鬼夜行に呼ばれてたんだ。だから、毎夜決まってここに来た」

 そう言って、鈴代は社殿を見上げた。

 月に照らされ、鎮まる神の一の宮――神田明神が無言でたたずむ。

「余計なお世話だったかな?」

「……いや、礼を言う」

 そうつぶやき、初東風は面を外して太刀の切っ先を鞘に収めた。どこがどういう仕組みになっているのか、三倍近く長さが違う刀がするりと収まっていくのを見て、何かに騙されているような気になって甘斗は首をひねった。

 その疑問も、初東風が収めた腰刀を子供の胸に当てるのを見て、すぐに吹き飛んだ。

「ちょ……」

「おっと。大丈夫だよ」

 顔色を変えて止めようとする甘斗を、鈴代が押しとどめた。

 鞘に収めた刃から、わずかに刀身を覗かせる。刃から白い、あたたかな光が溢れる。

 冷たくはなく、初夏の夜には心地の良い風が吹き上がる。それは刀に吸い込まれていく。

 甘斗は言葉を失くして、しげしげと見入った。

 まさしく神の風というのがふさわしい。

「稲荷は死だけじゃなくて、生を司る神でもある。植物が冬に向けて種を残すように、豊作や豊饒もその一面だよ。だから、命を奪うことも与えることもできるのさ」

 風が吸い込まれるにつれ、段々と子供の呼吸が穏やかなものへと変わる。

 生命を分け与えたということだろうか。少なくとも、これで病の不安はないだろう。

 初東風は目を開き、顔を上げた。

「改めて礼を言おう。守るべき者を殺さずに済んだこと、感謝する」

そのまま背を向けると闇に紛れ、消えて行った。

「……実はいい人なんですか? あの人。義理固いっていうか」

「さあ? 人じゃなくて神だし。でも、もし人だったとしてもそういうのって割り切れないもんじゃないの? ……さてと」

 鈴代は道に倒れたままの子供を背負い込む。

「早く帰ろうか。この子の母親が、今頃血相を変えてるかもしれない」

「そうですね。オレらも早いとこ帰りましょう。昼間から走り回って、くたくたすよ」

 甘斗は頷いた。もう足が棒のようだ。夜まで山車を求めて神田中を巡っていたのだから、無理もない。

 すると、鈴代は言いにくそうに口ごもった。

「あー……さきに帰っておいてよ。僕は行くところがあるから」

「へ? どこに行くんですか、こんな時間に」

 怪訝な表情で甘斗が聞くと、鈴代は目線をそらしてぽつりとこぼした。

「ちょっと野暮用があってね。だって、昨日会う約束したし――」

「まさか、また女の人すか!? ていうか、今から!?」

「男には行かなきゃいけない時があるんだよ!」

「少なくとも、それは人として行っちゃいけない時ですから! もういいから帰りましょうよ……」

「やーだー! 絶対にいくー!」

「子供かよ!? ……ああもう、この人は」

 駄々をこねる鈴代に、甘斗は呆れてつぶやいた。

 ――神なんかよりも、この師の方がわからない。

甘斗にはそんな気がしてならなかった。

 歩く二人を、小さな神の社が見守っている。

 からから、からから、と。


御閲覧いただき、ありがとうございました!

あとがきを間違えて最初に書いたので書くことがありません!

ちなみに途中の言霊はとある長唄です。

最初、刀の名はその長唄で作られた名刀でした。

最近流行りのブラウザゲームを見て吹き飛びました。楽浪です。


ここまで読んでいただき、感謝の嵐です。

ありがとうございました!

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