第32話 驚異的活躍と初めての屈辱
一方のはじめも負けてはいなかった。
オープン戦トータル打率.429、8本塁打、30打点は全米を驚かせる事となり、メジャー開幕戦を4番キャッチャーとして迎える事になった。
メジャー開幕戦をスター軍団のドルズで4番キャッチャーで迎える重圧には、さすがのはじめも緊張する。
はじめはトイレの個室で、“格闘”していた。
はじめ「……出ない。くそ!これは絶対試合中にヤバくなるヤツだ!汚物!俺の体内から出て行ってくれ……」。
心の中でそう呟きながら格闘するはじめ。
結局は空気だけが出て、何とも言えない気持ち悪さを感じながらもベンチに戻った。
清井「お前長いよ!(笑)で、どうだった?」
清井が声をかける。
はじめ「出ないです。昨日食べた……あれ?昨日って何食べましたっけ?」
清井「知らないよ!(笑)お前ってやつは本当面白いよ」
この気の抜けたやりとりができるほど、清井とも短期間で打ち解け合っていた。
バックスクリーンの電光掲示板に映る自分の名前と、一緒に出るスター選手達の名前。
あの清井和喜が7番にいるようなスター軍団の4番に自分の名前があるなんて、はじめは信じられない気持ちでいっぱいだった。
清井「……誰もお前の事はルーキーとは見てない。頼りにしてるぜ、4番打者」
清井は静かにはじめの背中を叩く。
すると何かがはじめの中で動き始めた。
はじめ「あ!すんません、来ました!トイレ行って来ます!!!漏れるぅ!!!!」
そう、はじめの中の腸が清井の“一撃”で動き出したのだ。
清井「おいおい!そんなスパイクでコンクリートの上を走ったらって、もういねぇか……足も速かったのか、アイツ。まったく、緊張してんのか、ふざけてるのかどっちなんだ?(笑)ま、いずれにせよ、オープン戦で見せてくれたアイツのプレーが本物なのか、シーズン通してきっちり見せてもらおう」
“ジャー”
はじめ「ふぅ…スッキリした!これで大丈夫!さ、行こうか!!」
はじめは気を引き締め、初回の守りにつく。
ドルズの先発は剛球左腕の日系アメリカ人、カワムラ。
押しも押されぬドルズのエースだ。
そのカワムラは立ち上がり制球を乱し、いきなりノーアウト満塁のピンチを背負った。
はじめ「“いきなりノーアウト満塁……ふっ!面白ぇ!!”」
ところがはじめは腰を落とし、力強くど真ん中にミットを置く。
“バンバンっ!!”
“スッ…”
はじめ「“大丈夫!球は来てる!!俺はお前の球を信じる。だからお前も俺を信じて全力で来い!!”」
カワムラ「“!!……ハジメ。ふっ!お前はやはり、ただのルーキーじゃないみたいだな!!わかった、お前を信じるぞ、ハジメ!!”」
するとはじめの無言のメッセージが届いたかの様にカワムラのストレートは息を吹き返し、自身最速の106マイルのストレートを3球連続でど真ん中にぶち込み三振を奪い、さらにはじめは三塁に火の出る送球を送り三振ゲッツーを完成させた。
これ以降カワムラは完全に立ち直り、7回無失点の好投を披露する。
ゲームははじめに3打席連続本塁打が飛び出すなど、大量13得点を叩き出し、そのまま点を失わずに勝利する。
清井「“ほ…ホンモノだ。ヤツはやっぱり、只者じゃない…こりゃ、史上初の年俸200億円プレーヤーになるのも時間の問題かもな……”」
メジャー開幕戦でいきなり大暴れしたはじめは、日米のメディアを通じて大々的に報じられた。
しかし、はじめの心に慢心などなかった。
はじめ「俺のレベルではあとどれぐらいここにいれるかわからない。それならここにいるうちに、このスター軍団からできるだけ多くのことを学び吸収してやる」
はじめは常に心でそう思いながらプレーしていた。
気付けば1年目のシーズンが終了していた。
はじめはマイナーに一度も降格することなく、メジャーでシーズンを過ごす。
それだけではない。
シーズン245安打、打率.386、64本塁打、196打点は全てにおいて異次元そのもので、1年目からメジャーの打撃タイトルを総ナメにしたのだ。
これはアメリカだけでなく遠く離れた日本でも衝撃を与える結果だった。
そしてアメリカメディアは
“日本球界は何故彼を指名しなかったのか”や
“見る目が無さすぎる”
“日本球界は本物の宝を逃した”など、はじめを指名しなかった日本球界を嘲笑うかの様な報道をする。
それは当然のようにはじめの耳にも届いてた。
ある日の取材で日本のプロに指名されなかった時の心境を聞かれたはじめは、迷わず答えた。
はじめ「悔しいとか、そんな感情は一切ありませんでした。その時点での自分の実力はそんなもんでしたよ。むしろ、自分のピッチングを最大限に評価してくださったことが本当に嬉しかったです」
もちろん全てが本音というわけではなかったが、本心は他人の評価なんてどうだって良い、ただやりたい事をやっただけ、なんて言えなかった。
そしてプレーオフが始まる。
しかしそれがはじめにとって、野球人生最大の屈辱を味わう事になるとは誰も予測できなかった。
シーズンを4番キャッチャーとして完走したはじめは、プレーオフでもシーズンさながらの打棒と守備を披露し、全勝してワールドシリーズへ進出するドルズに大きく貢献する。
そして迎えたワールドシリーズ。
はじめのそれまでの異次元の活躍は鳴りを潜める。
実況「“あぁっと!これは打ち上げてしまいました。内野フライ、サードのコリンズ掴みました、アウト。沖田、ここもホームランとはなりませんでした……”」
打率こそ3割をキープしたが、本塁打は出ず、打点も上げられなかった。
しかしそこはスター軍団。
粘り強い戦いで最終戦まで縺れ込む。
はじては心の中で葛藤し始めた。
はじめ「“か、体が思うように動かない。バットが出てこない!反応が遅れる……なんなんだ、この感じ!?”」
そしてドルズスタジアムで迎えた最終戦、はじめはそのシーズンの指定席だった4番キャッチャーとして出場する。
スタンドには球団がはじめへの“サプライズ”として呼んでいた祐衣が観戦していた。
祐衣「はじめは…よし、出てる!頑張れぇーはじめーー!」
ところがこの試合ではじめは攻守に精彩を欠き、無安打に終わり、パスポールも2つ記録する。
そして当然のようにチームは敗れる。
祐衣「……そんな……はじめ……」
祐衣は試合を通して、はじめの様子が何かおかしい事に気付いた。
ベンチから相手チームが歓喜に包まれるところを目の当たりにする。
はじめ「…………」
その光景を目に焼き付けるかのようにはじめはまっすぐにグラウンドを見つめ、血が滴り落ちるほど唇を噛み締めた。
清井「ほら沖田、行くぞ」
はじめ「………“俺のせいで…俺が不甲斐ないばっかりに”」
清井に促されダグアウトに引き下がる。
その時突如としてはじめは意識を失った。
はじめ「“俺のせいで……おれの……”う……」
清井「…沖田、また来年やり返そう。俺達なら必ず…」
“ドサっ……”
清井の足元へ崩れ落ちるはじめ。
清井「ん?…!沖田!おい!しっかりしろ!!沖田!誰か!すぐに救急車呼んでくれ!!急げ!!沖田、沖田ぁーー!!」




