表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚飾まみれの魔導書の世界をスッキリさせます。〜整理の天才児による、澱みゼロの最短魔術ライフ〜  作者: 寝不足魔王


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/59

第47話:二つの研究書と、著者の声


 朝、宿の部屋で著者の研究書の写しを広げた。


 王立図書館で整理した、あの記述だ。脳内で何度も辿ってきた内容なのに、今日は少し違う目で読み始めた。昨日、地下書庫で感じた魔導書の気配を思い出しながら、どこが繋がっているかを探していく。


 エレナが向かいの椅子に座り、昨日確認した封印の構造をノートにまとめていた。


「昨日の封印、改めて整理したわ。『理解した者が触れれば開く』という構造は間違いないけれど、何を理解すれば開くのかが、まだ明確じゃないの。著者の研究書にヒントがあるはずだと思うのだけれど」


「うん、そこを今見ているところだよ」


 リディアが「私は照合の補助ができます。農業魔法に関連する術式の記述があれば、見つけやすいかもしれません」と申し出た。アルスが「ありがとう、一緒に見ていこう」と答えると、リディアがノートを開いた。


 フィナが「私は何もできないけど、一緒にいていい?」と聞いた。


「うん、いてくれた方がいい」


「……なんか照れるな」


 フィナが俯いた。エレナが「フィナちゃん、素直ね」と微笑んだ。


 ◇


 地下書庫に戻ると、台座の上の魔導書が昨日と同じ場所に静かに置かれていた。


 使者が案内してくれて、部屋を開けてくれた。ランプの光が、石壁に揺れる影を作っている。冷たい空気が、地下書庫特有の静けさを作っていた。


 アルスが著者の研究書の写しを広げ、台座の前に立った。エレナが封印の外層を改めて確認し始めた。リディアがアルスの横に並んで、写しの記述を目で追い始めた。フィナが少し離れた場所に座って、静かに見ていた。


 照合を始めた。


 著者の研究書に記されている「水の本質」の記述を、脳内で改めて辿る。王立図書館で整理した時に見えた、水が浸透していく流れの核心。それをヴァルナの魔導書の気配と照らし合わせていくと、少しずつ輪郭が見えてきた。


 著者の研究書には、何かが抜けていた。


(水の流れを整理する方法は書いてある。でも、その流れを土地に合わせて届ける方法が書かれていない)


 もう一度、魔導書の気配を確かめた。封印の向こうに、何かがある。触れることはできないが、気配だけなら感じ取れる。その気配を追うと、逆に見えてくるものがあった。


(ヴァルナの魔導書には、土地への届け方がある。でも、水の整理方法がない)


 二つが、補い合っている。


「著者は意図的に、二つに分けたんだ」


 声に出すと、エレナが「……そういうことね」と呟いた。


「王都の図書館には、水の本質を整理する研究書を預けた。ヴァルナには、それを土地に届ける方法を書いた魔導書を遺した。どちらか片方だけでは、本当の本質に辿り着けない。両方が揃って、初めて完成する」


「だから百年間、誰も開けられなかったのね。ヴァルナの人たちがどれだけ優秀でも、王都の研究書がなければ理解できない。そして王都の研究書だけでは、ここの魔導書は開かない」


 エレナの言葉が、静かに響いた。


 その時、リディアが「……それは、私の術式に近い発想ですね」と言った。


「どういうこと?」


「水を主にして、土をその流れに従わせる。そして複数の場所に均等に届ける。私が辿り着いた発見と、著者の発見が……同じ方向を向いています」


 リディアが、静かに驚いていた。師匠の術式でも、魔導書から学んだことでもなく、自分で辿り着いた発見が、百年前の著者と同じ方向を向いていた。


(もったいなかった)


 その言葉が、脳内で静かに灯った。


 百年前に著者の発見が届いていれば、リディアの発見と著者の発見が、もっと早く繋がれた。でも今日、繋がった。順番があっただけで、ちゃんと繋がった。


 ◇


 二つの研究書を照合して、全体像が見えてきた。


 著者が伝えたかったのは、「水の本質を整理して、土地に合わせて届ける」という農業魔法の体系だった。現在ヴァルナで使われている農業魔法よりも、はるかにシンプルで、はるかに効果的な方法が、二つの記述の中に眠っていた。


 封印の鍵も、見えてきた。


「『理解した者が触れれば開く』という封印の『理解』が、何を指しているかわかった。著者の研究書とこの魔導書、両方を持っている人間が触れた時に開く、という構造になっているんだと思う」


「片方だけでは開かない、ということ?」


「うん。だから百年間、誰も開けられなかった。ヴァルナの人たちが王都の研究書を知らなかったように、王都の人たちはここの魔導書を知らなかった。両方が揃わないと、著者の意図にたどり着けない」


 エレナが「……著者は最初から、二つが揃った時だけ開くように設計していたのね。その人を待っていた封印だわ」と静かに言った。


 台座の前に立った。著者の研究書の写しを手に持ったまま、魔導書にそっと手をかざした。


 その瞬間、封印が動いた気がした。


 開こうとしている、という感覚だった。完全には開いていない。でも、昨日とは明らかに違う。封印の向こうが、少しだけ近くなった気がした。


「……開く」


「今日はここまでにします。明日、ちゃんと整理してから向き合う」


 フィナが「うん、それがいいと思う」と言った。エレナが頷いた。リディアが「万全の状態で向き合った方が、著者にとってもいいはずですから」と静かに言った。


 ◇


 地下書庫の出口へ向かうと、入り口の前でミアが待っていた。


 使者に頼んで待たせてもらっていたのだろう。アルスたちが出てくるのを見て、立ち上がった。


「……何か、わかりましたか?」


「うん。著者がちゃんと伝えたかったことが、少し見えてきたよ。明日、本格的に向き合う」


「そうですか……!」


 ミアの声が、わずかに高くなった。こらえようとして、こらえられなかった、という声だった。


「明日には、もっとわかるよ、きっと」


 フィナが笑顔で言った。ミアがフィナを見た。


「……ありがとうございます、フィナ様」


「フィナで、って言いましたよ」


「……フィナさん」


 ミアがかすかに笑った。この旅で初めて見る、ミアの笑顔だった。


 ◇


 宿へ戻る道を歩きながら、リディアが「アルス様、一つ聞いていいですか」と言った。


「どうぞ」


「著者と私の発見が同じ方向を向いていると、今日わかりました。でも著者は百年前に、同じ本質に辿り着いていたのに届かなかった。……私の発見も、届かない可能性があったんでしょうか」


 リディアが静かに、でもはっきりと聞いた。百年前の著者と自分を重ねながら、その問いを出してきていた。


 アルスは少し考えてから答えた。


「でも今日、届いたよ。リディアさんの発見はちゃんと形になって、清書されて、名前が残っている。著者の発見も、明日届く。順番があっただけで、両方ちゃんと届くんだよ」


 リディアがしばらく黙って、歩き続けた。


「……そうですね」


 静かに言った。その目が、穏やかだった。百年前の著者への思いと、自分の発見への確信が、その一言の中に静かに混ざっていた。


 夕暮れの農地が、橙色に染まっていた。水路の水が、この時間だけは穏やかに光を返していた。明日、著者の声が届く。百年間待ち続けた、その声が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ