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01.はじめての憑依

「――お前は、この『朽ちた鏡』で良いだろう?」


 魔物が出る迷宮の奥深く、荷物持ちのレクトが言われたのは――そんな言葉だった。

 その傍らで、パーティのメンバーは様々なものを手にしている。


 剣士は立派な剣を。

 斥候は珍しい鉱石を。

 魔法使いは美しい宝飾品を。

 治癒士は貴重な古書を。


 ――それぞれが満足そうに、嬉しそうな表情を浮かべる。

 それに対して……レクトに渡されたものは、一部が欠けた粗末な鏡。


「ふざけるな。階層主クラスの戦利品は、話し合って決める約束だっただろう?」

「だから、4人で話し合って決めたんだよ。お前はただの、荷物持ちだろ?」

「きゃははっ! アタシは絶対、この宝石は譲らないからね!?

 ねぇねぇ。うるさい荷物持ちは放っておいて、もう出ちゃいましょうよ」

「ああ、そうだな。

 帰り道にうるさくされても仕方ねぇから、帰還スクロールで戻ろうぜ」

「それじゃぁね。ケンセイサマ♪」

「ま、待て――」


 ……レクトの制止も虚しく、パーティの全員は光に包まれて消えていった。

 帰還スクロールは高価なものだが、ここで手に入れたものよりは……ずっと価値が低い。


「――くそっ!!」


 レクトは忌々しそうに言いながら、静かに腰を下ろした。

 ここは迷宮の奥深くとはいえ、途中に出てきた魔物は強くはなかった。

 迷宮の地図は頭に入っているし、帰還スクロールを使わなくても……ひとりで帰還はできるだろう。

 しかし、さすがに今受けた扱いは――


「……まぁ、今さらか」


 受けた仕打ちを些細なものと飲み下して、レクトは手に入れたばかりの鏡を改めて眺める。

 そこには自分の姿が、ぼんやりと映っていた。

 ……磨けばもっと、きれいに映るのだろうか?


 まるで魅入られるように、しばらく中を覗き込んでいると――

 突然の頭痛が、耐えられないほどの激痛が、レクトに襲いかかった。


「ぐぁ……!? あああぁ……ッ!!?」


 鏡を落とし、うつ伏せに倒れ込む。

 そして、思わず手を伸ばす――……が、その先には仲間も、仲間と思っていた人間も、誰もいない。


 必死にもがいた手の先には、落としたばかりの、古ぼけた鏡だけがあった。

 思わず手に取り、薄れゆく意識で覗き込む。

 ……そこには何も、映っていなかった。

 しかし――


「――……ひょう……い……?

 ひょうい……。憑依――」


 うなされるように、レクトの言葉は小さく、広間の一角で消えていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――2週間後、レクトの姿は教室にあった。

 『職才』と呼ばれる、様々な才能を集めた『王立ヴァルセリア学院』。

 そこの2年生――というのが、レクトの肩書きだった。


「レクト! 無事だった!?」


 授業が始まる前、幼馴染のエステルが話し掛けてくる。

 編み込みで飾られた、淡い栗色の、長い髪。

 青色の瞳が、愛らしい顔立ちを魅力的に引き立てる。

 ――2年生の中でも、人気のある少女。


「ああ、大丈夫だ。心配を掛けて、悪かったな」

「本当だよ! 迷宮の奥に取り残されただなんて……。

 それで、そいつらはどうしたの!?」

「俺からは何もしてないぞ。まぁ、よくあることだからな」


 その言葉に、エステルはつい、レクトの右足を見てしまう。

 入学直後の屋外授業で、深い傷を負い、治療が間に合わなかった足。

 今やその足は、必要なときに……強い力を生み出すことができない。


 剣聖という剣術の職才を無駄にし、彼の夢を粉々にした怪我――

 ……そのことを思うと、エステルは未だに胸が苦しくなる。


「――俺は大丈夫だ。剣術なんて、とっくに捨ててるからさ。

 だから今は、こうして荷物持ちの修行をだな……」

「……『ポーター』って言いなさいよ。

 その職才を持ってる人に、失礼じゃない?」


 エステルは努めて、笑顔を作り出した。

 彼女が持つ職才も剣聖であり、同じ職才を持つ者同士、かつては共に戦う未来を夢見ていた。

 しかしレクトがポーターに転向した今、彼女は……一緒のパーティを組む、という目標に変更していた。


「そろそろ授業が始まるな。ほら、席に着いた方がいいぞ?」

「はぁ……そうだね。あーあ。私、授業は苦手だな~」

「成績優秀者が、何を言ってるんだよ……」


 エステルはとびきりの笑顔を見せたあと、自分の席に戻っていった。

 レクトはそのまま、落ち着かない気持ちで窓の外を眺めていた。



 ――昼休み。

 レクトが外で食事をとっていると、エステルがやってきた。


「レクト、一緒に食べよ!」

「……お前の友達と食べれば?」

「まぁまぁ、今日はレクトの気分なの!」


 そう言いながら、彼女は遠慮なくレクトの隣に座る。

 ふたりが広げた食事はそれぞれの寮で作られたもので、メニューは違っていた。

 片や男飯、片や彩りに満ちたもの。


「私、男子寮のお弁当の方がいいなー」

「ははは、剣術は体力勝負だからな。

 とはいえ、女子寮にもそういうメニューはあるだろ?」

「そうなんだけどさ……。周りの目が痛いでしょ? ほら、私のイメージ的に……」

「この学院は職才を伸ばす場所なんだから、その考えはダメだろう……。

 ……でもまぁ、エステルは人気者だからな」

「そうそう、そうなのよー」


 ――そんな人気者が、俺と一緒にいても良いのだろうか。

 情けない言葉が出かけたが、レクトはそれを飲み込んだ。


「……どうしたの? 顔、少し赤いよ?」


 エステルが無防備に、レクトに顔を近付ける。

 レクトは慌てて、エステルから距離を取った。

 そして場を誤魔化すように、話を続ける。


「そういえばさ、この前の迷宮で――

 ……何か俺、スキルを覚えたみたいなんだよ」

「え、本当に!? いいな、羨ましい!!」


 この世界では、後天的に突然、技能――いわゆる『スキル』を取得することがある。

 才能の芽吹き、神の祝福、古代からの贈り物……など、呼び方も様々だ。


「――それで、どういう能力? 戦闘では使えるのかな?」

「さ、さぁ……? まだ、使ったことが無いんだ」

「ふーん、気になるなぁ。ちなみに、スキルの名前は、何ていうの?」


 ……『憑依』。

 明らかに怪しく、使うことさえ躊躇われる名前を……レクトは口にしづらかった。

 ただ、その反面――改めて、このスキルが気になってしまったのも確かだ。


「うーん……。ここで言うのは、はばかられる……というか?」

「それくらい教えてよ! 私とレクトの仲じゃない!」


 その言葉に、レクトの胸には熱いものが込み上げてきた。

 仮に怪しいスキルだったとしても、エステルなら認めてくれるのでは……。

 本来であれば名前くらい、先に伝えるべきだ。

 ただ、それでも今は、その勇気が出てこない――


「……エステルが良ければ、ちょっと使ってみても……いい?」

「お、その気になったわね? 危なくは無いんだよね?

 それじゃ……はいっ!」


 エステルは、レクトに両手を差し出した。

 レクトは緊張しながら、彼女の手をゆっくりと掴む。

 そして、初めてではあるが――

 使い方は当然のように理解しており、その手順を踏んでいく。



 ――≪憑依≫



 頭の中で、パチッと弾ける音がした。

 思わず目を瞑ってしまったが、慌ててすぐに目を開ける。

 するとそこには――……レクトの、自分自身の姿があった。


「お、俺ぇええっ!!?」


 叫んでからさらに驚く。明らかに自分の声ではない。

 聞こえ方は少し違うが、まるでエステルの声のような――


 慌てて自身の手を見ると、女子の手だった。

 白魚のような……感じではなく、剣を振るっている手。

 レクトの記憶にもある、エステルの手だ。

 ……ついでに、胸が邪魔して手以外には脚しか見えない。


「えぇっと――それで、目の前の俺は……誰?」


 恐る恐る、レクトの身体に声を掛ける。

 しかし目の前のレクトは、不思議そうな目を向けている。


「……えっと? エステル、何か悪いモノでも食ったのか?」

「しゃ、喋ってる!?」

「そりゃ、喋りぐらいはするだろ……。

 っていうかお前、俺と喋りに来たんだろ……?」


 目の前のレクトは、普段通りに話している。

 声の聞こえ方はやはり違うが、他人から聞けば……こんな感じなのだろう。

 突然の非日常な出来事に、レクトは胸元に手を当てて――

 少しばかり手の位置に迷ったが、心臓の音を確かめて、静まるように集中する。


 ……落ち着け、俺。

 ……落ち着け、俺。


「何だかおかしなやつだなぁ……。

 ふわぁ……。昼休みも終わるし、そろそろ戻るか」

「う、うん……!」


 レクトの身体は立ち上がり、すたすたと先を歩いていく。

 エステルに憑依したレクトも慌てて立ち上がり、レクトの身体を追いかけていく。


「~~~~~っ!!?」


 脚の素肌をスカートが掠め、冷たい風が通り抜けていく。

 エステルの身体の歩き方に、レクトはどうしても違和感を覚える。

 まわりの生徒たちから、どこか見られている気がする。

 単純に恥ずかしい。……しかし、これがエステルの日常なのだろう。


「――あ、そうだ。

 憑依を解除すればいいのか……!」


 そう思ったときには、既にレクトの姿は見えなくなっていた。

 案外歩くのが速いのか――……いや、エステルの歩幅が小さいのか。

 遠くの方から、授業開始の鐘が聞こえてくる。


 レクトは慌てて走り出したが……慣れない身体で、転倒してしまった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――エステル、遅いじゃないか!」

「すいません……。怪我をしてしまって、保健室に行っていました」

「ふむ、そうだったのか? 授業中だから、早く座りなさい」

「は、はい!」


 仕方が無いこととはいえ、授業中のクラスの視線を集めてしまった。

 元の身体であれば何ともないことだが、エステルの身体に憑依している今――

 ……何だか無性に、恥ずかしかった。


 その恥ずかしさに耐えながら、レクトはどうにか授業を終えた。

 今のうちに早く、元の身体に戻らなくては――

 そう思ってレクトの席を見ると、レクトの身体は見当たらなかった。

 レクトは慌てて、友人の男子に声を掛ける。


「あ、ごめん……。俺……いや、レクトは?」

「ん? あいつなら、今日は早退したぜ?」

「え、何で!?」

「昼休みのあと、眠い……って急に言い始めてな」

「わ、私! 用事があったんだけど……!?」

「明日も授業があるし、明日にすれば?」


 レクトが慌てながら話をしていると、エステルの友達が近寄ってきた。

 

「そうだよ、エステル。

 いくらレクト君が心配でもさ、押し掛け女房にもほどがあるよー?」

「ひゅーひゅー♪」

「違……ッ! そ、そんなんじゃないから……!」

「わかってる、わかってるよ~♪

 それじゃ今日は、約束してた女子会だからね!」

「……え?」

「さぁさぁ、街に繰り出そう! 今日はたっぷり遊ぶよ~っ!?」



 ――……その後のレクトの記憶は、曖昧だった。


 街中のお洒落なカフェで、最近の出来事を賑やかに話したり――

 急に恋バナに変わって、何とか時間をやり過ごしたり――

 どうにか解放されたあとは、できるだけ目を開けないようにして、風呂や着替えを済ませたり――



 ……そして夜。

 レクトはベッド横の照明を落として、仰向けに寝転んだ。


「……や、やっと……、今日が終わる……。

 明日はさっさと……元の身体に戻るぞ……」



 ――そうは言うものの、レクトはまるで寝付けなかった。

 寝返りを打つたび……長い髪が腕をくすぐり、パジャマの質感が肌に吸い付いていく。

 ……そんな未知の感覚が、レクトを眠りから遠ざけ続けたのだ。

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