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蘇生

 目が覚めた時、僕は土の中に居た。


 真っ暗で光など一ミリも指さず、空気は一切無い。


 死ぬ──そんな事を考える間もなく、肺の空気は無くなり指先が徐々に冷え始めるのを感じる。


 全身に走る激痛にも関わらず、自分の命が消える感覚は微塵も沸いてこない。


 紫色の唇を開き、必死に空気を取り込もうとした瞬間──一筋の光が目の前を眩しく照らす。


「うわ! こいつ目開けたまま死んでるぞ!」


「無駄口叩いてないでさっさと掘り起こせ!」


 複数人の男の声が僅かに聴こえてくる。


 聴覚が死んだのか、ひどいノイズのように聴こえ、頭に痛みが走り思わず目を瞑った。


 土が少しずつ掘り起こされ、数分の窒息状態が解放された頃、僕は気を失っていたのか次に目を覚ますと、周囲からどよめきが上がる。


「な、なんだこいつ!」


「アンデット!? いや、グールだ!!」


 見ればスコップにランタンを持った金髪の白人、白髪混じりの浮浪者風の男達が僕を囲っていた。


「えっと……助かったよ」


 顔にかかった土を払いながら起き上がると、声を掛けたのにも関わらず突然、脇腹に激痛が走る。


 見れば豪華な装飾が施された短剣が深々と突き刺さり、Tシャツからジワジワと赤い血が滲んでくる。


「いってぇ! グール? じゃないって! ニンゲン!」


 短剣を引き抜き、傷口を擦るとものの数秒で傷跡も無く消え去った。


「ば、ばけもんだ!」


「だから言ったんだ! 死体漁り(こんなこと)死の神様(タナトス)が許しちゃくれねぇって!」


 短剣を放り、狼狽する男たちを前に僕は降参するように両腕を上げた。


「あー死にかけてた所を助けてもらったんで、できれば荒事は止めておきたい。どうだろ? ただグールが出たって事で、見逃してくれないかな?」


 よく見れば男たちの身なりは悪くない。


 恐らく僕が処刑される前に、竜王とか名乗った奴が街を焼いたから、彼らは職を失い『死体漁り』に職業変更(ジョブチェンジ)したのだろう。


 先程も男の一人は、死体漁りに反対だった。


「グールを放っておくのはマズイだろ……」


 男の一人から正論が飛んでき、もう一人は「なら衛兵に突き出すのか? 俺達は犯罪者だぞ」なんて事を議論している間に、僕は男たちから距離を置く。


「おい待て! 逃げるつもりか!」


 僕が距離を置いた事に気付いた一人が、短剣を拾い上げて震える切っ先を向けてくる。


「はぁ……別に戦えない訳じゃないんだけど……」


 二度も敵意を向けられたのなら、無視できない。


 僕は短剣を持った男へ距離を詰め、素早く拳底で男の顎を突き上げる。


 本来ナイフを持った相手に無手で距離を詰めるのは危険だが、CQCくらいなら東南アジアの紛争地帯に居た頃に、仲間から教わった。


 短剣を奪い男を拘束すると、他の男達も武器を構える。


 武器と言っても棍棒に包丁、ブラックジャックもどきで、マトモな物はここにある短剣以外に無い。


 正直この短剣も何かの儀式用なのか、殺人にはおおよそ不向きだ。


「まだ抵抗するなら本気で戦わなくちゃいけない。改めて提案する……僕を見逃せ」


 男の一人が喉を鳴らす音が聴こえ、仲間へ目で合図すると僕を通すための道を開ける。


 拘束していた男を解放し、短剣を返すと僕は悠々とその場を去った。


***


 墓場を出ても街の暗さは変わらず、街灯のない石畳を歩くこと数分、一軒の酒場らしき所にたどり着いた。


 ありがたい。何か水でも貰え、暖を取れるとこに避難できるだけマシだ。


「いらっしゃいませにゃ~」


 エプロン姿でお盆を持った猫耳の女性が、入店した僕を出迎える。


 語尾に「にゃ~」とはまた典型的なケモミミ系女子だ。


「どーも」


「カウンターにどうぞにゃ!」


 フサフサな尻尾で器用にカウンターを指す。


 ケモミミ女子に案内された通り、僕はカウンターへと向かう途中にケモミミ女子とすれ違う時、一瞬彼女が顔を歪めた気がした。


 木製の硬いイスに腰掛け、少し待っているとケモミミ女子がメニューを持ってやってきた。


 メニューと言っても紙冊子のような物ではなく、木製の板に異世界の言葉で書かれており、メニューの数も数種類と言った所だ。


 文字は異世界の物で一見すると理解できないが、一度瞬きすれば内容はスラスラと頭に浮かぶ。


「水、エールにワイン、ポリッジ、シチュー……ドラゴンスレイヤーステーキ?」


 明らかに真新し書き加えられた文字を読むと、傍らのケモミミ女子が「ふふん」と鼻を鳴らす。


「それは前のドラゴン騒動で活躍した新たな龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の二人にあやかったモノにゃ!」


「へぇ……」


 僕の反応が悪かったのか、ケモミミ女子は「むっ」っと頬を膨らませる。


「Sランク冒険者、『黒騎士』と『深紅の薔薇』のリーダーは知ってるにゃ?」


「いや、初耳だなぁ~この国に来て日が浅いからかな?」


「ムム……その二人の冒険者にあやかった新メニューにゃ! さらになんと! 今なら『龍殺し』の称号を持つ人は無料だにゃ!」


 ドヤ! っと豊かな胸を強調するケモミミ女子に軽く手を上げて質問する。


「あの~称号は無いんだけど、ドラゴンなら一匹倒したよ?」


 この世界の通貨を持たない僕としては、無料なら助かるのだ。嘘は言ってないしね。


「にゃに!? ほ、本当にドラゴンかにゃ? ワイバーンとかでは?」


「えっと……竜王? とか言う奴が召喚した四枚羽根のドラゴンだと思うんだけど……」


「り、竜王にゃ!?」


 ケモミミ女子が騒ぎ始め、辺りに波及する。


 酒場の喧騒が突然止み、ケモミミ女子がワナワナ震えながら床に膝をついた。


「そ、それって……り、竜王シャネルでは無いよにゃ?」


「あ~そうそう。ハイブランドな名前だよね。紫の髪に二本の角生やした」


 そこまで話すと、今度は酒場中がざわめきをあげる。


「竜王の召喚した四枚羽根のドラゴンを倒した? とんだホラ吹き野郎だな!」


 突然怒声を上げたのは戦士風の男だ。


「ど、ドラゴンは長い年月を経てせ、成長します……角が長く、羽根が多いドラゴンはそれだけ長い年月を生きていたと言うことになります……」


 今度は魔術師風の青年がオドオドしながら説明してくれる。


「えっと……死体あったよね?」


「たしかにドラゴンの死体は二体、そのうち一体は四枚羽根のエルダードラゴンだにゃ」


「えるだー? 良く分からないけど、そのドラゴンを僕は一人で倒したので『龍殺し』と呼ばれてもおかしくないよね?」


 一人で倒した、という言葉に周りのざわめきはさらに大きくなる。


「はっ! 成人したてのガキが一丁前に吹くじゃないか! 俺はBランク冒険者だ! お前が本当に『龍殺し』なら俺を倒してみろ!」


 戦士風の男がそう宣言すると、周りは水を得た魚のように騒ぎ立て机や椅子を片付け始める。


「ち、ちょっと待つにゃ! てんちょー! 大変にゃ!」


「あーケモミミのお姉さん、あの人を倒したら僕も『龍殺し』って事でいい?」


「え? そんな事言ってる場合じゃないにゃ……」


「まっ、店長に相談しといてよ」


 言付けだけ頼んで席を立つと、戦士風の男はポキポキと骨を鳴らしながら巨大な剣を仲間らしき連中へ預ける。


「えっとランク? と言うのもよく分からないんだけど、殺し合いにならないようにして欲しいなー」


「お前、冒険者じゃないのか? なら尚更『龍殺し』を語るのは浅はかだったな! 安心しろ。殺しはしない!」


 丸太のように太い腕を振るい、技術のない暴力。


 体格差があるとマトモな試合にならないのが相場だが。


「ちっ! ちょこまか避けるな!」


 この世界に来てから、何故か身体がとても軽い。


 簡単なスウェーバックやウェービングでジャブのような軽い打撃をかわし、ストレートやフックは拳や肘を外側へ流す。


 元の世界なら何発か貰うような攻撃でも、この世界に来てからは見えるし払える。


「今度は攻めるよ……」


 空振りの連続で息があがる戦士が、中途半端な正拳突きのよう、拳を突き出し所でダッキングして踏み込み、がら空きの顎先に拳底を突き上げる。


 涎に血が混じり、何本か歯が欠けた様子で頭が揺れた。


 戦士は虚ろな目をしながらも、両足で体を支える。


 僕は油断せず半歩下がり、戦士の左脇腹にボディーブローを二発叩き込むと、戦士はその場で踞ってゲロを吐いた。


「僕の勝ちって事でいいかな?」


 お酒に酔っていたのか、男はかなり息が上がりやすかった。


 人間は殴る瞬間に拳を固め、最大の攻撃力を発揮するために息を止めるものだ。さらにアルコールによる肝臓の機能低下、本来力を伝えるはずのポイントを透かされ、空振りを誘発される事への疲労蓄積と筋弛緩。


 そして何故か、以前居た世界のよりも身体が軽かったおかげか、大柄で筋肉質な男相手でも三発でK.O.を取れた。


「ほう……この坊主がBランクの冒険者を?」


 ケモミミ女子に連れられ、店の奥から現れたから現れた男が僕を値踏みするように眺める。


 男は恐らく店長なのだろうが、さっき戦った男に負けず劣らず巨漢だ。


「いちおう約束通り『龍殺しステーキ』を無料で貰えるかな?」


「…………武器はどうした? まさか魔術師(キャスター)か?」


 魔術師(キャスター)とは、言葉の通り魔術師なのだろうか、前の世界ではそう呼ばれる者は押し並べて手品師だったが。


「えっと……そうなのかな?」


 頬をポリポリ掻いて誤魔化そうとするが、店長らしき男の目がより細くなる。


 仕方がないとウロボロスの指輪へ意識を集中し、龍殺しに相応しいロングソードをイメージする。


「創造……」


 出来たのはロングソードというには、あまりにも武骨な両刃剣だ。


「見せてもらっていいか──」


 店長の言葉に頷くと、周りの客もしげしげとこちらを覗いてくる。


 刀身は蝋燭の炎を写したためか僅かに光を放ち、柄は二匹の蛇が互いを食む姿が刻印されている。


「──凄まじい魔力と属性が入り乱れているな……なるほど、これ程のマジックアイテムと実力なら、嘘じゃないだろう」


 周囲からは「おぉ!」っと小さな感嘆の声が漏れ、小声で何やら話しているようだ。


 魔力……というとゲームや漫画なんかで聞くアレの事だろうか? あいにく僕はサブカルチャーに疎いので、その辺りの知識が無い。


「て、てんちょー、つまりこの子が龍殺し(ドラゴンスレイヤー)というのは、ホントなのかにゃ?」


「いやこれだけじゃ何とも言えねぇが、良いもの見せて貰った。本来なら冒険者ギルドの証明書でも、見せてもらうつもりだったが……なにぶん今日始めたばかりのメニューでな──」


 店長は困ったように笑いながら、ロングソードを返す。


「──坊主、お前歳はいくつだ?」


「14歳……今年で15歳かな」


「まだ成人前じゃないか……だがまぁ、良いだろうちょっと待ってろ」


 そう言って店長が厨房へ戻り、肉の焼ける匂いが漂ってくる。


 そしてさっきから、給仕のケモミミたちがそわそわと尻尾を振り、何度も厨房をふり返る。


「ふふん♪ お待たせしましたにゃ!!」


 意気揚々と巨大なプレートを二人がかりで持ってき、こんがり焼けた肉の塊が目の前にドンと置かれた。


 とてもナイフやフォークだけで切り分けられない大きさの肉に、赤ワインの芳醇な香りがするシャリピアンソースのかかったステーキ。


 周りのざわめきを背に、傍らのケモミミ女子が涎を垂らす姿を尻目にステーキ肉に囓りついた。

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