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第33話 世界一の打者へ!!

悔しさの最中意識を手放したはじめが目を覚ましたのは、病室のベッドの中だった。


真っ白な天井とカーテン、消毒液の匂い、そしてその匂いに混じる親しみのある、いい匂い……。


はじめの足元には祐衣が椅子に座ったまま眠っていた。


はじめ「…祐衣?なんで祐衣?ここはどこなんだ?なぜ俺はこんな所に」


はじめが混乱していると、祐衣が目を覚ます。


祐衣「……ん…」


すると寝ぼけ眼に、目を覚ましたはじめが映った。


祐衣は一瞬で状況を察知する。


祐衣「はじめ?はじめ、目覚めたんだ!よかった」


半泣き状態になりながらも安堵の表情を浮かべた。


そこで彼が何故病院に運ばれたのかを祐衣の口から聞かされる。


はじめ「祐衣、何でここに……俺どうしたんだ?」


祐衣「はじめ、寝てたんだよ、ワールドシリーズで負けてから、4日間……ずっと」


はじめ「寝てた?」


祐衣「もう目が覚めないんじゃないかって心配したじゃない」


はじめは徐々に状況を理解してきた。


はじめ「そっか……そうだった……負けたんだった」


実はアメリカに来てからはじめはほとんど睡眠を取っておらず、ほぼ不眠の状態でシーズンを戦っていたのだ。


そしてあのワールドシリーズで敗れたあの日から4日間眠り続けていたことを知らされる。


はじめは心配させてしまった事を祐衣に謝る。


はじめ「ごめん、心配かけちゃったね。本当ごめん」


祐衣「……でも目が覚めてよかった」


祐衣の安堵の表情を見たはじめも、どこか安心していた。


そして緊張の糸が切れたかのように、本音を吐露する。


はじめ「怖かったよ、野球をする事が。アメリカに来てから野球が怖くなかった事なんて1秒もなかった。ずっと怖かったんだ」


祐衣「はじめ?」


はじめ「俺はまだメジャーにいれるだけの器じゃなかったんだ。最後の最後まで迷惑かけっぱなしだったし。ワールドシリーズを勝てなかったのは全部俺の責任だよ。せっかく掴んだチャンスだったのに、情けねぇ……」


はじめは静かに涙を流し始めると、祐衣はそっとはじめの背中をさすった。


祐衣「やっぱり無理してたんだね」


はじめは俯いたままだった。


そんな病室に1人の男が現れる。


それは清井和喜だ。


清井「沖田ぁー、入るぞー、お!なんだ沖田、お前彼女いたのか?とてつもない美人じゃないか!!こんにちは清井と申します」


祐衣に丁寧に挨拶をする。


祐衣「こ、こんにちは。存じ上げております。小林祐衣です」


清井「……祐衣さん、突然で申し訳ないけど、少しの間だけ席外してもらえますか?」


祐衣「わかりました。清井さん、失礼します。また後でね、はじめ」


祐衣が席を外す。


すると清井ははじめに語りかける。


清井「お前ワールドシリーズ勝てなかった責任は自分にあるって思ってないか?だとしたら、それは違うぞ。むしろお前がワールドシリーズまでチームを引っ張っていったんだ。それこそ俺や他のヤツなんて比べ物にならないぐらいの結果を残し続けてな」


はじめ「……」


清井はシーズンでのはじめのプレーを褒め称える。


そして静かに続けた。


清井「全てを背負い込んで落ち込んでるんなら、初心に戻れ。お前は何をしにここに来たんだ?俺たちをワールドシリーズで優勝させるために来たのか?違うだろ。あれだけ甲子園を沸かせたピッチャーが、バッターとしての道を選んだんだ。世界一の打者になる為にここに来たんだろう?」


はじめ「!!そ、それは…」


清井「だったらまず世界一の打者になれ。今年あれだけの成績を残したんだ。お前なら間違いなく世界一の打者になれる。それで俺達と一緒にチャンピオンリング掴みにいこうぜ。そのほうが、ドラマチックでカッコいいじゃねぇか」



清井のこの言葉に胸を打たれ、はじめの気持ちが一気に軽くなった。


はじめ「清井さん……ありがとうございます」。


はじめが感謝し頭を下げると、清井は頷く。


清井「ちゃんと寝ろよ」


そう言い残し、清井はその場を後にした。


病室を後にする清井と、病室に戻ろうとする祐衣は、鉢合わせる。


祐衣「清井さん」


清井「……ちょっとだけ、話してもいいですか?」


祐衣「え?あ、はい」


清井は祐衣を呼び止め、話し始めた。


清井「沖田の事なんですが、アイツの化け物みたいな野球センスと実力には、本当に鳥肌が立ちました。それでいて、努力家なんです。俺なんか比べ物にならないほどの実力は既に持ってるのに、常に自分の実力を過小評価して、絶対に自分を甘やかさない、寝る間も惜しんで上手くなる事を追求してやがる」


祐衣「……彼が練習をよくするっていうのは、私もよく知っています」


清井「だけど、大事な体を壊してしまってちゃ元も子もない。一生後悔することになってしまう。無理しすぎて野球できなくなった人間を俺は何人も知ってます。だから、貴女が、もし沖田を思い続けてるなら、もっとそばで、沖田を支えてやってほしいんです」


祐衣は当然の様に力強く返事した。


祐衣「はじめを支える、その権利だけは誰にも渡しません。もうはじめを1人にはしません。それに……」


清井「それに?」


祐衣は一瞬言葉を詰まらせる。


祐衣「清井さんの様な日本でもご活躍された偉大な先輩に気にかけてもらえるはじめは、本当に幸せ者だと思います。はじめの今後のサポートは私が責任持って務めますから」


清井は安心した様子で話す。


清井「それは心強いや。お時間取らせてしまってすいませんでした。それじゃ、失礼します」


祐衣「清井さん!ありがとうございました」


祐衣は頭を下げた。


清井は右手を上げ返事をして、その場を後にしたのだった。


はじめは病院のベッドに横たわりながら、生気を取り戻した目で未来を見据えていた。


はじめ「清井さん、あんなゴツい顔してるけど本当に偉大な人だよ。てんで叶わないや」


傍らに座る祐衣が頷く。


祐衣「うん、本当に」。


そして、はじめの口から祐衣にとんでももない事が語られる。


はじめ「実はさ、俺シーズン中でも試したかった事があったんだ」


祐衣「試したかった事?」


はじめ「あぁ、それは」


その“試したかった事”を聞いた祐衣は驚きに目を見開いた。


祐衣「えぇ!!」


はじめ「しっ!!!ここは病院だよ!」


祐衣「ごめん、っていうか、それ大丈夫なの?」


はじめ「わからない。結果も正直言って見えないんだけど、来年以降は、これで世界一に挑んでやる」


祐衣の驚きとは裏腹に、はじめの目には決意と希望が宿っていた。


はじめの発言に祐衣が驚かされている頃、日本ではスーツ姿の慎太郎が報道陣の前でトロフィーを手にしていた。


記者「武市選手。今シーズン、ルーキーでありながら見事なシーズンを過ごされました。ご自身の今シーズンのご活躍、振り返っていかがですか?」


慎太郎「いやー、何ていうか、、、バッティングに関しては出来過ぎですね。守備に関しては、まだまだピッチャーの方や野手の方に助けてもらっているので、もっと成長したいと思います」


記者「打率.366、197安打、48本塁打、147打点と打撃タイトルを総ナメにし、さらにベストナイン賞やゴールデングラブ賞も獲得されました。今回の新人王獲得は文句のつけようがありません」


慎太郎「ありがとうございます」


記者「来年に向けて一言抱負をお願いします」


慎太郎「今年はルーキーとして、起用し続けて下さった監督始め各コーチやスタッフの方々、チームメイト、そして温かく見守って下さったファンの方々の応援で活躍できました。来年からは真のレギュラーを獲得できるように頑張りたいと思います」


記者「ありがとうございました。そしてアメリカで大活躍している元チームメイトの沖田選手にも何か一言お願いします。」


慎太郎はマイクを強く握りしめ、カメラの向こうの一に向かって叫んだ。


慎太郎「...早く連絡よこせ馬鹿野郎!!!!」


はじめが倒れたという知らせは慎太郎の元にも届いており、携帯にメッセージを送るも一向に返信がない。


痺れを切らした慎太郎は、報道陣を通して訴えかけたのだ。


それから暫くして、はじめは退院した。


担当医と球団フロント陣、首脳陣から、不眠についてこっ酷く叱られ、自分がもうドルズの中心選手なのだと自覚したはじめ。


はじめ「認めてくれたのは嬉しいけど、あんなに怒ることないじゃん」


少し拗ねるはじめの横には祐衣がいた。


祐衣「それだけ心配かけたって事だよ」


はじめ「わかってるけど」


祐衣「さ、退院したことだし、日本に帰れるんでしょ?」


はじめ「そうだね」


そして帰国した二人が真っ先に向かったのは、YU-TOの墓前だった。


はじめは今シーズンの報告を始める。


その時、後ろからHDのメンバー、TOSHIKIが二人に話しかけてきた。


TOSHIKI「おおーはじめ君じゃん!!久しぶりだね!!こちらの美人さんは、もしかして彼女かい?」


はじめ「TOSHIKIさん!お久しぶりです!はい、自慢の彼女です」


TOSHIKI「熱いねぇ。って事は彼女が出来たって報告を?」


はじめ「いえ、それは去年しました。今日は今シーズンの報告をしに来ました」


TOSHIKI「あー、そうだった!一君メジャーリーガーだもんね!凄いじゃない!こんな早く結果出すなんてさ!野球の事全然分かんないけど、一君の活躍は知ってるよ!1年目から派手にやってるね!まさにヘビーメタルだよ」


二人が会話していると、祐衣の様子がおかしくなる。


祐衣「と、と、TOSHIKIがいるよー……」


大好きなHDのメンバーと実際に会うことが出来て、動揺する祐衣。


はじめ「おーい、祐衣ーーー、、、ダメだ、完全に明後日の方向いてる...すいません、実は彼女もHDの熱狂的なファンでして」


TOSHIKI「あ、そうなの?それは嬉しいけど彼女大丈夫?」


はじめ「えぇ大丈夫です」


そう言うと、はじめは祐衣の目の前にゴキブリのフィギュアを差し出した。


祐衣「ん?……ぎゃーーーー!!」


“ボコッ!ボコ!!”


祐衣は悲鳴を上げながら目を覚ます。


はじめ「祐衣、ほら、TOSHIKIさんだよ」


祐衣「あ、TOSHIKIさん?本物の?」


TOSHIKI「本物だよ。いつも応援ありがとうね」


祐衣「あ、こ、こちらこそ。そう言えば、はじめとは知り合いなんですか?」


TOSHIKI「ん?ん~~まぁそんなところだね」


はじめ「中3の時に進路に迷ってた俺に野球を勧めてくれたんだ、この場所で」


祐衣「そうなんだ、、、」


TOSHIKI「あ、これから収録あるんだった。それじゃ行くよ!また会えて嬉しかったよはじめ君。野球頑張ってね!」


はじめ「はい!ありがとうございます」


TOSHIKIはその場を後にした。


祐衣「……ごめんなさい」


はじめ「ひひひはひへ(気にしないで)。ほへははふひんははは(俺が悪いんだから)」


YU-TOの墓前で動揺した祐衣を正気に戻す為に、祐衣の弱点であるゴキブリ(フィギュア)を使った為に、両頬に祐衣の鉄拳を喰らったはじめは、顔をパンパンに腫らしながら、慎太郎の家へ向かった。


慎太郎の家に到着し、インターホンを鳴らそうとすると慎太郎が帰ってきた。


慎太郎「うちになんか用です、か、あれ?祐衣ちゃん!?と、誰!?」


はじめ「ほーひんひんほー(よー!新人王!)」


慎太郎「ちょっと祐衣ちゃん、誰だよこの人!?」


祐衣「……はじめだよ」


慎太郎「はじめ!?え、まじ?」


祐衣「まじ……」


そして祐衣から事情を聞いた慎太郎は、二人のことを家の中に入れ、何かの薬を一の頬に塗った。


慎太郎「ったく、帰国して早々なにやってんだよ」


祐衣「ごめんなさい、私ゴキブリ苦手だから、つい」


慎太郎「でもまぁ、コイツ(はじめ)が悪いよ。っていうか連絡ぐらい返せよ!こっちは心配してんだからさ」


はじめ「悪かったな、スマホ苦手なんだよ」


慎太郎「ジジイかテメェは!」


それから他愛もない話で盛り上がる3人。


するとはじめから今シーズンについて話し始めた。


はじめ「メジャーはやっぱりすごかったよ。俺なんて上手くなることに集中しすぎて気付いたらシーズン終わってた(笑)」。



慎太郎「まったく、凄すぎて突っ込む気にもなれねぇよ。あのスター軍団のドルズで1年間4番打ち続けたヤツと、つい最近までバッテリー組んでたなんてな。俺だって必死にやってたのに、いつも先に行ってやがる」


はじめ「戦う場所が違うだけで、お前だって伝説級の活躍したじゃねぇか」


二人の会話を聞いていた祐衣が口を開く


祐衣「2人共すごかったよ。本当に」


はじめ「慎太郎、お前にも話さなきゃいけないことがある」


慎太郎「なんだよ改まって」


はじて「俺来年は……」


はじめは、次のシーズンで“やる事”を慎太郎に話した。


慎太郎「はぁーーーー!?お前まじか!?」


はじめ「うるせぇな!まだ顔痛いんだから静かに驚けよ」


慎太郎「静かに驚くってどーゆーことだよ!ってそんな話はどうでもいいや、お前はまた突拍子もないこと言い出しやがって」


はじめ「でへへっそんな褒めんなって」


慎太郎「褒めてねぇよ」


はじめ「ま、見てろって!」


そしてまた時は流れ、春季キャンプ前に、またしてもはじめによる予想外の行動に、野球ファンは度肝を抜かれた。


ある日の紙面の1面を飾ったのははじめの記事だった。


“沖田一、メジャーで37発の左を捨てた!!!今年は27発の右打席のみで勝負!!!!”


これにはマスコミ各社や全米をも驚きを隠せなかった、まさに沖田一からのサプライズだった。


しかし、またしても不幸な出来事が起こることになるとは、この時は誰も知る由もなかった……

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