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虚飾まみれの魔導書の世界をスッキリさせます。〜整理の天才児による、澱みゼロの最短魔術ライフ〜  作者: 寝不足魔王


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第26話:幼馴染の来訪と、変わらない笑顔


 朝、机の上に手紙が置かれていた。


 セリスが届けてくれたのだろう。封筒の表に書かれた文字は、少し歪んでいるが一生懸命に書かれている。その文字を見ただけで、誰からの手紙かわかった。


 封を開けると、フィナらしい言葉が並んでいた。


『アルスくんへ。元気だよ!押し花できたよ!約束だから持っていくね。あとね、カイルおじさんが王都に用事があるって言うから一緒に行っていい?会いたい!』


 最後の一言を読んで、耳が少し熱くなった。


 僕は羽ペンを手に取り、返事を書いた。長い言葉は必要なかった。


『待ってるよ』


 それだけ書いて、封をした。


 ◇


 数日後、カイルとフィナが王都に到着した。


 図書館の近くの宿で落ち合うと、カイルは相変わらずの大きな体で僕の頭をぐしゃりと撫でた。元勇者の手は重く、温かかった。


「元気そうだな、アルス。顔色もいいし、飯もちゃんと食えてるみたいだ」


「うん。セリスさんがちゃんと用意してくれているから」


「そうか。……ちなみに父さんが王都に来たのは、お前の顔が見たかっただけであって、別に用事があったわけじゃ」


「カイルおじさん、フィナに全部バラしたんですよ」


 隣でフィナが明るく言った。カイルが「こら」と苦笑いする。その横顔が、照れ隠しで少し赤い。


 カイルが「これ、母さんから」と包みを差し出した。開けると、母リーサの手作りクッキーが丁寧に並んでいた。前回と同じ布袋に、同じ形の結び目で結ばれている。


「母さんに伝えておいて。ありがとうって」


「自分で手紙に書け」とカイルが笑いながら言った。


 僕はクッキーの袋を受け取り、机の上の目に入る場所に置いた。前回と同じ場所に、同じように。


 フィナが新居の部屋を見回した。整頓された棚、真っさらな机の天板、窓から見える王都の空。


「わあ、すごく整理されてる。アルスくんらしいね」


「必要なものだけあれば十分だから」


 フィナが部屋を見渡しながら歩いていた足を、ふと止めた。机の隅に立て掛けられた一枚の紙を見つけて、目を細めた。


「あ……私の絵だ。飾ってくれてたの?」


「うん」


 フィナが「えへへ」と俯いた。その頬が、ほんのり赤くなっている。それ以上は何も言わずに、またゆっくりと部屋を見渡し始めた。


 ◇


 午後、フィナを図書館に連れていくことにした。


 カイルは「俺は王都で少し用事を済ませてくる」と言って、颯爽と離脱した。どこへ行くかは聞かなかったが、おそらく王宮だろう。国王への挨拶くらいはするだろうと思った。


 図書館の入り口で、セリスが出迎えた。


「アルス様、おかえりなさいませ。こちらの方は?」


「幼馴染のフィナ。一緒に育ったんだ」


「フィナです! よろしくお願いします!」


 フィナが元気よく挨拶した。セリスが静かに微笑む。その目が、一瞬だけフィナをじっと見た。値踏みするような目ではなく、何かを確かめるような、静かな目だった。


「……そうですか。アルス様からよくお話を伺っています」


「え、本当ですか? どんな話?」


「押し花の約束の話と、小指を繋いだ話です」


 フィナが「わあ」と顔を赤くした。僕も耳が熱くなった。セリスは何事もなかったように「どうぞ中へ」と扉を開けた。


 書庫に入ると、フィナが感嘆の声を上げた。


「すごい、本がいっぱい!」


 天井まで届く棚、整理された区画と、まだ作業中の区画が混在する書庫。フィナはきょろきょろと見回しながら、ゆっくりと歩いた。しばらくして、立ち止まった。


「なんか……ここだけ空気が違う気がする」


「整理が進んだところとまだのところで、空気が変わるんだ。澱みが取れると、本が呼吸し始めるから」


 フィナが真剣な顔で周りを見渡した。それから、何気なく言った。


「なんか……本が喜んでいるみたい」


 僕は少し驚いて、フィナを見た。セリスも、作業の手を止めて顔を上げていた。


 フィナは特に深い意味で言ったわけではないだろう。ただ感じたことを、そのまま言葉にしただけだ。でも、その言葉が、一番本質に近かった。


「……そうだね。喜んでいると思う」


 フィナが「えへへ、なんか照れるな」と笑った。


 ◇


 その時、書庫の奥からエレナが歩いてきた。持ち場を離れかけていたのだろう。フィナの姿を見て、足が止まった。


「……あなたが、フィナちゃん?」


「はい! エレナさんですか? アルスくんから聞いてます!」


 エレナが「私のことを、アルスくんが……!」と胸に手を当てた。


「すごく頼りにしてるって」


「頼りに……! アルスくんが、私を……!」


 エレナが目を潤ませ、その場に崩れ落ちそうになった。フィナが「え? 大丈夫ですか?」と無邪気に駆け寄る。


「大丈夫よ……ただ、あまりにも嬉しくて……。ねえフィナちゃん、アルスくんの幼馴染なのね。小さい頃のアルスくんのこと、色々教えてほしいわ。全方位から記録しておきたいの」


「いいですよ! アルスくんって面白くて、小さい頃に離乳食で虹を作ったりして」


「……離乳食で、虹?」


 エレナが完全に復活して、目を輝かせた。


 作業中だったリディアも、手を止めてこちらを見ていた。フィナと目が合うと、真っ直ぐに聞いた。


「あなたが、アルス様の幼馴染ですか」


「そうです! リディアさんですか?」


「……はい」


「アルスくんって、小さい頃から整理が好きで面白いんですよ。離乳食で虹を作ったり、文字の書き方を教えてくれたり」


 リディアが「……文字の書き方も?」と目を丸くした。


「そうなんです。一本道だと思ってスッと動かすといいって。それから全然震えなくなって」


 リディアが静かに頷いた。その目に、師匠の術式を最初に受け取った時と似た、何かが腑に落ちた光が宿っている。


「……アルス様らしい教え方ですね」


「でしょう?」


 フィナとリディアが、自然に言葉を交わしていた。初対面なのに、探り合う空気が全くない。フィナの話し方が、相手の壁を自然に解かせてしまうのだろう。


 エレナが「ちょっと待って、虹の話をもっと詳しく」と割り込もうとした瞬間、セリスが「エレナ様、持ち場へ」と静かに告げた。


「でも、フィナちゃんの話が」


「後ほど伺えます。今は持ち場へ」


「……わかったわ」


 エレナが渋々戻っていく。セリスがフィナの方を向いて、静かに言った。


「フィナ様、よろしければ作業終わりにまた話しましょう。エレナ様も、その方が落ち着いてお話できると思いますので」


「はい! よろしくお願いします!」


 フィナが元気よく答えた。セリスが微笑んで、作業に戻っていく。その背中を見送りながら、フィナが小声で言った。


「セリスさん、なんか頼りになるね」


「うん。いつも助かってるよ」


 ◇


 作業が終わった後、セリスが「私がエレナ様とリディア様のお話に対応しますので、どうぞ」と静かに申し出てくれた。


 その目が、一瞬だけ僕とフィナを見た。何かを言いたそうで、でも言わなかった。ただ静かに微笑んで、エレナとリディアの方へと向かった。


 フィナと二人で、広場へ向かった。


 噴水の水音が、夕暮れの空気に溶けている。石畳に西日が落ちて、広場全体が橙色に染まっていた。


「王都って、すごいね。人が多くて、建物も大きくて。なんか圧倒されちゃう」


「情報のノイズが多いけど、この広場だけはスッキリしていて好きなんだ」


「なんかアルスくんらしいね」


 フィナが笑った。一点の濁りもない、いつもの笑顔だった。


 噴水の縁に並んで腰を下ろすと、フィナが鞄の中から何かを取り出した。丁寧に折りたたまれた薄い紙だ。慎重に、大切そうに広げると、そこには青い花が押されていた。


「できたよ。ちゃんと青いまま押せた」


 あの庭で、フィナが指差した青い花だ。くるんとした花びらの形が、そのままの美しさで紙の上に残っている。色も、輪郭も、一点の濁りもない。


「きれいだね」


「ずっと練習したんだよ。最初は色が変わっちゃって、何度もやり直して」


「そうだったんだね」


「うん。……持っていていい? アルスくんに」


 僕は押し花を受け取り、丁寧に両手で持った。


「ありがとう、大切にする」


 フィナが「えへへ」と俯いた。それからしばらく、二人で噴水を見ていた。水が光を受けてきらきらと揺れている。静かで、澄んでいて、ノイズが少ない。


 しばらくして、フィナが少し真剣な顔をした。


「ねえ、アルスくん。手紙に会いたいって書いてくれたじゃない」


 耳が熱くなった。「うん」とだけ答えた。


「私も、会いたかったよ」


 フィナが真っ直ぐにそう言って、また噴水を見た。それ以上は何も言わない。説明も、言い訳も、補足も何もない。ただ、その一言だけが、夕暮れの広場の空気に溶けていった。


 僕も何も言わなかった。


 言葉にしなくても、ちゃんと届いていた。整理しなくていい温かさが、隣からまっすぐに伝わってくる。


 夕陽が少しずつ傾き、二人の影が石畳に長く伸びた。


「また来てもいい? 王都」


「うん、待ってるよ」


 フィナが小指を差し出した。僕はそれに自分の小指を絡めた。


「約束だよ」


「約束」


 あたたかい。


 噴水の水音が、静かに続いている。二人の影が、石畳の上で少しだけ重なっていた。

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