尋問
日が差さず冷たくジメジメした土壁に四方を塞がれ、唯一外の空気を吸えるのは、固く強固な鉄柵だけだ。
糞便を流すための穴には、絶えずハエが湧き悪臭を放っている。
両手両足は鎖で繋がれ、目の前を灰色のネズミが通りすぎていく。
「ほらほら~チッチッ♪」
ぜっこを鳴らしてネズミを呼ぶ。
かつて短い獄中生活を耐えきる為に、ゴキブリを友と呼んだのだ。今回はネズミ、哺乳類の方がより親近感が湧くってもんだ。
『うるせぇな~飯くれんのか?』
何処からか声が聴こえ、慌てて辺りを見渡すが僕とネズミ以外には居ない……まさか!? っと思いネズミを見る。
『チッ立ち止まって損したぜ!』
ネズミの口元が動いた。
驚きのあまり目を見開くが、ネズミは僕を意にも返さず何処かへ行ってしまう。
そしてネズミの変わりに態度の悪い兵士が鉄柵の前に立ち、隙間からボトッと何かを投げ入れ、僕を睨んで舌打ちをすると不快げにもと来た道を戻っていった。
投げ入れられたものは、真っ黒なパンとどす黒く変色したチーズだ。
僕が捕まって一週間、都合三度目の食事──というのもこの世界の囚人の扱いはぞんざいで、死んでも構わないし食事なんて勿体無いとのこと。
そして食事なんて呼べるモノではなく、どう控えめに見ても廃棄品もしくは残飯だ。
欠けてカビの生えた黒パンはゴムのように固いため、マトモに食べられない。
なので『ウロボロスの指輪』を使い、まずは手足の鎖を外す。
そして次にバーナーを作り、黒パンを炙りナイフで切り分け、同様にチーズも食べれそう部分を削いでパンに乗せて食べた。
ここまでしてもなお不味い。
だが指輪を使って食事を作り出すことはリスクが大きいので出来ない、具体的に言うとこの指輪はあらゆる物を作り出せる。
僕の知らない未知のテクノロジーを有した兵器──ただし扱いは分からない──や人間──自立プログラムを組まなければ動かないが──そして恐らく惑星なんかも。
だが大きなデメリットがある。それは一度作り出した物を指輪に戻すと必ず僕の人差し指にもどる。
話を食事に戻すと、どんな食事も作り出せるが、食べたモノが胃に溜まる。その状態で指輪の形に戻すと、満腹だった胃が急速に縮み激しく嘔吐し、結局空腹になるのだ。
最悪の場合は指輪に戻さない前提で食物を消化し、排泄されてから指輪へ形を戻せば、その間に体内に取り込んだエネルギーは消失しない。
この現象は焼けた黒パンを見れば分かるだろう。
***
そして待ちに待った解放の日──ではなく、尋問の時間だ。
「お前はあの魔族と関わっているんだろう!」
数人の兵士に取り囲まれ、尋問と称した自白の強要……まぁ見たところ中世頃に近い文明レベルなのだから当然か。
「チッ、埒が明かないな。拷問の準備をしろ」
「隊長、それはマリアンナ様に禁止されています」
僕が捕まっている理由とは、異世界転移したことによる神様からの贈り物──恐らくはあらゆる生物と意志疎通が可能というものによるものだろう。
なんの説明もなく放り出された世界で、最低限生きていく為に必要な能力として与えられたのだろうが、それが今は僕の足を引っ張っているという状況だ。
「ならどうしろと言うのだ! 住民の不安を解消するには、この男が魔族と関わりがある事を自白させねばならんのだぞ!」
自白させるという手続きを踏まないといけない、という法律でもあるのだろうか。
「いっそ王国騎士団に引き渡してしまうのはどうですか?」
隊長と呼ばれる壮年の男はギリギリと歯を立て、僕を睨む。
「…………コイツを処刑しよう」
「は?」
思わず僕の口から漏れた言葉に、周りの兵士たちも驚きの声を上げた。
「た、隊長! それは早計では──」
「ならばどうする! この街の防衛を任されていた我々は、領主に責任を負わされる」
「そ、それは……」
「お前たち家族が居るだろう? マリアンナ様の叱責は俺が受ける!」
格好よく言っているが、僕にも家族は居るんだが……なんで一人泣いてる奴が居るんだ。
***
処刑と決まれば話は早いのか、僕は今石を投げる群衆の中を裸足で処刑台へ歩かされる。
木製の手枷と首に鎖を繋がれ、犬のように兵士が手綱を引いて誘導する。
かつて中央アジアの紛争でも見た、兵士たちの士気高揚のために捕らえた政府軍の捕虜を処刑する際にも、似たような光景があった。
自らで腹を切らせるサムライスタイルなのか、大砲の先にくくりつけて爆散する姿を楽しむキムスタイルなのか。
なんて想像していれば、断頭台スタイルだ。
ギロチン博士の居ない、この世界の見せしめなのだから当たり前なのだが。
兵士たちの中に、やたらカダイの良い目出しの麻布を被った処刑人風の輩が、丹念に剣を磨いている。
長大で分厚い刀身に華麗な装飾を施し、切っ先が平らな剣。
いわゆる処刑人の剣──エグゼキューショナーズソード──である。
「この街の皆に集まって貰ったのは他でもない! 皆の家族、親友、恋人を奪った憎き魔物……魔族を手引きした者がいた!」
隊長とやらの演説でさらに火が着いた群衆は、石や瓦礫を投げる手が加速する。
金髪の白人たちがやたらめったら怒りを露にしていた。
「それはこの蛮族の少年だ! 今からこいつを処刑する!」
いや見れば分かるだろうと、心の中でツッコミをするが、頭の冷静さとは裏腹に、体からは膨大な汗が吹き出し膝が震える。
巻き込まれ続けて15年、幾度も命の危機を経験してきたのでよく分かる。
確実に迫り来る死を目の当たりにして、体が反射的に震えるのだ。
隊長がゆっくりと気の板を踏み、僕の前まで来ると怒りにも似た感情を表に出しながら口を開く。
「異国から来たお前のために、せめてもの情けに王国御用達の処刑人を用意してやった。ありがたく思え」
ここで「はいそうですか。ありがとうございます」なんて言えるバカがいるか。
100%冤罪で処刑されのに、処刑道具は完璧だから死んでくれ?
納得のいかない死、血で汚れた断頭台に首を固定され、ボロボロの籠が目の前に置かれる。
精一杯顔を上げれば、怒り狂った群衆が殺せと合唱をしていた。
「これより処刑を開始する!」
ズルズル、ゴリゴリと床板を削る剣の音と、処刑人の荒い息遣い、刻一刻と迫る死を前に群衆は水を打ったように静まり返る。
何故先程から僕は冷静なのか、この状況で助かる方法なんて、少なくとも指輪を使って民衆に多大な被害を出せば一時的に助かるだろう。
だが僕はそれをしない。
それはいい加減、自分の人生の不運さにうんざりしていたからだ。
僕は僕自身の不運さのために、周りに被害を振り撒いてきた。
特に迷惑を掛けたのは家族だ。
僕には姉が一人、妹が一人、弟が一人居たが、姉と弟は既にこの世にいない。
これは僕のせい。二人を殺した僕への罰がやっと下るのだ。
「あぁ~なんて理不尽な世界なんだ……」
そう口にした僕は自然と口角を吊り上げ、その瞬間──僕はボロボロの籠の底を見つめていた。




