第34話 強くなれ!覚醒の予感…
メジャーリーグで衝撃のデビューを飾った沖田一。
彼の2年目のシーズンに向けた発表は、野球界に大きな波紋を広げた。
“沖田一、メジャーで37発の左を捨てた!!!今年は27発の右打席のみで勝負!!!!”
このサプライズ発表の裏には、はじめの緻密な策略があった。
それはズバリ、確実性の追求だ。
左打席での長打力は本人も自負するところだったが、その確実性は右打席に比べて低かった。
はじめは、自身のやりたい打撃がより実現できるのは右打席だと考えていたのだ。
さらに、右打席でもシーズン27本の本塁打を打てたことは、はじめにとっても嬉しい誤算であり、その決断を後押しする結果となった。
はじめと慎太郎、日米の怪物がそれぞれの地で2年目のキャンプインをした頃、日本では仕事中の祐衣の元に“悪夢”のような連絡が入る。
それは突然の出来事だった。
祐衣の母、留美子はその日もいつも通りウェディングプランナーとしての仕事をこなしていた。
客人A「素敵な結婚式になりそう……小林さんにお願いして本当によかったです!」
留美子「ありがとうございます。ではあとは本番ですね。当日もしっかり、お二人の幸せ、並びに参加者様の幸せのお手伝いを全力でさせて頂きますので、どうか宜しくお願い致します」
留美子は客を見送ると、突然頭を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
留美子「うっ…!」
従業員B「小林さん!大丈夫ですか?」
留美子「え…えぇ。少し前から頭痛があってね。片頭痛かしら…」
従業員B「無理しないでください。少し奥で休んでてください」
留美子「そうさせてもらおうかしら…」
“スッ…”
留美子「うっ!!……」
そうして立ち上がろうとした瞬間、留美子は力無く倒れた。
“ドサッ”
従業員B「小林さん!!しっかりしてください!小林さん!」
留美子「うぅ……ゆ、祐衣……」
“プルルルルルル”
“ガチャ”
太田店長「はい、フラワーショップGirls店長の太田でございます。……はい、小林なら今接客中ですが……えぇ!…はい。わかりました。今すぐにそちらに向かわせます」
祐衣「ありがとうございました。また来てくださいね」
祐衣が客を見送ると、店長が血相を変えて駆け寄ってきた。
太田店長「祐衣さん!大変だよ!お母さんが、お母さんが!!!今すぐ七山病院に行って!!!!」
祐衣「お母さん!?お母さんがどうしたんですか?」
太田店長「仕事中に倒れて、意識不明で救急車で運ばれたって!!」
祐衣「え!!」
祐衣は突然の事で驚きすぎて立ち尽くした。
太田店長「急いで!!……これ、タクシー代!返さなくていいから、早く行きなさい!!」
祐衣「は、はい」
状況がうまく飲み込みきれないまま、急いで七山病院に駆け込む祐衣。
手術室の前に着くと、留美子がそこにいると知らされる。
全く状況を把握できない祐衣の元へ、いおこも祐衣を追いかけて駆け寄ってきた。
いおこ「祐衣ちゃん!」
祐衣「おばさん!」
いおこ「買い物行こうとしたら、急いでタクシーに乗り込む祐衣ちゃんを見かけて、着いてきたの!なにがあったの?」
祐衣「お母さんが…お母さんが意識不明で病院に運ばれたって連絡が来て、来てみたら、お母さんがここにいるって……」
いおこ「なんですって!!」
動揺を抑えきれない祐衣を心配し、今はただ支えようと決めたいおこ。
いおこ「とにかく状況を聞かないと」
手術室から出てきた医師に現状を聞かされる。
祐衣「先生!!お母さんは…お母さんは大丈夫なんですか!?」
医師「娘さんですか?お母様は急性くも膜下出血を引き起こし、大変危険な状態です。手は尽くしましたが、ここに来た時にはもう手遅れでした。はっきり申し上げますと、今日1日持つかどうか」
祐衣「そんな……」
いおこ「祐衣ちゃん……」
膝から崩れ落ちる祐衣をいおこが抱きとめた。
そして留美子に奇跡が起こることはなく、そのまま静かに息を引き取った。
留美子との突然の別れを突き付けられた祐衣の心は、悲しみや動揺を通り越し、“痛み”を感じないほどの無力感に苛まれた。
そんな祐衣を献身的に支えたのが、はじめの両親だった。
祐衣の母親が祐衣にとっての唯一の家族であることを、はじめの両親は知っている。
翌日、お通夜が斎場で行われる為の準備をしていた祐衣と、それを手伝うはじめの両親。
祐衣は突然、ふらっと外に出ようとしていた。
祐衣「ご飯…作らなきゃ…」
宗一郎「祐衣ちゃん!何処に行くんだ?」
祐衣「……ご飯だよ…お母さんが帰ってくるから……」
そんな祐衣を見て、いおこは涙を流しながら抱きしめた。
いおこ「祐衣ちゃん……今日はね、晩ごはん作らなくていいの…お母さんは、もう食べられないの…」
宗一郎「祐衣ちゃん…」
祐衣「おばさん…おじさん…」
留美子が眠る棺と、在りし日の遺影を見つめる祐衣。
祐衣「お母さん……」
お通夜の翌日に告別式が行なわれ、そして火葬が終わり、変わり果てた自身の母親の姿を見た時、祐衣に“痛み”が一気に襲いかかった。
祐衣「イヤ……イヤだよ、私を一人にしないでよ……お母さん……お母さん……イヤぁーーーッ!!」
祐衣の悲痛な叫び声が火葬場に響き渡った。
アメリカのキャンプ地。
沖田一の元に、いおこからの電話が届いた。
その声は、いつもとは違う、重い響きを持っていた。
はじめ「おばさんが?そんな……」
突然の知らせに、はじめは絶句する。
祐衣の母、留美子の訃報。
その言葉が、現実として脳裏に焼き付くまでに時間がかかった。
はじめ「祐衣は、祐衣は大丈夫なの?」
震える声で尋ねるはじめに、いおこは冷静に答える。
いおこ「大丈夫ではないよ。かなり憔悴してる」
はじめ「なんて事……俺今からそっちに行くよ」
はじめは居ても立ってもいられなかった。
しかし、母親は彼の行動を制する。
いおこ「あんたは自分の事に集中しなさい。祐衣ちゃんの事は私たちが支えるから」
はじめ「でも!」
いおこ「大丈夫!あの子は、祐衣ちゃんは私たちにとっても可愛い娘なの。必ず立ち直らせてみせるから」
母親の言葉は、確かな響きを持っていた。
はじめ「母さん……」
いおこ「それに、あんたまだ祐衣ちゃんとの約束果たせてないでしょ?祐衣ちゃんの事思うなら、約束果たして祐衣ちゃん安心させてあげなさい。それがあんたにできる事でしょ」
約束。
それは高校卒業後、渡米前の空港で祐衣と交わした、チャンピオンリングを婚約指輪として祐衣にプレゼントすること。
その言葉が、はじめの心に燃え盛る炎を宿した。
はじめ「わかった。あれだけカッコつけたんだ。今シーズン中に何が何でもチャンピオンリングを手に入れてやる!」
はじめの決意を聞いたいおこは、さらにはじめの奮起を促す。
いおこ「……強くなりなさい、はじめ」
その言葉は、一気に彼を“大人の男”として成長させる起爆剤になった。
いおこ「あんた今まで祐衣ちゃんの前でどれだけ涙を流して、どれだけ弱音吐いてきたか、覚えてる?ずっと支えてきてくれた祐衣ちゃんを安心させたいんだったら、もう祐衣ちゃんに甘えるような真似はやめて安心させなさい。1人の男として祐衣ちゃんが甘えたくなるような立派な男になりなさい。それが、あんたに、沖田一にできる事なんだからね」
この言葉を聞いたはじめは、今まで祐衣に支え続けてもらった事を一つ一つ思い出していた。
何かあるごとに、弱い自分を支え続けた祐衣……いつまでも甘えてはいられない。
今度は祐衣が安心して甘えられるような存在にならなければ、男としてカッコ悪い。
もう泣かない、もう弱音を吐かない。
空回りしてしまいそうな自分に母がくれた叱咤が、はじめの心に響き渡る。
はじめ「母さん、ありがとう。祐衣の事、頼むね」
いおこ「わかってる。焦って空回りするんじゃないよ」
はじめ「大丈夫、母さんのおかげで、俺冷静だよ……祐衣の為に強くなるよ、男として」
?「……沖田……」
そのはじめの電話を影でこっそり聞いていた人物がいた。
?「……メジャー昇格1年目で大事な仕事ができた……沖田、今年は何が何でも俺がお前を“男”にしてやるよ」
この小さい独り言を影に隠れて言う人物な、この年はじめとともに最強の日本人として世界に名を轟かせるようになるのは、少し先の話……
はじめとの電話を終えたいおこは、未だ立ち直る気配がない祐衣の元へ行った。
そして、そっと祐衣を抱きしめた。
いおこ「祐衣ちゃん、今は泣きなさい。いっぱい」
祐衣「……おばさん……」
いおこ「いっぱい泣いて、お腹すいたら、美味しい物、いっぱい食べよう……あなたは一人じゃないからね」
祐衣「…………わぁーーーー…………おかぁさんに……おかぁさんに会いたいよぉ!!おかあさん…おかあさぁーん!!」
祐衣は子供のようにいおこに甘えた。
いおこ「辛いね……あなたの苦しみ、私たちもしっかり受け止める」
いおこも涙を流しながら、より強く、そして優しく祐衣を抱きしめた。




