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いつかやってくる最期の時をを思うと胸が少しジリっと締め付ける。
使い慣れた自分の布団の中か、消毒の臭いがする病院なのか、それとも。
笹木美月は病棟の中にあるフリースペースにある大きな窓の前で、ゆっくり深呼吸した。
「私の世界には私だけ。今は邪魔しないでね。」
この言葉を美月は毎日繰り返し自分に言い聞かせる。
一人で生きていけないこともわかっている。
誰かの助けや関わりで自分が生かされていることも知っている。
そのことに対して、美月自身も誰かのために働きたいと強く思っていた。
今はそれができない現実が辛い、家族を心配させたくない、将来のことも不安。
多くの問題のなかで、美月は自分をまず守れる世界を作り上げようとしている。
誰かに自分の世界に侵入されるだけで壊れていくような気がする。
私の小さな小さな世界は私だけの大切な宝物だから、邪魔は嫌。
大きな窓から暖かな午後の日差しを体いっぱいに受け止めて、「私は元気になる。」と、
毎日同じことを繰り返すことが日課というよりかおまじないのようだった。
掌をを太陽にかざすようにを大きく広げても、受け止めきれない切れない。
でもそこに何か力があると美月は信じていた。
「笹木美月さん、調子はどう?」
声がするほうへと振り返ると、この病院の医者である土橋陽太がいた。
いつもにこやかで物腰柔らかい人間だ。人当たりも良くまじめだ。
ただ白衣の下から少しだけ覗かせるネクタイのセンスの悪さに美月は毎回うんざりする。
今日は黄色にゾウが散りばめられているものだ。
「今日はゾウ?」
美月は皮肉を込めて土橋に言う。この男は信用できる故に少しいたずらめいた気持ちになる。
「いいでしょ?最近読んだ本にゾウが出てきたこと思い出してね。」
良いも悪いもない、とにかく見た目に反してセンスの悪さが気になる。
ゾウが出てきた本はそんなにも土橋を感動させたのか。
「ところで先生はどうしたの?こんなところまできて。」
「笹木さんに話したいことがあってね。いつなら時間空いているかなと思って。」
美月は不安になる。自分自身のことで何かあったのではないか。
また私の世界が私だけでなくで他の誰かに支配されているのではないか。
日差しはとても暖かいのに、体の芯だけ急速に冷やされていく感覚が怖い。
「先生、私大丈夫なの?」
土橋は青ざめ困惑する美月にゆっくり優しく話しかけた。
「うん、大丈夫。誤解しないで、今後の予定を決めようと思って。」
土橋はいつどんな時も優しく応えてくれる。
患者に対して当たり前なのかもしれない。必要以上に美月に近寄らないのが良かった。
一時期、土橋の優しさに恋に似たようなものを覚えたけど、それは違ってた。
優しくされたことがなかったわけではない。ただ憧れが強くて本当に信じれる人間だったから。
なぜ信じられる人間であるのか不思議だったが、土橋は稀にみる人間だからだろう。
美月は窓に背をもたれかけると、また皮肉ぽく土橋に言う。
「私はいつでも暇だから、今からでも夜でも明日でもいつでも。」
本当に暇なのだ。やりたいことも何もないし甲斐のないのだ。
「それなら1時間後に診察室に呼ぶようにしようか。」
同じやりとりの繰り返しと土橋は気づいているのだろうか。
きっと彼は気づいていない。同じ表情に口調、すべて同じ。
いつもと同じよと言いたかったけど言えなかった。
そんなことは本当は誰だって、どうでもいいんだ。
「では、またね。」
土橋は美月の様子気にしたが、鍵のついた扉の向こうへと行ってしまった。
憎いと感じてしまうほど土橋の後ろがら羨ましかった。
また鍵の向こうに行きたいと美月は思う。
今はこの暖かな日差しを受けて生きたい気持ちが強いこともわかっている。
どうすれば自分らしく生きていけるのかがテーマな気がした。
檻のようで檻ではない、でも閉鎖病棟である。
閉鎖病棟が悪いとは思わない、悪いのはここにいたいと願い私。