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冥界

 犬のような鳴き声がワンワンと何度も聞こえる。


 その声に呼ばれたような気がして意識を集中させた。


『おっ! 人間が目を覚ましますよご主人!』


「ちょっとうるさいケルベロス、あーしがテレビ見てる時は静かにしてって言ってるでしょ!」


『くぅ~ん……』


 悲しそうな唸り声を上げる犬は、地鳴りを起こしながら僕へと近づいてくると、突然頭に激痛が走り一気に意識が覚醒する。


 目を開けると目の前には真っ白な刃のような歯が無数に並び、真っ赤な歯茎と真っ黒な巨体が眼前を覆う。


 ゆっくりと身を引けば、そこには犬だと思っていた鳴き声の主、三つ首に巨大な体、真っ黒な毛に宝石のように赤い瞳が僕を睨む。


「うわぁぁぁあああ!!!」


 思わず悲鳴を張り上げると、巨大な犬もビクリと体を揺らす。


「うっさいわね!!! あーしが『どらま』観てるのが分かんないの!」


 女性の声が谺する洞窟のように暗い場所──ここには何故か見覚えがある。


 鍾乳洞で水面に光る糸を垂らす三人の美女達が居た場所だ。


 三つ首の巨大な犬は、すごすごと何処かへ消えると、鍾乳洞ではなく骸骨で出来た玉座に座す一人の美女。


 褐色の肌に金髪、丸縁メガネをかけてヘアバンドで前髪を上げると、ネイルでデコレーションされた長い爪でポテチをつまみながらブラウン管テレビの光を受けていた。


 ギャルだ。ギャルが気だるげにポテチ片手になんか観てる。


「ふぅ~やっぱロンバケはサイコー! キムタクってやっぱイケメンよねぇ~早く冥界(こっち)来ないかなぁ~」


 なにかを観終えたのか、玉座から立ち上がり軽く背を伸ばしている姿が絵になる程、綺麗な黒ギャルだ。


「あ、あの……」


「ん? うぁ! に、人間!? いつからそこに?」


「ついさっきうるさいと……」


「あぁ~言ってた? あんま良く覚えてないわぁ~メンゴメンゴ」


 さっきから若干言葉の古さが目立つギャルだ。


「ってか何か用? うち忙しいんだけど?」


 今度は何世代前かのガラケーを取り出し、ポチポチとし始める。


「ここは何処ですか?」


「ここは勿論冥界(めいかい)、あんた死んだって事。マジウケる」


 ウケねぇよ。


「冥界って……なぜ僕は呼ばれたんでしょう?」


「なぜって……そーいやなんであんたここに居んの? ステュクスならあっちだけど──」


 ガラケーから顔を上げて大きな川を指差すと、そこには溺死しかけの人間たちが犇めきあい、その上を優雅に船で渡るいかにも裕福そうな亡者たちで埋め尽くされていた。


「──ってか何かカビ臭いと思ったら、あんた三神から加護貰ってるじゃん」


 ギャルが話す三柱の女神──クロト、ラケシス、アトロポス──が僕にとてつもない加護を与えているので、ギャルの力を持ってしても簡単に死者の国へ送れないらしい。


 っと話をしていると突然、翼の生えたギリシャ彫刻から飛び出してきたような赤髪のイケメンが降り立ってきた。


「プロメテウスじゃん~やほ~♪ 珍しいじゃん」


「ハデス様、そのお姿は……」


「いやぁ~ここの仕事つまんないじゃん? 上の皆みたいに人間で遊べないし、暇潰しにイメチェンしてみたみたいな?」


 ギリシャ彫刻風のイケメン──プロメテウスは、黒ギャルことハデスの言葉に納得していないかのように難色を示すが、口には出さない。


「ハデス様からも、ご兄弟を止めていただきたいのだが?」


「え? 無理じゃね? ヘスティア姉さんならともかく、ゼウスもポセイドン兄もヘラ姉までご執心じゃん。人間を玩具にされるのが嫌いなプロメテウス(あんた)の気持ちも分かるけど、ガス抜きって重要だし」


「最近では運命と復讐の三女神の方々まで参加なされたと」


「らしいね。そこに偏屈(笑)の三女神に愛された人間が来てるよぉ~」


 どーも偏屈の女神に愛された佐藤(さとう)勇気(ゆうき)ですという気持ちを込めて軽く会釈する。


「ふー、それで私が寄越されたという事だな」


「は? どゆこと? あーしに会いに来たんじゃねーの?」


 一人称が定まらないギャル女神ハデスがぶーたれているが、プロメテウスはそんな事を気にせず僕の元へ歩み寄り、人間相手に平然と膝を折った。


「運命三女神様から、キミへ渡すように頼まれた」


 そう言ってプロメテウスは自身の指に填められた五つの指輪のうち一つを引き抜くと、僕の手の平に置いた。


 何の変哲もない鉄の指輪、人差し指に填められた『ウロボロスの指輪』の禍々しさに比べれば、普通の指輪だと思ったが。


 突然手の平をすり抜けた指輪が、体の中に入ってくる感覚に襲われれる。


 手を伝い、腕を伝い、最後に左胸で止まったと思った次の瞬間──心臓に強烈な痛みが走った。


「がぁぁあ!!!」


  激痛が全身を駆け巡り、右手の中指が千切りそうな程熱く。


 右手の中指の付け根にプロメテウスから渡された鉄の指輪が現れると、全身を巡る痛みが嘘のように引いた。


「あ、あれ?」


「ふむ、やはり上手く適合できたみたいだ。その力は自らの意思で手放す事ができる。私は三万年ほど責め苦を味わったが、キミはそんなに耐える必要は無い。人間に与えられた死は、ゼウス様の望むところだからな」


「ちょっとちょっとぉ~プロメテウスの不死なんて授けて良いのぉ~?」


「ハデス様も、一部の人間を気に掛けているだろ?」


「うちはキモい奴が冥界(ここ)に近寄れないようにしてるだけぇ~」


「同じだよ。それに私の個人的な興味もあったが、運命の三女神から頼まれたことだ」


 プロメテウスが整った顔をこちらへ向け小さな声でしっかり「この茶番を早く終わらせたいからな」っと呟いたのを聞き逃さなかった。


「あっ! キモい奴で思い出したんだけど、そっちの世界に送った柏木(かしわぎ) (ゆう)って奴? 名前は違うだろうけど、見掛けたら冥界(こっち)には来るなって伝えといて」


 それだけ言うとハデスはパチンと指を鳴らし、何処からともなく現れた怪物。


 鳥のような羽にギャーギャー鳴く女の顔を張り付けたかのような、人面鳥が僕の両腕を掴んだ。


 洞窟を抜けて、そのまま広大なステュクスとその先にある大きな窪みを見下ろしながら、僕を上空へと送り届け、やがて意識を失った。


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