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虚飾まみれの魔導書の世界をスッキリさせます。〜整理の天才児による、澱みゼロの最短魔術ライフ〜  作者: 寝不足魔王


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第2話:途切れた約束と、白の世界

 その後の数年、僕の「整理」という名の研磨は、周囲が驚嘆を通り越し、ある種の畏怖を覚えるほどの精度で加速していった。

 大学を卒業し、民間のデータ分析会社に籍を置いた僕は、そこにある情報の「澱み」を片っ端から掬い上げては、あるべき形へと整えていった。

 他人が十年かけて構築し、場当たり的な修正で継ぎ足し続けた複雑怪奇なプログラム。それを、僕はわずか一年で解体し、一分の隙もない最短の論理ロジックへと組み替えてしまった。

 

「拓海さん……。このプロジェクト、来期までの予算と人員が組まれていたんですよ。どうするんですか、この余ってしまった膨大な時間と予算は」

 

 困り果てた上司の言葉に、僕は整理し尽くされ、ノートパソコン一台だけが置かれた真っ白なデスクで静かに答える。

 

「浮いた時間は、次の情報の整理に充てればいい。あるいは、有意義な休息に」

 

 だが、僕がどれだけシステムを美しく、無駄のない形に整えても、一歩会社の外に出れば、世界は耐え難いほどの「ノイズ」に満ちていた。

 

 駅のホームに溢れる、意図の掴めない冗長な広告。

 役所の窓口で渡される、同じ項目を何度も書かせる書類。

 本質に辿り着くまでに、あまりに多くの「無駄な手順」を通過しなければならない。

 

 究極まで情報の純度を高めようとする僕にとって、日常のすべてが、まるで砂嵐の中を歩いているような不快感を伴っていた。

 そんな荒んだ思考を唯一、凪の状態に戻してくれるのがユイの存在だった。


 その日は、ユイの二十五歳の誕生日だった。

 僕は彼女との待ち合わせ場所に向かうため、夕暮れ時の大通りを歩いていた。

 ポケットの中には、小さなベルベットの箱。中には、彼女の指先を最も美しく飾るであろう、シンプルで本質的なデザインの指輪が入っている。

 

 この日のために、僕は数ヶ月前からすべてのタスクを前倒しにし、完璧な「余白」を作り出していた。

 レストランの予約、移動ルート、彼女の好みに合わせたサプライズのタイミング。

 すべては僕の頭の中で、一秒の狂いもなく整理され、シミュレーション済みだった。

 

「……ああ、やっぱり、もったいないな」

 

 ふと、横断歩道の向かい側にある巨大な街頭ビジョンが視界に入った。

 極彩色に明滅する画面に、大きなフォントで踊る意味不明なキャッチコピー。

 何を伝えたいのかが、一目では分からない。情報の渋滞だ。

 

 世界には、価値のある情報と同じくらい、価値のないノイズが溢れている。

 せっかくの美しい景色も、この看板一つで台無しだ。

 そんな、いつもの「整理欲」から来る苛立ちを覚えた、その時だった。


 耳を劈くような、金属が擦れる悲鳴。

 アスファルトの上で、巨大な影が最短距離を無視して僕の視界を塗りつぶした。

 

 制御を失った大型トラックが、信号を無視して交差点に突っ込んできたのだ。

 回避するための数秒。僕の脳は、生存のための最短ルートを検索した。

 だが、肉体は情報の処理速度に追いつかない。

 

 衝撃は、痛みを感じるよりも早く、僕の意識を粉々に粉砕した。


 熱い。そして、冷たい。

 視界が急速に狭まっていく。

 ぼやけた視界の先、歩道の向こう側に、ユイの姿が見えた。

 彼女は、花束を抱えて立っていた。僕を待っていたんだ。

 彼女がこちらに気づき、抱えていた花束を落とす。

 叫んでいる。泣いている。

 

 その声さえも、周囲の喧騒と、不快な広告の音に混ざって届かない。

 

 何かを言おうとしたが、肺が上手く機能しない。

 あんなに情報の整理を得意としていた僕が、自分の最期の瞬間すら、美しく整理しきれない。

 彼女を残していくことへの強い後悔と、引き裂かれるような未練。

 

 意識が遠のいていく。

 最後に目に映ったのは、事故現場の近くに貼られた、ボロボロのポスターだった。

 色褪せた文字。意味のない装飾。

 

(……もっと……。……もっと、本質だけを、掴みたかったな……)


 それが、僕の、佐藤拓海の最期の思考だった。

 

 ◇


 次に目を開けたとき、僕はどこまでも広がる真っ白な空間にいた。

 汚れ一つない、無限に広がる作業スペースのような場所。

 

 自分は死んだのか。彼女はどうなった。

 状況を整理しようとするが、呼吸が荒くなり、言葉が出てこない。

 激しい混乱が、僕の思考を支配していた。

 

 そこに、一人の女性が立っていた。

 

 金色の髪を腰まで伸ばし、宝石をこれでもかと散りばめた、無駄に装飾の多い服を纏った女性。

 彼女は、僕が目覚めたことに気づくと、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、仰々しく両手を広げた。


「おやおや、哀れな迷い子よ。私は、万物の知識を司り、運命の糸を紡ぐ大いなる女神、ルナミス。あなたが歩んできた、その特異で、そしてあまりに最短を求めすぎた人生について、これから長い時間をかけてお話ししましょう。まず、この世界の成り立ち、そして神々の理、魂が輪廻するために必要な……」


 女神が口を開き、朗々と語り始める。

 一分、二分。

 僕の耳に届く言葉は、あまりに冗長だった。

 

 形容詞が無駄に重なり、比喩表現が結論を隠している。

 僕は絶望と混乱の中にいた。自分がどうなったのか、何が起きて、どこへ向かうのか。

 それを正しく理解したいのに、彼女の話は核心を突かない。

 

 あまりに長い話に、僕の「整理のプロ」としての本能が、悲しみを一瞬上回った。

 

 僕は、無意識に体が動いていた。

 

「……むにゅっ」


「ふぇっ!? ひゃ、ひゃんっ!?」


 僕は女神の柔らかい両頬を、両手で思い切り押し退けた。

 抗議の声を上げる女神。だが、僕は容赦しない。

 彼女の顔を「むにゅー」と左右から押しつぶし、その物理的な感触に、不思議な懐かしさを覚える。


「な、な、何を……!? 私は女神ですよ!? 今、魂の救済に関する、とても、とっても大切なお話を……!」

「お願いです。今、僕はとても混乱していて、あなたの言葉を正しく受け止めたいんです。でも、お話が長すぎて、何が起きているのか一番大事なところが分かりません。どうか、内容をまとめてから僕に伝わるように話してください」


 僕は、必死に、けれど丁寧な言葉遣いで、縋るように告げた。

 その真剣すぎる瞳、誠実な懇願に、女神は呆然とした。

 

「……あ、あなた。そんなに真剣に、私の言葉を……?」


 女神は頬を赤らめ、毒気を抜かれたように沈黙した。

 言葉をまとめようと、彼女が珍しく考え込んでいる間、僕はその静寂に救われていた。

 

「……わかりました。要するに、あなたがこれから向かう場所について、三つの要点でお話しします」


 女神がようやく内容を整理し、落ち着いたトーンで僕に告げた。


「第一に、そこは魔法が理となる世界です。言葉やイメージが物理的な力を持つ場所。第二に、あなたはそこへ、前世の記憶と知恵を持ったまま転生します。それは私からの、ささやかな贈り物です。そして第三に……あなたはそこで、新たな家族に愛され、望むままの生を歩むことができます。……準備はいいですか?」


 彼女の説明は、今度は完璧だった。

 魔法という未知の変数。記憶の保持。そして新しい環境。

 彼女の言葉が正しく届いたおかげで、僕は静かに覚悟を決めることができた。

 

「……はい。内容が、よく分かりました。ありがとうございます」


「あなたの新しい人生が、願った通りのものになるよう、私が見守っていますね。……それでは、行ってらっしゃい」


 女神が最後の手続きとして僕を送り出す。

 彼女が静かに手を翳すと、周囲の白い空間が柔らかな光に包まれていく。

 その光は温かく、僕を優しく包み込んで運んでいく。

 

 本質だけを掴みたい。

 ユイを一人にしてしまった未練を抱え、僕は涙をこらえながら、女神が導く光の中へと送り出された。


 光の向こう側で、女神が何かを言いかけた気がした。

「……あ、ちょっと待って! まだ一つだけ言い忘れたことが――。あなたのその整理の才能、あっちの世界だと凄まじいことに――!」

 

 その言葉は、反転する意識の波に消えていった。

 次に僕が感じたのは、暴力的なまでの「生」の感覚だった。

 

 オギャア、という自分のものではないような高い泣き声が、鼓膜を震わせる。

 重力に縛られた、頼りない小さな肉体。

 

(……ああ、始まったんだな)

 

 僕は、ぼやけた視界の中で、必死に「自分」という情報を繋ぎ止めた。

 意識は深い眠りへと落ち、僕は新たな生命としての産声を上げた。


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