ソロモンの箴言
古代エジプトをテーマとしたお話。かなり脚色していますので、好みでない方は悪しからず。
紀元前900年 エジプト第22代王朝 首都・タニス
「王子ーッ!」
中庭に、女の声が響いた。
「お待ちくださいー!」
「待つわけがないだろ。」
ボソッと呟いて、十才くらいだろうか、黒髪の男の子が中庭を走っていく。
「おーいイアフ!イアフ?遅れると追い付かれちまうぞ。」
「うん、そ、そうなんだ、けど、はぁはぁ。」
あとからかなり遅れるようにして、今度は白い髪に肌の子が現れた。
息を切らして、半ばべそをかいている。
「イアフ、お前、おっそいなあ。」
「だって、僕は、こう、いうの、にがてだってこと、知ってる、でしょ、はぁはぁ。」
少し優しさを見せたのか、黒髪の男の子は速度を緩めた。
二人がやっと並んで歩けるくらいになると、「………ねぇ、やっぱり戻らない?」
「イアフはいいけど、俺、ああいうのニガテなんだよ。シュミじゃない。」
不安げに白髪の子が話しかけた。
きっぱりと断られている。
「……………ん?」
「ほえ?なんかあったの?」
「……来てる!まずいっ!」
白髪の子の腕を引っ張って、中庭の階段の側面の窪みに影を潜める。
物影から様子をうかがっていると、
『二人とも。何をやっているんだい。』
「サリエル!」
白髪の子が声をあげた。
二人の後ろには、ぼうっと白い、羽のはえた人が立っていたのだ。所謂天使である。
『まーた君達は逃げ出したのかい。』
「……つまんねえんだもん。」
『一国の王子ともあろうものが、まあまあ……』
「………偉そうに。」
黒髪の男の子は顔をしかめた。
「そもそも俺はエジプト王国の第一王子で、次のファラオは俺だ。ファラオは太陽神ラーその物で…」
『あーはいはい。くだらないお話をありがとう。』
「くだらないだと?天使だからって偉そうに…!」
くどくどと言い争いが続いている。すっかり、隠れていたことは彼方へ言ってしまったようだ。
この間に説明しよう。
この天使、サリエルは、イアフメス…白髪の子………の守護天使である。なんとも理解しがたいが……
――――――八年前
――君は、誰…?
僕の前に、彼は立っていた。
立っていたというより、浮かんでいた?見知らぬ部屋に迷い混んだと思ったら、気づいたら目の前に白いものがいたのだ。
『誰かって?誰だと思う?』
彼は問い返した。
--分からないよ。だけど…
『だけど?』
--怖いひとじゃない。
『そっか………怖いひとじゃない、か……』
フフッと笑うと、こちらに身を屈めて、目線を合わせて言った。
『それは、君の守護天使だからさ。』
「王子ッ!」
「ばれたか。」
一人の年嵩の女が姿を現した。
「あなた様はお勉強が苦手でございますのに、いったい何をなさっているのですか!」
「分かってるってば。」
「そうですか。なら、お帰りになってください。先生がお待ちですよ。」
担当の教師の隙をついて、二人して逃げ出したようだ。
「くっそ~……。」
乳母に引きずられて帰っていく黒髪の男の子。
「確かにカルファは勉強きらいだよね、代わりに運動ができるけど……って、あ、あれ?」
白髪の子が不思議そうに首をかしげた。
「おーいおーい!僕もいるよ!見えてないの?あれ?え?」
ますます慌てている。
『誰だ、こんなことをしたのは…』
『俺だ。』
突如白い光が弾けて、またもう一人、天使が現れた。
白い甲冑に身を固めて、剣を携えている。金の巻毛をした天使だ。
『君か、ミカエル……はぁ。』
『ため息つくなよ。ただ、イアフメスをちょーっと、な?』
『そのちょーっと、が問題なんだよ…』
「ミカエルがやったの?」
『あ?うん、姿を見えなくした。天使の力で、な。』
『な、じゃなくて。イアフは勉強、嫌いなわけじゃないんだからさ……むしろ、カルファにしてくれた方が良かったんだけど…。』
「サリエル、あんまりミカエルを責めるのも、ね?」
『分かってる。………だけど、ミカエルには反省してもらわないと…大体なんでここにいるんだ。天は大丈夫なのか?』
『んー、まあ、まあ。特に争いがあるわけでもな…』
『ミカエル!!(怒)』
今度はストレートロングの髪の天使が現れた。
こっちも甲冑に身を固めている。きれいな顔をしているのに、その柳眉はつり上げられて、眉間にシワができていた。
『あっちゃ~…』
『あのですね、貴方は何回言えばいいんですか!?最近大人しいからと信用した私が馬鹿でした!!』
『いやぁ~ヨフィエル、信頼してくれて嬉しいなあ~。』
『そうではなくてッ!!』
〈神の美〉という天使は、ミカエルの副官。
ミカエルは天使の軍団長………なのだとか。
『職務をほっぽって全部私に押し付けるんですからね!責任は貴方がとってくださいね!?例え貴方が書くべき書類に〝ガブリエルちゃんマジカワ〟とか書いてあってもそれは貴方の責任ですからね!』
『いやお前、それ、書けねえだろ…(柄でもねえよ)』
『……とっ、とにかく!帰るんです!神が怒りますよ!』
『ふえーい…』
怒濤の言い争いが終結を迎えたらしい。
あーだこーだと愚痴をこぼしながら、ミカエルは帰っていった。
「…………仲が良いんだね。」
『二人とも否定してるけどね。』
二人…というか、一人の人間ともう一人の天使は、顔を見合わせてにやっとした。
。.:*:・°☆ それから何年か経ち…。.:*:・'°☆
「新たなる王、シシャク1世御即位なりー!」
前のファラオは死んだ。
その息子、カルファがシシャク1世として、新たなるエジプト王になった。
人々は歓声をあげて祝ってる。
「静かに!!静かに!!王が新たな治世を始められるにあたり、新しく人事を任命する!!」
ざわざわざわ……
今までよく働いたもの。そうでないもの。成果をあげたもの。あげなかったもの。名誉なことをしたもの。そうでなくても一生懸命取り組んだもの。
皆顔を付き合わせて、ヒソヒソ相談したり予想したりしている。「…それでは、発表する。まず、大臣から。」
どうせ僕には関係無い。
あー、早く終わらないかなあ。
離宮に早く帰りたい。
ナントカ太閤だのナントカ長だの………長くて聞いてはいられない。
「…最後に、王佐を任命してこの式を終わりとする。」
あー、最後になったか……空気ははりつめて、緊迫している。
「王佐は、我が従弟のイアフメスに務めて貰うこととした。」
……ふぅーん。
て、
え、ええええええええ…?!僕?!
「え、あの、い、いや、じ、辞退させていただきま」
「これで式を終わりとする。大広間での晩餐会、どうぞお楽しみあれ。」
えー!?強制終了?
まだまだ席はざわついてる。
「ウソだろ…」
「そもそも俺、そんな人が居たこと自体知らなかった…」
「王族はあそこだろ……誰なんだよそれ…。」
君達聞こえてます…。
その点では五年近く離宮に引きこもったのも意味があったというものだ。
だけどさっ、カルファ。
なんでここで突然僕を引っ張り出してくるんだよっ!!
もう少し軽い役目とかならまだ妥協の余地があったのに、突然王佐なんて重役を……。
とりあえず、追いかけよう、カルファを。
早々と王は消えちゃったし。
「カルファ!なんてことをしてくれるんだ!」
「ん?ああ、久しぶりだな、イアフ。」
「いや、そ、そうだけど……。だけど、なんたってこんなことを………!」
「俺がそう望んだからに決まってんだろ。お前に王佐になってもらいたかったんだよ。」
「え?なんで?別に他のひとで良いと思」
「ダメなんだっていってんだろ。」
「なんで?」
ジーッとにらみ合いが続く。
「………姉上が輿入れするのは知っているか?」
「イシスネフィアが?へ~、知らなかったなぁ。」
「…父上の頃からあった話なんだ。」
堅苦しい王の衣装を脱ぎながら言う。
「相手は、イスラエル王国三代目国王ソロモン。」
「イスラエル王国……ああ、最近強くなってきたヘブライ人の国かぁ。」
だけど、ソロモン……?
聞いたことないな、ダビデとかいう王は凄いらしいけど。
「……ダビデ王の末息子だ。兄王子と相当な王位争いをしたらしい。」
「ふぅん。」
ずっと離宮に引きこもってたからなあ、こう言うのには疎い。
知らなかった。それにダビデ王は死んでいたことも知らなかった。
「それくらいした上に、更に政治的手腕は抜群で、着々と同盟国を作り国土拡大にいそしんでいるとか。姉上を嫁がせるに当たって送る使者も、生易しい者では許されまい。」
「…で、僕に白羽の矢が立ったってこと?」
「王族として問題もないが、国での立場に問題ありだったからな。………大体イアフ、お前、俺のこと避けていただろう。」
「……あー、うん、……そのー、」
図星だ。
「…お前が、その外見で目立っていたのは知っている。だから、更に変に、目立たないようにしたかったんだろう。まあ、他の理由もあるようだが。」
ギクッ…
全部わかっているみたいた。僕の考えなんて。
白子の僕は、その独特な肌色を自慢するエジプト人の中で明らかに異質だったから。
それを気にして、目立たないようにしていた。
「俺は知ってるぞ。お前にある能力が備わってるってこと。」「………そんなもの、ないよ。」
「嘘だ。しらをきるなよ。嘘じゃねえって言うなら、俺と目を会わせてみろよ。…ほら。」
合わせられなかった。だって嘘をついているから。
もう隠せない。認めるしかない。
カルファには負けた。白旗だ。
「………どうして、知っているの?」
「お前の守護天使に聞いた。三年くらい前だ。お前は徹底的に俺を避けてたから、代わりに彼奴に聞いた。理由をな。そしたらアッサリ教えてくれたよ。」
サリエル……、裏切ったか……。
「守護天使がいるから、〝どんな人にも良い印象を残す〟という祝福だろう。」
「なっ……!」
完全にばれていた。
「そうだよ………サリエルは祝福と言った。けれど、…………。」
〝少しでも言葉を交わせば、相手に否応なしに良い印象を残すんだ〟
その言葉がどのくらい重かっただろう。
その力で、もし気づかないうちに、自分そうではないかもしれないが誰かに良い印象を与えさせ、相手が僕を王にして、叔父の王と従兄のカルファを殺そうとしたら…………?
それが恐ろしかった。
だから、離宮に逃げて、引き込もって、美術と文書に埋もれるようにして。
何だかカルファに会うのが申し訳なくて億劫で……、ずっと、逃げていた。
そんな僕を見るカルファの眼は、
「……その力を使ってでも良い。」
王の目で、
「ソロモンを率いれて我が国に繁栄をもたらしてほしい。」
僕の弱さなんて見透していて
「だから」
これぞ王にふさわしい人で
「イスラエル王国に、いってはくれまいか?」
とても断れようもなかった―――――。
。.:*:・'°☆
イスラエル王国までの道のりは長く、険しい。
砂漠もあり、山もあり、何せ体力のいる旅路だ。
それに、気を付けねばならないのは盗賊だ。
隊商を狙う盗賊に、まさに良いカモである僕たちが狙われたら元も子もない。
「………いつ着くのかしら…。」
「明日にはつくよ。」
そんな旅路も終わりを迎えていた。
イシスネフィアとは、姉弟同然の付き合いだったから、彼女が輿入れとは、なかなか感慨深いものでもある。
「あした……。」
「都、エルサレムの姿ならここからでも見えるはずだよ……ほら、あれだ。もう、イスラエル王国の国内なんだよ。」
イシスネフィアの問いに答えて、向こうを指す。
向こうに、二重の壁の都が、高台の上にたっているのが見える。
夕暮れの茜色の空の色と同じ太陽の日の光に染まって、美しい幻想的な風景になっていた。
「あの、町が……。」
「ダビデの町。もとは砦だったそうだよ。」
山々に囲まれて立つその街は、なにか圧倒するものがあった。
「ここら辺に幕屋をはろう。」
僕の声を合図に、回りを固めている兵士や、イシスネフィアの侍女達が泊まる準備を始める。
一番星は、都の上に輝いていた。
翌日。
「これが、ヤッファ門……!」ずっしりとした石造りの城門は大きく、十メートルを越していると思う。
昼間だが、何故か閉じられている。
「貴殿方がエジプト王国の使者ですか。」
唐突に声が前からして、見上げていた頭を前に戻すと、そこには質の良い生地に身を包んだ男がたっていた。
「あなたは…?」
「申し遅れました、イスラエル王国王宮護衛隊長・ミカヤと申します。」
「王宮護衛隊…?そんな、まさか、あの王宮護衛隊が…?」
王宮護衛隊。それは武術に優れた男のトップ集団だ。
それこそ隊長は、王の側に仕えるような身分だろう。わざわざ出迎えてくださるなど…。
「勿論、ソロモン王の王妃様がいらっしゃいましたから。これから市街を抜けて、城へ案内します。暫しお待ちください。」
礼をして、近くの見張り小屋へ入っていった。
何をするのだろう…?
「エジプト王国の王女、ソロモン王の王妃、イシスネフィア様が通られる!皆歓迎せよ!」
見張りが大声で叫ぶ。
わー、といった声が返ってきた。
「皆、待っているのですか?」
「あなたが送ってくださった先触れの兵士のお陰で、こうして予定していたお迎えができたのです。」
まったくその意図はなく、ただいつ着くかくらい向こうだって知りたいだろうと思い、昨日送っておいたのだ、先触れを。
エルサレム市民からは、なかなか好印象らしいイシスネフィア。
国民に冷たくされることほど辛いものはないから、従弟として、少しホッとした。
「門が開きます。」
ミカヤ隊長の声がかかった。
重い石造りの扉はゆっくり、ゆっくりと開く。
とたんに
「王妃様ー!」
「イシスネフィア様だ!」
「王妃様に万歳! 」
と歓声が聞こえた。
「馬を進めましょう。」
「ええ。」
僕とイシスネフィアを先頭に、従者たちも続く。
光はさんさんとさし、花びらが舞っている。
「王妃様に万歳!王様に万歳!」
「国に栄えあれ!」
城までのメインストリートを群衆が埋め尽くしている。
意気高揚として、イシスネフィアも顔を輝かせて、手を振ったりしている。
「あれが城です。」
「そうですか……立派な城ですね。」
「ありがとうございます。どうぞ、此方へ。」
正面に回される。
城は木で出来た立派な、大きなものだった。
馬を降りる。
「それでは迷わないように私の後ろを着いてきてください。」
頷いて見せると彼は進みだした。
エジプトの王宮もおおきいが、この王宮も大したものだ。独特の植物をかたどったような彫刻が多い。
何回も角を曲がり、ついについたのは、重厚な気の扉の前だった。
「陛下!エジプト王女、イシスネフィア様と使者様がいらっしゃいました!」
「入れ。」
「どうぞお入りください。」
扉が開いた。
ずっと奥に、王が座っていた。
玉座までの道の両脇には大臣が詰めかけている。
いっせいに、彼らの視線が僕たちを突き刺した。
静かに前に進み出る。
「イスラエル王国第三代国王ソロモン陛下、私はエジプト王国の使者にして王の従弟イアフメス、此方は王女イシスネフィアでございます。以後お見知りおきを。」
「イシスネフィアと申します。皆様どうぞよろしくお願い致します。」
イシスネフィアが旅路の間していたマントのフードを取ると、大臣の間からどよめきが上がった。
「なんて綺麗なんだ…」
「美しい…」
従弟の贔屓目を抜きにしたって、イシスネフィアは美しいと思う。
なかなかの好印象を与えたようだ。ふう。
「…………歓迎の晩餐は夜に行う。それまで控えていてくれ。」
「分かりました。感謝致します。」
深く礼をして、王の御前から下がる。
流石に一国の王だなぁ。何かしらの威厳を持っていた。
「…どうかされましたか?」
晩餐会。
回廊を歩いていると、一人の女性に出会った。
……………王太后陛下か?
「…何でもありませんわ、使者殿。」
「ではなぜ?貴女の息子さんが今日の主役ですのに。」
「…だからですわ。母として身を引いただけです。」
まあ、暗に関わらないでと言われているようなもんだ。
さっさと退散しよう。
「…お待ちください、ひとつ、聞きたいことが。」
「王太后様の望みとあらば。」
「……………貴殿の御両親は、どちらの御方ですか。」
「先のファラオの弟・セティアラーと、その妻・
シェリティの息子ですが。」
「…………そうですわよね。」
「…では。」
一体王太后がなんで僕の両親のことを気にしたのかは知れない。
従弟と言っているんだから、わかるものだと思うのに……。
「うう……晩餐会疲れた…。」
『特に君なんて何年か振りだったもんね。』
「しかたないよ…。」
『まあ、君なんて何年も引きこもってたからね。ただでさえ疲れる晩餐会のに。』
「引きこもってたって………」
『まさに黒歴史』
「黒歴史言うな…」
グッタリ。
長椅子に崩れた。
「ぐえー…………。」
『大変だったのは認めるけど。』
「どうも………。」
このまんまでいい。もう寝てしまおう。
『うぉーっと!』
「うわ!」
とろとろと眠りに入り始めたところで、まぶたの裏が白くひかり、何かがぶつかってきた。
『ミカエル!』
『ふぃー、やれやれ…。』
「え?ミカエル?なんで?」
『天の仕事はどうしたんだ?』
『そう怒るなよって、サリエル。下界での任務をもらったから心配すんな。』
「いや、良くないし心配せずにはいられないと思うよ…。」
ミカエルは長椅子のへりに座った。
『それで?言い訳は?』
サリエルが咎めるように言う。
『この気持ちがわかってたまるかよ、折角下界での任務を勝ち取ったのに、ちぇっ、忌々しいことにあの王のお守りをしなくちゃなんねえんたぜ!』
「あの王?」
『ソロモンだよソロモン。』
「そんなに悪い人じゃないよ?」
『出会ってまだ一日で人を判断してはいけないよ。』
サリエルまで!
ソロモン王はそんなに天使に不人気なの!?女性には人気なのに!?
『…………まぁ、ミカエルのように毛嫌いするのもどうかと…』
『なんだよ結局お前はイアフの味方かよサリエル………じゃなくてだな、間に合ったか?』
「何に?」
間に合った?
何かが起こるのかな?
『晩餐会ならここじゃないしとっくに終わってるけど?』
『そうじゃない。……………クソ!ダメだったか!』
バチン!
音がして、ある老人が現れた。白い光を放っているから天使なんだろう。
『おい、ラジエル!迷惑かけんじゃねえ!!このジジイ!さっさと帰りやがれ!』
『おうおう、ミカエルがわざわざやって来るとは…よほどの若者に違いないのぅ…。』
「???」
『ラジエル殿、旧友のよしみでここは引き取っていただけないだろうか?』
『サリエル殿か、ここでグズグズして良いのかね?今わしが居らぬから命の木までの道は地上から筒抜けになっておるぞぅ。』
『んなっ?!そんなことはっ!?』
顔色を変えてサリエルは消えてしまった。
それよりこのおじいさん、今、脅したでしょ……。
『それよりミカエル、良いのかね』
『サリエルのようにはいかねえぜ。そのために地上での仕事をもらってるってんだ。』
『ソロモンについていなくても…』
『別に俺の知った話じゃないね。四六時中見張ってろとは神様をお言いになさらなかったからな。』
『頑固じゃのぅ……まぁ、良いのじゃ。イアフメス、そなたに頼みがある。』
「…?はい、なんでしょう?」
天使が頼み?
見も知らないこのラジエルという老人の?
『ラジエルの書、と言うのを知っているかな?』
「…知りません。」
この御老人の書だって?
聞いたこともない。それに貴方の書物になんの意味が…
『わしの持つ、これはの、すべてのことに関する答えがかかれているのじゃ。』
「…?」
『意地悪だったかの。わしは、神の玉座の側ですべてのことを見聞きし、これに書き留める。だから、この書には、宇宙や天、世界の神秘まで書かれておるのだ。』
神の玉座?
神秘?
神の側に立って?すべてのことを見聞き?
「…そんなの、神話でも聞いたことがない…」
『それは、そなたの知る神話、エジプト神話に間違いがあるからじゃ。』
「神話に間違い?確かに国によって神話に違いはあるけど神々の名前が違うだけで」
『神は1つじゃ。』
「ひとつ?じゃあラーは?イシスは?セトは?まさかアメンまで居ないと言うんじゃないよね?」
『なぜそのように神を分けるのじゃ。すべてひとつとなっている唯一の神が居られるのじゃ。』
「…嘘だ、それなら、おじいさんは何なんだ?」
『天使、神の使いじゃな。』
「………。」
『まあこの話は難しいからの。ところで。』
ふぅ、とため息をつくと、
『頼みを聞いてくれるかね。』
『ダメだ!そんなのはダメに決まってるだろ!』
「…ミカエル?」
『やはり反対するか。』『いいか、イアフ、世に賢いと言われる奴ほど書を求めるんだ。そんなやつに、お前がもっているとばれたらどうする?』
『勿論それ対策もかねて君の心に封印するのだ』
『それが危ないんだよ!!拷問してまでても手に入れようとするやつだっているかも知れねえんだ!書は、所有者の望まない限り、勝手に封印を解くことは出来ねえ!分かるか!これで、心を無茶苦茶にされるかもしれないんだぞ!』
ミカエルが大声で叫ぶ。
危ない……書が、危ない……?
『君なら正しく、この書を使えるだろう。』
『騙されんな!本当の〝智恵〟がいかに恐ろしいか知ってるか?!』
ラジエルが言えばミカエルが応酬し、収拾がつかなくなってきた…。
「…あの、二人とも、」
『『なんじゃ(だ)?!』』
「……考えさせてもらっていい?明日とか、もっとあとに決めるから…」
『おおそうか、良いぞ。明日来よう。』
『…やったぜ。』
二人ともは変ににこにこしながら消えてしまった。
お互いの都合の言いように解釈しすぎな気もするが……。
「……どうしたら良いんだろ…。」
自分がどうしたいかわからなくなってしまった。
とりあえず寝よう。寝るに限る。
。.:*:・'°☆
エルサレムに来てから一週間がたった。
イシスネフィアの待遇も心配ないようだし、この国との繋がりはそれなりにつくれたので、早く帰国したい。
まず、食べ物。
なんか合わない。はじめは珍味だと思って食べていたが、だんだんなれぬ食材に嫌気が差し始めた。
次に、住居。
様式は別に問題ない。が、しかしこんなに風のとおらないところだとは思わなかった。
次に、礼拝。
朝は大抵、それをやるらしく、城が静まり返ってしまう。折角朝の散歩と思ってもなんか薄気味悪い。
結論。
早く帰りたい。
結局、ラジエルの書云々は受けとることにした。
そもそもあの場を見た人は居ないだろうし、僕が知らないんなら、国に帰っても書のことを知る人は居ないだろう、狙ってくるやつは居ないだろう、と踏んだからだ。
ミカエルは勿論最後まで反対したけど、そこまで心配しなくても良いんじゃないかな……あれは、いつになく大袈裟だった。
「使者殿。王がお呼びです。」
「ソロモン王が?…………いきます。」
のんべんだらりとしていたところに突然、召し使いが現れて言った。
王か…何かあったのかな?それとも僕がなにか不祥事でもしただろうか?そんな記憶はないけど。
「君、王のところまで連れていってくれ。」
「…かしこまりました。」
呼びに来た召し使いはこの役目もかねてるに違いない。来たばかりの僕に、王の居場所なんか分かりっこないからだ。
何回も角を折れ曲がり、着いた先は…
はじめて謁見した間?
なぜそんな大層なところで…
「王はこちらでお待ちにございます。」
「どうも。」
扉を親衛隊の兵士に開けてもらい、中へはいる。
「私をおよびとのことでしたが」
「一つ二つ、聞きたいことがある。」
「何でしょう?できる限りお答えしましょう。」
「…その言葉に、嘘はないな?」
「無いです………?」
何の意図をもって聞いているかサッパリ分からない。
「〝ラジエルの書〟の話を聞いたことがあるか?」
「…それは、あります………智恵のつまった書物だと思いますが。」
「なるほど、智恵のつまった書物…………面白い言い方だな。」
はあ、そうですか。
「…私は、父をも越える王になるために、それが欲しいのだ。」
「…そうでしたか。」
ん…なんだかヤバイ展開になってきたような…
「…正直に答えよ。貴方は、ラジエルの書を、持っているか?」
「…え?」
嘘だろ!こんな展開になるとは思わなかったよ!
まさか持ってますなんて答えられないし…!
「…持っているか?」
「…え、ええーっと……何のことだか」
冷や汗が出る…
心臓がバクバクいってるよ……
「…とぼけるな!持っているんだろう?」
「…え、えーと、」
「私は見たんだぞ!一週間前の夜に、偶然!ミカエルまで巻き込んで………!ラジエルの書を受けとるか迷って、次の日に受け取ったことをな!」
「…えっ……。」
あの場を見られていたなんて、思わなかった…。
扉が、開いていたの…?
気付いたら、ソロモンが僕の肩を掴んでいた。
いつの間にか目の前の玉座から降りていたらしい。
にしても、
「…いっ、た……」
「手荒な真似はしたくない。出せ。今すぐに。」
力が強くて肩が割れそうだ。痛くて涙が出る。
「……たとえ、僕が持っていたとしても、貴方にあげることはできません…!」
「なんだと!?」
ついには胸ぐらを捕まれた。
うぐ………
「………出せ、さもないと」
「無理で、す…」
「…この、出せ!」
ん………
いきがくるしい…
頭に霞がかかったようで、ろくに動かない……
「…出せ!出………おい?」
「…ぅ……」
「…おいっ!大丈夫か!」
「……、」
「…なんてことだ。やってしまった…!」
「何をしているのです!」
「…母上。」
ちょうどその時扉が開いて、王太后が入ってきた。
「………理由の説明は、あとで良いわ。そこの貴方たち!」
「…はっ、」
「エジプトの王弟・セティアラーとその妻に使者を送りなさい。すぐにこちらに来るように、と。」
「…はっ。」
扉の前の親衛隊の兵士は早足で去っていった。
「…貴方は、彼を部屋に運びなさい。自業自得です。」
「………はい。申し訳ございません、母上。」
「謝るのは彼になさい。」
王太后はそれきり、なにも言わず部屋を出ていく。
玉座の間には、思い沈黙が降りていた。
。.:*:・'°☆
「イアフ!」
「イアフメス!」
エルサレムの城の一室に、エジプト人の夫妻が駆け込んできた。
「ああ、イシスネフィア……王妃様、いったい何があったのです?」
「…それは、我が愚息からお答えしよう。」
「王太后様…。」
「…何があったのでしょうか?」
王弟の妻シェリティは私に目を向けた。
「…それは…………。」
今までの敬意を洗いざらい話す。
「…私は、自分を若輩者としてバカにしている、父のころからの家臣を、父にはなかった〝智恵〟 で見返してやりたかった。ただそのためだけなのに、どうして異邦人に与えられて、ヘブライ人の私に与えられないのか、悔しかったのです。」
「…本当に、申し訳ない。」
「…………そうでしたか。………息子の気持ちが私どもにはわかりませんから、なにも言えないのですが………あまりお気になさらず。」
「……すまない…。」
思い沈黙が落ちる。
それからふと、母が何か、ネックレスを取り出した。
「…このネックレスについて、王弟夫妻に聞きたいことがある。」
「…なんなりと。」
「…このネックレスはどこで手に入れた?」
「…さあ。忘れてしまいました。」
「嘘だろう。では、別の質問をしよう。」
ネックレスを夫妻に返して、言った。
「…エジプトのファラオが従弟、イアフメス、彼は、そなたらの実の息子ではないのだろう?」
「…え?」
どうしてそんなことを言うのか。
思わず母の顔を窺う。
「…太后様の言う通りです。彼は、私共の実の息子ではありません。」
「ご説明願えるか?」
「分かりました。それは、」
――――二十年前のことでした――――
その頃、私達は結婚したばかりで、その記念にエジプト一帯を旅行していたのです。
そしてある船で、一人の、赤子を連れた若い女性に出会いました。
『それは、お子さん?』
そして彼女は私たちに
『いいえ。』
『珍しい容姿なのね。綺麗だわ。…お子さんでないの?』
子供を
『あの、…………お願いです。この子を、預かっていただけませんか。』
『え?』
預かってくれるよう頼みました。
それから彼女は、
『この子は、とある王の子なのです。』
『待ってくれ、詳しく説明してほしい。』
その子の身の上を語ってくれたのです。
。.:*:・'°☆
『アガル。』
『何でしょうか王妃様。』
『喉がかわいたわ。お水をくんできて頂戴。』
『はい。』
私の仕えるのは、バト=シェバ様。
素敵な王妃様だ。
始めに出会って一目惚れして、貴女に一生仕えようと思った。そんな方。
『そなたはアガルと申すのか。』
『……どちら様でしょう。』
ふと、男の声がした。
水瓶に水を汲む手が止まる。
『ここは王の後宮ぞ。入れる男など限られておろうが。』
『何のご用でしょうか。』
まさか、ダビデ王本人とは………!
『……王宮侍女か。誰に仕えている?』
『貴方の妻ですが。』
気付けばいつの間にか、すぐ近くに来ていた。
すこし身を引きながら答える。
『……変わった奴だな。普通は女主人の名を言うものを。』
期限を損ねたのかよく分からない。
はっきりしているのはそれ以降、王が私に構うようになったことだ。
向こうはどうも、私を気に入っているようだが、〝変わり者〟として奇異だから置いておきたい、そう言うものだろうし、私は王など好きではない。
女はよく乗り換えるし、気紛れだし。まさに私に構うなんて、彼の言う〝気まぐれ〟に違いない。
それからしばらくたって、王妃様に第一子がお産まれになった。
男の子で、父親そっくりらしい。おきれいで可愛らしく、王は王妃様のことを、数多い後宮の后のなかでも格別気に入ってらしたから、この子が王になる日も近いのかもしれない…。
『…ここにいたか。』
『……王?』
一人でまた、水汲みに行こうと廊下を歩いていると、ぐいっと強く、右腕を引っ張られた。
『…茶番は終わりだ。王妃と子はもうけたからな。』
顔を無理矢理、王の方に向かされる。
『振り向いてもらえないなら、力ずくでも証明してやろう。』
何があったの……?!
私をにらむその目は鋭く、恐くて、
なにもできなかった…………。
どうしよう…?どうしよう…?!
もし今ので、王の子を孕んでいたとしたら?
私は…、私は……?!
『ねえ、知ってる?』
何よ?
バト=シェバ様の子、神の怒りが大変らしいわよ。
そーなの?
そうよ。なんでもあの二人、不倫のはてに結ばれた関係じゃない。
あーそーゆーこと?
そーそー。律法でやっちゃいけないことしたでしょ?だから神の怒りにふれちゃって、お子さんを神が打ったんですって。死にそうらしいわよ。
へぇー、そんなこともあるもんなのね。
井戸端の、侍女の話だ。
なんてことない、何時もの根も葉もない、ロクでもない噂。
でも、あの子が大変?
神が打った…?死にかけてる?
どうやったらその子を救えるのだろう?
神に頼むとき、いつも生け贄を…
いけにえ?!
もしかしたら?
もし、私の腹のなかに子がいて、その子を犠牲にしたら?
大切な王妃様の子を、救ってくれるかも知れないの…?
狭い部屋の寝台で突っ伏して泣く。
お願いです、神よ…!
お救いください…!
〝アガルよ。〟
あっ。
〝そなたの願い、聞き入れた。そなたの子を贄となし、彼の子を救わんことを。〟
救ってくださるのね…?!
〝しかし、これは誰にも知らせてはならぬ。子に、母の首飾りをかけて連れ出し、ある夫婦に託せ。今宵、行くのだ。〟
でも、ばれてしまわないか…?
〝案ずるな、私は貴女と共にいる。〟
〝向かえ、エジプトへ。あの、黒土の国へ。〟
。.:*:・'°☆「これが、私共の持っていた秘密にあります。」
………そう言うことだったのか。
彼は、父と母《バト=シェバ》の第一子、実兄だったのだ…!
しかし、兄は「死んだ」と言われていた…赤子の遺体など誤魔化すのにどうしたのだ……?
『幻だよ。』
天使…!サリエルと言う、あの夜に見た…!
『私の力でね。因みに、このネックレスを王妃バト=シェバから奪い、イアフメスに渡るようにしたのも私だ。』
「そのネックレスは、私が…!」
『そうだよ、王太后。昔に、君とダビデが愛し合った頃、〝愛の証〟として、君に贈られたものだ。』
「だから……、それを無くしたと知った王は、私のことを見向きもしなかった!裏切られたと思ったのよ!それがないから、それがなかったから…!」
母はわめいて、完全に自我を失っている。
顔を歪めて、天使に訴えた。
『……だから、人間は嫌だ。』
ポツンと天使のもらした言葉に、部屋の空気が固まる。
母も、静かになった。
『…私は長い間人を見てきた。天上で。ラジエルの書を守る人を探すために。』
それが、私の秘かな役目。そう、天使は続ける。
『確かに、相応しかろう人は居た。しかし彼らは、いざとなると、書を使った。それでは違うのだ。私は、書を、ただただ、守りゆくひとが欲しかった。』
天使の独白は続く。
『人に書を守らせると、限りある、それぞれが唯一無二の命である人の力を信じていた神は、あの侍女アガルの願いを叶えた。そしてその代わりに、救われし赤子に書を託すことを決めた。』
『私は、ついに、求めていた人が現れたと知った。すぐに決意した。地上に降りて、彼を見守り、一生仕えようと……。』
それきり天使は話さなかった。
皆頭を垂れて、聞いていた。思いもよらない、唯一の神の考えに、圧倒されてしまった。
だが、これで私は、心置きなく退位できる。
彼こそが王にふさわしく、兄であり、書を守ると神に選ばれた人であり、
あんなことを彼にしてしまった自分は、もう、王にはふさわしく無い…!
「そんなこと無いよ。」
「?!」
「そんなことは無いよソロモン。」
彼が、寝台に身を起こしていた。
すべて、今までのことは、聞いていたのか…?
「どうしてそんなことを言うの、ソロモン。同じ血を継ぐ君には、僕の天使による力、〝言葉を交わせば否応なしによい印象を与える〟が効かなかった。君は、一度、智恵を欲して神に頼んだはずだ。そのとき、君は別の力を与えられたと言われていたはずだ。それがこれなんだ。」
「そんな、馬鹿な…。」
力が抜けて、膝をつく。
「僕は王の素質なんて無い。つい最近まで引きこもって現実から逃げていたただの男だ。だから、そんなことを言わないでよ。君が王じゃないと、僕が困るんだ。それに、自分の力で兄王子を廃したのは誰だった?それで、十分だろう?」
今、すべてを許された気がした。
努力を認められたと思った。
白い髪の、赤い瞳に、父の顔をした兄が、私を認めてくれた。
「…………兄さん……!」
思わず、二人で抱き締めあう。
家族として再会した喜びと、そうでない喜びが身体中を駆け巡った。
。.:*:・'°☆
その後、王弟夫妻は帰国し、一人はエルサレムに残った。
ソロモンは王としてその後も、素晴らしい政治的手腕を発揮した。
。.:*:・'°☆20年後。.:*:・'°☆
「僕が?」
「そうだ。父、ダビデの記した、〝詩編〟に匹敵する文学を書いてほしい。」
「分かった。ソロモンが願ったから、ソロモンのために、書くよ。」
―――イスラエルの王、ダビデの子、ソロモンの箴言
―――主を畏れることは知恵の始め。主を侮るものは、知恵をもさとしをも侮る
この言葉に始まる、〝ソロモンの箴言〟は、後に旧約聖書におさめられることとなる。
休まずイアフメスは書き続け、そして、
「終わった……。」
ある夏の日に、ペンを置く。
「……帰ろう、僕の故郷に。そこで余生を過ごしたい…。」
エジプトへ。知らぬ間に、帰っていった。
。.:*:・'°☆
これで、彼の物語は終わりだ。
しかし、他にも物語は続く。
歴史の裏に秘められた、様々に交錯する人々の物語は、
〝『生まれ出ずる月』の名を持つイアフメスよ、その役目を果たせ。〟
未だ、知られていない。
〝その姿にふさわしく、弟の月として、宵闇のなかを、支えるように。〟
ネタバレコーナーです。
この話は、旧約聖書中で、ソロモンとバト=シェバが不倫してできた初めの子が死んだ、という記述に発想を得たものです。
もし、その子が死んでなかったら?という、完全なIF。
イアフメス(主人公)は、エジプト人の親、ヘブライ人の子の違いが誤魔化せる(?)ような、アルビノにせざるを得ませんでした……違いがばれたら意味がないですから。
時代も時代で資料もほぼなく、かなりの脚色をしました。
もとは同人の漫画として書いたものです。
今後もシリーズとして歴史ファンタジーを書きますのでよろしくお願いします!